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借り暮らしのご令嬢~没落令嬢、貧乏騎士のメイドになります~  作者: 江本マシメサ


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第五十一話 熊男、潜入する!

 ほどなくして、貴族街へ辿り着く。

 馬車を運転していた御者に緊急事態だと前置きをして、ブロンデル家の所在地を訊ねる。あっさりと場所が判明したところで、街中を走る二輪辻馬車を捕まえ、ブロンデル家に向かった。


 ブロンデル家は、想定通り高い柵に囲まれ、周囲にも見張り役が居る厳重な警備がなされていた。どこかから忍び込もうだなんて思わなくて良かったと思う。

 かつて通信部隊に所属していた騎士団の同期、ジブリルが言っていたのだ。騎士団関係者は各方面より恨みを買いやすいので、自宅の警備は過剰なくらいに敷かれている、と。

 馬車の窓越しに見える警戒態勢に、戦々恐々としていた。


 正門前で馬車は停止する。

 ベルナールは慌てた様子で、御者にお代を払い、急いで門番に取次ぎを頼みに行く。

 騎士隊の身分証明を見せれば、すぐに中に通された。

 門から玄関口までの長い距離を歩き、ついにブロンデル家に辿り着く。


 玄関では従僕のような男から用件を聞かれた。

 持って来た公文書を主人に渡してくるから出すようにと手を差し出されたが、直接渡すように命じられているのでと断りを入れる。


「でしたら、主人の元へ案内するので、こちらへ」

「ありがとうございます」


 ブロンデルの私室は屋敷の三階にあると言っていた。

 ベルナールは緊張の面持ちであとに続く。


 一階は使用人達が忙しなく働きまわっていた。夕食前で、一番忙しい時間なのだろうと思う。

 二階は家族が住まう区画で、侍女や女中などが早足で行き交っていた。

 そして、ついに三階に辿り着く。使用人はほとんどいない。従僕に聞けば、ブロンデルは静かな空間を好むので、屋敷に居る間は人払いをさせていると説明していた。

 それはとても都合のいい情報であった。 


 ベルナールは従僕の肩を軽く叩く。振り返った相手の顎を軽く拳で打った。


 従僕は意識を失い、その場に倒れ込む。

 中肉中背の従僕の体を担ぎ、近くの部屋に入って身ぐるみを剥いだ。

 入った場所は風呂場。

 浴室には、使った後のような痕跡があった。しばらく誰も近づかないだろうと思い、一人ほくそ笑む。

 従僕の男の両手足を縄で縛り、見つからないように湯を抜いた浴槽に寝かせた。

 そして、脱がせた服を着て、変装をする。

 身長は同じくらいであったが、騎士であるベルナールと使用人である男の体型は大きく違う。上着がきつく感じ、ズボンの丈は短かった。

 騎士団の制服がズボンと同じような色合いだったので着用は諦めた。


 脱衣所の棚を探れば整髪剤があったので、普段は跳ね広がっている髪はきっちりと整えた。これで、使用人に見えなくもない。


 ベルナールは急いで来た廊下を元に戻り、一階に降りて行く。


 広い屋敷の中からアニエスを探し出すのは困難な話だった。よって、ベルナールはある大胆な行動に出る。


 忙しそうにしていた女中の一人に声をかけた。


「――おい」

「は、はい!」


 ベルナールへと振り返り、服装を確認した女中は背筋がピンと伸びる。

 屋敷の使用人にも上下関係があって、従僕などは主人に直接仕える上級職とされている。一方で、下働きをする女中などは下級職と呼ばれ、主人一家に直接かかわることはなく、給金も上級職に比べたら低い。

 突然上級職である従僕より声をかけられた女中は、緊張の面持ちでいた。二つの職域の者がかかわることなど、滅多にないことだからだ。

 さらに、男女で管轄は分かれており、互いに顔も把握していないので、外部の人間であると気付かない。よって、堂々としていれば、正体が露見することはなかった。


「さっき、女が連れて来られたと聞いたが――」

「え? あ、えっと、申し訳ないのですが、存じません」

「そうか。すまなかった」


 一人目は失敗だった。

 下級職の女中には知らされていない可能性があると考える。

 かと言って、同じ上級職の侍女などに声をかけるのは危険だ。彼女らは良家の娘であり、顔見知りの可能性がある。


 次はどういう策でいこうかと考えながら、堂々と屋敷の廊下を闊歩する。


 偶然にも、厨房から早足で出て来た女中を目にする。表情を青くさせ、高価な白陶器の水差しとカップが載った盆を持っていたのだ。

 何か切羽詰まったような、酷く慌てているような、不審な行動に見えた。

 それに、向かうのは屋敷の住人が住む階段のある方向ではない。

 客間へ運ぶ可能性もあったが、他に策も思いつかないのでベルナールは気配を消しつつ、女中のあとに続いた。


 女中は周囲を気にしながら、廊下のつき当りにある地下へ繋がる階段へと下りて行く。

 不審な行動をしているように見えたのは、間違いではなかったのだ。

 ベルナールは、そこにアニエスが居ると確信していた。急いで地下に下りて行った女中を追う。


 階段には一段ごとに蝋燭の火があったが、安い物を使っているからか、暗い灯りを放っている。


 地下にあったのはワイン専用貯蔵庫で、あまりのかび臭さに顔を顰める。

 カビが充満している状態が、ワインの熟成には良い環境だと聞いたこともあったが、これは酷いとベルナールは思った。 


 出入り口は鉄格子で遮られており、見張りの男が立っていた。

 女中の姿はすでにない。

 中にどれだけの人が居るのか分からないので、強行突入はしない方がいいと判断した。

 しばし何が最善であるのか考え、腹を括る。


 ベルナールは普通に見張りの前まで歩いて行った。


「おう、ご苦労」

「!」


 相手は屈強な男だが従僕の服を見て、委縮したような態度を取る。

 これ幸いと、ベルナールは主人の命令でワインを取りに来たと言う。


「あ、いや、今日は――」

「ああ、あの件ならば、私も知っている」

「で、でも、誰も入れるなと」

「旦那様の命令だ。早く開けろ。お前のせいでワインを持って来られなかったと報告するぞ」

「わ、分かった!」


 そう言って、見張りの男は鍵を開けてくれた。

 額に大粒の汗を浮かべ、余裕のない表情であったが、薄暗い中だったので、気付かれることもなかった。


 ベルナールは樽が並んだ通路を歩きながら耳を澄まし、内部の状況を探る。

 すると、奥から女性の声が聞こえた。


「――様、――様、どうか――下さい!」


 懇願するような物言いだった。

 ベルナールはそっと近づいて行く。


 まっすぐ歩いて行けば、人の気配を近くで感じた。物陰から、そっと様子を覗き込む。


 その場の状況を認識したベルナールは、息を呑む。


 アニエスは――居た。


 だがしかし、床に倒れ込んだ状態で居る。

 そして、よくよく周囲を見れば、僅かに血が散っているようにも見えた。

 女中は一生懸命、アニエスの体を揺さぶっている。もしかして、意識がないのかと、ベルナールは思う。それと同時に、二人が居る場所へ飛び出して行った。


「――止めろ! 体を揺さぶるな!」


 ベルナールは女中とアニエスの間に割って入り、行動を制する。


 アニエスは額から血を流していた。まずは姿勢を変え、気道の確保を行う。それから、手首を掴んで脈を確認し、しっかりトクトク動いている様子が分かれば、血が滲んでいた額を確認する。


 傷口はまだ濡れていた。乱暴をされてから、さほど時間が経っていないように思える。

 近くにいた女中にハンカチを出すように言い、ベルナールは上着とシャツを脱ぐ。

 差し出されたハンカチを奪うように取りアニエスの傷口に当て、シャツを破って包帯のように巻いた。

 意識がないアニエスの体を横抱きにすれば、女中がここから連れ出すのは許されていないと抗議する。


「このままじゃ危ない。一度医者に診せないと」

「ですが、ご主人様はここから絶対に出すなと」

「人命と主人の命令、どっちが大事か分かるだろうが!」

「し、しかし――」


 しつこく言い募る女中の体を強く押しのけ、よろけている隙にアニエスの体を持ち上げた――が、その刹那、背後より足音が聞こえる。


 それは、ゆっくりと、余裕のある歩みだった。

 カチャカチャという金属音は、ベルナールが普段から聞き慣れている、鎧などが重なり合って鳴るもの。


 嫌な予感がして、額に浮かんでいた汗が、つうと頬を伝う。

 思わず、ぎゅっとアニエスを強く抱きしめた。


 意を決し、背後を振り返る。その先に居たのは――ブロンデル本人だった。


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