番外 とある双子の潜入捜査
「本日より後宮の女中と給仕として勤務することになった双子のマリーとマイクです。女中長と給仕長は二人に仕事を教えて下さい。今日の朝礼は以上です。各自、仕事を開始して下さい」
グランドが書類を閉じて、朝の朝礼を終わらせる。王宮、後宮に勤務する使用人達の管理はグランドが行っているからだ。
そして今日、新しく勤務し始めた双子の茶髪に碧眼のマリーとマイク。二人にはとある秘密があった……。
(存外簡単に忍び込めたわね……)
(本当はチョロいんじゃないかなっ…⁉︎)
「あんた達、早く来なさいっ‼︎」
「「すみませーん」」
二人の秘密…それは……。
二人はとある新聞会社の記者だったのだー‼︎
四日前のパーティーでの国王陛下の暗殺未遂事件や後宮で好き勝手やっているという《悪女》の真の姿を調査しに来たのだ。
双子には…このネタを何としてゲットし、他の記者から羨望の眼差しを得るという野望があった。
マリーは女中として。マイクは給仕として。
お互いに情報を集めるのだ。
こうして……二人の新聞記者による潜入捜査は始まったのだった……。
*****
「王妃様がどんな人か?」
休憩室で休んでいた女中の先輩にマリーは話を聞く。先輩女中は一緒に休んでいた他の女中にも声を掛けた。
「王妃様がどんな人か?あー…あの人って結構普通の人よねぇ〜」
「………え?」
「化粧映えするタイプって言うか…ノーメイクの時だと超平凡」
民衆の前に顔を出した時はとても綺麗に見えたが…あれは化粧の力だったのか。
「なんでそんなことを?」
疑わしげに聞かれてマリーはギクッとした。
しかし、微笑んで答える。
「あの…王妃様って《悪女》って噂されてるじゃないですか…ここで働くなら本当か知りたいなーって…」
「あぁ…それもそうよねぇ〜」
納得してくれたらしい女中達にマリーはホッとする。そんな中で、一人の女中が「そう言えば…」と呟いた。
「前は近衛兵と中庭で逢瀬を重ねてたわよねぇ」
「確かに〜。でも…その後、その場所で国王陛下ともピクニックしてたわよ?」
「他の男とあった場所で国王陛下とも?」
「そうそう…国王陛下との方がなんか良い雰囲気だったのよねぇ〜」
女中達はその時のことを思い出したのか、頷いている。
「因みに…その近衛兵さんは……」
マリーは王妃の相手に探りを入れてみる。それを聞いた女中の一人が「あー…あの子?」と思い出したように頬杖をつく。
「最近はミレーヌ様と一緒にいるみたいね?」
「前王妃様と?」
「確か…お酒が弱いとか強過ぎとか飲み過ぎだのどーのこーの言ってたわよ」
「飲み仲間なんですかね…?」
女中は「さぁ?」と首を傾げる。しかし、他の女中が面白そうに笑う。
マリーはフムフムと頷く。
「他に何かありますか?」
「うーん……あ、この間の法律改正の日のパーティーで国王陛下が倒れたら、すっごく動揺してたわ」
「あぁ、それね‼︎国王陛下を騙してるだけかと思ってたら…本気で泣いてるから、誑かしてるってのは嘘かもって思ったもんねー」
「それも演技だったら名女優だけど」
女中達はケラケラと笑う。
《悪女》アンナ。
国王陛下を誑かして好き勝手やっていると噂の彼女だが…実際はそれ程、美人でもなく…至って平凡。
他の男を誑かしてるかと思えば国王陛下と仲睦まじい様子で…その男も前王妃と仲が良し(飲み仲間?)で…関係があるようではない。
そして…国王陛下が倒れた時の本気で動揺していた姿から……。
(………………あれ…?もしかして…王妃様って《悪女》じゃないかもしれない…?)
マリーは女中達の話に首を傾げるのだった。
*****
「国王陛下が暗殺され掛けた日のこと?」
少しチャラめの給仕の先輩にマイクが話を聞く。先輩は「あの日ね〜」と頷く。
「本当はあのままだと王妃様が死ぬみたいだったぞ?」
「えっ⁉︎」
「なんでも〜王妃様に差し出されたシャンパンに毒が盛ってあって〜…国王陛下がシャンパンを飲めない王妃様の代わりに飲んで倒れたとか」
「そうなんですか……」
「一緒に飲んだ貴族の娘さんも倒れたらしいし〜」
先輩はそう言ってグラスを磨く。
マイクはフムフムと頷く。
「他に何かありましたか?」
「うーん…あー…超絶王妃様が混乱してたな〜」
「王妃様が?」
「普通の時は色っぽい感じだったんだけど…国王陛下が倒れたら、無垢な少女みたいに超泣いててさ〜びっくりしたわ、マジで」
国王陛下を誑かしてると言われる王妃。
自分の目的のために誑かしてるなら…倒れたくらいでそんなに泣くだろうか?
逆に倒れてラッキーと思うかもしれない。
「話だと国王陛下が起きるまでずっと側を離れなかったらしいぜ?」
「へぇ……」
マイクは驚いたように声を漏らす。
(なんか…本当に愛してるみたいじゃ……)
マイクはその話に首を傾げるのだった。
*****
その後も情報収集を続けた結果……誰もいない休憩室で夕方、マリーとマイクは顔を揃えて顰めっ面になっていた。
「………なんか…王妃様って《悪女》って感じがしなくない?」
「うん…国王陛下が溺愛してるのは確かっぽいけど……」
「国王陛下が仕事で忙しくて王妃様が後宮でフリーでも、噂になったのって近衛兵との一回だけらしいし……」
トントン…ドアがノックされ、入って来たのはグランドだった。
「あぁ…丁度良かったです。マリーとマイク…来てくれますか?」
「「はぁ……」」
グランドについて行くと、ドンドン進んで行って王宮まで来てしまった。
マリーとマイクは((まさか…))と冷や汗を掻く。
「失礼します」
グランドが先に中に入ると…そこには、ラフスタイルの国王陛下ジークフリートがこちらに向かって微笑んでいた。
「よく来たな」
「「こっ…国王陛下っ⁉︎」」
ジークフリートはゆるりと立ち上がると、マリーとマイクの方に歩き出し、目の前で立ち止まった。
「で?面白いネタは見つかったのか?」
「「っ⁉︎」」
「しらばっくれても無駄だ。お前達の身元は割れてる」
ジークフリートが胡散臭い爽やかな笑みを浮かべる。
それはまるで悪魔のようだった。
「まぁ…アンナが城下町や民衆の間で流れている《悪女》の噂と大分、違うことは分かったよな?」
そして…その悪魔の笑みが崩れる。
少し頬を赤らめて…恋をしているような顔でジークフリートは目を逸らす。
「というか…アンナは本当に可愛いんだよ」
「「…………………は?」」
マリーとマイクはその様子に呆然とする。後ろに控えいたグランドが呆れたような溜息を漏らした。
「だってあんなに健気な女、見たことないんだぞっ⁉︎無垢だと思えば無意識で煽るしっ……」
「「………………」」
「ジークフリート様……知らない人間にもそうやって惚気ないで下さい…国王としての威厳が……」
「おっと…いけない…」
ジークフリートはグランドの忠告に咳払いをする。
そして、ガシッと二人の顔面を両手で掴んだ。
「「…………っ…⁉︎」」
ジークフリートの纏う空気がガラリと変わって、双子は息を飲む。
「……………もし…俺とアンナのことを記事にしてみろ…」
目の前で極寒の冷気を纏った悪魔が微笑む。
「………社会的にも…他の意味でも……始末するからな………?」
「「はいぃいっ‼︎」」
双子は頭が取れる勢いで頷く。それを見たジークフリートは「それでいい」と楽しそうに微笑む。
「今は犯人を始末するので忙しいんだ…俺の手を煩わせてくれるなよ……?」
マリーとマイクは後悔をする。
国王陛下は《悪女》に騙されるくらいに愚かな王だと言われていたが…そっち方が嘘だった。
王妃が普通の人で、国王陛下こそが《悪魔》だったのだ。
こんな人が関わっていることを…調査するんじゃなかったとしか言えない。
「グランド、門まで送ってやれ」
「了解致しました」
グランドが一礼し、二人を連れて扉に振り返る。ジークフリートは部屋から出て行こうとする双子に満面の笑みで手を振るのだった……。
*****
放心状態の二人をグランドが門まで送って行く。
「相手が悪かったですね」
グランドの慰めるような声は二人の耳には入らない。
「まぁ…ジークフリート様とアンナ様が揺るぎなく相思相愛なだけですから。噂の真偽など確かめようとしないことです」
グランドはそう言うと、二人を門の外へと追い出す。
呆然と見つめ返した双子にグランドも満面の笑みを浮かべた。
「今回のことはない他言無用でお願い致します。まぁ…喋ったら全力で処分致しますので…長生きしたければ余計なことはしない方が得策かと」
その言葉に引き攣った顔で固まるマリーとマイク。
グランドは一礼すると、王宮へと戻って行くのだった……。
因みに……その後、二人の潜入捜査が記事になることは…一生無かったそうだ。




