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愚か者に鉄槌を










「……………王妃は後宮の《明星の部屋》という場所にいるわ…」





メリッサが鬼気迫る顔で黒い青年に言う。


メリッサの屋敷の彼女の部屋……バルコニーの影に立つ青年は中にいるメリッサの命令に呆れた風に顔を顰めた。



「殺せと?」



「そうよ」



「それが罠という可能性は?」



「そんな訳ないでしょうっ⁉︎」



愚かな女だ…と青年は呆れる。


甘えさせられて育ったのだろう。常識知らず。この世界を甘く考えている。



「雇い主ですからね…命令には従います」



「そうよ」



「しかし、です。以前に言った通り…自分が危なくなったり…捕まりそうになったら容赦なく切り捨てますので」



青年はそう告げると静かに消え去る。


それを確認したメリッサは……。



「今度こそ…成功するわ……」



歪な笑顔を浮かべるのだった……。


















*****









《明星の部屋》に部屋を移してから、早くも二日が過ぎていた。

アンナは特にすることもなくぼーっとしていた。

女王到着予定まであと三日。

ジークフリートとはこの部屋に移動してから、こそこそと作戦会議をしていた。

ジークフリートは表向きはここには来ていないが…どうやって来るのか、バルコニーからやって来ることが多い。

そして今夜も……。

トントン……。

バルコニーのガラス窓が軽くノックされる。アンナが歩み寄ると…そこには外套マントを纏ったジークフリートが微笑んでいた。

「ジーク」

「こんばんは、アンナ」

アンナは薄く微笑むと合言葉を口にする。

「春に咲く花、霜が降る夜は?」

「桜の花、聖夜の夜」

正解した合言葉を聞くと、アンナは窓を開ける。暗殺者が変装するかもしれないから、とジークフリートに提案された合言葉だ。

窓を開けると…ジークフリートは中に入って外套マントを脱いだ。アンナはそれを受け取り、洋服スタンドに掛ける。

「ありがとな」

「どう致しまして」

ジークフリートはそう言うとソファに座った。それを見てから、アンナは紅茶を入れ始める。

ジークフリートが夜に隠れて来るのは、護衛はつけていれど、国王は王妃の元へ来ていないというのを暗殺者に勘違いさせるためらしい。

「なんか…どっかの物語みたいだよなぁ」

「…………え?」

入れ終えた紅茶を運びながらアンナが首を傾げる。彼はそんな彼女に優しくも艶やかに微笑む。

「だってそうだろ?愛しいひとの元へ…誰にも知られずに通うなんて、さ?」

「…………………」

「顔赤いぞ?」

「煩いっ‼︎」

アンナはジークフリートの前のテーブルに紅茶を勢いよく置く。

少し距離を置いてアンナはソファに座ると、真っ赤になった顔を見られないように顔を背けた。

「照れんなよ」

「照れてないっ‼︎」

「素直じゃないなぁ〜」

ジークフリートは呑気に紅茶を飲む。

その動作はとても優雅で…アンナは彼の向こうにあるガラス窓を見る。

「………………」

そして…不思議に思ったことを口にする。

「ねぇ、ジーク」

「ん?」

「…………どうやってバルコニーから来るの?」

「………あぁ…それか」

後宮は三階建てのコの字になっている。王宮に繋がる通路が一階の真ん中にあり、王宮の方は後宮と鏡合わせになるようにコの字になっている。

王宮、後宮を合わせてかなりの面積だ。

そんな中での、この部屋は後宮の右翼の三階。この部屋にジークフリートはバルコニーから来るのだ。

どうやって来るのか……不思議で仕方ない。

「えーっと…前にさ…身体が弱かったって言ったろ?」

「……うん」

「取り敢えず強くなろうとして色々・・やったんだよ」

「…………う…うん…?」

ジークフリートの言葉にアンナは不思議そうに首を傾げる。

「だから別に三階くらいの建物…登るのなんか朝飯前なんだよな」

「…………え?」

アンナはキョトンとする。

身体が弱かったから強くなろうと色々やった。そしたら、三階建ての建物を登れるようになった?

(どういうこと⁉︎)

「色々やったからって出来るようになるものなの?」

「おう」

当たり前のように言うジークフリートはアンナは瞬きを繰り返す。

(……そんな…簡単に出来るものじゃないと思うんだけど……)

国王なのにそんなことが出来るなんて…衝撃的だった。

「まぁ…敵もそろそろ動き出すんじゃないか?」

「え?」

ジークフリートは足を組みながら、爽やかなのに仄暗い悪魔の笑みを浮かべる。






「……………愚か者には鉄槌を下してやんないとなぁ……」






「……………………」

アンナは冷や汗を掻きながら、悪魔かれを見つめる。

ジークフリートを怒らせた犯人に多少、同情してしまいそうだった。

ミレーヌの言っていた怖いジークフリートというのが…よく分かった。







そして……ジークフリートの予想が当たるのは、翌日のことだった………。















*****








翌日の昼下がりー。



アンナがいる《明星の部屋》に一つの箱を持ったメリッサがやって来た。

「メリッサさん」

「御機嫌よう」

メリッサは上機嫌な様子で笑っている。

アンナはそんなメリッサを不思議に思いながら、部屋の中に案内した。

「実は…美味しいお菓子を頂いたからあげようと思ったのよ」

「美味しいお菓子?」

メリッサはそう言うと、箱を開く。

その中には六個のチョコレートが入っていた。

「チョコレート?」

「えぇ。でも、ただのチョコレートじゃないわ」

メリッサはそう言って一個チョコレートを取ると、噛み砕いて中身を見せた。

「中にフルーツのジュレが入っているの」

「そうなの?美味しそう‼︎」

メリッサはもう一つ取ってアンナに差し出す。

「どうぞ?」

「頂きます‼︎」

アンナがそれを口に含む。

爽やかなオレンジの味が口の中に広がる。

「美味しい〜♡」

「喜んでもらえて良かったわ」

本当に嬉しそうに笑うメリッサ。アンナはそんな彼女を見て、今まで抱いていた印象は気の所為だったのかもしれないと思う。

メリッサは王妃に相応しくない自分を憎んでいる、嫌っていると思っていた。

でも、こうしてお菓子を持って来てくれた。

本当はそう思ってないのかもしれない。






その後もアンナはメリッサとのお茶を楽しみ…数時間後、メリッサは自分の家に戻って行くのだった……。











*****








《明星の部屋》でベッドの上で標的おうひがスヤスヤと寝ている。

黒い暗殺者の青年は静かにその部屋に忍び込んだ。

昼頃、依頼主メリッサの手に寄って遅効性の睡眠薬が王妃に盛られているはずだった。

どんなことをしても起きないと謳われる効果が高い睡眠薬だ。

暗殺者はベッド際に音もなく歩み寄る。

そこには穏やかな顔で眠る特別綺麗という訳ではない平凡な少女が眠っていた。

その姿を見て、暗殺者は驚いたように目を見開く。

顔の骨格から見ると王妃で間違えないが…眠っていると余計に平凡に見えた。

普通の少女だったのだろう。国王に見初められて、王妃になってしまっただけなのだろう。

平民であったのに王妃になってしまったから……あの愚かな雇い主に王妃の座が欲しいからという理由で命を狙われているのだ。

そんなことになってしまった王妃に多少の同情を抱かないこともない。

しかし、金で雇われている以上…仕事はこなさなければならない。

「………せめて…痛み無く…」

静かにそう呟いて、服の袖から鋭い隠し刃を取り出す。

穏やかな顔で眠る王妃の首に近づけて……。











「そう簡単に殺らせるかよ」











「なっ⁉︎」

暗殺者である彼が気づかないくらいの気配の無さだった。

しかし、青年の足首に重り付きの鎖が巻きつきズルリッと身体が傾く。

前に傾いたと思った次の瞬間には、勢いよく後ろに引き摺られた。

ドスンッ‼︎

みっともなく床に俯きで倒れ込む。

顔を傾けるとそこには、右手には青年が持っていた刃物を持ち、左手には鎖の先を持つ国王ジークフリートの姿があった。

「よぅ……暗殺者さん?」

「……………っ…」

ジークフリートの笑みは酷く冷たいものだった。クスクスと笑っているのにその気配は容赦ない殺意だ。

「案外簡単に捕まったなぁ」

「……一体…何が……」

「何がって…ベッド下に隠れてて、お前の身体が前に倒れる前にベッド下から出て鎖を引っ張っただけだぞ?」

そう簡単に言うが、普通の人間にはそんなこと出来ないだろう。

何故なら…ジークフリートが持つ鎖は暗殺者が使う武器……暗器の一つでもあるからだ。

そして…それを扱いながら暗殺者である青年から暗器はものを奪うなんて……。

「……何故…暗器を使える…」

「ん?使えちゃおかしいか?」

「……暗器は…暗殺者しか使わないだろう……」

「あー……昔…身体が弱かったんだ」

ジークフリートは微笑みながら、青年の身体を踏みつける。

その瞳は一切笑っていない。

「強くなろうと色々・・やったんだよ。俺、地味にオールマイティだったんだよなぁ〜」

「あははっ」と笑うジークフリートは青年の隠し刃を、彼の首に押し付ける。

余りの迫力に青年は殺られる…そう思った。

しかし…ジークフリートはゆっくりと微笑む。

「………雇い主はメリッサで合ってるか?」

「……………」

ジークフリートの言葉に彼は呆れ顔になる。

やはりバレていた。貴族の娘でしかないメリッサには、悪魔ジークフリート相手に隠し事なんて出来るはずがなかったのだ。




今回は…相手が悪かったとしか言いようがない。




「素直に言えば命だけは助けてやる」

「…………………そうですよ」

青年はシレッと言ってのける。それを聞いたジークフリートも「だよなぁ?」と苦情する。

「所詮、貴族だもんな。俺達みたいに出来る訳がない」

「…………顔が私がやりましたと語っていた……?」

「そうそう」

それを聞いた青年は失望した溜息を吐く。

何故、あの女の言うことを信じたのか…バカらしくて笑えてくる。

「まぁ?暗殺者だから…金で雇われたら仕事をしなくちゃいけないよなぁ」

「……………」

「でも、お前が手を出したのは俺の妃だ。許されないことだって分かってるよな?」

ドスの効いた声は…今までで一番、恐怖を感じさせるものだった。

闇の世界に生きてきて…これ程までの威圧感を出せる人間に出会ったのは初めてだ。

「……………どうするの…ですか…」

「愚か者には鉄槌を下さなきゃいけないだろ?」

「……………………」

ジークフリートは悪魔のようなオーラを出しながら、恍惚と微笑む。






「お前への罰は……………」













*****










メリッサは自分の屋敷の中庭にいた。

王妃を暗殺し次第、暗殺者からの報告をここで受けることになっていたのだ。

「………………………」

木の影からゆっくりと暗殺者の青年が現れる。

メリッサは彼に気づくと、微笑んだ。

「やっと来たわね」

「………………………」

しかし、何も言わない青年にメリッサは首を傾げた。

「………ちょっと…どうしたのよ」

「こんばんは」

青年の後ろから場に似つかわしくない笑顔を見せながらジークフリートが現れる。

それを見たメリッサは狼狽した。

「ジークフリート様っ⁉︎」

「よくも俺の妃を殺そうとしてくれたな」

「なっ……⁉︎」

メリッサは明らか様な動揺を見せる。

ジークフリートは顔から笑みを消して、冷たい顔で彼女を見つめる。

「バレてないつもりだったなら、冗談も大概にしろ」

「っ……⁉︎」

「お前に選択肢をやるよ」

ジークフリートは指を三本立てると、優しく微笑んだ。

「一つ目…国外追放」

ジークフリートが一歩一歩、ゆっくりとメリッサに近づく。

「二つ目……こいつに殺される」

メリッサはそのジークフリートの様子に恐怖した。

彼が眼前に来ると、ガクンっと膝からしゃがみ込む。

そんなメリッサの顔を見ながら、ジークフリートは冷たい視線で告げる。






「………三つ目……俺の手で処分される……さぁ?どれがいい?」






メリッサはやっと気づいた。

自分が相手にしていた存在の大きさに。

幼馴染で弱かったジークフリートはそこにはいなかった。そこにいるのは悪魔でしかない。

自分が知っているジークフリートではなかった。

こんな悪魔おとこだと知っていたら……彼の妃になんて手を出す訳なかった。

「…………答えろよ」

ジークフリートの声はとてつもなく鋭く冷たい。

メリッサは震える声で何とか言葉を紡いだ。

「いっ……一番……」

「明日までにはこの国から消え去れ」

「あっ……明日っ…⁉︎」

「明日を過ぎてもいたなら……強制的に三番に移行する」

「ひいっ……‼︎」

ジークフリートはそう言うと、メリッサから顔を逸らして暗殺者の青年を見た。

「お前は俺の駒として働いてもらうぞ。それがお前への罰だ」

「……………はい…」

「命令だ。メリッサについて行き、逐一状況報告をしろ。こいつがこの国に二度と戻らないように」

「……………了解しました…」

ジークフリートは振り返らずにニタリと微笑む。

「俺の命令一つで……〝何でも〟出来るように手をな?」

「っっっ‼︎」

敢えて〝何を〟と言わなかったのは、自分で想像させて恐怖させるためだと青年は気づいていた。

この悪魔おとこは人の心さえも操るのが上手い。




まるで……本物の悪魔だ。









「…………じゃあな、メリッサ。もう二度と会わないだろう」






ジークフリートはそうとだけ告げると、その場から立ち去った。



残された二人は…そんな悪魔の後ろ姿を、恐怖した目で見つめていた………。















◆◆◆◆◆










「………………ん…?」







よく眠ったアンナが起きると……そこは、王妃の部屋だった。

「えっ⁉︎」

アンナは何度も瞬きを繰り返す。

いつの間に移動したのかと思うと、身体が動かないことに気づいた。

「えっ⁉︎何っ…!」

何とか顔を動かすと……。

「………すぅ……すぅ………」

小さな寝息をたてるジークフリートがいた。

「っっっっっっ⁉︎」

後ろから抱き締めるように眠るジークフリート。

でも…その顔は何故か悲しそうで。

アンナは真っ赤になりながらも、そんな彼の顔に目を見開く。

「………………ジーク…?」

「……………ん…」

声を掛けるとジークフリートが薄く目を開いた。

アンナは心配な面持ちで彼を見つめる。

「……………どうしたの…?」

「……………なんでも…ないよ…」

弱々しい声にアンナは余計に心配になる。

しかし…ジークフリートはそれ以上語ろうとしなくて。

「………………」

アンナは何も聞かず、言わずに彼の身体を抱き締めた。




悲しんでいる気がした。




それだけで…抱き締める理由は充分だった。







「………何も…言わなくてもいいよ……でも…泣くのは我慢しなくていいんじゃないかな……?」







ジークフリートが目を見開いた。

彼のことだったら、分かってしまう。

(夫婦だから?ううん……きっと…ジークが大切で好きな人だから……)

腕の中でジークフリートの静かな泣き声が聞こえた。

その理由をアンナは知らない。

けれど、ジークフリートが悲しんでいると…アンナも悲しかった。











何も言わないけれど……アンナは静かに抱き締め続けるのだった…………。











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