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新たな波乱は海からやって来る


前回は作者の体調不良で、月一更新になり申し訳ありませんでした。


楽しんで頂けたら幸いです








「ふんふふふっふふ〜ん♪」





晴れやかな太陽の下、海の上を軽快に進む商業船の甲板で、鮮やかな海を思わせる髪に相対する真紅の瞳を輝かせる少女が鼻歌を歌っていた。

ご機嫌そうにする彼女は、何故か男装をしていて…男物の服に長い髪を一つに結び上げるなど、不思議な格好をしていた。

「ソフィ」

「あ、お兄様‼︎」

後ろからやって来た深い海を思わせる瞳と髪を持つ青年が彼女の元へと歩み寄る。

「楽しそうだな」

「えぇ‼︎だって、もう直ぐ《悪女》と呼ばれる王妃様に会えるのでしょう⁉︎早く会ってみたいわ‼︎」

最近、妹のソファはある本にハマっている。

《悪女と呼ばれた王妃は安寧の夢を見る》という本だ。

本来は女性が旅に出ることなど許されないのだが……今度の国がその本の舞台であることが嬉しいようで…ずっとこんな様子なのだ。

「余り失礼のないようにな」

「分かってるわ‼︎」

屈託なく笑う妹が眩しくて…兄のダリオンは目を細めた。

「連れて来た条件を覚えているね」

ダリオンの質問にソフィは頷く。

「その一。私は…じゃなくて、ボクは男の子として振る舞うこと」

「次は?」

「その二。お兄様の言うことは絶対厳守」

「うん」

「その三。勝手な行動はしません」

それを聞いたダリオンは頷くと、優しく彼女の頭を撫でた。

「宜しい。君はわたしの妹ではなく…弟の〝ソル〟だよ」

「はぁーい‼︎」

〝ソル〟はソフィの双子の弟だ。

つまり、女性であることがバレないように…ソフィは弟のフリをすることが約束となっていた。

「楽しみだなぁ、ピーオっ‼︎」

「ピィ‼︎」

ソフィが名前を呼ぶと、綺麗な鳥が彼女の元に飛んで来る。

愛犬ならぬ愛鳥だ。

それを見たダリオンはピキリッと固まった。

「少し待って」

「ん?」

「何故、ピーオがここにいる?」

「………え?」

ダリオンが言いたいことを理解出来なくて、ソフィは首を傾げる。

ダリオンは震える声で聞いた。

「ピーオは……一応、〝伝書鳩〟の役目を負っているよな……?」

「………………あ。」

海を渡り、旅をする商業船に置いて大切なのが伝書鳩だ。

公式船は、次に向かう国へ最低でも二週間前には連絡することになっている。

それが貿易の規則ルールだからだ。

しかし…この船の伝書鳩ピーオはここにいて。

そして、伝書鳩ピーオの世話係をこの船ではソフィが担っていた。

しかし…彼女は真顔で固まり、鳩籠を見る。

そこには呑気に眠る鳩がいて……。

「ソフィーっ‼︎」

「直ぐに放ちまーすっっっ‼︎」

ダリオンの怒声が船中に響く。



次の国に着くまで、後少し。



アンナ達に嵐がやって来るのも……後少し。







*****





その日は朝から大騒ぎだった。


王宮内も後宮内も、全ての役人が大急ぎで駆けずり回っていた。

「あぁ、もうっ‼︎なんでこんなことにっ‼︎」

叫んだグランドは疲労感漂う顔で荒い息を吐きながら、書類を国王の執務室に運ぶ。

「そうだな」

ジークフリートは賛同しながらも、手を止めずに書類を処理していく。

昨夜、急に届いた伝書鳩に王宮は混乱していた。

届け先は…とある貿易大国の政府公認の商業船。

それも、その国の第五王子と第六王子が搭乗し……この国での商売の許可を願うために王宮に訪れるというものだった。

「貿易において伝達係のミスは大変なことでしょうっ…なんでっ……‼︎」

伝達係が連絡するのを忘れてしまったという旨も書いてあったが、グランドからしたらそんなのは言語道断。

相手が他国の王族じゃなかったら、殴りかかりそうな勢いだった。

「まぁ…落ち着けよ」

「落ち着いてられますかっ‼︎ただでさえ《祈祷祭》が近づいてて忙しい季節にっ…‼︎」

《祈祷祭》とは…この国の平和をお祈りした後に今日まで平和であったことを祝い、お祭りをする一年に一度の大イベントだ。

国として定めた日なので、各村や町でも大変な賑わいになる。

その分、王宮に来る報告書や国王からの各方面への祝いの文章…祭りにおける露店の届出、警備体制、訪問者の管理……何やらの書類やらと……忙しくなるのだが、そこに外国からの来客ときた。

総括しているグランドが鬼になるのも仕方ない。

実際に一週間は執務室ここに缶詰であるし、三日は徹夜している。

「……………チッ…」

あのグランドが舌打ちする程になっているのだから…かなり疲労ストレスが溜まっているらしい。

(ここら辺が限界だな……)

ジークフリートは一度、溜息を漏らすと彼に声を掛けた。

「グランド」

「なんですかっ‼︎」

「一度、帰れ」

「⁉︎」

グランドの顔が驚愕に染まる。

しかし、焦ったように彼は口を開いて…。

「そんな暇はっ……」

「そんなに荒れた状態で側にいられてもこちらも不愉快だ。能率も悪いな。落ち着いて仕事が出来る状態になったら、出仕しゅっししてくれ」

「ですがっ……」

「しつこい。国王命令だ」

「っ‼︎」

ジークフリートは冷たく言い放ち、それ以上言うことはないというように書類に目を通す。

グランドは悔しそうに顔を歪めながら…小さく呻いて、一礼した。

「………………失礼…します……」

「あぁ」

一人になった執務室で、ジークフリートは困ったように笑う。

グランドはその職ゆえに負担が多い。

それも、その責任感の強さから倒れるまで仕事をしてしまう。

良く言えば頑張り屋。

悪く言えば息抜き下手。

国王命令ああいうふうに言わないと休まないんだもんなぁ」

結果としては、自分に取って邪魔だから……という理由で休ませる他ない。

これは長い付き合いだからこそ、出来たことだった。

「……不器用だよなぁ……」

この国のために頑張ってくれるのは分かるが、それで身体を壊してしまったら元も子もない。

「まだまだ働いてもらうんだから……今、壊れるなよ」

部下を重んじるのも上に立つ者の役目。

部下が休めるなら、自身は幾らでも働く気だった。

「……さて…頑張りますかね」

ジークフリートは一人そう呟いて気合いを入れ直すと、直ぐに次の書類に目を通す。

トントン……。

「入れ」

反射的に反応したが、扉は開かずに誰かが入って来る気配もない。

「…………?」

ジークフリートは悪戯かと思ったが一応はと思い…書類を持ちながら立ち上がって扉を開けた。

扉を開いた先、そこに立つ人物に彼は目を見開いた。

「誰だ?」

廊下を見渡すが、誰もいない。

首を傾げながら扉を閉めようとした時…扉の影から恐る恐るといった様子で彼女が現れた。

「………その…私……」

「………っ…‼︎アンナ‼︎」

「……………お仕事中…ごめんね…?」

困り顔で立つ愛しいアンナに、ジークフリートは顔を緩ませた。

「今、大丈夫?」

「あぁ、おいで」

アンナが王宮こっちに来るのは珍しかった。

何かあったのだろうか…と考えながら、ジークフリートは中に戻って執務机につく。

「どうした?」

「えーっと……」

言葉を濁す彼女に、首を傾げる。

「なんだ?妊娠でもしたか?」

「そんな訳ないでしょっ⁉︎」

冗談で聞いたのだが、予想以上に怒られた。

彼女は背後に隠していたランチバケットを差し出す。

「差し入れ」

「え?」

アンナが渡してくれたランチバケットからは美味しそうな匂いが漂っている。

彼はその匂いに目を輝かせた。

「もしかして……木の実パイか?」

「うん」

「嬉しいよ、アンナ」

好物を愛しい人が作ってきてくれたなんて……嬉しくて、ジークフリートの頬が緩む。

暫くして…アンナは覚悟を決めたように拳を握り、こちらに歩み寄った。

「アンナ?」

「えいっ…‼︎」

「っ⁉︎」

彼女は掛け声をあげながら、抱きついてきた。

唐突な出来事にジークフリートは目を見開く。

「アンナ⁉︎」

「お仕事、頑張ってるみたいだから……その…」

「………‼︎」

やはり彼も仕事で疲れていたのだろう。

仕事中ふだんならばそんなことはないのに……ジークフリートは、無意識に動いていた。

「んぅっ……‼︎」

目の前で彼女の琥珀色の瞳が見開かれる。

綺麗だとぼんやりと思いながら、噛みつくような口づけをした。

唇を甘噛みしてやれば、驚いてアンナが薄く口を開く。

その隙間に滑り込んで……全てを奪うようなキスをする。

どれくらいそうしていたのか?

離れた頃には…真っ赤になって腰が抜けたアンナを、ジークフリートが支えていた。

「………ジーク…の……バカ…」

「あー……すまん」

なんとか逃げようとするアンナの腕を掴んで、逃さないように抱き寄せる。

「ちょっ…ジークっ⁉︎」

腰が抜けていた彼女は簡単に倒れ掛かるように腕の中に収まった。

驚きに目を見開いているのに……嬉しいのか頬が緩んでいた。

そんな彼女の姿を見て、ジークフリートは胸がきゅうっとなる。

「そんな可愛い顔して……いけない子だな……」

「はぁっ⁉︎」

「アンナ、愛してるよ」

「へっ⁉︎」

「アンナは?」

にこりと微笑めば、彼女は顔を赤くしながら言葉を失くす。

単にアンナを弄っていたずらをしてストレスを発散させようとしている訳ではない。

愛しいひとの可愛い姿を見たいと思うのは、男のサガだ。

「……………好きよ……?」

「好き…だけなんだ?」

不満そうに呟けば、彼女は小さな呻き声を漏らして憎らしそうに睨みながら言う。

「あっ…愛してるわよっ……バカジーク…‼︎」

「………ふふっ…知ってる」

アンナからその言葉を貰えば、ジークフリートはどんな激務でも乗り越えられる気がした。

恋は盲目。

恋の力は偉大。

(この場合は〝愛〟だけど、な)

恥ずかしそうに目を逸らす彼女は、そういう仕草が男を煽るのだと気づいているのだろうか。

「……なんか…無自覚な《悪女》だよなぁ……」

「は?」

「なんでもない」

「………まぁ……良いけど…」

アンナは少し考え込むように顔を顰めると…顰めっ面のまま、彼の耳元で囁いた。

「あの……ね…?」

「なんだ?」

「王妃としては…言っちゃいけないと分かってるんだけど……」

彼は静かにその続きを待った。

「…最近…ジークが帰ってこないから…その……寂しいの……だから…早く終わらせてね」

「…………………………………」

「………ジーク……?」

反応が無い彼に…アンナは不安気に揺れる瞳で見つめる。

何度か名前を呼んだところで…ジークフリートは…思いっきり彼女を抱き締めながら、悶えた。

「……だぁあーっ‼︎もうっ……可愛過ぎだろうっ……お前っ……‼︎」

「えっ⁉︎」

「そんなこと言われたら仕事なんか投げ出したくなるっ……‼︎」

「それはダメでしょう⁉︎」

「分かってるよっ‼︎」

ジークフリートは甘えん坊な妻を見て……だらしがない笑みを浮かべた。

「そっかぁー…寂しいのかー…」

「…………そうよ…」

「………お前……本当に可愛いな……」

「…………煩い……」

アンナは照れたのか顔が真っ赤になる。

それさえも愛おしくて……ジークフリートは優しく彼女を抱き締めた。

「ごめんな?後…一週間もないから」

「………うん…」

「離れてた時間分、言うこと聞くからさ……許してくれないか?我が王妃様」

「………………うん…」

宥めるように艶やかな髪を撫でてやる。

腕の中に愛しい人アンナがいる。

愛しい人ジークフリートの腕に抱かれている。

今だけは、二人だけの世界に溺れていたかった。

「愛してるよ、アンナ」

「……………私も…愛してる…」

耳元で柔らかく囁き合って、触れるだけのキスをする。

何度かキスをした後…ジークフリートは恥ずかしそうに頬を染めながら、呟いた。

「…………ヤバイな…離れ難くなる……」

「………私もだけど…これ以上は邪魔出来ないから、行くね」

彼の腕から逃げるようにアンナが立ち上がる。

去ろうとする彼女の腕を掴んで、懇願した。

「………………最後にもう一回、充電だきしめさせて」

「………………うん…」

素直に抱き締められるアンナを見つめながら…ジークフリートは不安で堪らなくなる。

こんなに可愛い王妃が…自分が執務室に篭っている間、変な虫が付かないかと。



(…………そうなったら…本気で潰すな……)



自分の溺愛ぐらいに苦笑しながら、名残惜しくもアンナから手を離す。

「………またね?」

「あぁ」

再び一人なった執務室は、先程までの体温があった所為か…余計に寂しく感じて。



「……早く終わらせよう……」



ジークフリートは王妃の為にも、小さく呟いた。








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