番外 近衛兵は彼女の側にいると決意した
これは…法律改正前……ジークフリートがメリッサに国外追放を告げた後の話。
それは…義弟なりの考えで教えてくれたのだと思う。
『………………ミレーヌ…すまない……』
悲しそうな顔で、目の前の義弟は真実を告げる。
それを聞いたわたくしは…言葉を失くして……絶望の淵に立たされた気分になってしまった。
『………すまない……ミレーヌ……こうする他…ないんだ……』
謝らないで、と言いたくても……何も言えない。
今、口を開いてしまったらきっと…過去と同じ過ちを繰り返してしまうから。
今の義弟の身分を考えると…その程度の処罰で済んだのは奇跡である。いや、その程度に抑えてくれた義弟にこそ感謝しなくてはいけない。
きっと…何も知らずに妹が国外追放になったとしたら、もっと酷いことを言っていただろう。
でも……今回ばかりはあの子が悪い。
けれど…それでも……割り切れない感情が渦巻いていて。
いつもわたくしの大切な人は……残される者の気持ちも考えずに消えていく。
そして……その後、わたくしの大切な妹は国外追放となったのだった………。
*****
「エ〜スト君、飲みましょう♪」
近衛兵の宿舎にやって来たミレーヌはいつものようにエストを誘った。
エストは夕飯を食べていた食堂で…こんな場所まで来てしまう前王妃を見つめてしまう。
「………………それ、拒否権はありますか?」
「ないわ」
「ですよねー」
「早く夕飯、食べ終えなさいな」
「はいはい……」
後ろの近衛兵はいつものやり取りにニヤニヤしている。
エストとミレーヌが恋仲…という訳ではなく、酒飲み仲間なのは他の皆も知っている。
以前、近衛兵衆全員とミレーヌで酒盛りをした。
因みに…エストは何回も付き合っているから、自分のペースで飲んでいたが…ミレーヌのスピードに合わせて飲んだ他の奴らは死屍累々となったのは言うまでもない。
『あら?皆、お酒弱いわねぇ〜』
『いや、ミレーヌ様のペースに合わせたからですよ』
『いつもより遅く飲んでるわよ?』
『………………ソーデスネ……』
それ以来、他の近衛兵達はミレーヌとは飲まなくなった。あの人のペースには合わせていけないと、自分達で言ったのに…エストが付き合ってるのを見るとニヤニヤするのだから、いい迷惑だ。
「ごちそうさまでした」
「じゃあ、行くわよ」
「はいはい…今日は朝まで飲まないで下さいね」
「次の日に支障が出るからでしょう?分かってるわ」
そう答えているが、きっと今日も朝までコースだろう。
ミレーヌは妹君が国外追放されてから、少し暴走気味だった。
*****
『ミレーヌ様…飲み過ぎです…』
いつもと様子の違うミレーヌは、普段の五倍近い量を飲み干していた。エストは心配になって、その手にあったグラスを奪った。
『そうねぇ〜飲み過ぎかしらぁ〜……』
珍しく酔っているらしいミレーヌは舌ったらずな声で悲しそうに笑う。
『ねぇ……知ってるかしら?』
『………はい?』
『わたくしの妹ね……今度、国外追放になるんですって……』
『……………ぇ…』
泣き崩れそうなミレーヌは自嘲するように乾いた笑みを浮かべる。
『仕方ないわ…ジークフリートと王妃様を暗殺仕掛けたんですもの』
『なっ…⁉︎』
『暗殺者を雇って王妃様を殺し掛けたんですって』
エストはそれに目を見開く。
エスト自身も遭遇したあの女中…あれがミレーヌの妹が仕掛けた暗殺者だったのだ。
『ふふっ……この国の国王夫妻に手を掛けて…国外追放程度で済んだんですもの。不幸中の幸いだわ……いや…そんなさえ言えやしないわ……』
『………………』
『ジークフリートは…自分も死に掛けたのに……重臣達が国王を殺害しようとした犯人を許すはずないのに……妹を守るために…国外追放で済ませてくれて………』
ミレーヌは悲しそうに拳を握り締める。
『…………犯罪者の姉であるわたくしを…今だにこの場に置いてくれるのよ……?』
『………………ミレーヌ…様…』
『わたくしは…一体、どれだけ義弟を苦しめればいいの?一体……どれだけ迷惑を掛ければいいの……?』
そう呟いたミレーヌはポロポロと涙を零す。
エストは呆然とすることしか出来なかった。好きな人が殺され掛けた時、エストもその場に居合わせた。
その原因が…彼女の妹なんて。
信じられなくて……困惑してしまう。
『…………ごめんなさい…酔い過ぎたわ。ジークフリートにこのことは口外するなと言われているの……今のことは…忘れて頂戴』
ミレーヌは目元を拭うとそう言って、片付け始める。
『今日はここまでにしましょう。お休みなさい…エスト君』
*****
その時のことを思い出して…エストは首を振る。前を歩くミレーヌはいつものように見えた。
(………大丈夫かな……)
エストはほんの少し不安になりながらも彼女の後をついて行った。
ミレーヌに連れられて彼女の部屋に向かう。その途中、二人は廊下の曲がり角で話し合う声を聞いた。
「ちょっと…こんなところで止めてっ……」
「そう言われると…煽られるだけなんだけどなぁ?」
「誰かに見られたらどうするのっ……‼︎部屋まで我慢してよっ……‼︎」
「ここは一部の人間しかいない区域だぞ?早々と見られる訳……」
段々と近づくその声に、ミレーヌの顔が一瞬硬直した気がした。
エストが心配になり、声を掛けようとした瞬間……。
「こんな分かりやすいところでイチャイチャするなんて勇気あるわねぇ?」
「うきゃぁっ⁉︎」
「うわっ……‼︎」
エストが声を掛ける前にいつも通りの口調でミレーヌはそう言い放つ。
曲がった先の廊下にいたのは我らが主……国王夫妻だった。
「…………っ‼︎」
夫妻の姿に今度はエストがピシリッと硬直する。
その理由は…一目瞭然。ジークフリートがアンナの腰に腕を回していたからだ。
告白はしてないけれど、失恋確定済みのエストに取って…かつて好きだった人のそんなイチャイチャしている姿、地味にキツイ。
そんなエストの心を知らず……アンナは真っ赤になりながら、ジークフリートに睨み掛かる。
「ほらっ‼︎見られたじゃないっ……‼︎」
「まさかこんな時間に人がいるなんて思ってなかったからなぁ……」
「馬鹿ジークっ‼︎」
「顔、真っ赤だな?可愛いよ」
「わ〜た〜し〜は〜っ‼︎怒ってるのっ‼︎」
ギャーギャーと喧嘩する二人は…端から見れば、イチャコラしているにしか見えない。
エストのある意味ミジンコハートはドンドン傷を受けていく。
そんなエストを見て、ミレーヌが困ったように微笑む。
「ねぇ…人前でイチャイチャしないで下さる?こちらが恥ずかしくて仕方ないわぁ〜?」
「イチャ……っ⁉︎してませんっ‼︎」
アンナが勢いよく反論する。
「無意識なのかしら?うふふふっ……」
「そう言うお前はどうなんだよ。近衛兵君と一緒じゃねぇか」
ジークフリートはそう言って、エストを見る。恋敵だったからか、ジークフリートの見る目は今だに冷たい。
「……そうね。飲み仲間ですもの」
「最近、頻繁に入り浸ってるみたいだな?」
「そうねぇ〜無理矢理付き合わせてるわ」
「……近衛兵君。ミレーヌに合わせて飲んだら死ぬから気をつけろよ」
「……………えっ…」
エストはまさかジークフリートから心配されるようなことを言われるのは思わなかったから、分かりやすく狼狽する。
ジークフリートはそんな彼に険しい顔をする。
「なんだよ」
「…………いや…そんなこと言われるなんて……」
「悪かったな…そんなこと言って」
ジークフリートは見るからに嫌そうな顔をする。アンナはそんな彼を見て、不安気なかおになっていた。
エストはジークフリートの威圧感に負けて頭を下げる。
「いえっ……」
「…………………………」
頭の上から呆れたような溜息が聞こえたと思うと、ポンッと頭を軽く叩かれた。
「まぁ…俺の義姉さんだ。〝よろしく〟な」
「………………‼︎」
エストはガバッと顔を上げる。
その時にはジークフリートはアンナの手を引きながら、歩き出していた。
残されたエストとミレーヌはそんな二人の後ろ姿を見つめていた。
「………………馬鹿な子ね…傷ついているのはあの子も一緒でしょうに……」
ミレーヌの悲しそうな声が聞こえて、エストは振り返る。
その眼差しは…本当に悲しそうで……言葉を失くす。
「………………行きましょう」
エストはミレーヌの手をぐいっと引っ張って彼女の部屋に向かって歩いて行く。
(………………なんだ…この気持ち……)
エストの心の中には不思議な感情が渦巻いていた。
………守りたい。
……………寄り添いたい…。
……………………この人に…笑って欲しい……。
(……あぁ…もう…なんなんだよ……)
エストは頭をぐしゃっと搔くと、ドンドン歩み進める。
「………ミレーヌ様」
「………………何…?」
「オレ…ずっと付き合いますから」
「…………………え?」
エストは振り返らずに、強く…強く手を握り締める。
「ミレーヌ様が…ちゃんと笑ってくれる日まで……ずっと側にいて…いくらでも付き合いますから」
「………………っ…‼︎」
ミレーヌは泣きそうな顔で…息を詰める。
エストの後ろ姿を…悲しむような…喜ぶような笑顔で…見つめる。
「…………………ありがとう……エスト…」
初めての呼び捨ては…エストの心を痺れさせるのに充分だった。
でも……まだ、この〝感情〟に名前をつけることは叶わない。
まだ…片付けなければならない気持ちが多過ぎるから。
「今日は朝まで飲むわよ〜」
「………………」
しかし…ミレーヌの次の言葉にそんなことを考えていたエストの顔は死んだように真顔になる。
そして…飽きられたような溜息を吐くと……。
「今日限りですからね?」
困ったように笑うのだったー。




