法王説得作戦会議〜本気の意思〜
ジークフリートへ。
遅くなってすみませんでした。
何とか時間を稼ごうとしたのですが…女王陛下の訪問は一ヶ月後になります。
それまでに…〝計画〟の要を組み立てておいて下さい。
よろしくお願い致します。
エミルより
*****
柔らかな日差しでアンナの目は覚めた。
「…………んっ…」
いつも通り寝ているはずなのに…どうにも身体が重い。動けない。
なんだろうと思い、ゆっくりと目を開くと……。
「すぅ…すぅ……」
白いワイシャツから覗く肌色が目の前にあった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ⁉︎」
アンナは思わず叫び声を上げそうになる。
しかし…穏やかな寝顔を浮かべるその人物は自分の夫であるジークフリートで…たちまち、昨日のことを思い出す。
想いを告げあって…ちゃんとした夫婦になった。
何回もキスをして…緊張の糸が切れたのか、眠ってしまったのだ。
その結果…まさかジークフリートに抱き締められて寝ているなんて…思いもしなかった。
アンナは(夢じゃないよね…?)と疑心暗鬼で自分の頬をつねる。
その時…堪えるような笑い声が聞こえた。アンナが視線を上げると、ジークフリートが寝起きの色っぽい顔でクスクスと笑っていた。
「何をしてんだ…?俺のお妃様は」
「べっ…別にっ…」
神妙な顔をしているのを見られて、アンナは恥ずかしそうに頬を染める。
「そんな反応されたら可愛過ぎてどう返せばいいのか分からなくなるな……」
「何言ってるのっ⁉︎」
「ふふっ…おはよう、アンナ」
「んにゃっ…」
ジークフリートは優しく口づけをする。
変な声が出てしまったアンナの唇を塞ぐように…ぴったりと重ねる。
「ん〜っ‼︎」
やっと離れた柔らかな唇にアンナは荒い呼吸を繰り返す。
真っ赤になりながら、ジークフリートを見つめる。その視線に彼は少したじろいだ。
「…………余り…可愛い反応をしてくれるな…」
「……………ぅ…?」
「………我慢が出来なくなりそうだ…」
「………何を言ってるの…?」
怪訝な顔をするアンナに彼はニコッと微笑む。
「お前が色恋沙汰には鈍感で良かったよ」
「………そっち…?」
ジークフリートは名残惜しそうに彼女の頬を撫でると起き上がり、ベッドから降りて大きく伸びをする。
「んーっ…そろそろ戻らないとグランドに小言を喰らうからな。また後で」
「………ん…」
アンナもゆっくりと起き上がる。そして、ジークフリートを見つめてフワッと微笑んだ。
「また後でね。ジーク」
それを見た彼は…どうしようもないように苦面顏になる。
「………………………うわぁ…」
困ったような声にアンナは首を傾げる。
「……うわぁ?」
顔を赤くしたジークフリートは溜息を吐きながら、顔を仰ぐように手をパタパタさせる。
「…………お前…どんどん《悪女》化してるじゃねぇか……」
「……………はぁ?」
「………この無意識《悪女》め…」
悔しそうにそう言うが…アンナは自分が《悪女》だとは全然思えない。無意識と言われれど…本質が平凡だ。
そんな訳がない。
「……まぁ…可愛いからいいけど……余り、他の男の前でそうやんないでくれよ?」
ジークフリートはムスッとしながらそう言って、アンナの額に口づけを落として部屋を出て行く……。
アンナは自分の額を押さえながら、頬を染めながら呟く。
「…………他の男の前でやるなって言われたって……何をよ…」
アンナはパタンッとベッドに再び倒れ込むのだった……。
*****
王宮の執務室。
グランドは険しい顔でジークフリートを見つめていた。
「………………随分とご機嫌ですね…ジークフリート様」
「ん?まぁな」
普段もちゃんと仕事をこなすが……いつもよりも仕事の能率が良いジークフリートは、ドンドン仕事を終えていく。
その様子がグランドには不気味で仕方ない。
「…………………」
別に…仕事をこなすのは良いことだと思うが、以前から命を削るような仕事っぷりだった。それが…今日は浮かれながら仕事をしているようで…その変わりように嫌な予感がしていた。
「…………何かございましたか?」
恐る恐る聞くグランドにジークフリートは仕事の手を止めて…爽やかに微笑む。
「まぁな」
「…………」
グランドの眉がピクリと持ち上がった。
「……………一体何が…」
コンコン……。
答えを聞く前に窓ガラスをノックする音が執務室に響き…ジークフリートがそちらに振り返る。
グランドは後で聞けばいいかと思い、ジークフリートの視線の先を見る。
窓の向こうには一匹の鳩がテラスの柵に留まっていた。
「あぁ…来たのか」
ジークフリートは待ち侘びていた様子で窓辺に寄り、その鳩を室中に入れる。
その鳩の足に縛り付けられた筒状の封書を開くと、悪魔のようにニヤリと微笑んだ。
「グランド」
「………はい…」
「エミルから連絡が来た。女王が来るのは一ヶ月後らしい」
「………っ‼︎」
その鳩が密偵者からの密書だとグランドは悟る。
ジークフリートはグランドの方に振り向くと、毅然とした王の威厳を纏いながら…笑う。
「お前は俺の右腕だ。協力してくれよ」
グランドは呆然とした後…大きな溜息を吐く。例え、何があっても自分の主はこの人しかいないのだ。
自分のような者を右腕だと言ってくれる。ならば、その期待に応えねばならない。
「了解致しました、我が国王陛下」
グランドは静かに頭を下げたー……。
*****
「……という訳で。法王説得作戦会議を始めまーす」
「…………なんだろう…このデジャブ感…」
王宮に呼び出されたアンナは執務室で締まりのないジークフリートの開会宣言(?)に険しい顔をした。
側に控えているグランドも険しい顔をしている。
「ジークフリート様…この作戦会議はそんなに気の抜けるものではないかと思われますが…」
「気にするなよ」
「……と言うか…仮にも我が国の法王様に対策と言うのは如何なものかと…」
「あながち間違いじゃないだろう?」
ジークフリートとグランドの会話を聞き、真顔で呟く。
「…………これ、女王対策会議の時と殆ど同じ会話だよね…?」
その呟きに反応したジークフリートは楽しそうに笑う。
「お…よく分かったな?ワザと同じ会話にしてみました」
「………………」
(国のトップがこんな感じで…大丈夫なの……?)
夫であれど不安に思ってしまうのは…仕方ないと思う。
でも…ジークフリートがくれる視線は…とても優しくて。
昼間に会えるなんて思っていなかったから、会えて嬉しくて。
不安に思ってたのに直ぐにどこかに飛んで行ってしまう。
そんな時、執務室の扉が軽くノックされた。
「入れ」
ジークフリートの返事と共に入って来たのは、ミレーヌだった。
「遅れたわぁ、ごめんなさいね」
そそくさとやって来たミレーヌは眠そうに欠伸をした。
「……大丈夫ですか?ミレーヌさん」
「えぇ…大丈夫よ、王妃様。明け方まで飲み過ぎてしまっただけだから」
「…………………ぇ…」
アンナがギョッとした顔で後ずさる。
それを聞いたジークフリートは呆れた溜息を零す。
「後で酒代請求するからな」
「もちろん分かってるわよ。あ…でも、ちゃんとあの近衛兵君にも請求しておいて頂戴ね?」
その言葉にアンナとジークフリートはキョトンとする。
「………なんだ。あの近衛兵と飲んでたのか?」
「そうよ?失恋記念にわたくしとあの人の初めて会った話をしてあげたの」
「………失恋記念?」
不思議そうなアンナの声に、ミレーヌも不思議そうに首を傾げる。
「あら?だって…王妃様は国王陛下と昨夜、イチャイチャなさってたのでしょ?だからー」
「ミレーヌ、余計なこと言うなよ……?」
しかし、それを咎めるようなジークフリートのドスの効いた声にミレーヌは押し黙る。
ジークフリートとミレーヌの間に冷たい空気が流れた。
その空気に挟まれたアンナはたじろぐ。どうしていいか分からずに、グランドに助けの視線を送るが…彼はこの二人に関しては感化せんを極めるらしく無視を決め込んでいた。
暫くの沈黙の後…その空気を先に和らげたのはミレーヌだった。
「ふふふふっ…過保護ねぇ?貴方は王妃様を色恋沙汰に鈍いダメな子にしたいのかしら?」
「既に色恋沙汰に鈍いから混乱させたくないだけだ」
「本音はただの独占欲でしょうに」
「当たり前だな。アンナは俺のことさえ考えていればいい。そもそも俺以外の奴がアンナをからかうなんて許せない」
「あっちそっちって意味分かんないけど…絶対、私を馬鹿にしてるよねっ⁉︎って言うかジークでもからかうの、私が許さないよっ⁉︎」
黙って聞いていれば好き勝手言われている気がする。
アンナは二人に噛み掛かる勢いで睨みつける。
「別に馬鹿にしている訳ではございませんわ。お気を悪くさせたのなら申し訳ございません」
ミレーヌがお淑やかに微笑みながら謝罪の言葉を口にする。綺麗な人を謝らせるのは心が痛んだが…ジークフリートの方は…甘く微笑みながらアンナを見つめて。
「馬鹿にしてる訳ないだろ?俺はお前に俺だけを見て欲しいだけだ。他の男のことなんか考えて欲しくないし、他の奴がアンナに関するのも嫌だ」
「………………ぅ…」
甘ったるいことを言うのだから…もうどうしようも出来ない。
ジークフリートに甘いことを言われると、反論することも出来ずに困惑して、嬉しくて恥ずかしくて言葉を失くしてしまう。
「取り敢えず…問いただしたいことは多々ありますが…話を進めて下さい、国王陛下」
凄い剣幕でグランドが言い放つ。
その剣幕に圧された三人は素直に頷く。
「一ヶ月後、隣国の女王が訪問に来る」
ジークフリートの言葉で、その場に緊張感が走る。
「女王が来るって言うなら施行するのは訪問予定日一週間前だ。こちらに着くまで一週間掛かる。女王の耳に話が入らないようにするためだ。だから、それまでに法王に納得させる」
「でも…そんな急に施行出来るの?」
アンナは不思議そうに首を傾げる。それにミレーヌも「そう思うわよねぇ」と頷く。
「普通は公布して少し経って施行って感じでしょうね」
「そちらは問題ございません。特殊施行を使用します」
グランドが書類を配りながら説明をする。
「本国には特殊施行と言う短期間で施行出来る制度があります。しかし…それでも施行には一週間掛かりますが……」
「つまり…女王が移動する一週間と公布から施行までの一週間。計二週間前には法王を納得させなきゃいけない」
つまりタイムリミット自体も二週間という訳だ。
ジークフリートは少し険しくも不敵な笑みを浮かべる。難しい話が分からないアンナは取り敢えず納得しているが…ミレーヌは難しい顔をしていた。
「………………厳しいわねぇ…」
「一応、法王とは密会をして話は通してある。後は頷かせるだけなんだ」
静かになった執務室の中で恐る恐るアンナが手を挙げる。
「…………あのさ、ジーク…」
「ん?どうした?」
「………法王説得って…私はいる?」
「「「………………」」」
聞いていた感じ、王妃であるアンナは法王説得には必要ない気がする。
元々の目的が女王を挑発するための王妃。
(法王説得は出しゃ張り過ぎじゃ……。)
「出しゃ張り過ぎじゃないかとか思ってるだろ」
ジークフリートの指摘に思いっきり狼狽する。心を読み過ぎだと思う。ここまで当てられると…身も蓋もない。
「問題ない。男女平等だからな…王妃もいた方がいいだろ?と言うか……」
ジークフリートはクスクス笑いながら、アンナを手招きする。アンナは首を傾げながら、彼に歩み寄る。
ジークフリートは彼女の耳元に唇を寄せるとコソッと話し掛けた。
「アンナがいた方が…俺もカッコいいところ見せようと頑張るから。共にいてくれよ」
「…………っ…‼︎」
アンナの頬がじわぁっと熱くなる。
ジークフリートはそれを見てニヤリと微笑む。
「ふぅ…」
「きゃぁっ⁉︎」
慌てて彼から距離を取る。唇が寄せられていた耳を押さえながら、アンナは真っ赤な顔でジークフリートを睨みつける。
「どうして?」
胡散臭い爽やかな笑顔。悪魔の笑み。
アンナはプルプルと身体を震わせながら、眉を吊り上げる。
「なっ…なんでっ……耳に息をっ…‼︎」
「さぁ?何のことかなぁ?」
ニヤニヤという言葉が似合いそうな笑顔で…アンナは怒りに震える。
「ジー…」
「あーやだやだ……」
アンナが怒ろうとした瞬間、ミレーヌがワザとらしく手で扇ぎながらそっぽを向く。
「あっついわぁ〜。グランドさん、窓開けて下さる?」
「……………………国王陛下と王妃様は…これが終わり次第…残って下さい……」
野次馬感のあるミレーヌと静かな怒気を放つグランド。
アンナは身体を固まらせる。
(人がいるのに…やってしまった……。)
「取り敢えず…明日、教会に行くぞ。準備しとけよ」
話を変えるようにジークフリートが真面目な話をし始める。
アンナはこの後のグランドの恐怖を思うと…胃が痛くなるのだった……。
会議が終わり、ミレーヌが退室した後…アンナはジークフリートと隣になりながらソファに座り、向かいのソファにはグランドが静かに座っていた。
「………………説明…して頂けますね…?」
グランドの瞳はかなり冷たい。
有無を言わせない空気を出している。
「一体何を?」
しかし、そんな彼の視線にジークフリートはどこか吹く風だ。
「ジークフリート様と王妃様のことです‼︎」「説明も何も…夫婦として睦まじくしているだけだが?」
「…………嘘ですよね…ジークフリート様がご機嫌だったのと…関連がありますよね?」
「……ご機嫌だった…?」
アンナは少し驚いたように目を見開く。
浮かれていたのは…自分だけではなかったらしい、と思うと…嬉しくて少し気恥ずかしい。
「…………そんな訳ないだろう?」
ジークフリートが少し頬を赤くしながら呟く。それにグランドはカッと目を見開いた。
「生憎ですがっ‼︎ジークフリート様は悪魔であろうと魔王であろうと存外ポーカーフェイスではないのですよ⁉︎貴方様がそんなに照れた顔、したことなかったでしょう⁉︎」
「お前は俺の母親かっ‼︎そこまで見てるのはどうかと思うぞっ⁉︎」
「貴方は我が主‼︎この国の国王陛下なのですよっ⁉︎何か様子がおかしければ、直ぐに気づかなくては付き人失格です‼︎」
言い争う二人を見ながら、アンナは呆然とする。
まるで思春期(または反抗期)の息子を怒る母親的な……。
「で‼︎お前は一体どうしたいんだっ‼︎」
ジークフリートがグランドを睨みつけながらそう言うと、グランドはガタンっと立ち上がった。
「今すぐに止めなさい‼︎」
「何をだっ‼︎」
「王妃様はいつか離婚なさる人です‼︎遊びでなさる気なら境界を弁えて下さい‼︎」
グランドの言葉にアンナは息を飲む。
(やっぱり……ずっと一緒には…いれないの……?)
王族と平民。
その壁は…やはり厚いのかもしれない。今、ここにいれるのは…奇跡なのかもしれない。
しかし、ジークフリートはその言葉を嘲笑するように微笑む。
「生憎、俺はアンナと離婚する気はない」
「…………な…」
グランドが驚愕の声を漏らす。
ジークフリートはアンナの肩を掴むとグイッと引き寄せた。
「んぅ⁉︎」
彼の唇がアンナの唇を塞ぐ。
目の前にはグランドがいるのに…ジークフリートはそれを無視して口づけをし続ける。
横目でグランドの方を見ると…その目がまるくなっていた。言うならば…顔から表情が抜け落ちている。
アンナが彼の胸を叩いても、ジークフリートは離す気がなくて…後頭部を手の平で抱え込んで離れないようにずっとずっと口づけをする。
甘くて柔らかい感触に…身体がゾクゾクして。
腰から力が抜けそうで……。
(これ以上はっ…身体がっ……)
その内…段々呼吸が苦しくなって……。
アンナの様子に気づいたのか、ジークフリートは軽く彼女の唇を噛んでから…やっと離した。
「ふぁっ……⁉︎」
くてっと…身体から力が抜けてしまったアンナはジークフリートに寄り掛かるように身体を傾ける。
真っ赤になっているだろう顔を…彼に見られたくなくて、アンナは彼の胸に顔を埋める。
「ジッ…ジークフリート……様…」
グランドの呆然とした言葉に…アンナは今のを見られていたと気づく。余計に頬が熱くなった。
ジークフリートはグランドの方に真剣な顔で振り返った。
「俺は本気だ」
「……………………」
その言葉にグランドはポカンとする。
気不味い沈黙。
どれぐらい、そうしていただろう。
そして…グランドの呆れた溜息が聞こえた。
「…………………もう…何も言いませんよ…勝手になさい」
「「………………………え?」」
アンナとジークフリートはキョトンとした声を漏らす。
呆然とした顔で見つめられたグランドはメガネを押し上げながら、眉を潜める。
「なんて言う顔してるんですか…二人して……」
「え…だってグランドが認めるなんて…熱でもあるのか?」
「そこまで鬼じゃありませんよ、失敬な」
「……………………えー…?」
グランドは大きな溜息を吐くと、口をへの字にして顔を顰めた。
「好きにすれば良いですよ。ジークフリート様のちゃんとした顔、初めて見ましたし。そんなに幸せそうなら……」
「………………ちゃんとした…顔…?」
「そうですよ。今まで死んだ魚みたいな顔してて……素のジークフリート様の真剣な顔なんて初めて見ました」
「………お前…一応は主になんて口を…」
「失礼しました。まぁ…自分でちゃんと責任取って下されば良いですよ。本音を言えば由緒正しいお家柄の貴族令嬢が良いんですけど」
悪態つきながらも…アンナを認めてくれたらしい。
余りの急展開に二人して呆然としてしまう。
「お前…今まで認めてなかったじゃないか……」
「まぁ、認めてはいませんよ。ですが…」
グランドが呆然とするアンナを見つめる。
その視線が少しだけ…柔らかい。
「アンナ(・・・)様は悪知恵が働くようなタイプでもありませんし…王宮には純粋な人です…………下心が丸見えな者よりは…多少は許せるでしょう」
初めて名前で呼ばれてアンナは目を見開く。
それは…認めてもらえているようで、嬉しくなる。
「……………………怪しい…」
しかし、ジークフリートは疑うような視線で彼を睨む。
「……………なんですか…」
たじろぐように狼狽するグランドは少し視線を逸らした。
「…………お前…アンナと何かあったか?」
「はぁっ⁉︎ある訳ないじゃないっ‼︎」
思わずアンナが反論するが、ジークフリートはアンナの口を手の平で塞ぐ。
「んぐっ⁉︎」
「お前は今までアンナに厳しい態度だったじゃねぇか…なのに、急に優しくなってる」
「………………何を仰ってますか。そんな訳は御座いません」
「無意識《悪女》にやられたか……?」
その言葉にグランドの身体がピクリと震える。
その明らさまな反応に…次はジークフリートが静かに怒気を放つ番だった。
「………グランド…後で話がある……」
「……………はい…」
一人、話に取り残されたアンナは二人を交互に見て、頭の上にはてなマークを浮かべる。
その後…アンナが解放され、後宮に帰った後……王宮の執務室で何が起こったのかは…門外不出となるのだった。
◆◆◆◆◆
翌日の朝ー。
アンナはジークフリート、ミレーヌ…そして、何故か疲労感漂うグランドの四人でシャングリラ教団本拠地の《エル•シャングリラ》に来ていた。
穢れなき真っ白な教会。
王宮に負けない美しさを誇るその建物は…威厳あるオーラを放っていた。
「………よし。じゃあ、行くか」
ジークフリートが少し緊張した面持ちでそう言う。
他の三人も頷いて、ジークフリートの後に続く。
移動しつつ、アンナはグランドに聞く。
「大丈夫ですか?お疲れみたいだし…昨日は……」
「大丈夫ですから。余り関わりますと…また絞られます……」
グランドは言葉少なにジークフリートの後に続いた。
「無駄口叩くなよ…相手は法王なんだから」
ジークフリートが嗜めるようにそう言う。
国王陛下と対等な立場でもある法王。
その人に会いに行くとなると…やはり、余り無駄口を喋らないことの方がいいのだろう。
確かに…法王に会うのはアンナもかなり緊張する。平民であるならば一生会う機会のない人だと思っていた。
ジークフリートも王族の正装を身に纏っているし…アンナもミレーヌも正式な形の参礼用ドレスだ。グランドもいつもより良い燕尾服に身を包んでいる。
それぞれが少し緊張した顔をしていた。
「こちらでお待ち下さいませ」
一人の司祭がそう言うと、応接室から退室していく。
外観も白かったが、内装も白い。
装飾は金や青を中心としていて…清潔感ある美しさだった。
長テーブルに真ん中にジークフリート、右にアンナ、左にミレーヌの順に座り…グランドはジークフリートの背後に控える。
向かいにある席に法王が座るのだろう。
まだ訪れない法王の姿を想像しながら、アンナは部屋の中を見ていた。
「法王様がおいでになさいました」
男性の声が向かいの空席の奥にある扉の向こうから聞こえると、ゆっくりとその扉が開く。
そして…現れたのは……。
「…………………………え?」
アンナは目を見開く。
そこにいるのは…この間、再開したばかりの幼い頃に仲良くした兄のような人。
その人も…アンナの姿を見て目を見開いた。
「……………………アンナ…?」
ジークフリートとミレーヌ、グランドは驚いたように二人を見つめる。
そこにいたのは……。
「………なんでここにいるの…〝クーお兄ちゃん〟………」
あの日、後宮の図書館で会った城下町での幼馴染……クラウスだった。




