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仲直りの印に口づけを












「…………………」







「…………………」












アンナは実際はそれ程ではないけれど、久しぶりに感じる自分の部屋で…ジークフリートと隣り合うようにしてソファに座っていた。

「……………」

「……………」

互いに無口なのは、仕方ないのだ。

何から話せばいいのか…分からないのだから。

「…………アンナ」

「…………っ…‼︎」

ジークフリートに名前を呼ばれて、明らさまに身体を震わせるアンナ。

彼は立ち上がって、アンナの前に立つと…片膝をついてしゃがみ込み…下から彼女を見上げた。

「………………ごめんな…演技とはいえ…アンナを悲しませたのには変わりない。アンナの気が済むまで…殴っても、罵っても…煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「…………ぇ…」

「但し…離婚以外でお願いします」

「……離婚以外?」

キョトンとしたアンナに彼は頷く。

泣きそうな顔で…頼りなく顔を歪める。

「………離婚ってなったら…俺、もうどうしたらいいか…分かんないんだ」

「……………」

「ただでさえ…アンナが家出してただけで……俺、死にそうだったのに……離婚なんて…なったら……もうっ……‼︎」

本当に苦しそうな顔で言うジークフリートに…アンナは困ったようで…恥ずかしそうに頬を赤らめる。

「……そう…なの……?」

「そうだよ…アンナがいないと……俺は…もうダメなんだ。それだけ…俺の中はアンナで一杯なんだよ」

ジークフリートはそう言うと、アンナの身体を抱き締めた。壊れないように…優しく抱き締められて……その懐かしさにホッとする。

「………ジーク…」

「こんなに好きになったのは…アンナの所為なんだ…アンナが俺をこんな風にさせたんだ……だから…俺の側からいなくならないでくれよ……」

ここまで言われて…アンナは自分の心が落ち着くのを感じた。

自分の心の整理がつかないから側にいなかったのに…こんなにもジークフリートを傷つけていた。

逆にこっちが罪悪感で苛まれてしまう。

「…私こそ…ごめんね……家出して…」

「アンナは悪くないよ…全部俺が……悪いんだ……どんなことがあったって…夫である俺が悪いんだよ……」

ジークフリートの甘い言葉に…アンナは苦しくなる。

(本当は私が悪いのに……。)

アンナは納得出来ずにジークフリートの服の袖を掴む。

「……でもっ……」

納得しないアンナを見て…ジークフリートが目を見開いた後…甘ったるくて艶やかな笑みを浮かべる。

「……………じゃあ…」

甘い声が耳に入って…ぞくりっとする。

背筋がゾクゾクとして…アンナは真っ赤になりながら…目の前の悪魔を見つめる。











「………互いに…罰を与え合ったら……納得…?」











「……互いに…罰…?」

「そう…アンナが思う罰を俺に与えて…俺が思う罰をアンナに与えるの……どうだ?」

アンナはゴクリと息を飲む。

それを了承したら…後に戻れない気がした。でも…ジークフリートの目は…有無を言わさない凄みを帯びていて……頷くことしか出来ない。

「なら……決定♡」

(……………早まったかも…しれない……)

甘く……悪魔が微笑む。

彼がぎゅうっと抱き締めると、そのまま抱き上げてベッドへとアンナを連れて寝かせる。

「……えっと……あの…ジーク…さん?」

「……ふふっ…アンナからの罰でいいぞ?何をしたい?」

するりと髪を梳きながら、ジークフリートがクスクスと微笑む。至近距離に顔があるから…アンナは恥ずかしそうに目を逸らす。

「あの…でも……ベッドの上って……」

「……アンナ〝のは〟ベッドの上以外でする罰なのか?」

「ジーク〝の〟罰はベッドの上でなのっ⁉︎」

「……………さぁ…?」

ニコーッと胡散臭い爽やかスマイル。

アンナは真っ赤になりながら…なんとかその場から逃れようとする。

「だぁめ」

「きゃあっ⁉︎」

しかし、ジークフリートは簡単に逃がしてくれない。両手をアンナの身体を拘束するように、横に置いて…腕の中に閉じ込める。

アンナは噛み掛かる勢いで彼を見つめた。

「駄目じゃないっ‼︎」

「逃がすかよ」

「今までのしおらしさはどこに行ったっ‼︎」

「アンナが相手だとどーも…虐めたくなるんだよなぁ〜……」

楽しそう笑みを浮かべるジークフリートに…アンナはギリッと睨みつけた。






「さ•い•て•いっ‼︎」






「………………っっ…‼︎」

その一言で…ジークフリートが息を飲む。

アンナはハッとする。あの時も…思いっきり〝最低〟と言いまくっていたのだから。

「あっ…ジークっ……ごめんっ…‼︎」

「……………………いいよ…俺…最低だし……」

悲しそうに顔を歪めながら、彼がアンナの上にし掛かる。

歳上らしからぬ拗ねた態度の彼の顔が胸に埋まって…アンナはおろおろとした。

「………ジーク……」

「………………………なぁに…?」

「ジークは本当は…最低じゃないよ…その…私が素直じゃないっていうか…憎まれ口っていうか……」

「……………まぁ、アンナが素直じゃないのはよく知ってる」

「…………………………」

アンナはなんとも言えない顔でジークフリートを見つめる。

そして、小さく頷くと上に乗っかる彼に声を掛けた。

「ジーク…罰、決めたから退いて」

「ん?」

ジークフリートを起き上がらせて、無理矢理退かすと…アンナは扉の方に小走りで向かう。

「ちょっと待ってて」

そうとだけ残して、アンナは消え去る。

一人残されたジークフリートはキョトンとしながらアンナの帰りを待った。



































「ただいま〜」

暫くして帰って来たアンナの後ろの人物を見て、ジークフリートは険しい顔になった。

「……………おい…なんでお前がいる…グランド……」

「それはこちらの台詞ですよ、ジークフリート様」

アンナに連れて来られたのは紛れもないグランドだった。彼女はジークフリートを手招きし、部屋の真ん中にグランドと向き合うように立たせる。

「えー…それでは……ジークへの罰を始めます」

怪訝そうな二人に向かってアンナはそう言うと、ジークフリートの方に振り向くと床を指差した。

「正座」

「…………………ぇ?」

「正座しなさい、ジーク」

「………………っ…⁉︎」

有無を言わさない満面の笑みに、今度は彼が頷く番だった。グランドの前に素直に正座する。

「………では…グランドさん。お説教コース一時間、よろしくお願いします」

「「…………………え?」」

初めて聞かされたのか…グランドもジークフリートもギョッとしていた。






「演技でも浮気・・、だから」






ドスの効いたアンナの声に…二人は硬直する。グランドは諦めたように大きな溜息を吐いた。

「………王妃たるアンナ様のご命令とあらば…喜んで(?)拝命致しましょう」

グランドはそう言ってメガネを押し上げる。ジークフリートは「げっ…」と嫌そうな声を漏らした。

「私はお風呂に入ってくるので…ジーク?正座を崩したら許さないからね?」

アンナはキラキラとした怖い笑顔でそう言うと、浴室に消えていく。








その次の瞬間……小姑グランドによる地獄のお説教コースが開始されたのだった……。






















*****












「………………くそっ……」

「国王陛下たる方がそのような言葉を使ってはなりませんよ」

「それぐらい言いたくなるだろっ……‼︎お前とこの部屋である意味二人っきりなんだからっ……‼︎」

王妃の部屋で……男二人で向き合いながら、お説教。

自分以外の男がここにいることや……この部屋のアンナが男二人(ジークフリートは夫でもグランドは男)を残して入浴中なんて状況……ジークフリートの精神面メンタルにかなりのダメージを与えていた。

「アンナ様もジークフリート様の扱いが分かってきたということでしょう」

「………なんか…それはそれで…俺のことを分かってくれてるようで嬉しい……」

「尻に敷かれて嬉しいなんて…変態ですか?」

「お前、主に対して辛辣だなぁっ⁉︎」

グランドの容赦ない毒舌がジークフリートの心を攻撃する。

「まぁ…主人が間違いを犯したらそれを咎めるのも部下の仕事かと」

「間違いって…」

「あのような作戦を決行したのは間違いでしょう?よくアンナ様も協力して下さいましたね?そもそもの話……なんでアンナ様をそこまで好きになっているのに……あんなことをしたら傷つくけるのが分かっていたのに……あの作戦にしたのですか。変えればよかったでしょう」

一刀両断、仰る通りの言葉にジークフリートはぐうの音を出なかった。

確かに……作戦を変えることも考えた。だが……。

「あれが一番、女王が挑発に乗ると思ったんだよっ……‼︎」

「それで不平等条約を解消出来ても、貴方の行動の源であるアンナ様がいなくなられたら元も子もありませんよね?」

「うぐっ……‼︎」

「まぁ?初めは…そのためだけの〝偽装・・〟の妃だったようですが?今のジークフリート様のアンナ様へのお熱具合を見れば?こうなると思ってなかったから仕方ないですかねぇ〜?」

「お前っ……‼︎」

まさに本当過ぎて何も言い返せない。

初めは条約を変えるためだけの妃だった。なのに…こんなにも好きになって。側にいてくれないだけで、おかしくなりそうになる。それぐらい…アンナに執着していて……。

もしも…ただの駒としての妃だったら……あの作戦で傷つこうが何を感じようが、何があろうが……一向に構わなかった。

でも……アンナは駒じゃない。

自分が…本当に愛している妃だ。

だからこそ、傷つけてしまったことに後悔が絶えない。

それゆえに……罰を受け入れているのだが……。

(くそっ……グランドのお説教(場所的なダメージ付き)は本当に…辛いっ……‼︎)

ジークフリートは悔しそうな顔で歯を噛み締める。ねちっこいグランドの言葉が、彼を苛立たせていた。






「終わり…ましたか?」






その時、アンナの声がしてジークフリートとグランドがその声の方を向く。

「「…………っ…‼︎」」

そして…彼女の姿を見て……二人は絶句するのだった。

















*****










いつもよりゆっくりとお風呂に入り終えたアンナは浴室にある鏡の前で、自身の顔を見ていた。

湯上りの上気した頬に、平凡な顔立ち。

お気に入りのネグリジェに身を包んだ自分の姿。

いつも通りの自分が…いつものようにそこに立っていて……なんだか、少し懐かしい気がした。

アンナが浴室から出ると、ジークフリートとグランドが睨み合っていた。






「終わり…ましたか?」






アンナが声を掛けると二人が振り返る。

「「…………っ…‼︎」」

すると、二人が息を飲んで絶句した。それを見たアンナは首を傾げながら、不思議そうにする。

「どうかした?」

「……………アンナ……もしかして…無意識なのか……?」

ジークフリートの少し怒ったような声にアンナは眉を潜める。グランドは少し頬を赤くしながら目を逸らして、大きな溜息をつく。

「………流石に…王妃たる者、そのような姿で夫以外の殿方の前に立つのは如何なものかと……」

「…………………は?」

そうは言われても…普通に寝間着であるネグリジェ姿なだけだ。それの何がいけないのか……。

「………………アンナ…後でお仕置きプラスな…」

「えっ⁉︎」

「お説教は終わりましたので…後はお二人でどうぞ……」

慌ただしくグランドがそう言って、そそくさと退散しようとする。

「グランド‼︎」

その後ろ姿にジークフリートが声を掛ける。

「………………今日のことは…口外するなよ……したら…」

「致しませんから、ご安心をっ‼︎」

ドスの効いたジークフリートの声にグランドが慌てて返事をすると、「失礼致しました」と言って退室して行った。

不思議そうにするアンナと静かに怒るジークフリートが残された部屋で…微妙な沈黙が漂う。

「アンナ」

「ん?」

「俺への罰はこれで終わりだよな?」

「え……うん……」

立ち上がったジークフリートは彼女に歩み寄ると、ニコリっと微笑んだ。

「…………………なら…次はアンナへの罰と〝お仕置き〟…だ」

「えっ⁉︎」

冷たい声で言い放ったジークフリートはアンナを抱き上げると、ベッドに放り投げた。

「きゃ⁉︎」

アンナの上に馬乗りになったジークフリートは彼女の両頬を片手で掴むと、自分の方に視線を向けさせた。

「お前は何を思って俺以外の男の前でそんな色っぽい姿を晒したのかなぁ〜……?」

目の前にかなり怒っているジークフリートの笑顔が迫る。アンナはそう言われてギョッとしながら、狼狽する。

「色っぽい姿⁉︎」

「………そうだ……」

妖しい光を宿したジークフリートの瞳が彼女の頭から足の先までジロリと睨みつける。



「濡れた髪」



ゆるりと湿った髪を、大きな彼の手が梳く。



「上気した頬」



赤く染まった頬を手の甲がするりと撫でる。



「色づく唇」



下唇を軽く摘むように触れられる。



「微かに覗く鎖骨」



彼の指先が静かに骨に沿って動かされる。











「……………これを色っぽいと言わないで…なんて言うんだ?」











ジークフリートがニコーッとドス黒いオーラを放ちながら、微笑む。

アンナは真っ赤になりながら…困惑気味な顔で彼を見つめた。

「いや……その……」

「この無意識《悪女》め。お前は平凡だと思ってるかもしれないけど…アンナは充分魅力的なんだよ。ちゃんと自分を見定めろ」

そう言い放つと、ジークフリートは噛み付くように口づけをした。

「……んっ…‼︎」

何度も何度もキスを繰り返して、アンナの思考が奪われていく。

少し離れていただけなのに…ジークフリートの口づけが凄く刺激的に感じてしまって……呆然と…それを受け入れることしか出来ない。






「………ジー…ク……」






やっと離れた唇から漏れた声は…甘えるみたいな声で…アンナは涙目で彼を見つめる。

もう既にアンナの心臓は際限なく高まっていて…このまま続けられたら、おかしくなりそうだった。

「……アンナへの罰は……俺とのキスだ」

「……………ぇ…?」

「俺はとことん妃には甘い。だけど…俺とのキスはアンナの心臓が持たなくなりそうだろ?だから……思いっきり…壊れるくらいに混乱してもらおうか」

「えっ……んっ…⁉︎」

返事を返す前にまた口づけさせる。

そのまま何度も何度も……ずっとずっと繰り返されて……。






やっと解放された時には、アンナの唇はキスのし過ぎで真っ赤になっていた。






「………んっ…こんな…もんかな……」

「…ジッ…ジークのっ……ばかっ……‼︎」

涙目になりながらアンナが怒る。彼女の首元には赤い痕が何個も残っていた。

「罰とお仕置きなので特別出血大サービスしてみた」

「……しなくてっ…よかったのにっ……‼︎」

舌ったらずな喋り方になっているアンナを愛おしそうにジークフリートが見つめる。

「……暫く…首の見える服、着れないな?」

「…………うっ……」

彼は恍惚とした笑みを浮かべながら愛おしそうに赤い痕を撫でる。

「うぅぅぅうっ〜‼︎」

アンナは悔しそうに顔を顰めるだけだった。

はっきり言うと、アンナは完全に腰が砕けていて動けなかった。

「あ、最後にもう一回……キスしよう」

「まだ…するのっ……⁉︎」

ジークフリートの言葉に酷く狼狽する。

彼は少し照れくさそうに微笑むと、互いの額を合わせた。






「仲直りのキス」






最後にされたキスは……とてつもなく優しいもので。

アンナは恥ずかしそうに口元を手で隠す。

「…………………ばか……」

そう呟いた彼女に、ジークフリートは優しい笑顔を見せる。

















こうして……妃の家出騒動は幕を閉じるのだった………。









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