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法律改正と波乱の夜











特殊施行の当日……早朝ー。






隣国では女王スカーレットが馬車に乗り込むところであった。



「女王陛下…お手をどうぞ」



エミルがスカーレットに手を差し出し、馬車に促す。

女王が乗るのを確認すると、エミルも乗り込み…御者に出発を告げた。

「ふふっ……ジークフリートに…やっと会えるのね」

スカーレットは真っ赤なドレスに身を包んで艶やかな笑みを浮かべる。

この先に彼女を待つものを知らずに……。

「………そうでございますね、女王陛下」

エミルは動揺を悟られないように微笑む。

(今頃、ジークフリートは準備をしている頃でしょうか……)

話の通りだと今日は、法律改正の日だ。

スカーレットに法律改正を行ったと知られないように移動期間中に法律改正をする。

流石に国同士の政治は国家機密だ。

移動しているならば尚更に女王の耳には届かないだろう。



女王とエミルを乗せた馬車はジークフリートの国を目指して動き続ける。






……嵐の原因となる種を携えながら………。























*****









女王が隣国の王都を発ったのと同時刻ー。






王族の正装に身を包み、襟元を正すジークフリート。

前髪も後ろに流すようにセットして、朝日が差し込む国王の部屋の窓辺に立つ。

アンナはそんな彼を見つめて呆然としていた。

(………かっこいい…)

ジークフリートは普段でもかっこいい。

しかし、今日は凛とした眼差しも…王者としての威厳も、引き締められた口元も……全てがいつもよりもかっこいい。

アンナはそんな夫の姿に見惚れてしまう。

「………………ん?」

ジークフリートがそんなアンナの視線に気づき、薄く微笑む。

「どうかしたか?」

「えっ…⁉︎」

「見惚れてました……って顔してるな」

「…………ぅ…」

否定出来ないのは仕方ない。

アンナは少し頬を膨らませて彼を見つめる。

「だって…かっこいいんだもの」

「なっ⁉︎」

それを聞いたジークフリートは見るからに顔を真っ赤にした。そんな動揺した様子にアンナは何度も瞬きをする。

「………どうしたの…?」

「………いや…」

恥ずかしそうに口元を手で覆いながら目を逸らす。その仕草がワザとらしくて、アンナは彼に詰め寄った。

「なぁに?」

「…………………」

「ジーク」

「…………………初めて…だ…」

「……………え?」

話が見えていないアンナは首を傾げる。

ジークフリートは溜息を吐くと、拗ねたように口を開く。

「………初めて…かっこいいって言っただろ……」

「……………それで…照れたの…?」

「悪いかっ‼︎」

真っ赤になって言われるとどう反応していいのか分からない。

歳上だけれど…かっこいいだけじゃなくて、可愛いとも思ってしまう。

「ふふっ…」

「なんだよ…」

「ジーク、可愛い」

「なっ⁉︎」

ショックを受けたらしいジークフリートは冷たい視線をアンナに向ける。

そして…一瞬の隙を見てアンナの唇を甘噛みした。

「っっっっっ⁉︎」

今度は彼女が赤面する番で。

言葉にならない変な声が喉から漏れる。

「…………男に可愛いとか言ってんじゃねぇーよ……ばーかっ‼︎」

至近距離でそう言ったジークフリートは、触れるだけのキスをすると部屋を出て行く。

一人残されたアンナは腰が砕けてしまってその場にしゃがみ込んでしまう。

「〜〜〜〜〜〜〜っ‼︎」

口元を押さえて真っ赤な顔で涙目になる。




アンナは暫くの間、その場から動くことが出来ないのだった………。



















*****










王宮のバルコニーへと繋がるガラス扉の前で、ジークフリートと法王の衣装に身を包んだクラウスが隣り合って立つ。

「ちゃんと教会の連中・・納得・・させて来たのか?」

ジークフリートが不敵に微笑む。それに応えるようにクラウスもクスッと微笑んだ。

「当たり前でしょう。法王ですよ?」

「本音は?」

「クリスティーナとの未来のためです。本気で納得させますよ」

「溺愛してんなぁ〜」

「それはこちらの台詞です」

もう直ぐ…バルコニーに出て、王宮に来ている国民の前で法律改正後の法律内容を読み上げ、特殊施行の宣言をする。

もう少しで……この国を変える瞬間がやって来るのだ。

「……………」




これは一歩に過ぎない。




本当の目的はこの先にある隣国との〝平等条約〟だ。




だから……。

「…………………行こうか、法王・・殿」

「………えぇ…国王陛下・・・・




二人はバルコニーに出て行くのであった……。



















男女平等法ー。



一、男女平等法は男女差別を無くすためのものである。

一、男女間における肉体的、精神的、性別差別は容認されないこととする。

一、男女は差別なく平等に職につけるものとする。

一、男女は差別なく平等に雇用の機会を与えられるものとする。

一、婚姻、離婚などの自由化を許可する。

一、教会の女人禁制・・・・解禁・・とする。

一、法王を含めた教会関係者・・・・・婚姻・・を許可する。




一、不貞罪・・・において、男女差を無くし、平等・・とする。









「国王ジークフリートと」

「法王クラウスの名の下に」

「「男女平等法を本日より施行することをここに宣言する‼︎」」

国民達の歓喜の声が満ち溢れる。

反対の声もあれど、男女で就ける職が違うことややりたい職に就けないこと。性別的な差別を受けることを苦痛に感じている人もいたのだ。

「この国はより良い国になるためにまた一歩、歩みを進めた‼︎」

ジークフリートが威厳ある声で話す。

「時には反対する者もいるだろう‼︎しかし、我らはこの国に住む家族だ‼︎協力してより良い国を作り上げていこう‼︎」

国民達の歓喜の声は最高潮に達する。

その姿は《悪女》に騙されたと噂された国王陛下の姿ではない。

まさに……王者の器を感じさせる君主だった。








そうして……無事に法律改正は終わりを迎えたのだった………。








































「……………………うむ…」




「どうされました?ジークフリート様」

執務室に戻って来たジークフリートは、不思議そうにするグランドに声を掛けられた。

「…………いや…予想以上・・・・に〝上手く〟いったからな」

「…………あぁ…〝そういうことですか〟」

グランドは納得したように頷く。

予想以上・・・・に上手くいき過ぎて、嫌な予感がするのでしょう?」

「………………」

「ジークフリート様の嫌な予感は当たりますからね」

グランドは書類をまとめつつ、そう呟く。

ジークフリートは静かに目を閉じた。




予想以上・・・・に上手くいった。




それはこの上ない良いことなのだが…誰かが宣言中に反乱を起こすや、自分か法王を殺しに掛かるくらいは予想していたのだ。

男女平等法に反対する者もだって、政府内・・・にもいる。

そいつはが表立つかと思っていたのだ。

今挙げたのは最悪の例だが…一言でまとめるならば、〝何かしら〟のアクシデントを想定・・していた。

「…………………嫌な予感……か…」

ジークフリートの胸の中には嫌な騒めきがあった。






唐突に思い出したのは……アンナが殺され掛けた日のこと。






この後…夜には、法律改正の祝賀パーティーがある。

「…………………何もなければいいのだが…な……」



ジークフリートは思い過ぎだろうと、首を振りつつそう呟くのだった……。















*****










アンナは煌びやかな広間ホールに呆然としそうなのをなんとか堪えていた。

法律改正の祝賀パーティー…聞こえが良いが、実際は『これは国として喜ばしいことを成し得たお祝いですよ』って言う印象付けのために行われているらしい。

イメージ戦略というやつだ。

「……大丈夫か?」

隣で腕を絡めてエスコートしてくれているジークフリートが小声で聞いてくる。

アンナは笑顔を貼り付けたまま、小声で訴え返す。

「大丈夫な訳ないでしょっ…⁉︎」

煌びやかなシャンデリアや内装。

着飾った貴族の皆様。

豪華な料理に演奏。

軽やかなワルツに踊る人々。

途切れることのない挨拶。

丁度、今は挨拶が切れたが…安堵し切ることは出来ない。

こんな大きなパーティーは初めてなのだ。

王妃と言えど…こんなのに参加するのは初めてだ。

結婚式の時だって、パーティーはあったが、体調不良ということで参加しなかった(←平民だったのにいきなりパーティーは疲れるだろうとジークフリートなりの気遣い)。

「………そんなに気負わなくても充分だ」

「そんなこと言われてもねっ…⁉︎」

さっきから微笑むことしか出来ない。

話を振られてもジークフリートに「我が妃はいじらしい人ゆえ…他の方と話すのに緊張しているようだ」とフォローしてもらうことしか出来ない。

だから…忘れそうになるが、出来るだけ《悪女》に見えるようにと艶やかに微笑んでるつもりだ。

今日はいつもよりもシックな薄紫を基調として薄水色を差し色にしたドレスに、大人目のメイクとウェーブをつけた髪型……完全フル装備。

「その姿で…充分、妃らしいぞ?」

「《悪女》らしいじゃなくて?」

「アンナは俺の可愛い妃でしかないだろう?」

人前だから…《悪女》をイメージしてセットしたのだけど、上手くいかなかったのかもしれない。

アンナは少し頬を膨らませる。

「余り可愛い顔をしてくれるなよ」

ジークフリートがアンナの頬を撫でながらそう言う。アンナが口を開こうとしたところで……。

「ジークフリート様」

「………………メリッサ…」

鮮やかな濃桃色のドレスに身を包んだメリッサが微笑みながら、二人の前に立つ。

「法律改正、おめでとうございます」

「ありがとう」

「是非ともお祝いの一杯を」

メリッサがそう言って、近くにいた茶髪の給仕に声を掛ける。

給仕が持っていたプレートからシャンパングラスをメリッサが取ると、ジークフリートとアンナに差し出した。

「………………」

アンナはそのシャンパンを見つめて固まる。

余り飲みたくない気分なのだ。下手に酔ってしまって醜態を晒したくないと言う思いがある。

と言うか……シャンパンなど飲んだことがないのでどうなるのか分からないのだ。

「どうされました?」

以前会った態度とは違うメリッサの不思議そうな声にアンナはなんとか、微笑み返す。

「アンナは余り得意ではないのだ」

ジークフリートがさり気なくフォローを入れてくれるが、メリッサは少し馬鹿にするように笑う。

「王妃様なのにシャンパンも飲めないんですの?」

挑発するような言葉にジークフリートは眉間に皺を寄せる。

アンナも今すぐ殴り掛かりたい気持ちを抑える。引き攣った笑顔で答える。

「……………えぇ…」

「所詮その程度なのね」

クスクスと嘲笑するメリッサに彼は鋭い視線を向ける。




「…………………………メリッサ」




ジークフリートの冷たい声が彼女メリッサに掛けられる。

「………っ…」

「我が妃を愚弄するのは止めてもらおうか」

「そ…んなつもりはっ……‼︎」

少し黙り込んだジークフリートは何を思ったのか、アンナの手からシャンパンを取ると一気に煽った。

「ジーク様⁉︎」

「なっ……⁉︎」

「妃のものは私が飲んでしまった。これで文句はないだろう」

シャンパンを飲んだ彼を見たメリッサは目を見開いて硬直している。

その顔は少し青褪あおざめているようにも見れた。

「…………っ…‼︎」

メリッサも自身のシャンパンを勢いよく煽る。

「いい飲みっぷりだな」

ジークフリートがそう言うと、今度は自分のシャンパンに口をつける。

そして…次の瞬間ー。




「ごほっ……」




メリッサの口から血が溢れる。

「なっ……⁉︎」

「っ……‼︎」

アンナが悲鳴を飲み込む。

ジークフリートは持っていたシャンパンを床に投げつけると、大声で叫んだ。

「医師を呼べっ‼︎」

その瞬間、パーティーは悲鳴に包まれる。祝賀ムードから一変。騒然としたものになる。

そんな中で…メリッサの身体がゆっくりと傾く。

彼がその身体を支えようとした瞬間ー……。

「メリッ……ぐっ…ごほっ……‼︎」

「ジークっ‼︎」

ジークフリートの口からもメリッサ程ではないが薄く血が溢れる。

アンナが急いで身体を支えると、ジークフリートは苦笑を零す。

「だい…じょうぶた……毒には…耐性がある……」

「毒っ⁉︎」

「グラン…ドっ……‼︎」

「ハッ‼︎」

側に駆け寄って来たグランドが命令を下す。

「近衛兵‼︎至急、毒を盛った給仕を捉えなさいっ‼︎女中は水と牛の乳を‼︎」

先程の給仕の姿は近辺にはなかった。

暗殺者なのだろうか。どこから紛れ込んだのか……。

アンナはしゃがみ込んだジークフリートの身体を抱き締めながら涙を零す。

「ジークっ…ジークっ……‼︎」

なんでこんなことに?

どうしてこんなことに?

どうすればいいのか分からない。

アンナはメリッサも倒れているが…そこまで意識が回らず、大切なジークフリートの身体を抱き締めることしか出来ない。






落ち着かなくてはいけないと思うのに、どうすることも出来ない。






「ジークフリート……‼︎」

「ジークフリート殿っ……‼︎」

騒ぎに気づいたミレーヌ…そして、クラウスとドレス姿のクリスティーナも駆け寄って来る。

「わたくしは参加者に話をつけてくるわ‼︎」

ミレーヌはパーティーに参加した人達に説明にどこかへ駆けて行く。

「教会に良い腕の薬師がいます‼︎直ぐに解毒の薬を用意させましょう‼︎」

クラウスがジークフリートの様子を見ながら言う。

教会は一部では病院のような役も担っている。教会所属の薬師となれば、かなりの凄腕だろう。

アンナはポロポロと涙を零しながらクラウスを見上げる。

「クー…お兄ちゃ……」

「大丈夫です、アンナ‼︎君の大切な人は死にません‼︎」

「アンナ…大丈夫よ…落ち着いて…‼︎」

クリスティーナが励ましながら、グランドとクラウスが指示を飛ばす。

意識が混濁しているらしいジークフリートに声を掛けながら、時間だけが過ぎていく。





(…………何も出来ない…)






大切な人の危機なのに、何も出来ない自分が嫌だった。









アンナは自分の無力を実感するのだったー……。













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