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宝石の兄妹は恋をする

読んで頂けたら、幸いです。


八月の暑い中、熱中症にお気をつけ下さい








なんだかんだと…五日後。




アンナは今日も、後宮の自室のバルコニーで彼の帰りを待っていた。

「………もう…夕方…」

窓の側に立ち、茜色に染まる空を見つめる。

今日もジークフリートは帰って来ないのだろうか…と俯いた時、ドアをノックする音が響いた。

(……メイドさんかしら……?)

アンナは努めて元気な声音で返事をした。

「どうぞ」

『俺だ』

「………………⁉︎」

その声に、理性よりも先に身体が動いていた。

「ジークっ‼︎」

「ただいま」

扉を開けると同時に抱き締められて、アンナは目を見開く。

それが何を意味するのか。

それが分かったアンナはその疲れ切った背中に腕を回した。

「お帰りなさい……ジーク」

「………っ…」

ジークフリートは何も言わずに彼女を抱き締め続ける。

数分のような数時間のような……。

暫くして、彼はやっとアンナから身体を離した。

「疲れた」

「うん、お疲れ様」

「明日、商業大国の王子達が王宮にやって来る」

「分かった。ちゃんと隣にいるね」

言葉は少なくても言いたいことが分かる。

夫婦として相手のことを理解出来るようになったようで……疲れているジークフリートには悪いが頬が緩んでしまった。

「アンナ」

「なぁに?」

「キスしよう」

「へっ⁉︎」

返事をする前に唇を塞がれて、アンナは言葉を飲み込んだ。

(……返事をする前に…キスしたら……聞く意味がないじゃないっ……)

会えなかった時間を埋めるように、貪るようなキスをされる。

どことなく彼が余裕のないように見えて…アンナは不安になった。

「…ジー……ク……」

「アンナ……」

名残惜しそうに離れた唇が…耳元に近づいて、掠れた声で囁かれる。



足りない・・・・



「…………っ…⁉︎」



その瞳に剣呑な光が宿っていたのは気の所為ではないだろう。


声にならない悲鳴が王妃の部屋に響いたのは…言うまでもなかった。














「……ほら…アレだ。疲れるとその分、タガが外れるのが男の性分と言うか」



夜が深まった頃。

お風呂に入ってスッキリした様子のジークフリートは、シャツとズボンという楽な格好で言った。

「……………」

「………そんなジト目で見るなよ」

ネグリジェ姿のアンナはそんな彼をベッドにうつ伏せになりながら、睨んだ。

「………だからって…」

「すまん、すまん」

「むーっ……‼︎」

彼は楽しそうに笑いながらベッドサイドに座り、アンナの頭を撫でる。

なんだかんだと手篭てごめにされている気がして、微妙に拗ねていた。

「キス魔」

あの後、何度も何度も…呼吸困難になるまでキスをされたのだ。

アンナは〝変態〟という意味も込めて、皮肉気味に言ったのだが、彼は嬉しそうに微笑んだ。

「好きな女相手じゃそうなるに決まってるだろう?」

「むぅ……」

「俺としては今まで離れてた分、イチャイチャしたかっただけだから」

満足気なジークフリートを見て、少しは癒しになったのかなぁ…なんて絆されたのは惚れた弱みということにしておく。

「明日に王子様が来るのよね?」

「あぁ」

「外交?」

「外交は勿論、貿易…っていうか、商売の交渉がメインだと思うぞ。上手くいかなくても、祈祷祭での露店の話をすれば…露店だけでも稼ぎになる。中々の策士だ」

ジークフリートの話が上手く理解出来ずに顔を顰めると、彼は分かり易く説明してくれた。

「商業大国って言ったよな。商業をするには商会ってものがあるのは分かるな?」

「商売をするグループみたいなものよね?」

「そうそう。商品を仕入れて、売って、お金にして、そのお金でまた商品を仕入れる。それで利益を得るんだ。他の人の商品を代わりに売って利益を得る委託販売ってのをやってる商会もある。まぁ…取り敢えず、今回のは王族自体が一つの商会だと思ってくれて良い」

「成る程……」

ジークフリートはチェストの上にあったメモ用紙と羽ペンを持って来て、簡単な図を描く。

「で…王子達の一番の目的はこの国で商売をすること……この地に自分達の拠点を得ることだ。外交も勿論、大切だろうけどな」

「どうしてこの国で……?」

「世界で活躍する商会だ。言ってしまえば、世界一の商会とも言える。そんな大きな組織ゆえに様々な商品を仕入れているからだよ」

「様々な商品を仕入れているから?」

アンナが乗り出したながら、彼を見上げた。

ジークフリートは頷くと、説明を続ける。

「例えば…他国の珍しい物を、それが認知されていない土地で売ると…人ってものは、レア物ってだけで買いたくなるだろう?つまり…結構な経済効果が見込めるって訳だ。相手さんがやりたいのはこれと同じ。この国で珍しい物を売って、利益を得たい。だから、この国で拠点となる場所があると商売がし易いって訳」

「成る程……」

「そこで大事なのが政府おれたちとの交渉ってこと」

ニヤリと笑ったジークフリート。

アンナは首を傾げた。

「大事なのはメリットとデメリットだ。自分達がこの国で商売をすると、この国も経済が活性化するというメリットがありますよーっていう、プレゼンテーションが大事になる。でも、その分デメリットも考えなきゃいけない」

「デメリット……」

「この商会ばっかりが沢山売ってたら、この国の人、他の人の商品が売れなくなるって場合もあるだろう?例えば果物。同じ商品でも手塩を掛けたこの国の生産で、高い物と…他国の輸入品で安い物。人は安い方を買う傾向があるから、この国の人からしたら、商品が売れなくて生活が苦しくなるよな」

「それは困るわっ‼︎」

思わずアンナが叫ぶと、彼も「その通り」と頷いた。

「逆も然りなんだよ。この国の物を買い占められて、他国で売られたら…輸出税を掛けても、儲かるのは商会だし…場合によっては仕入れられた商品がこの国での物価が上がる恐れがある。そしたら、国民の生活が苦しくなる」

「………‼︎」

「それに…市場独占になったら、他国の奴らに経済を握られることにもなるからなぁ。今の所…この国にいる他国の商会は小さい物ばかりで問題が無いし……今が一番、丁度良いんだよなぁ」

「む……難しいわね……」

「存外な。で、今回は今話した交渉が決裂しても、祈祷祭っていうお祭りがある。それに出店税が掛かっても良いから、露店を出させろって言うつもりなんだろう。祈祷祭は祭りだからな…人が沢山買ってくれて、税が関わろうと商会は儲かる」

困ったように溜息を吐くジークフリート。

国政のことは何も分からないが…だからこそ、アンナに出来ることがあればしてあげたかった。

「ジーク」

「ん?」

「難しいことは分からないけど……私は、ジークが言ってくれれば、なんでもするからね」

「………………」

呆然と固まる彼を見て、アンナは変なことを言っただろうかと困惑する。

しかし…それは杞憂だった。

「……俺…アンナがいてくれたら、最強な気がする……」

「えっ⁉︎」

「ありがとう、アンナ。お前は本当に最高の王妃だ」

優しく抱き締められて、胸が高鳴る。

背中を撫でるその手はとても優しくて…アンナは顔を真っ赤にした。

どれだけ夫婦として過ごしても…少しも慣れやしない。

恥ずかしくて…嬉しくて……愛おしい。

「ジーク……」

「でも…余り、俺の理性を煽るようなこと、言うなよ?」

「………………へ?」

その声は…いつかの聞いた声と同じだった。

なんだか…かなーり久し振りな気がする。

ゆっくりと離れた身体と、目の前で微笑む悪魔の爽やかスマイル。

久々の恐怖(?)後悔(?)が容赦なく襲い掛かる。



「…………襲いたくなるだろ?」



「〜〜〜〜〜〜〜っ⁉︎」

逃げようー。

本能がそう叫ぶ。しかし、アンナの手はガッチリホールドされていて。

冷や汗が流れた。



「じゃあ、アンナに早速お願いしようかなぁ〜」




その後…どうなったかは、皆様のご想像にお任せする……。









*****







「………………眠い…」




寝不足気味のアンナは、綺麗な水色のドレスを着てポトポトと廊下を歩いていた。

今日は商業大国の王子達が来る日。

朝の十時からの謁見だと聞いたので、謁見の間に向かっているところだった。

「うーん……困った………」

その時、廊下の向こうでウロウロしている男性がいた。

海のように青い髪に、正装をした男性だ。

(………………誰……?)

アンナは怪訝に思いながらも、道を進む。

この先に行かなくては謁見の間に辿り着かないからだ。

「………………うーん…」

軽く挨拶だけして通り過ぎようとした時…彼の髪と同じ青い瞳が、こちらを向いた。

「あ、すみません‼︎お嬢さん‼︎」

「……っ⁉︎」

鬼気迫る表情で彼が迫り来る。

余りの気迫に気圧された。

何をする気なのかと警戒したその時ー…。

「謁見の間はどちらでしょうかっ⁉︎」

「………………は?」

その言葉に真顔になった。

肩をガシッと掴まれて…泣きそうな顔で彼は訴える。



「そのっ……迷子になってしまって……‼︎」



「…………………………………は?」

「今すぐ行かないと……」

オロオロと慌てる彼を見て…アンナは口を押さえた。

しかし…我慢出来ず……。

「…………………………………ぷっ…」

「……………え?」

「あははっ‼︎あははははっ‼︎」

腹を抱えて爆笑した。

あんなに鬼みたいな顔をしていたのに、今では泣きそうな顔だ。

そのギャップといい歳して迷子になっているという彼の現状が面白くて、目尻に浮かんだ涙を拭った。

「あー……ふふっ…面白い人ねぇ。一緒に行きましょう?丁度、私も行くところですし…案内してあげるわ」

微笑みながら言うと、彼は顔を真っ赤にして硬直した。

「………………天使…だ…」

「え?」

「あっ…いえっ……⁉︎」

ボソリと何かを呟いた彼は恥ずかしそうに目を逸らす。

そんな姿にアンナは再び大笑いしそうになる。

彼はチラリとこちらを見ると、顔を赤くしたまま呟いた。

「………貴女は…可愛い人ですね…」

「……?…こんな大笑いする女が可愛いなんて変なこと言う人」

熱っぽい顔でそう言う彼に、首を傾げる。

普通ならば、人前で大笑いする女なんて可愛いとは思わない。

変な感性の持ち主なんだなぁ…と思った。

「行きましょう」

「あ……はいっ……」

アンナは忍笑いをしながら、彼の前を先導して歩き始めた。









*****






「…………申し訳ありません、国王陛下」



「いや、問題無い」




謁見の間には、王座に座ったジークフリートとその背後に控えるグランド、正面に跪くソフィが顔を見合わせていた。

「……目を離した隙に……」

「そんなに気を負わなくても大丈夫だ。今、兵に頼んで探してもらっているからな」

ソフィは何度目か分からない溜息を零した。

ダリオンは海の上ではかなり有能だ。

潮の流れ、風の流れを読み、船を操る術はプロの航海員並みだ。

しかし、その呪いなのか…陸上にいると、必ず迷子になる。

方向音痴なのだ。ソフィが目を離した隙に、王宮内で迷子になっていた。

「ソル王子」

「はっ…はいっ……‼︎」

「いつまでも跪いていなくても、大丈夫だ」

「いや……これは兄の代わりの謝罪と申しますか……」

ソフィがボソボソと呟くと…ジークフリートが立ち上がり、彼女の前に歩み寄り…手を差し出した。

「貴方は一国の王子だ。そう気安く跪いてはいけない。それは国の根底に関わるのだから」

「…………っ…‼︎」

「理解したのならば、手を取ってくれるか?」

ニコリと微笑むジークフリートに、ソフィは顔を赤くして見惚れた。

小説で読んだから、本性は違うと分かっていても…この人は本当に国王だ。

その威厳、その笑顔……。

言葉を失くす程に格好が良いのだから。

ソフィは恐る恐る手を掴み、立ち上がる。

大きな手が、自分の小さな手を包む。

どうしようもなく胸がドキドキした。

「失礼致します」

その時、扉から現れた人物に驚いてソフィは慌てて手を離す。

「あぁ……アンナ」

「ジーク様。お客人です」

アンナと呼ばれた少女の背後から続いて入って来たのは、ダリオンだった。

「お兄様っ‼︎」

「ソルっ‼︎」

「無事に見つかったようだな」

ジークフリートの声に、ソフィが頷く。

彼の隣にアンナが、自分の隣にダリオンが立つ。

国王夫妻の姿を見て…ソフィは小説のことを思い出す。

(この二人が…あの小説の国王陛下と悪女と呼ばれた王妃様……)

美しいその二人に、心がズキッと痛んだ。

「えっと……お二人は?」

「こちらはダリオン第五王子とソル第六王子だ。アンナ、ご挨拶を」

「王子様だったんですね……ご挨拶遅れました。王妃のアンナです、お見知り置きを」

アンナが裾を掴んで会釈をすると、ダリオンも驚いた顔になる。

「貴女は……王妃だったのですか…」

「先程の爆笑ことは秘密にして下さいね?」

悪戯っ子みたいに笑うアンナに、ダリオンは顔を赤くする。

ジークフリートはそんな彼女を見て、嫉妬を帯びたジト目になる。

「…………先程のこととは?」

「後でお話しします」

「………では…後で根掘り葉掘り聞こうとしようか」

ジークフリートはワザとらしい咳払いをすると、ニコリと微笑む。

「今日は挨拶だけにしよう。お二人も色々とお疲れと見受けた。グランド、客室に案内を」

うけたまわりました」

客室に案内されながら、兄妹は思っていた。

ジークフリートの笑顔。

アンナの笑顔。

二人は夫婦だと分かっていても、関係ない。

自分達の国では一夫多妻制でも大丈夫なのだから。

「こちらをお使い下さい。事前に伝書鳩でお伝え頂いたように同室で宜しいのですか?」

「あ……はい……ありがとう」

「では、御用の際は呼び鈴にてお呼び下さい」

そう言って一礼した後、退室するグランド。

残された部屋の中で、宝石のような瞳を持つ兄妹は見つめ合った。

「お兄様……どうしよう」

「ソフィ……どうしよう」

二人は顔を赤くしたまま、恥ずかしそうに目を輝かせる。





「国王陛下に一目惚れしちゃった……」

「王妃様に一目惚れしちゃった………」






ソフィとダリオンの悪い癖。


それは商売をする者に取っては素晴らしい才能でも、場合によっては最悪な才能。






欲しいモノが出来るとなんとしてでも手に入れようとしてしまう、こと。




一夫多妻制。

一人の夫に複数人の妻を迎えることができる制度。

その際、女性は既婚者であろうとも上位階級者に見初められた場合、上位階級者そのひとの妻となることが出来る。

女性の美しさ、賢さ…場合によっては珍しい血族。

その全てが夫のステータスとなる。

妻の人数が多い程、ステータスとなる。


それがダリオンとソフィの国の婚姻法。


そんな国に生きてきたから、欲しいモノはなんとしてでも手に入れたくなる。

「この国にいたとしても、それがわたし達のルールだ」

ダリオンがそう言う。

ソフィも椅子に座りながら、頷いた。

「そうだよね。この国は一夫一妻制なのかな……?」

「多分…そうだと思うけれど……国王陛下はそれに限らないんじゃないか?側室制度だってあるだろうし……」

「そっか……じゃあボクも国王陛下のお嫁さんになるチャンスはあるかな……」

頬を赤くしながら、ソフィは呟く。

どうすればあの人が手に入るのだろうか?

どうすれば…あの人の花嫁になれるのだろうか?

「…………わたしの方は…余り問題ないが…ソフィは今、ソルなんだぞ?」

「……………あーっ‼︎」

ダリオンの言葉にソフィは頭を抱える。

そうだった…今、弟のソルになっていたのだった。

女性ではなく男性として来ているのだった。

だから…ジークフリートにも男だと思われている筈だ。

「それじゃあ……お嫁さんになれないっ……⁉︎」

「別に……関係ないんじゃないか?嫁になれば問題ないんだし」

「………そっかぁ……」

「最終手段は……既成事実でも作ってしまえば良いさ」

ニヤリと悪そうな笑みを浮かべるダリオン。

それを見たソフィもニヤニヤしながら、笑った。

「……お兄様、悪い顔〜」

彼は拗ねた子供のように顔を顰めて、答える。

「だって…国王陛下がお前に夢中になれば、王妃様がわたしのモノになるかもしれないだろう?……あんな可愛い人…国王陛下の妃であるなんて……我慢出来ない」

「ボクも……国王陛下が王妃様に夢中なんて我慢出来ない。小説を読んで…二人がとても仲睦まじいと分かっていても…ボクを愛して…ボクだけを見て欲しいもん」

二人は顔を見合わせて、微笑む。

「分かっているね?ソフィ」

「うん」

「欲しいモノは必ず手に入れる。それがわたし達のやり方だ」

「分かってる。商人のサガでもあるよね」

二人は互いの目的の為、策を巡らせる。

欲しい人を手に入れる為に。




「必ず…国王ジークフリートを手に入れる」


「必ず…王妃アンナを手に入れる」





王宮を包むのは、燃え盛るような横恋慕。




その渦中に放り込まれたアンナとジークフリートは……兄妹の想いに、まだ気づいていなかった………。









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