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新婚の始まり〜国王と王妃は仲がよろしい?〜









「………………」

アンナは目の前の鏡に映る自分を見つめていた。

一言で言えば……酷い顔だった。

荒んだ顔付きとも言える。着ている服は高級なシルクのネグリジェなのだが…この険しい顔が全てを残念にしていた。

さっきまでは良かった。王妃になってしまった以上…せめて王妃生活をエンジョイしてやろうと腹を決めた。ゆえに…豪華な夕飯を食べて幸せだったし…初めて入るような大きな大理石のお風呂もとても良かった。


それなのに……何が悲しくて………。






「アンナ〜。お前、一応は王妃なんだから茶くらい入れろよ」






(こいつが王妃わたしの部屋にいるのー⁉︎)

鏡越しにアンナは『』の元凶を睨みつける。ベッドに腰掛けるのは紛れもないこの国の国王ジークフリート。寝間着姿で長い足を組みながら、アンナの後ろ姿を面白そうに見ていた。

「早く入れて」

爽やかな笑顔とは裏腹な有無を言わさないような声。しかし、アンナは素直に従ってやる気はなかった。

「嫌よ。王妃って言っても雇われ王妃なんだから…誰があんたに茶なんて入れてやるもんですかっ……‼︎」

アンナはツンっとそっぽを向く。それを見たジークフリートは面白そうに自身の顎に手を添えた。

「ふぅん……上手く入れる自信がないのか?」

ジークフリートの挑発するような声にアンナの身体がピクリと震える。

「所詮その程度なんだな」

その後に続いた小馬鹿にするような台詞が、罠だとは気づかずにアンナは勢いよく立ち上がる。

「な•に•がっ‼︎その程度なのよっ‼︎」
















(…やってしまった……‼︎)

アンナは部屋にあるチェアーに座りながら頭を抱える。テーブルを挟んだ向かい側に座るのはニタニタと笑うジークフリート。

ジークフリートの口車に乗せられて、アンナは女中が用意しておいてくれた紅茶を自分の分だけでなく…彼の分も入れてしまった。

「うん、美味い」

紅茶を飲むジークフリートは満足気だ。

アンナが騙されやすいだけなのか…ジークフリートが挑発するのが上手いだけなのか……。

「そう言えば…なんで来たの?」

アンナが紅茶を飲みながら聞く。ジークフリートは「あぁ」と呟くと、アンナの頬をテーブル越しで軽く撫でた。

「夜這いしに」

「はいっ⁉︎」

ジークフリートの言葉にアンナは素っ頓狂な声を上げた。真っ赤になったアンナを見ながら、彼は甘く微笑む。

「………夫婦、だからな?」

仮初めの夫婦であれど、夜這いが許されるのか?いや、許されるはずがない。

アンナはジークフリートの手を引っ叩きながら睨む。

「今すぐ出•て•け‼︎」

「夜這いは嘘だ」

「なんなのよぉぉぉぉぉぉぉおっ‼︎」

ジークフリートはコロコロ変わるアンナの様子に爆笑する。腹を抱えながら笑い終えると、目尻に浮かんだ涙を拭いながら答えた。

「一応は新婚で、俺はお前にハマり込んでる愚かな王って設定だからな。夜は共にいないと何かと説明がつかねぇんだよ」

「別に後宮内ではいいんじゃないの⁉︎国民達に噂されて隣国にいけばいいだけでしょ⁉︎」

「ところが、だ。何のための女中達だと思ってる。このために俺やお前の周りに噂好きの女中を手配したんだぞ?」

それを聞いたアンナは口を開けて呆然とする。

後宮でも愚かな王と噂されるよう仕向けたと言うのか。それも…実際に国王、王妃と接する機会のある女中の手によって。

「信憑性で考えるなら、国民そとより後宮なかだろ?」

そう笑うジークフリートはとっても悪い顔をしていて。アンナはことごとく、王妃役を引き受けたことを後悔せざるおえない。

「だから、ベッドは借りるな」

「…………………………は?」

アンナはジト目で彼を睨んだ。

「だって…朝までは自室に戻れないし」

何を当たり前のことを言ってるんだと言わんばかりの顔にアンナは衝撃を受ける。

「……………朝まで…戻らない…?」

「そう。だからベッド借りるぞ」

「なんで⁉︎」

「なんでって…寝るからだろ?」

「だったらソファで寝なさいよっ‼︎」

部屋にはフワッフワのソファがある。そこに寝ればいい。何故、わざわざベッドに寝る。

「考えてみろよ」

ジークフリートは今度は、呆れたと言わんばかりの顔で憂いを帯びた溜息を吐く。

「俺は国王。お前は王妃」

「………だから…?」

「お前のものは俺のもの。オッケー?」

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ‼︎」

肩で息をする程に叫ぶアンナ。それを見たジークフリートはクスクスと笑う。

「なんなら一緒に寝るか?」

「はいっ⁉︎」

「だって…俺がベッドに寝るのが嫌なんだろ?なら、一緒に寝りゃいいんじゃないか?」

艶やかな笑みを浮かべながらそう言うジークフリート。アンナは感情の抜けた顔で彼を見て、ティーカップを持ち上げる。

「今すぐその腹立つ顔面に紅茶をぶっかけていい?」

「お前、国王に向かって何て言う口の利き方してんだ……」

「今すぐそのお顔にこの熱々の紅茶をお掛けしてよろしいですか?」

「丁寧に言い直しても同じだかんな…?」

国王相手にこのような口を利いたら、不敬罪で処罰ものだろう。しかし、アンナは、処罰覚悟でジークフリートに喧嘩を売っていた。

「お前…《悪女》に向いてないなぁ」

彼は頬杖をつきながら、クスクスと笑う。

《悪女》のような余裕…艶やかさがないと言いたいのだろうか?

アンナはキリッと睨む。

「当たり前でしょ⁉︎平凡を体現したかのような私よ⁉︎」

自分で言ってて虚しくなるが、嘘ではない。特に秀でたところもなく、悪いところもない。

「それも超化粧映えしちゃうタイプのな」

クスクスと笑うジークフリートを見て、あの時の自分を殴ってでも頷くのをめさせたくなる。

「……今すぐ過去の自分を殴ってやりたい」

「そうやって悔やむお前が見れて、俺的にはいい気分だ」

「先にあんたを殴るわ」

拳を握り始めたアンナを見て、ジークフリートは慌てて宥める。

「俺にこんな口聞く奴…お前が初めてだよ」

なんとかアンナを宥めたジークフリートはそう言う。

その顔は…馬鹿にすると言うよりも面白そうで。嬉しそうで。

アンナはなんか居心地が悪くなる。

「別に…普通でしょ…」






「みーんな俺に取り繕うとして、下心丸見えだったんだぜ?」






「……………」

その瞳が…泣きそうに見えたのは…気の所為じゃなくて。

だから……。






「………………アンナ…?」






「………喋ったら怒るからね」

アンナはジークフリートの頭を撫でていた。

王様の髪を撫でるなんて…思いもしなかった。他の人に見られたら、恥ずかしくて引きこもりたくなる。

でも…撫でてあげたかった。

同情かもしれない。それでも…一人で頑張っていた目の前の人に…少しくらい褒めてあげたいと思った。

そう思って撫でていたのに…ジークフリートの柔らかそうな髪は見掛けに反して、しっかりしていて……なんだか、ドキッとしてしまう。


二人は口を開かない。


開かないけれど…その間に流れる空気は…とても穏やかで。

「………ん…」

ジークフリートが擦り寄るようにアンナの手に頭を寄せるから……。

「うわぁっ⁉︎」

バチンッ‼︎

「痛いっ⁉︎」

思いっきり彼の頭を平手打ちしていた。

アンナは国王に手を上げてしまったことに慌てて、彼の元に駆け寄って顔を見た。

「…………………………」

(………………ヤバい……)

ジークフリートの笑顔が…とても爽やかだ。

爽やかでありながら…その背後にドス黒いオーラが渦巻いている。

その背中に…悪魔の翼でも生えるんじゃないだろうか?




「……………………アンナ?」




「…………………は…ぃ…」




名前を呼ばれて震える声で返事をする。どんな罰を与えられるか…覚悟した瞬間ー。

むぎゅう……。

「なっ⁉︎⁉︎」

その予想を裏切られて……優しく…強く抱き締められた。

壊さないように…気をつけるような抱き締め方をされて、困惑してしまう。

でも…。

そんなのは幻想でー。

「何してくれてんだ……お前っ…‼︎」

「ぎゃぁあっ⁉︎」

思いっきり抱き締められる。

抱き締められるなんて言い方、間違っている。呼吸が出来なくなりそうなぐらい、キツく締められる。

「苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しいっ‼︎」

「知るか‼︎なぁに国王おれの頭、叩いてんだよっ‼︎叩く前までは良かったのによっ‼︎」

「撫でられるのは良かったの⁉︎」

「へっ⁉︎あっ……煩いっ‼︎」

照れたようなジークフリートの声にアンナは困惑する。なんでこんなことになったのだ。

端から見たら……。

トントン…。

「失礼します、王妃様……」







「「…………………ぁ…。」」







丁度そこに入って来たのは、ジークフリートが噂好きと言っていた女中だった。

返事をする前に入って来られるとは思わなかったが……なんとタイミングが悪いことか。

「失礼しましたぁ〜……」

パタン……静かに扉が閉まる。

そうですよね…抱き締め合っていたら、そうなりますよね。

どうして抱き締め合っていたかなんて、関係ない。見た目の問題ですよね。






「ナイスタイミング」






ジークフリートの綺麗な笑顔で笑う。しかし…アンナはそんな彼の胸倉を掴んでー。

「ナイスタイミングじゃないわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおっ⁉︎」




………………………思いっきり叫んだのであったー……。



























◇◇◇◇◇







チュン…チュンチュン……。



暖かな陽射し。

「…………………」

朝の小鳥のさえずり。

爽やかな朝のはずなのに……アンナの目の前には憎らしい悪魔の寝顔。

(………なんで……)

向かい合うようにして眠るのは紛れもない王妃アンナのベッド。

自分と同じ十七歳くらいに見える幼い寝顔。

寝てれば天使なのに…(いや、二十五歳に天使って言葉はムカつくけれど)。

確か…昨日は思いっきり喧嘩しまくっていたはずだ。







*****





「チェックメイト」

「むぅぅぅぅうっ…‼︎」

チェスを前に向かい合う。

ジークフリートは余裕そうな笑みで、対するアンナは悔しそうな顔だ。

「ちょっと‼︎初めてやるんだから、手加減してよっ‼︎」

「嫌だね。手加減しちゃあ…お前のためにならないだろ?」

「なんでよっ⁉︎」

「チェスだって立派な嗜みだぜ?はい、俺の勝ち」

「もう一回‼︎」

今のところ、全敗しているアンナである。

悔しくて何回もリベンジするが…目の前の悪魔はとても強い。

「ふぁ…でももう眠いんだけど」

時計を見るともういい時間だ。

このまま負け越しになるなんて…腹が立つ。

悔しそうに頬を膨らませているアンナを見て、ジークフリートは「仕方ない…」と溜息を吐く。

「もう一回だけな?」

「本当⁉︎」

「ただし、条件がある」

ジークフリートが人差し指を立てながらニヤッと微笑む。アンナはそれを見て首を傾げた。











「俺が勝ったら…名前で俺のこと呼べよ?」











「良いわよ」

勝負をする条件だから。それだけで特に気にすることもなく返事をしてしまいましたとも。

勿論、この試合にも負けたのは…言うまでもない。









*****







それでまた喧嘩になって……アンナは疲れて眠ってしまったのだ。つまり、その後ベッドに入った記憶がないということになる。

なのに今、こうしてベッドに寝ているということは……。

「んっ……」

甘ったるい声がジークフリートの口から漏れる。潤んだ瞳がゆっくりと開かれて…アンナを見つめて、柔く微笑む。

「……おはよ…アンナ…」

「………………お…はよう…」

ジークフリートの色気にやられてアンナの思考が停止した。

だから…彼の次の行動に反応出来なかったのだ。

チュッ……。

「ぴぎゃっ⁉︎」

ジークフリートがアンナの鼻に噛みつくように口づけをする。

「…………変な声だなぁ、アンナ」

「はっ⁉︎」

寝ぼけているのかと思いきや…彼はニタニタと面白そうに笑っている。

「なっ……なっ…‼︎」

「ふぁ……よく寝た…」

「なんで同じベッドにっ……‼︎」

ジークフリートが起き上がりながら、真っ赤になっているアンナの顔を撫でる。

「深い意味はない」

「はぁっ⁉︎」

「強いて言うならアンナが俺の服を掴みながら寝ちゃったことかな」

「完璧それが原因じゃないっ……‼︎」

アンナは自分の愚かさを呪いたくなる。

服を掴んでしまったら、離れられないに決まってる。

「ところで……アンナ、おはよう…は?」

「はっ…はぁ⁉︎おっ…おはようってさっき言ったでしょっ…⁉︎」

「違うだろ?」

ニヤッと笑うのは…昨日の勝負の条件を出しているようで。アンナはプゥッと頬を膨らませる。

「……負けたのは誰かなぁ〜」

「………くっ…」

「はい、どうぞ?」

悔しそうにアンナは口を開く。

「…………おは…よぅ………ジ…」

「ジ?」

素直に名前を呼んでやるのは嫌だ。しかし、名前を呼ばないと勝負に負けた自分の気がすまない。あの条件を了承したのはアンナ自身だ。

だから……。











「…………………ジーク……」











「………………」

それが精一杯だった。アンナの顔が真っ赤に染まる。恨めしそうに上目遣いでジークフリートを睨むと……。

「………………ぇ…?」

ジークフリートの顔も真っ赤になっていたー。

「何事⁉︎」

「えっ⁉︎いやっ…顔見んな‼︎」

「ちょっとっ…‼︎」

彼がアンナの目元を手で覆う。

暫くして…ジークフリートは落ち着いたのかアンナから手を離す。

「………ふぅ…」

「慌てるなんて変なの」

「煩いな‼︎初めてなんだよ、そう呼ばれたのっ……‼︎」

挑発すると直ぐに真っ赤になる。

悪魔みたいに飄々としてたのに…こう照れるのは面白かった。

「そう。じゃあ、ジークって呼ぼうっと」

「はぁ⁉︎」

「ふん…面白いネタ、手に入れちゃったぁ〜」

「あっ…おいっ…‼︎」

今度はアンナがニヤニヤ笑う番だった。

勢いよく起き上がると、ドアの所に立ち…ジークフリートに向かってニコッと微笑む。

「着替えますので…出て行って下さいますね?ジ•ー•ク•さ•ま♡」

「てめぇっ……‼︎」

わざと呼ぶとジークフリートは益々、真っ赤になる。その様子が新鮮過ぎて…アンナは楽しくなる。

面白おもしろっ…‼︎」

「ア〜ン〜ナ〜ぁぁぁぁぁぁあっ‼︎」

ジークフリートがアンナに怒ろうとした瞬間ー。

トントン…っとドアがノックされる。今度は直ぐに入ってくる気配がない。

「どうぞ」

アンナが許可を出すと、ソロソロと入って来たのは昨日の女中。

「おはようございます…陛下、王妃様…」

その目は下世話な色に染まっている。

「おはよう」

アンナは返事をしながらジークフリートの方を向いて、王妃と言うよりも…《悪女》のようにクスッと微笑む。



艶やかに…笑う。



「〝ジーク様〟?着替えますので…ご退室を願えますか?」

ジークフリートは少しムッとした後、爽やかに微笑む。

「あぁ…また後程のちほどな」

負けないとばかりの笑顔でジークフリートが答える。見ている女中は、ニタニタとしていて…。











この日のことが上手い感じでまた噂になったのは数日後の話ー。










後に…とある作家がこの二人の話を《悪女物語》とか言う本にして、超売れることになったりするのだが……それはまだまだ先の話。






国王ジークフリートと王妃アンナの偽装夫婦の格闘と言えるのか恋愛と言えるのか……。




取り敢えずドタバタとした日々の幕開けであるのだった………。








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