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借り暮らしのご令嬢~没落令嬢、貧乏騎士のメイドになります~  作者: 江本マシメサ


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番外編 『ピクニックに行こう!』

 夜空が白み始めたばかりの爽やかな早朝。

 オルレリアン邸は皆が皆、バタバタと忙しない。


「お母さん、私の帽子はどこ~?」

「お母さん、私の帽子もないの~」


 キャロルとセリアは朝から完璧な身支度をした姿となっていたが、肝心の帽子がないと食堂で荷物を籠に入れていた母親――ジジルに詰め寄っていた。


「エリックお兄ちゃんが知っているから、聞いてみてちょうだい」

「はあ~い」

「わかった~」


 双子の質問攻撃から解放されたジジルはアレンと共に準備を再開させる。


 ドミニクは庭先で料理に使う野外用の鉄板や鍋を洗っていた。

 しだいに太陽の位置が高くなり、空を見上げる。

 今日も良い天気になりそうだと、目を細めながら思っていた。


 物置で釣りの準備をしていたエリックは双子の妹に捕まり、部屋に戻ることになる。


「お兄ちゃん、これがいい?」

「それとも、こっち?」


 そして、突然始まったキャロルとセリアのファッションショーを見るはめに。

 妹思いの彼は、辛抱強く付き合った。


 一方、若夫婦――ベルナールとアニエスは、のんびりと身支度をしている最中だった。


「どちらにしようか、迷います」


 アニエスは寝台の上に数種類のベストが並べ、それを前に真剣に悩んでいた。

 それは、夫ベルナールの本日の衣装であったのだ。


「どれでも構わねえって」

「ええ、きっとベルナール様はどれもお似合になるでしょうが……」


 そんな会話をしていると、扉が突然開かれる。


「お前達、一体いつまで着替えに時間をかけるのだ!」

「お、お父様!」


 入って来たのはアニエスの父シェザール。

 朝から身支度は完璧で、右の腕には昨晩一緒に眠っていたミエルを抱えていた。

 アニエスは嬉しそうにシェザールにかけ寄って父親の左腕を掴み、寝台の上の服を選んでほしいと頼み込む。


「な、なんで私が婿の服を選ばなければならぬのだ!」

「なかなか決められなくて。お父様なら、今日に相応しい一着がおわかりになられるかと」

「まあ、そこまで言うのならば」


 親子の会話を聞きながら、どうしてこうなったと困惑の表情を浮かべるベルナール。

 一方で、娘に懇願されたシェザールは真面目な顔で服を選び始める。


「赤は派手だし、緑は無難過ぎる……ふうむ、やはり、青がいいのでは?」

「ありがとうございます、お父様!」


 こうして、無事にベルナールの服装は決まった。


 今日はみんなでピクニックに行く日。

 一同、朝から準備に気合が入っていた。


 朝食を食べたあと、ベルナールとアニエス夫妻、シェザール、使用人一家は揃ってでかけた。目的地は、森の中腹にある湖である。


 先頭を歩くのはドミニク。

 背中には大量の荷物を背負っていた。

 柄の長い鎌で危険がないか探りつつ、皆が歩きやすいように邪魔な枝を刈り石を除けながら進んでいた。


 次にアレンが続く。

 鋭い目で歩いて回り、キノコや木の実、香草などを見つければ、素早く採取している。


 その後ろをキャロルとセリアはアニエスと手を繋ぎ、元気よく歌っていた。

 ジジルは申し訳なさそうに、あとに続いているシェザールへと詫びる。


「すみません、騒がしくて」

「気にするな。熊避けになる」

「はい、ありがとうございます」


 最後尾はエリックとベルナール。

 たまに喋ることもあったが、一言二言で会話は終了する。

 けれど、二人の間に気まずい空気はなかった。


 ほどなくして、目的地へと到着する。

 湖より少し離れた場所で数カ所、火が熾された。


 ベルナールとシェザール、エリックは釣りを始める。

 ドミニクは火の番。アレンは料理番。

 女性陣は食事の準備を始める。


 キャロルとセリアはドミニクが背負っていた鞄からある物を取り出す。それは、一斤のパンが三本。これで、サンドイッチを作るのだ。


「パン、どれくらい切ればいいかな~?」

「指三本分くらいの厚さにする~?」


 普段、指一本分くらいの厚さにしか切り分けてはいけないとアレンより言われていた双子であったが、今日は特別だからと言ってパンを厚切りにする。

 サンドイッチにする厚さじゃないとアレンに叱られるのは時間の問題であったが。


 分厚いパンを二つに切り分け、ジャム、ハムとチーズ、ゆで卵など、数種類のオープンサンドを作っていった。


 ジジルは鶏の丸焼き作りに取りかかっていた。

 鞄の中から氷嚢に入れていた丸鶏を二羽、取りだす。

 丸々とした、立派な鶏だった。

 ジジルは一人でむふふと笑いながら、調理を始める。

 まず、鶏の皮に塩、胡椒、香辛料を振りかけ、なじませるように揉みこむ。

 そして、鶏の尻の穴から香味野菜を詰め込み、串で閉める。

 油を敷いた鉄の鍋に入れ、周囲に野菜を詰めて蓋をし、火にかける。

 あとは様子を見つつ、しばらく放置するばかり。

 以上がジジルの雑クッキングである。


 アニエスはデザート担当。

 家から持ってきていた林檎ポミエの芯をドミニクにくり抜いてもらい、中に干した果実、砂糖、風味付けの酒、柑橘汁、シナモンを入れ、最後に蓋をするようにバターを詰める。

 それを人数分鍋に入れて、蒸し煮状態で火を入れるのだ。

 三十分ほどで、とろとろの焼きリンゴが完成する。


 アレンは各人の料理に目を光らせつつ、自らも調理に取りかかる。

 燻製肉ラールじゃが芋ポムドテル玉葱オニョンを使ったシンプルなスープを作る。

 母親が恐ろしく味の濃そうな丸鶏料理を作っていたので、あえて味付けは薄くした。

 材料を切り、味を調え、コトコト煮込む。

 シンプルだからこそ、加減が難しいのだ。

 結果、満足の行く仕上がりになり、一人で深く頷くアレンであった。


 一時間半後、釣りに出かけていた三人組が戻ってきた。

 釣果は二十ほど。

 シェザール十二、ベルナール五、エリック三と圧倒的な結果だった。


「今日は手加減をしてやったのだが――」


 嬉しそうに語るシェザール。ベルナールは肩を竦め、エリックはにこにこしながら、釣った魚の串打ちを始めていた。


 魚は塩を振り、身はふっくら、皮がパリパリになるまで焼かれた。


 そして、待望のお昼時となる。

 湖の前に敷物を広げ、料理を並べた。

 たいそうなごちそうとなる。


 揃って神に祈りを捧げ、食事を始める。


 ドミニクが丸鶏を切り分け始めた。

 まず豪快にモモの付け根にナイフを入れ、主人一家の皿に載せる。

 ジジルは鍋の中にあった、肉汁がしみ込んだ野菜を添えて、シェザールやベルナール、アニエスに手渡した。

 手羽や胸肉なども切り分け、皆でわける。

 残った鶏ガラはアレンが大事そうにしまっていた。賄い用のスープの出汁に使うと言う。


 ジジルの丸鶏料理は、皮はパリパリ、肉汁がじわりと溢れ、美味しいと好評だった。


 他にも、各人手作りの料理に舌鼓を打つ。

 豊かな緑の中で食べる食事はどれも最高だった。


 食後、使用人一家とシェザールは森のベリー摘みにでかけ、ベルナールとアニエスは二人で湖を眺めていた。


 静かな中で、アニエスはぽつりと呟くように話しかける。


「ベルナール様、ありがとうございます」

「何がだ?」

「ここへ、連れてきてくれたことです」

「俺の手柄じゃないだろう」


 そんな言葉を返せば、アニエスは笑みを深める。


「約束を、守っていただいたので」

「もう、一年以上も前の話だ。よく覚えていたな」

「ええ」


 ピクニックに行く約束を取り決めたあと、アニエスは誘拐され、ベルナールは脚を負傷してしまったのだ。


 脚の傷も癒え、仕事の忙しさも落ち着き、結婚後のごたごたも片付いた。

 二人はやっとピクニックに行けたのである。


「とても嬉しかったです」

「大袈裟な奴」


 照れ隠しにそんなことを呟き、ごろりと敷物の上に転がった。

 アニエスは不思議そうにベルナールを見下ろしている。


「お前も横になれ。気持ちが良いから」

「ここで、ですか?」

「ああ」


 アニエスは躊躇いながら、ベルナールの隣に横たわる。


 すると、木漏れ日を真下から眺めることになり、その美しさに息を呑む。

 それから、草や土の爽やかな匂いを間近で吸い込み、胸が清涼感で満たされた。


「ああ、なんて、心地いい――」

「そうだろう?」


 夫婦は森の中の豊かなひとときを堪能することになった。


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