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悪魔の策











「……………………」








ジークフリートは一人、後宮の国王の部屋で毒殺未遂の報告書を読んでいた。

目が覚めた翌日…昨日は起きたばかりだからとアンナに懇願されて、ずっと安静にしていた。



つまり…女王が到着するまで残り五日程度。



女王訪問時は、女王がこちらに色仕掛けを掛けるだろうことを想定して、アンナに不貞罪で訴えると脅してもらう。それで〝平等条約〟を結ぶ。

様々なパターンを想定済みで、前々から準備してたからそちらは問題はないが……もう一つの問題は、〝暗殺者・・・〟の件だ。

「…………………」

未遂で終わったとは言え、アンナにまでで手を掛けようとした奴だ。

ジークフリートは剣呑な光を瞳に宿す。






「……………随分と…大根役者だな……」






パーティーの夜を思い出す。

やはり貴族の娘……そこまでの訓練はされていないのだろう。いや、訓練なんてされている方がおかしいのか。

この王宮ばしょは策略が飛び交う、毒蛇の坩堝るつぼだ。動揺や混乱、思考が顔に出るようではやっていけない。

だから、心を制御コントロールして…相手にこちらの意図を悟られないように策を巡らせ、 顔に偽りの笑みを浮かべる。






偽りを演じる。






しかし…あの日、あの時、あの女は明らか様な動揺が浮かんでいた。

(………………まぁ…大体…間違えはないだろう……)

幾つものパターンを想定する。

幾つも幾つも想定して、一番しっくりくる台本シナリオが当たりなのだろう。

「………………」

幼い頃からの付き合いだ。大切な人に代わりはない。

しかし…それでもやっていいことと、悪いことがある。

あいつは一番、やってはいけないことをしてしまった。






家族のようなものであっても……罪を犯したのであれば薙ぎ払う。



………………処分する。






ジークフリートは静かに目を閉じた。

出来ることならば、女王訪問までの五日間で処理する。〝犯人〟に辿り着くためのパターンを何回も何回も考えて、補正を掛けて、台本シナリオを作り上げていく。



「………………さて…」



ジークフリートはゆっくりと目を開くと、報告書をテーブルに置いた。











「〝犯人〟を捕まえに行こうか」











悪魔は緩やかに、微笑むのだったー……。
























*****














「…………………」







あの日から王宮だけでなく、後宮でも空気が殺伐としている。

王妃が毒殺されそうになり、代わりに国王が倒れたのだ。近衛兵や王宮全体が緊迫するのも仕方ないだろう。


そんな中でアンナは王妃の部屋で静かに窓辺のイスに座り、お茶をしていた。

部屋の扉の向こうには近衛兵が警備し、この紅茶や菓子類も毒味済み。

いつにもまして厳重にチェックされたのはこの間の件があるからだろう。

そんなチェックを命じたジークフリートは今頃、王宮中の役人を集めて皆の前で話しているのだろう。






『弱っているところを見せると狸達が何をしでかすか分からないからな』






ジークフリートは悪魔的な爽やかな笑顔でそう言っていた。

自分は無事だと誇示するためらしい。

グランドに聞いた話だと即効性、毒性の強いものだという話だった。

(毒耐性のない私だったら…直ぐに死んでたって……)

そんなものが仕込まれていたなんて、怖くて無意識で身体が震えてしまう。

そんなものが大切な人を奪い掛けたなんて…恐怖で泣きそうになる。

「………………はぁ…」

アンナは静かに紅茶を口に含んだ後、心を抑えるために深呼吸を繰り返す。






「…………大丈夫かな…ジーク…」






アンナはもしかしたら、犯人がいるかもしれない人々の前に立つジークフリートに思いを馳せるのだった……。






















*****












ジークフリートは正装は正装でも、いつもの執務用の服ではなく軍部用の服装を纏っていた。

そして、王座に座って静かに微笑む。

王の間には王宮中の役人、使用人…全員が集められている。

王座の少し離れた所にはグランドとミレーヌ…そして、ジークフリート同じく毒を飲んだ当事者のメリッサが立っていた。

ジークフリートはそちらにチラリと視線を向けると、立ち上がった。






その立ち振る舞いはいつもと変わらない。






その姿に良かったと思う者もいれば、微笑みながらも心の底では悔しがる者もいる。

しかし……全員が気づかない。

ジークフリートの放つ…静かな怒りに。

「皆には心配を掛けただろうが、この通り…私は無事だ」

ゆっくりと…でも、はっきりと言葉を紡ぐ。

「しかし、だ」

『……っ‼︎』

ジークフリートが初めて見せる冷たい笑顔。

その場が一瞬の内に凍りつくような…威圧を放つ。
















「私は国王の名の下に毒殺を図った者を許しはしない。必ず見つけ次第、何故そのようなことをしたのか……生きていたことを後悔させてやろうと思う」
















余りにもドス黒い声と威圧に、全員が気圧された。






「少しでも何かを知っているならば、速やかに報告せよ。また…匿った者も同罪と見なし、処分する。いいな?」






その場にいた者達は初めて自分達の上に立つ王の〝本当・・姿〟を知った。






良くも悪くもない普通な国王……《悪女》だと噂の王妃に誑かされた弱々しい国王という印象であったジークフリートが……そんなもの、嘘でしかないと分かるような怖さだった。

そして…ジークフリートはゆっくりと王座の近くに目を向ける。

「…………………っ…」

冷たい瞳がメリッサを射抜いた。

メリッサの顔が蒼白になる。身体も震えているし、分かりやすい動揺だったが…ジークフリートは何も言わない。

ジークフリートは静かに視線を戻すと、クスッと冷たく微笑んだ。

「………………話はこれで終わる。皆は仕事に戻れ」





ジークフリートは王宮内の人々の心に恐怖を植え付けて………その場を解散させたのだった……。



















*****









「はぁぁぁあ……」







ジークフリートは大きな溜息を吐いて、アンナの肩に頭を預ける。

後宮の応接間で、アンナ、ジークフリート、ミレーヌ、メリッサはソファに向かい合うように座り、グランドはその四人に毒味済みの紅茶を給仕していた。

「………大丈夫?」

アンナが心配そうな声でジークフリートに声を掛ける。

そんな彼女に彼はふにゃっと微笑んだ。

「あぁ…大丈夫。ちょっと疲れたけどなぁ〜あんな演技するのは」

「演技?」

アンナが首を傾げる。それに答えたのはミレーヌだった。

「そうよ?とーっても怖かったわぁ〜……冷たい国王の演技は」

頬に手を当てて「ふぅ…」と溜息を漏らした。メリッサも少し変な様子で頷く。

「仕方ないだろ?毒にやられたとあったら…古狸共は調子こくだろうし…もし、犯人があの中にいたなら…動揺させるためにも俺は冷酷な一面もあるって印象付けなくちゃいけなかったんだ」

「………ブラフってこと?」

「そうそう…話だけでよーく分かったな?アンナ」

ジークフリートは嬉しそうにクスクスと笑う。アンナは顰めっ面になりながら、彼の手を握る。

「………余り…無茶しないでね…?」

不安気な顔でアンナが言う。ジークフリートは呆然とした後…ゆったりと微笑んだ。

「………………ふっ…しないよ」

「………本当?」

「あぁ…アンナを悲しませる気はないからな」

目を伏せながら、力の抜けた表情でアンナに寄り掛かる。アンナは「うん…そうして?」と言いながら微笑む。






「……………人前でよくイチャつきますね」






グランドが口をへの字にして、途轍もなく険しい顔で言う。

アンナはそう言われて顔を真っ赤にして、狼狽した。

「イチャついてなんてっ……」

「あら?無意識でやってるのか•し•ら♡」

「ミレーヌさんっ‼︎」

「ねぇ…貴女もそう思うでしょう?メリッサ」

「え……えぇ……」

呆然としていたメリッサは、少し強気で笑う。

しかし…やっぱり様子が微妙に変で……。

「大丈夫?メリッサさん」

「だっ…大丈夫よっ‼︎」

アンナが不思議そうに聞くと、メリッサは怒ったように憤慨する。

「心配しなくても大丈夫よっ‼︎」

(……そんな風に見えないから言ったんだけど…)

アンナは心の中で溜息を吐く。

先程から彼女メリッサは何かおかしい。そんなにジークフリートが怖かったのだろうか?

怖い演技を見せた当の本人は穏やかな顔で目を閉じている。

アンナがまじまじと彼を見つめていたら…ジークフリートがゆっくりと目を開いて見つめ返された。

「…………アンナ…」

「ん?なぁに?」

「………今回は…俺がアンナのシャンパンを飲んだが…次は守れないかもしれない」

「…………え?」

彼はいつもより頼りない顔で困ったように顔を歪める。

「…………犯人が分かってないんだ。俺の手が届かないところでアンナに危険が及ぶかもしれないだろ?」

「……………あ…」

「だから、次は守れないかもしれない。だから…言っておこうと思って」

他の人が聞いたら気づかないかもしれないが…アンナには分かった。

含みがあるような言い方にアンナは、彼が考えていることが分かった気がする。

(…………………これが…〝夫婦・・〟なのかな…?)

「………大丈夫…例え死んでも、最後まで貴方の側にいれたらそれでいいの」

(………これで合ってる?)

アンナが静かに見つめ返すと、ジークフリートは薄く微笑んだ。

「だから…少しの間、部屋を変えようか」

「………部屋を変える?」

「後宮の《明星の部屋》って場所があるんだ。その部屋は何かあった際、部屋の中の人を守るための部屋ばしょなんだ。だから…王妃の部屋より安全だと思う」

「……うん、分かった。ジークが私のためにそう言ってくれたんだもの」

アンナは信頼し切った笑顔を浮かべる。

ジークフリートは「ありがとう」と言うと、彼女の手を再び強く握り締めるのだった……。























*****











応接間から出た後……国王の部屋で、ジークフリートはアンナを膝に乗せてベッドに座っていた。

アンナはどうしてそうなったか分からずに目を白黒させる。

「えっと……なんで?」

「うん?俺のいきなりのフリにちゃんと気づいてくれたご褒美だ」

「……あー…やっぱり、なんかあったんだ…」

「おう」

先程の含みのある言い方はやはり何か思惑があったらしい。

ちゃんと合っていて良かった。

「俺の考えが分かるようになってきたんだな?」

「ふふっ…そうかもねぇ。一緒にいたから…夫婦・・ってこういうことかなって思ったよ?」

「そうだな…言葉にしなくても意思疎通が取れるって感じか?」

「うん」

ジークフリートは後ろからアンナの手を握りつつ撫でる。

「…………あのさ……」

言いにくそうな声にアンナは静かに彼を見つめる。

「………………その…アンナを危険に晒すかもしれないんだが…」

「別にいいよ?」

「えっ?」

内容を話す前にアンナに即答され、ジークフリートは呆然と目を見開く。

彼女は後ろを振り向きながら、悪戯っ子みたいに微笑む。

「だって…どんなことであってもジークが守ってくれるんでしょ?」

「………………」

アンナはゆったりとその身体を後ろに預ける。






「どんな時だって…何があったって……ジークが守ってくれるって信じてるから任せられるんだよ?」






その言葉にジークフリートは泣きそうになりながら、口元を緩める。

「………………流石だなぁ……」

「ん?」

「俺の妃は最強だなぁって思ってな……ここまで信頼してくれるなら…頑張らなきゃなぁ……」

クスクスと笑いながら、アンナの華奢な身体を後ろから抱き締める。

「うん、頑張って?」

そう言われたジークフリートは少し頬を赤くしながら、恥ずかしそうに口を開く。

「…………じゃあ…全部終わったらさ…ご褒美を……頂戴?」

「………ご褒美?」

不思議そうなアンナにジークフリートはニヤリと口の端を持ち上げる。

「そう……暗殺者も女王の件も…ぜーんぶ終わったら……アンナから…ご褒美をくれよ」

「…………………」

「そしたら…俺…超頑張るんだけど……?」

アンナは少し迷うような素振りを見せる。

本当は迷っていないが…ワザとそんな素振りを見せる。

「…………ジークはどんなご褒美が欲しいの?」

「………それは…終わってから言う」

「う〜ん……」

口元に指先を添える。

アンナは艶やかに微笑むと顔を傾けて、彼の頬に軽いキスをする。

「っ‼︎」

「いいよ?ちゃーんと…終わったら……ね?」

「……………………はぁ…」

ジークフリートは顔を手で覆って、大きな溜息を吐く。

手の間から見えた目がジロリと憎らしそうに、愛おしそうにアンナを見つめる。

「…………《悪女》め……」

「《悪女》だもの♪」

「はぁ……初めてアンナからキスされたし……」

「そう言われれば…そうかもね?」

悔しそうにするジークフリートが可愛くってアンナは幸せだな…と思う。

こんな穏やかな時間だけを過ごしていたいと思う。けれど……穏やかだけでないから、どんな時でも彼と乗り越えたいと思うのだ。

ジークフリートはアンナの顎を掴むとグイッと上に向かせると、噛み付くような口づけをする。

「んっ…⁉︎」






「………言質は取ったから?何でも叶えてもらうから」






ゆっくりと離れるジークフリートの真っ赤な顔を見ながら……アンナは嬉しそうに頬を緩める。

こんなに愛しい人のお願いなら、自分が叶えられるなら何でも叶えてあげたいと思う。

こんなに好きになっても…もっと好きになる。

「うん、そのために頑張ってね?」











アンナは愛おしいジークフリートを何があったって信じようと思うのだった……。






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