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初めてキミと……〜後半〜










「やっぱりシュリーの作るメシは美味いな」





夕飯になり…広間のダイニングテーブルには沢山の料理が並んでいた。

ジークフリートは懐かしそうに、スープを口に運ぶ。

「ふふふっ…ですが、わたくしだけでなくアンナ様も頑張って下さったのですよ」

「いえ……」

アンナは恥ずかしそうに目を伏せた。

多少は手伝いはしたが、シュリーの手際の良さには感服する思いだった。

「謙遜なさらずとも…とても美味しいですぞ」

アルゴも手探りでスープの皿に触れて位置を確認しつつ何度も口に運ぶ。

ジークフリートもニコニコと笑う。

「前食ったのはジャムだったから…料理はどれくらい上手か知らなかったけど…美味いよ、アンナ」

「………………そう…」

ジークフリートに褒められると無性に照れてしまう。

アンナは自分の頬を押さえながら、頬に集まった熱を冷まそうとした。




楽しい歓談をしながら、夕食を終える。

その後もお茶をしながら思い出話をしてもらった。

その頃にはアンナに対して、老夫婦の話し方は打ち解けてフランクになっていた。

楽しい時間はあっという間で……気づけばもういい時間だった。

「もういい時間ですし…湯浴みをどうぞ」

シュリーの勧めにアンナは頷く。

そこでアルゴが「あぁ…」と思い出したように呟きを漏らす。






「お二人で一緒に入られるのですかな?」






「「はいっ⁉︎」」

彼の唐突な言葉に…アンナとジークフリートは真っ赤になりながら、叫び声に似た声を上げてしまった。

「夫婦なのでしょう?最近は夫婦共に湯浴みをすると聞きますからなぁ」

暢気なアルゴの言葉にアンナとジークフリートは即座に否定をする。

「いや、そんなことはしませんからっ‼︎」

「そうだ‼︎それは偏見だ‼︎」

「おやおや…そうですかのぅ」

真っ赤になって押し黙ってしまった二人を見て、シュリーは上品に笑う。

「お爺さん…どうやらお二人は初心うぶなようですから、それぐらいにしてあげなさいな」

「そうでしたか…お節介が過ぎましたのぅ」

二人の笑い声に居た堪れなくなったアンナは勢いよく立ち上がる。

「お風呂に行ってきます‼︎」

「では…わたくしが案内しましょうね」

ジークフリートとアルゴを残して、シュリーの案内で風呂場へ向かうのだった…。













*****








残された広間で…アルゴは嬉しそうに話した。

「今日は坊ちゃんの初めてを沢山知りました」

「そうか?」

ジークフリートはアルゴの言葉に苦笑する。

「坊ちゃんは昔から大人びておられましたからなぁ…この目が見えていたら、きっとアンナ様と仲睦まじい姿が見れたでしょうに」

アルゴはそう言って自身の瞼に触れる。

それを見たジークフリートは…悲しそうに目を伏せた。






(…違うんだ…アルゴ……俺は……卑怯だ……………)






ジークフリートはアルゴの目が見えないことを利用して沢山の嘘をついていた。



本当の自分ことも……。



アンナとの偽装の結婚のことも……。



ここに来る…〝本当・・理由・・〟も……。



(………………)

毎回ここに来ると……懐かしく思う反面、心が凍てつくのを感じていた。

暖かいこの場所は……ジークフリートに取っては、息苦しい場所でしかなくて。

嘘と下心と笑顔の仮面だらけで、いつ首を取られるか分からない王宮に戻ると…その氷点下のような冷たさに安堵を感じた。



ここにいると……自分は冷徹こんな人間なんだ、って実感するのだ。



アルゴとシュリーの優しさに…暖かさに触れて、自分はこんな所に居ていいのか…って不安になって仕方なかった。

いや…自分で自分が暖かい所に居てはいけないことが分かっているからこそ、アルゴとシュリーには悪いが……ここに来た時、ちゃんと間違えないように自分の心を戒めていたのかもしれない。

育ての親の様子を見るという口実で、自分のために来ていたのだ。

ジークフリートは自分が卑怯で愚かだと分かっていた。

自分本意でしかない。自己中心的な人間であると。


心を凍てつかせるために……ここに来たはずなのに……。



………今回は心が凍てつくことがなくて。


それ以前に…この暖かさを不安に感じるどころか、安心してしまう始末だった。





その理由は…何となく分かっていた。






この屋敷以外の場所で…この暖かさを感じ続けていたから。






(………………慣れてしまったのか……?)

この屋敷以外の暖かい場所を…暖かさをジークフリートは知らなかったのに……知ってしまった。

そしてその暖かさに…浸かっていたら、心の戒めが緩んでしまった。

ダメだと分かっているのに…〝彼女〟はその暖かさを与えるから……赦されてると思ってしまっているのだ。

(……………弱くなったなぁ…)

ジークフリートは自分の目元を手で覆う。

自覚しているなら、離れればいい。

なのに…離れ難いのは……執着・・しているから。



誰もこの場所には連れて来させなかった。



自分の心を凍てつかせるために利用していた場所であったとしても……育ての親であるアルゴとシュリーが暮らす屋敷だ。

大切な場所に変わりない。

だからこそ…他の人には立ち入らせたくない場所だった。




それでも……連れて来たのは……。




「坊ちゃん…?」

黙ってしまったジークフリートをアルゴが心配する。ジークフリートは慌てて首を振ると、ニカッと笑った。

「ぼーっとしてた」

「ふぉふぉふぉ…そうですか」

その後、シュリーも戻って来て話をした。

王宮の話を聞く二人はとても嬉しそうで…。



昔は苦しくて仕方なかったのに、今では嬉しくて仕方ない。



これも全部ー………。










*****








アンナとジークフリートも入浴を終えた後…二人は同じ部屋で寝ることになった。

「………………」

「そんな隅っこにいなくても…取って喰ったりはしないぞ?」

ジークフリートがベッドに腰掛けながら、部屋の中央にあるソファのベッドから一番離れた隅っこに座っているアンナを見つめていた。

「べっ…別にそういう訳じゃっ……」

アンナにしては初めての異性との外泊なのだ。場所が場所であれど、緊張することに変わりはない。

「……アンナ、こっちにおいで?」

ジークフリートはアンナを手招きする。

従ったらどうなるか分からなかったのに…反射的にジークフリートに近づいてしまった。

「今日はどうだった?」

目の前に立ったアンナを見上げるようにしながら、彼は質問する。

アンナは少し黙り込むと、柔らかく微笑んだ。

「楽しかったよ?ジークが木の実パイが好きって知ったし」

「まぁ…好きだな」

「ちっちゃい頃はおねだりしたんだってね?」

ニヤニヤしながらそう言うと、ジークフリートは少し恥ずかしそうに頬を赤くした。

「……いや…そんなことはないと思うぞ?」

「シュリーさんが言ってたもの。どうしてそんな可愛らしいことしてたのにこんな悪魔にと育ったんだろうって思ったもん」

クスクスとアンナは笑っていたが…その言葉にジークフリートは目を見開く。




「………………昔のこと…聞いたのか…?」




「…………………ぁ…」

困惑した声を出すジークフリートにアンナは弁解する。

「ううん、聞いてないよ。だって…本人ジークの口から聞かないと意味ないもの」

「………………」

ジークフリートの瞳の中で、迷子のような暗い光が揺れる。






「…………………聞きたい…?」






「………………っ…」

聞きたくないか聞きたいかで言われたら…聞きたいに決まってる。



ジークフリートのことを知りたい。



そう思ってしまう。

でも……。

「知りたくないって言ったら嘘になるけど…言ったでしょう?ジークが話してくれるまで待つって」

「………」

「ジークが話すの辛いなら…聞かないよ」

アンナは微笑む。

安心させるように微笑む。

それを見たジークフリートは言葉を失くしていた。

その顔が…子供みたいに泣きそうに歪む。

「…………………今は…」

「うん?」

「………もう少しだけ…待ってくれないか?」

「………………‼︎」

ジークフリートはアンナの手を握る。






「いつか…必ず話すから」






アンナは頷く。

ジークフリートが自分のことを話そうとしてくれる。自分の領域に入れてくれようとしてくれる。

それが……嬉しかった。

「その時は…私のことも話させてね?」

「…………おぅ…」

互いに何も知らない。

でも…徐々に知っていけばいい。

気持ちが昂ってしまったアンナはジークフリートのことを抱き締める。頭を撫でるようにして…抱え込む。

「…………っ…‼︎」

ジークフリートが息を飲んだ。

そして…その纏う雰囲気がガラリと変わる。






「アンナは……悪い子だなぁ?」






「…………………ぇ…っ…⁉︎」

楽しそうなジークフリートの声に、アンナはハッとする。

(………………ヤバい…)

調子に乗って、ジークフリートを怒らせたことを思い出す。

冷や汗が止まらない。

今、抱き締めている人からは……完全なる悪魔オーラしか出ていなかった。

アンナが急いで身体を離そうとするが、それより早くジークフリートが腰に手を回して逃げられないようにする。

そして……。






むにゅんっ……。






「なっ⁉︎」

ジークフリートはアンナの胸に頭を擦り寄せた。




「〜〜〜〜〜〜〜〜っ…‼︎」

アンナは耳まで真っ赤になる。

薄いネグリジェだから、ジークフリートの暖かさが直に胸に伝わる気がした。

「あ〜……気持ちいい…」

胸元で喋られたら、恥ずかしくて死にそうになる。

「止めてっ‼︎セクハラっ‼︎」

「先に頭、抱いたのはアンナだろ?」

「違うからっ‼︎やーめーろーっ‼︎」

「何が違うんだかなぁ?」

ジダバタと暴れるがジークフリートは離そうとしない。アンナの目尻に涙が浮かぶ。


恥ずかしい。


でも、嬉しい。


触れてくれることが嬉しくて…恥ずかしいのにもっと触れて欲しくなる。

そう思ってしまうから…余計に恥ずかしい。

恥ずかしさと嬉しさで煩いくらいに鳴る心臓の音が……ジークフリートに聞こえてしまっているだろう。




「…ジー……クゥ……」




アンナの声がとても甘いものになる。

その声を聞いた瞬間、ジークフリートの動きが止まる。

「……………………」

「……ジーク…?」

「…………これはヤバいかもしれない」

「………ぇ…」

急いで身体を離したジークフリートは、勢いよく立ち上がり、スタスタと扉に向かって競歩する。

「ジッ…ジーク⁉︎」

名前を呼ばれたジークフリートは廊下に出る前で止まり、振り返らずに返事をする。



「…………ちょっと冷静になってくる…先に寝てていいから……」



そう残して出て行ってしまって…一人残されたアンナは煩いくらいに鳴っている胸を押さえる。

その場所には…まだジークフリートの感触が残っていて……。



「こんなので…眠れる訳ないじゃないっ……‼︎」





その後…ジークフリートが戻ってくることはなかったが……。



次の日…アンナはとても寝不足だったー。











◆◆◆◆◆








翌日ー。


ジークフリートは広間のソファで居眠りをしてしまったらしく、アルゴとシュリーに見つけられた。

寝不足気味のアンナを見て、何かを悟ったらしい老夫婦は何と言わなかった。


その後、朝食を済ませ、アルゴとシュリーに見送られながら二人は屋敷を発った。

「…アンナ、何を貰ったんだ?」

いつもの同じように話すジークフリートは昨日のことを感じさせない。アンナもそれに従うようにいつも通りに振る舞う。


立つ直前、アンナはシュリーに一冊の本を貰った。



『坊ちゃんをよろしくお願いしますねぇ』



アンナはその本を開く。

「…………あ…」

そこには沢山のレシピが載っていた。

隣に座っていたジークフリートもそれを覗き込む。

「……これ、俺が好きな料理ばかりだ」

「ジークが?」

「………なんで…」

アンナは嬉しそうに微笑む。そして、ジークフリートにお願いをした。

「ねぇ、ジーク」

「ん?」

「私…簡単な読み書きしか出来ないの。だから、教えてくれない?」

「……別にいいけど…なんで急に…」

「これ、作ってあげたいから」

アンナはそう言ってレシピを持ち上げる。

彼はキョトンとした後……勢いよくそっぽを向いた。

「ジーク?」

「……………………バカじゃねぇの…そんな可愛いこと言われたら……どうしていいか……そもそも…昨日だって………」

「おーい?ジーク〜?」

ボソボソと何かを言っているジークフリートはアンナの呼び掛けに答えない。

暫く待った後、ジークフリートは一瞬だけアンナを見て……。






「……………《悪女》め」






「はぁっ⁉︎」

その一言でアンナはムカっとする。

しかし、彼はまたそっぽを向いてしまって…。

「何が《悪女》よっ‼︎ジークの方が超絶《悪女》でしょっ⁉︎私より向いてるしっ…いっそ、女装してジークがやったらいい‼︎」

脊髄反射の売り言葉に買い言葉……。

ハッとしたのは言ってしまった後で。

「………………ほぅ…俺のことを…女だって言いたいのかぁ〜……」

振り返ったジークフリートが悪魔モードだったのは…完全にアンナの落ち度だった。









その後…王宮に着くまで二人は喧嘩(?)を開始して……。

最終的にキレたジークフリートがアンナに自分を男だと示すために翻弄したのは………また別の話ー。








一週間ほど、投稿が出来なくなります。


一月三十日、再開予定。

よろしくお願いします

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