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女王対策作戦会議〜《悪女》訓練〜








隣国の女王はとても美しい《女帝》であったー。




真っ赤に燃えるルビーの髪と瞳。


真っ赤なルージュ。


真紅のドレスを好んで着る彼女の名前はスカーレット。


スカーレットは死んだ夫…つまり隣国の帝王の後を継ぎ、女王となったー。

本来は女王ではなく女帝と呼ばれるのだが…彼女は自身を女帝と呼ばない。

その理由を知るのは…ごく一部。

しかし、それは重要な話ではないだろう。

彼女は様々な名で呼ばれた。


《傾国の美女》。


《真紅の悪女》。


《毒の魔女》。



彼女は様々なあだ名で呼ばれた。故に女帝も女王も関係ないのだとスカーレットは言った。それも理由の一つなのであろう。

しかし…人々が呼ぶそれらのあだ名は彼女の美と武力の前に消え去るのだー。



そして……その噂がとうとう、彼女の耳に入ったのだー。
















「…………………ねぇ…それ、どういうこと?」















謁見の間で、王座に座ったスカーレットが目の前にひれ伏す金髪の執務官の青年に聞いた。

「…………隣国の国王…ジークフリート様がご婚姻されたそうです」

「…………………はぁ⁉︎」

「お相手は平民出身のとても美しい娘とか」

「ふ…ざけないでよっ………‼︎」

スカーレットは激怒する。

ジークフリートが結婚したなんて…信じたくなかった。信じられなった。

「散々、わたしからの求婚を無視して…平民と結婚⁉︎」

「女王陛下…」

「今すぐ隣国を制圧してしまいなさー…」

「お言葉ですが、女王陛下」

ひれ伏していた執務官が顔を上げる。

彼の瞳は 意を決したように、薄紫色に輝いていた。

「なんでも…その王妃は《悪女》と呼ばれる女であるそうで…ジークフリート様はその女に誑かされていると噂になっているのです」

「……ジークフリートが…誑かされている……?」

スカーレットの声に疑問が浮かぶ。

執務官はそれを見逃さなかった。

「つまり…陛下の色気を退けていましたが、所詮は男であったということです」

「………だから何だと言いたいの⁉︎」











「陛下の魅力でジークフリート様の目を覚まさせるのですよ」












「……………どういうこと…?」

スカーレットが興味の色を示す。執務官は声が震えないように話す。

「スカーレット女王陛下は高貴な血を引く絶世の美女であられる。平民の王妃に騙されているジークフリート様をやはり、女王陛下が本当の妃として相応しいと思わせるのです」

「……どうやって…?」

「それは勿論、女王陛下の美でございます。妃を娶ったということは…女性の魅力を学んだと言うこと。ジークフリート様の妃よりも素晴らしい魅力を持つ女性陛下がの方の目を覚まさせるのです」

執務官は緊張で脈打つ鼓動を抑えながら、ひれ伏す。

彼女は決して愚かな訳ではない。女性としての自信があるだけで、自分自身の力でこの国を治世していることに変わりはない。

つまり…これの賭けにスカーレットが乗るかは…一か八かの勝負でもあった。




「成る程ね……」




スカーレットが艶やかな笑みを浮かべる。

女として絶対の自信を持つ彼女は……。

「ジークフリートはその女に騙されているのね」

「はい、そのような話です」

「ならば…わたしがジークフリートの目を覚まさせてあげないと」

ジークフリートのことになると…彼女は途端に愚かになる。



〝恋は盲目〟……まさにそんな状態になる。



スカーレットは立ち上がり、執務官に命令を下した。

「今すぐ隣国に渡り、ジークフリートとその《悪女》の様子を探ってきなさい」

「はっ」

執務官は一礼して謁見の間から立ち去る。


しゃがみ込んでしまいそうになるのを、足を叱咤することで何とか堪える。


謁見の間から退室し…廊下を歩いている途中、彼はポケットの中から一枚の紙を取り出す。それを見つめた後、再び大事そうに仕舞うのだった…。














*****




















「えー…ただいまより〜…女王対策作戦会議を開始しまーす」





昼下がりの王宮の執務室…ジークフリートは締まりのない声で作戦会議の挨拶をした。

アンナとグランドはそれを見て、険しい顔をしていた。

今日の朝、アンナはジークフリートに昼下がりに王宮の執務室に来るように言われた。何の用とかは言われなかったため、何事かと思ってやって来たが……。

「ジークフリート様…この作戦会議はそんなに気の抜けるものではないかと思われますが」

「気にするなよ」

「……と言うか…仮にも隣国の女王に対策と言うのは如何なものかと…」

「あながち間違いじゃない」

グランドの嗜めるような言葉をジークフリートは適当に流す。

アンナはその光景を見つめていた。

(…なんか…ジークとグランドさんって……親子みたい……)

父と子と言うよりは…母と子みたいだと、暢気に思う。

「まぁ…女王あいつのために時間を割くのは面倒だしな」

ジークフリートは本当に億劫そうにそう言う。そこでふと、ジークフリートはアンナを見つめる。

「そう言えば…アンナ」

「…なっ…何?」

急に名前を呼ばれたアンナは少し慌てて返事をする。

「お前、暖色系好きなの?」

「………どういうこと…?」

話の脈絡が読めないアンナは眉間に皺を寄せる。ジークフリートはそんなアンナのドレスを指差した。

「オレンジとか淡い山吹色とか…そういう系統ばっかだから」

そう言われて、アンナは今日の服を見る。今日はシンプルなデザインの山吹色のドレスだ。確かに…勿論、他の色も着ているが…割合的には暖色系というか黄色や橙色系統ばかり着ている。

アンナは困り顔でジークフリートを見つめる。

「………変?」

「いや?アンナの瞳と合って可愛い」

「かっ…可愛いっ⁉︎」

「……そんなに慌ててどうした?」

ジークフリートは真っ赤になったアンナに首を傾げる。






「…………ジークフリート様……本件を……」






黙っていたグランドが厳しい声でそう言うと、彼はやれやれと言った様子で机の中から一枚の手紙を取り出した。

「じゃあ、本題行きまーす」

言葉の軽さとは裏腹な…ニヤッと悪い笑みを浮かべる。
















「一週間後、隣国から使者が来る」
















「「はい⁉︎」」

ジークフリートの言葉にアンナだけでなグランドも驚いていた。

グランドが大声で彼に問いただす。

「ジークフリート様⁉︎聞いておりませんが⁉︎」

「いや、今言ったからな」

「何故そのような大事なことを今頃⁉︎」

「これが正式な通達書じゃないからだ」

「………なっ…」

その時、トントン…とドアがノックされた。

「ナイスタイミング。入れ」

ジークフリートが返事をすると、外交執務官が一枚書類を持って、入って来る。

「り…隣国からの……その…訪問状です」

「ありがとう」

外交執務官が出て行ったのを見送ると、ジークフリートはそれを見ながら悪そうな笑みを浮かべる。












「ははっ…罠に引っ掛かったな」











それを見たグランドは意味が分かったように、呆れた溜息を吐く。

「………そういうことですか…」

「話が早くて助かる」

「えっ…あの……どういうこと…?」

一人、意味の分からないアンナは首を傾げながら聞く。しかし、ジークフリートは爽やかな笑み浮かべた。

「アンナは気にしなくていい。隠し事下手そうだしな」

「はぁ⁉︎」

「素直過ぎなんだよ、お•ま•え•は」

「くぅ……」

言い返せないあたりが悔しい。

アンナは化粧映えする見た目《悪女》であれど…中身は平凡。普通の人だ。

駆け引きとかは嘘とかが上手く出来ないのは当たり前だ。

「まぁ…今回ばかりは《悪女》訓練するぞ」

「《悪女》訓練って何⁉︎」

「今までは俺やグランドの手でも《悪女》として広められたが…今回ばかりはアンナの力が必要だ」

ジークフリートはそう言って頬杖をつきながら、ゆったりと微笑んだ。






「お前は俺の妃だ。協力してもらうぞ?」






「…………ぇ…」

その時…アンナは初めてそんなジークフリートの笑みを見たかもしれない。



胡散臭い爽やかな笑みでもない。


悪魔みたいに悪い笑みでもない。


あの日見た、穏やかな笑顔でもない。



緩んで…信頼するって言ってくれるみたいな笑顔だった。



「…………う…ん…」

だから、思わずアンナは素直に頷く。ジークフリートも「よし」と穏やかな笑みを浮かべる。




「………………」




そんな二人を見て…小姑みたいな顔をするグランドだった。











*****









「何をしたんですか…」

「何がだ?」

取り敢えず…ジークフリートの執務の都合上、アンナの《悪女》訓練は夜にすることになった。

アンナが後宮に帰った後、ジークフリートとグランドだけになった執務室。

グランドは怪訝そうな溜息を漏らす。

「……ジークフリート様と王妃様の間の空気ですよ」

「うん?」

「只ならぬ空気を感じるのですが?」

「………………………」

ジークフリートはそう言われて呆然とする。

そして、少しだけ恥ずかしそうに頬を染めながら顔を背けた。

「っ⁉︎」

それを見て、グランドは愕然とする。

長く付き従って来たジークフリートのこんな顔…初めてであった。



まるで………。



グランドは重々しい口調で、ジークフリートに話す。

「……王妃様はいつかご離婚されるお方ですよ」

「………………」

「分っていられますよね…?」

「………………分かっている…」

ジークフリートの声が急速に冷たい色を帯びる。

その瞳は…暗い色を宿していて……。

「しかしっ…」

「グランド」

「っ‼︎」

ジークフリートは呆れたような溜息を漏らす。そして…獣のような鋭い視線でグランドを睨みつけた。






「……………………何度も言わせるな」






「………っ…」

グランドがビクリと震える。

「………………気の所為だ。それ程心配せずとも…間違えはしない」

「………」

「この結婚はあくまでも〝計画・・〟のため。分かっているから…安心しろ」

「……申し訳…ありませんでした……」

ジークフリートは静かに目を伏せる。




彼の心に渦巻く感情は…彼自身にも分からない。











*****












夜になり…王妃の部屋では、アンナとジークフリートが向かい合うようにしてベッドの上に正座していた。

これから執務室で言っていた《悪女》訓練なるものが始まるのだ。

アンナは不安気な顔で聞く。

「……訓練って…一体何するの…?」

「うん?」

ジークフリートがニコッと微笑む。

その笑顔はいつもの悪魔的な笑みで…アンナは自分の頬がピキッと引きつるのを感じた。

(………ヤな…予感……)

「何をするかは簡単だ。お前は《悪女》になればいい」

「いや、だからその《悪女》をどうやっー…っ⁉︎」



唐突に、アンナの顔が上を向いた。



ジークフリートが…彼女の顎に指を添えて持ち上げたのだ。余りにも自然な仕草過ぎて、反応出来なかった。

蠱惑的に微笑む彼の顔が…至近距離に迫る。

彼の翡翠の瞳の奥に…何かが揺らいでいる気がして……堪らなくなるくらいに顔が熱くなった。

「ジッ…ジークっ…‼︎」

「………うん…?」

甘ったるい…舌ったらずみたいな声。

アンナは耳まで真っ赤になって…呼吸をするのも忘れそうになるくらい…硬直した。

そして…顔がゆっくりと近づいて来た……次の瞬間ー。






「…………………分かった?」






「っっっ⁉︎」

ジークフリートは至近距離でとても悪い顔をする。

ニタニタと…アンナの様子を観察するような視線で。

その瞬間、からかわれていたことに気づく。

「ジークっ‼︎」

「でもこれで《悪女》の何たるかが分かっただろ?」

「はぁっ⁉︎」

ジークフリートはクスッと微笑みながら、アンナの頬を触れるか触れないかの距離で撫でた。

そのまま、彼女の耳元に唇を寄せて…掠れたような声で囁く。












「……流れるような自然な仕草で…相手を骨抜きにする……全ては自分の手で転がしているに過ぎないってこと……」











「……………っ…」

今度こそ、アンナの思考回路はショートした。

自分ではジークフリートのようには出来ない。絶対に出来っこない。そう確信出来るほどに、彼の色気にてられていた。

「はい、じゃあ頑張ってみようか?」

コロッと態度を変えるジークフリートの言葉にアンナはハッとする。最初から無理だと言っておかないと…どうなるか分かったもんじゃない。

「……っ‼︎ムリッ‼︎」

「無理じゃないから」

「いや、絶対に無理だって‼︎今すぐ《悪女》を辞退させて頂きます‼︎」

「なぁに言ってんのかなぁ〜」

逃げようとしたアンナの肩と腰に腕を回し、ジークフリートは逃げられないようにアンナを拘束する。

「………ひっ…」

「逃がすつもりはないから、安心して《悪女》になってくれ…って言ったろ?」

「いや…あのっ…そのっ……」

「そもそも…夫の俺に向かって『ひっ…』ってどういうことだよ…」

ジークフリートは憂いを帯びた声で呟く。

絶対絶対のピンチとは…このことだろう。


(あぁ…悪魔が笑う……)


久しぶり過ぎて忘れかけていたが…目の前の男は国王である以前に悪魔なのだ。

忘れるんじゃなかった…気を抜くと…簡単に喰われてしまう。






(……………もう魔王でいいんじゃないかな……)






アンナの心の声を読んだのか、察知したのか…ジークフリートがひと際綺麗に微笑む。

「また失礼なこと考えてるだろ?」

「……………………。」

(エスパーかっ‼︎)

アンナは身体がプルプル震えるのを何とか堪えようと頑張る。

しかしむなしきかな…悪魔ジークフリートの前では意味がない。

「よし…生意気かわいいから本気で指導しよう」

「今すぐ帰ります」

「逃がさないっての。さぁ…立派な《悪女》になろうか」



こうして…悪魔ジークフリートによる《悪女》訓練なるものが開始されたのだったー……。














ベッドの上で…アンナは出来るだけ緩やかに、艶やかに微笑む。

少し強張った横座りをして、両手を前につき、上目遣いでジークフリートを見つめる。

その唇が…弧を描く。



「……ジッ…ジーク…サマ…?」



アンナはぎこちない声でジークフリートの名前を呼ぶ。彼はアンナの方に振り返り、ニコッと微笑んだ。

そして……。



「はい、カタコト喋り過ぎてダメー」



アンナを小馬鹿にするようにジークフリートは胸の前で両手をバツ印にする。それを見たアンナは、いつもの雰囲気に戻ってギリッと睨みつける。

「何回目よっ‼︎」

「えーっと……合計して三十五回目?おめでとう〜そんなにダメばっかりで」

「何っ回、ダメ出しすればいいのよっ‼︎」

「俺だって心が痛いぞ?こう何回も何回もダメ出しばかりで……」

ふぅ…とジークフリートはワザとらしい憂いを帯びた溜息を漏らす。

そして…爽やかな笑顔で口を開いたと思ったらー…。






「このだ•い•こ•ん•や•く•しゃ•がっ‼︎」






「………なっ…」

爽やかな罵声を浴びせた。

アンナの中でピキッと堪忍袋の緒が切れる。






「誰が………誰が大根役者だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ‼︎」






アンナの怒声が夜の後宮に虚しく消えていく。



一週間という《悪女》訓練…それは地獄のような格闘の始まりだったー。










◆◆◆◆◆






二日目………。

ジークフリートがアンナの顎を掴みながら微笑む。

「はい、ダメ。歩き方が悪い」

「…………ちっ…」

「舌打ちしない」

「スミマセンネ」

アンナは頬に手を添えて、棒読みの台詞と似合わない笑顔を浮かべる。

(歩き方でも《悪女》を演じるってどういうことよっ……‼︎)

互いに微笑んでいるのに、間に流れる空気はまるで極寒。

アンナは昨日の『大根役者』と言われたことを忘れていない。あくまでも逆らうつもりだった。

「アンナさん?やる気ある?」

「………………」

「アンナ〜?」

「……………………………」

ジークフリートは溜息を漏らす。そして……。

「…………………ちゃんとやらないなら…」

「……………ぇ…」

グイッ‼︎

アンナの腰にジークフリートが腕を回す。そして…耳元に唇を寄せる。






「…………………………身体に手取り足取り、教え込むけど?」






それは完全なる悪魔の囁きー。


それを容認したら、アンナの〝何か〟が終わる気がした。

「精一杯やらせて頂きます‼︎」

「よろしい」

その時のアンナが即答であったのは…言うまでもない。










◆◆◆◆◆







三日目……。

ソファに寄り添うように座り合う。

ジークフリートの肩にゆるりと頭を預けながら、アンナは気の抜けた顔で微笑む。

昨日の今日でアンナは進歩していた。

「………ジーク様…?」

「………アンナは可愛いね?」

「…………ジーク様の方が……素敵よ…?」

「…………じゃあ……」

ジークフリートがアンナの耳元で何かを囁く。

その瞬間、アンナは思いっきり息を詰めらせて噎せた。

「ふざけないでよっ…‼︎」

アンナは真っ赤になりながら、ジークフリートを睨みつけた。

「まだまだダメだなぁ。それで困惑してたら《悪女》なんて言えないぜ?手玉に取る気で相手取あいてどらないと」

「そんなジークみたいなことが出来るかっ‼︎」

「出来るようになるまで終わんねぇからな」

アンナはその言葉に愕然とする。


因みに…その日は完璧に出来るまでではないが、及第点が貰えるまで終わらなかったー……。








◆◆◆◆◆






四日目……。

アンナは眉間に皺を寄せる。

目の前には艶やかな笑みを浮かべるジークフリートがイチゴを手で差し出す。

「はい……あーん…?」

お手本でやったジークフリートの方が《悪女》のようだ。

「………………」

「……何だよ、その目は」

「…………………別に?」

アンナは「フッ…」と小さく笑う。それに目敏めざとく気づいたジークフリートはアンナの口の中にそのイチゴをぶち込んだ。

「んぐっ⁉︎」

アンナの唇に彼の指先が触れる。真っ赤になるアンナにジークフリートはニコッと笑う。

「明日からもっと厳しくやるな?」

「なぁっ……⁉︎」



「………………………覚えてろよ……?」



ドスの効いた声でジークフリートが囁く…。

笑うんじゃなかったと後悔するのは、今更だった……。








◆◆◆◆◆






五日目……。

静かにアンナは口を閉じる。

ジークフリートも口は閉じているが…ニタニタと笑っている。

厳しいかと聞かれたら…やっていることは厳しくないだろう。しかし…アンナに取っては厳しいものでしかない。

「……………」

「……………」

見つめ合い過ぎてアンナはのぼせそうになる。そして…アンナがふいっと顔を背けようとしたら…。

「はい、ダメ。目ぇ、逸らさない」

「なっ⁉︎」

ジークフリートが背けられなくするように両頬に手を添えて、グイッと顔を見つめ合わせ直す。

「また最初からやり直しな?」

「まだ見つめ合うの⁉︎これが《悪女》訓練⁉︎」

「当たり前。目でも相手を誑かせるんだぞ?」

「うぅぅぅうっ……。」

「はい、また十分な」

目を見つめ合わせ続けることは…アンナに取って、恥ずかしいことでしかなかった。

しかし、ジークフリートは逸らすことを許さない。

(完全に…ジークの方が…《悪女》に向いてるっ……‼︎)

アンナは心の中で叫び声を上げる。

そうして…また目を合わせ始めたー…。









◆◆◆◆◆






六日目……。

アンナは眠そうにウトウトとする。

今日はジークフリートが来るのが少し遅かった。

「……アンナ…?眠いのか…?」

「……だいじょうぶ…」

ソファでウトウトするアンナの前でジークフリートがしゃがみ込みながら、彼女を見上げる。

「今日はめとくか?」

「だいじょうぶだって…ばぁ……」

舌ったらずな声で子供みたいにアンナは言う。そんなアンナを見て、ジークフリートは瞬きをする。

「じーく…?」

名前を呼ばれてジークフリートは少し咳をしながら、アンナに微笑み掛ける。

「やっぱり今日は止めとこう。もう眠りな」

「…………むぅ…」

「アンナ?」

「じーく……」

動こうとしないアンナにジークフリートは首を傾げる。





「いっしょに…ねて?」






「……………………………はい?」

アンナは寝惚ねぼけ眼で彼を見つめる。

ジークフリートはその場で硬直する。

「じーくは…わたしのゆーこと…きかなきゃだめなんら…よ…?だから…いっしょにね…りゅ…」

アンナは「ふぁ〜…」と大きな欠伸あくびをすると、ジークフリートの首に腕を回して…そのまま寝てしまった。

抱きつかれたジークフリートは何も言わずに、顔を手で覆う。

「……………アンナが…《悪女》に向いてなくて良かったかもしれない……」

その手の下が…真っ赤に染まっているのは丸分かりで。

(……………今のアンナは寝惚けてるだけだけど……)






「………………これ…普段でこんなのされたら……完全に《悪女》だ……って言うか…無自覚の方が《悪女》って……どういうこと…?」






悪魔みたいなジークフリートが本気で困惑していたのだが……寝てしまっていたアンナはそれを知らなかったー……。









◆◆◆◆◆







七日目……。

アンナは朝早くからジークフリートの元へ向かっていた。

今日は隣国から使者が来る日。

なのに、昨日は眠ってしまっていたらしい。気づいたらベッドで寝ていた。

ジークフリートの部屋の前に来ると、急いで扉をノックする。返事が聞こえると、アンナは急いで扉を開けた。

「ジーク‼︎」

「……‼︎」

アンナはジークフリートの様子にキョトンとする。

(……動揺したように見えたのは…気の所為?)

「……どうした?」

ジークフリートは普段通りに爽やかに微笑む。アンナはハッと思い出す。

「昨日、寝ちゃったみたいで…ごめん‼︎」

「えっ⁉︎あ……あー……大丈夫だ」

しどろもどろになるジークフリートにアンナは益々キョトンとする。

「…………大丈夫?」

「だっ…大丈夫だ。それにアンナはもう充分、全体的に及第点には達したと思うしな‼︎」

「……………そう?」

「あぁ」

ジークフリートはニコッと微笑む。それにアンナは少しホッとする。

「それに………これ以上、《悪女》っぷりが増したらヤバそうだしな……」

「……………………ん?」

「なんでもないぞ?」

ジークフリートはアンナの頭に拳でこつんっと軽く触れる。






「信頼してるから……よろしくな?」






「…………………っ…」

あの時と同じ笑顔だった。信頼してくれてる笑顔。そう思ってしまうのは…自意識過剰かもしれないけれど…。

「……………う…ん…」

アンナは身体がじわっと熱くなりながら頷く。


それに応えたいと思った。

それだけで…いいかもしれない。


そう思える程に…彼の笑顔は、優しかったー。


























二人の心には…まだ、名前をつけられない〝想い〟が静かに育ち…成長し始めているー。



それが花開くのは……まだ先ー。










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