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借り暮らしのご令嬢~没落令嬢、貧乏騎士のメイドになります~  作者: 江本マシメサ


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番外編 『シェザールとミエルのお留守番』

 本日はアニエスとベルナールは二人揃って出かける日。

 一緒に来ないかと誘われた父シェザールであったが、新婚夫婦の邪魔をしてはいけないと思って断った。よって、一人で屋敷に留守番となる。


 出発間際、アニエスはシェザールにあるお願いごとをした。


「お父様、ミエルのことをお願いしたいのですが」

「は? 猫なんて、放っておけばいいだろうが」

「とても寂しがり屋で、周りに誰もいなくなると落ち着かなくなるのです」


 どうかお願いしますと懇願され、結局シェザールは娘の願いを聞き入れることになる。


 娘婿夫婦を見送ったあと、私室に戻って本を読んでいれば、エリックがやって来て籠の中のミエルを差し出した。


「……猫の面倒など、お前らが見ればよいのではないか」

「ミエル様はオルレリアン家の一員なので、ご家族と一緒に過ごされるのがいいかと」

「上手い言い訳だな」


 エリックの返しに思わず感心してしまうシェザール。

 ハッと我に返ったころには、執事の姿はなくなっていた。


 そして、膝の上にあるミエルの入った籠。上には布がかけてある。それを取り払えば、ぴょこんと顔を出す無邪気な猫と目が合った。


「にゃー!」

「な、なんだ!?」


 ミエルはするりと籠の中から抜け出し、大きく跳んで床に着地した。

 どうだとばかりに、シェザールを振り返って目を細めている。

 気にしたら負けだと思い、読書を再開させた。

 ぱらりとページを捲ったその刹那、視界の端から猫の手が伸びてくる。


「お前!」

「にゃ~!」

「にゃ~じゃない! 邪魔をするな!」


 だが、猫のミエルは動く紙に反応し、読書どころではなくなってしまう。

 シェザールは勢いよく本を閉じ、机の上に置いた。

 ふんと鼻を鳴らし、腕を組んでミエルを睨みつける。


「お前のせいで、読書もままならない!」


 怒っているのに、ミエルは遊んでもらえるものと勘違いをして、シェザールの膝に飛び乗った。

 くりっとした丸い目で見上げ、小首を傾げるあざといけれど可愛いポーズを取っていた。

 これはあのベルナールでさえ、抗うことができないミエルの<遊んで攻撃>であった。


 シェザールはと言えば――


「わ、私は、お前に屈しないぞ!!」


 唇を噛みしめ、肩を震わせながら必死に耐えていた。

 そんなシェザールに、ミエルは次の攻撃を仕掛ける。


 強く握り締められた手の甲に、肉球を押し付け、ぷにぷにと触る。


「な、なんだそれは、猫パンチの、つもりか!! は、はは、痛くも、痒くもない――!?」


 肉球の柔らかな手触りと、優しく加減をするような猫の手のタッチに胸の鼓動が早くなる。

 それでも、屈することはなかった。


 ミエルは最後に、甘えた声で鳴きながらすり寄ってきたのだ。

 さすがのシェザールも、これには我慢できなかった。


「うわああああ、なんだお前はああああ!!」


 勢いよくミエルを抱き上げ、わしわしと撫でた。

 心ゆくまで、柔らかな毛並みを堪能する。

 ミエルは構ってもらえて大満足。シェザールは全力で可愛がる。

 二人の気持ちが通じ合った瞬間であった。


 だがしかし、部屋の扉が叩かれたのと同時に、密なる時間は終了した。

 シェザールは慌てて長椅子の端にミエルを置き、机の上にあった本を手に取ると、中に入るように命じる。


「失礼するぞ」

「ん?」


 入って来たのは使用人ではなかった。

 思いがけない人物を前に、目を丸くするシェザール。


「お、お前は!?」

「なんだ、俺の顔を覚えていたのか?」

「私は記憶力がいいんだ! いや、そうではなくて!」


 突然現れたのは、ベルナールの母方の祖父であり大商人でもある、カルヴィン・エキューデだった。


 二人は一度、十五年ほど前に夜会で挨拶を交わしただけで、知り合いと言える関係ではない。つい最近、ベルナールの結婚式で身内だということが発覚し、シェザールは目が飛び出るほど驚いたのだ。


 目の前にどっかりと腰かけるカルヴィンをじろりと睨み付け、精一杯の威嚇をする。


「な、何をしに来たんだ!」

「何をと言われても、孫夫婦に会いに来ただけだが」

「ならば、何故私のところに来る?」

「暇潰し、か?」

「はあ!?」

「冗談だ」

「お、お前は~~!」


 怒るシェザールを前にカルヴィンは急に真面目な顔になると、声を潜め話しだす。


「実は良い話があるんだ」

「良い話だと?」


 簡単に言えば、金儲けだと言う。

 難しいことではなく、ちょっと手を貸して欲しいとカルヴィンはシェザールに話を持ちかけた。


「お前も、面白くないだろう? 婿の脛を齧るだけの生活が」

「……」

「そうだな。頼んだ一件が成功すれば、相応しい地位を与えよう」

「断る」

「ほう?」

「私は忙しんだ。お前の仕事を手伝う余裕などないのだ」


 シェザールは話す。

 多忙な婿に仕事を大量に押し付けられたり、娘の慈善活動に付き合ってやったり、畑の世話もしなければならないと。


「なるほどな。それに加えて、猫の遊び相手もしなければならないと」

「……!?」


 ふと気付けば、ミエルがシェザールにぴったりと寄り添って座っていた。

 カルヴィンから見れば、仲よしこよしな二人の図である。


「まあ、それを聞いて、現状を見て、安心をした」

「なんの話だ?」

「お前は前科者だろう? また金に目が眩むことがあるのではと、心配をしていたのだ」

「だ、騙したのか!?」

「いや、騙すつもりはなかった。お前がやると言えば、仕事を紹介していた。腐っていても、元宰相だからな。有能な部下は喉から手が出るほど欲しい。ただ、話を受けた場合、心から軽蔑をするつもりだったが」

「この、クソジジイが!」

「なんとでも言えばいい。俺は、孫夫婦が可愛いからな。汚いことはなんでもするつもりだ」

「……」


 以前までのふるまいはシェザールも深く反省している。

 この先、ベルナールやアニエスを困らせることはしないと誓っていた。


「シェザールよ、若い二人を、この先もどうか見守ってやってくれ」

「言われなくとも、そうするつもりだ」

「そうか、安心した。……猫とも仲良くな」

「う、うるさい!!」


 最後に、カルヴィンは指摘をした。


「ずっと気になっていたんだが」

「なんだ?」

「本、逆に持っているぞ」

「!?」


 顔を真っ赤にしたシェザールは、ミエルを抱き上げ、本を脇に抱えて立ち上がる。


「どこに行く?」

「し、執務室で、仕事をする!」

「ああ、励むといい」


 さすがに、仕事に猫は必要ないだろうというツッコミは入れないでおいた。


 ◇◇◇


 このようにして、シェザールのお留守番は予期せぬ訪問者が現われ、波乱の一日となった。


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