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借り暮らしのご令嬢~没落令嬢、貧乏騎士のメイドになります~  作者: 江本マシメサ


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第四十四話 恋心

 なんとか一夜を明かしたベルナールは、アニエスのことを使用人に任せ、薄暗い中出勤をする。

 いつもより早く出勤したにもかかわらず、朝の騎士団は慌ただしい様相を見せていた。

 夜勤勤務に就いていた他部隊の隊員を捕まえ、何があったのかと訊ねる。


「保管庫の中の品が盗まれたんですよ」

「なんだと?」

「詳細は俺も知らないです」

「そうか。ご苦労だった」


 ベルナールは騎士服に着替え、自らの所属する特殊強襲第三部隊の執務室へと向かった。


 すでにラザールは出勤しており、難しい顔を手にした書類に向けている。


「おはようございます」

「ああ、早いな」

「ちょっといろいろありまして」

「そうか」


 手にしていた書類を苦い表情のままベルナールへと渡す。

 そこには、今日の騒ぎの詳細が書かれていた。

 さきほど少年騎士が何かが盗まれたと言っていたが、その何かとはアニエスの母親の婚礼衣装だったのだ。


「これは――!」

「犯人の目星は付いていたし、捜査に踏み込む段階まで作戦は進んでいた。だが、この事件のせいで何もかも崩れてしまった」


 犯人だと想定していた人物は現場不在証明アリバイがあった。よって、事件解決の道は途絶え、振り出しに戻ってしまう。


「何か婚礼衣装に秘密があるとしか思えないのだが、シェラード・レーヴェルジュは黙ったままらしい」


 アニエスの父であり、元宰相である男は自らの悪事についての供述はするものの、今回の事件については硬く口を閉ざしていると言う。


「アニエス嬢はどうしている?」

「元気です」

「それは良かった」


 彼女の身も危うい立場にあると話す。今回の件と無関係ではないだろうとも。


「やはり、彼女を安全な地域に連れて行った方がいいと思うが――」

「!」


 ベルナールはアニエスを他所へやると聞いて、言葉では表せない焦燥感に襲われる。

 そんなことはしない、彼女のことは自分がどうにかすると言いたかったが、常に傍に置いておけるわけではなく、完璧に守れる立場にはなかった。


「王都はこういう状況だから、地方で過ごした方がいいのかもしれない」


 母親と義姉が来ているという話をしていたので、ベルナールの生まれ故郷に連れて行ってはどうかとラザールは提案する。


「ですが、母と義姉は一度襲われています。犯人側も、領地などの居場所を把握しているかと」

「そうか……」


 もしも、アニエスのことが露見すれば、足取りは簡単に掴まれてしまう。

 連れて行くとしたら、ラザールの親戚が居る南西部の村の方がいいと思っていた。


「この件については、一度検討を」

「頼む。なるべく早急に」

「了解しました」


 はきはきと返事をしていたベルナールであったが、どうしてか胸がざわつき、なんとも落ち着かない気分となる。

 事件の謎が心を掻き立てているのか、それとも、アニエスの身を案じてこのようになっているのか、自分のことながら原因は掴めない。


「そういえば、昨晩のエルネスト・バルテレモンの件はどうなった」

「ああ、それは――」


 エルネストの件も報告する。


「奴もついに心を入れ替えたか」

「どうでしょうか? 口で言うだけなら誰にだって出来ますので」

「手厳しい」

「そこまで彼との付き合いも長いわけではないので」

「まあ、そうだな」


 エルネストと口裏を合わせていた通り、ラザールは上に報告をすると言う。


「まあ、騎士の位のはく奪はないだろうが、近衛部隊からの除隊とそれに伴う減給、謹慎は確実だろう。そうなってからが、彼の頑張りどころになる」

「そうですね」


 どうか自分に関係のないところで努力を重ね、汚名返上をして欲しいと、こっそり願うベルナールであった。


 ◇◇◇


 盗難事件でバタバタした一日を終え、帰宅をする。

 まず、使用人を集めて騎士隊が保管していた婚礼衣装が盗まれた旨を説明し、警戒を強めるように指示をしておいた。

 その後、母親、義姉、甥姪にアニエスと夕食を共にし、食後は遊戯盤を囲んで楽しい夜を過ごす。


 夜も更ければ、各々寝室へと移ることになった。


 ジジルはベルナールとアニエスに、ホットミルクを用意していた。


「なんだ、これ?」

「お二方とも、時折難しい顔をされていたので」


 子猫じゃあるまいしと言えば、これを飲むとよく眠れるからと勧める。


「おいジジル、寝室のカーテンは元に戻してあるだろうな?」

「ええ、ご心配なく」


 それを聞いて深く安堵をするベルナールであった。

 二人きりとなれば、ふとあることに気付く。


「猫はどうした?」

「今日は子ども達と眠ることになりました」

「そうかい」


 ミエルは子ども達の遊び相手として活躍をしていた。

 今晩は義姉の監視の元、幼い兄妹と共に夜を過ごすことになると言う。


 アニエスは今日一日の出来事について語った。


「本日は皆でクッキーを作りまして」


 以前は型抜きしか出来なかったが、今回は生地から作ったと話す。

 完成品を綺麗にラッピングして、ベルナールに手渡した。


「とても、美味しく出来たと思います」

「そうか」


 お礼を言って受け取った。

 もしも、これがジジルからの贈り物だったら、恥ずかしくて拒否をしていた。けれど、どうしてかアニエスの前では、素直に受け取ることが出来た。

 明日、休憩時間中にでも食べると言って、ありがたく頂戴する。


「……いろいろとすまない」

「え?」

「いや、家族とも、上手く付き合ってくれて、ありがたいなと」

「そんな、わたくしも素敵な方々と仲良くして頂けて、その、光栄です」


 素敵な家族だと評され、ベルナールはなんともいえない気分となる。


 穏やかで心優しく、押しが強い家族とも上手く付き合ってくれることを、ありがたいと感じていた。

 アニエスを見れば、淡い微笑みを向けていた。

 それを目の当たりにすれば、心がじんわりと暖かくなる。

 彼女みたいな女性を妻に迎えることが出来たら幸せだと、ベルナールはぼんやりと思っていたが、急にハッとなって我に返った。


「ベルナール様、どうかなさいましたか?」

「……ああ、どうか、していた」


 とうとう、彼は正体不明の感情に気付くことになった。


 アニエスを手放したくないのも、意地になって守りたいと思うのも、気になって仕方がないのも、全ては彼女に特別な好意を抱いているからだ。


 それは、彼が異性に初めて感じるもので、今まで縁のないものだった。


 ベルナールはアニエスのことが好きなのだと、やっとのことで自覚することになった。


 以前、アーモンド菓子ドラジェを貰った瞬間に落ちたのは、恋という名の底なしの穴だったのだと今更ながらに気付く。


 今までの行動を振り返り、あまりの情けなさに肩を落とした。

 そんなベルナールに、アニエスは傍に近づいて心配していた。


「だ、大丈夫ですか? ジジルさんをお呼びしましょうか?」

「いや、平気だ」


 隣に座るように言えば、ゆっくりと腰かけるアニエス。眉尻を下げ、憂いを帯びた表情でベルナールを見上げていた。

 ジジルは言っていた。アニエスの気持ちも読み取って欲しいと。

 婚約者役や家族との付き合いなど、何も思っていない相手にすることではないと、ベルナールは改めて思う。

 なので、自分達はきっと、同じ想いを秘めているのだろうと考えていた。

 そんな彼女の白い手に、自らの手を重ねる。

 アニエスの手はここでの生活で労働を重ね、手先が荒れていた。見た目では分からないが、触れたら分かるものだった。

 その事実にも、胸を締め付けられるような思いとなる。


 突然の出来事にアニエスの目は見開かれ、頬はどんどん紅く染まっていった。

 嫌がる様子は見せなかったので、ベルナールはホッとする。

 そして、自らの決意を語ることになった。


「お前を取り巻く事件が解決したら、聞いて欲しい話がある」

「それは……!」

「悪い話ではない、と思う」


 アニエスは潤んだ目でベルナールの言葉にしっかりと頷き、返事をした。


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