番外 小姑の悩み
それは…ミレーヌが来る少し前のお話。
ある晴れやかな昼下がり……その日もグランドは頭を抱えていた。
その理由は一目瞭然。
目の前で繰り広げられる光景だ……。
「アンナ、口ついてるぞ」
木の実のパイの欠片を口につけた王妃。
「えっ⁉︎どこっ⁉︎」
「ここだよ、お•子•ちゃ•ま」
「きゃあっ⁉︎」
それをぺろりと舐め取る国王陛下……。
差し入れで持って来た…王妃が作ったという木の実のパイを食べているだけなのに…目の前ではイチャコライチャコラしているこの二人。
自分のみだけだったからまだ良かったが、差し入れに来たここは王宮。
つまり…普段は他の者もいる(現在は他に人はいないが…)。
それなのにこんなにイチャコラするのだから…人がいないとしても危機感を持って欲しい。
いつ誰に何時〝偽装の夫婦〟であるとバレるか…気が気でない。
………取り敢えず、今すぐ殴ってやりたい気持ちで一杯だった。
しかし、あくまでも自分は優秀な付き人。
主君に対して、その奥方に対して…そんなことは絶対にしない。
(まぁっ…心の中で思うのは別ですけどねぇ……‼︎)
逆立つ気持ちを抑えながら、その光景は野菜だと考える。
(…こんな時は〝あの方〟に限りますね……)
グランドはとっとと仕事を終わらせるため、急ピッチで手を進めた…。
「にゃあ」
「今日も会えましたね…子猫さんっ……‼︎」
最近、後宮で真っ白な子猫と遭遇するようになった。
数日前…後宮でジークフリートとの仕事帰りに会っ他のが始まりだ。それ
からは密かに後宮に通い、この子猫との逢瀬を重ねていた。
飼い猫らしいのだが…誰がこの後宮で飼っているのか?
(実際は報告ものなのですが…その潤んだ瞳に罪はありません)
「あぁ…愛おしい……」
誰にも話したことはなかったが…グランドは無類の猫派だった。
要するに猫は神‼︎と思うタイプ。
見た目がガリ勉なので…かなりのギャップがあるらしい。
だから……その時も猫に気を取られていて……そこにいた人に気づかなかったのだ。
「………グランド…さん…?」
「…………っ…‼︎」
そこには王妃がいた。その顔は見てはいけないものを見てしまった…と物語っている。
隠していた訳ではないが…見られてしまったことに動揺を隠しきれない。
「…………王妃様」
「…………えっ…と…」
「猫で疲れを癒してただけですので、他言無用で宜しくお願いします」
「……えっ…」
「よ•ろ•し•い•で•す•ねっ⁉︎」
鬼気迫る迫力押されたアンナは何度も首を振る。グランドはそれを見て、何故か安堵の溜息を吐いた。
アンナはそんなグランドを見上げながら、少し気の抜けた笑顔を浮かべる。
「…………なんですか…」
「えっと…グランドさんも気を抜いてる時があるんだなぁって…」
「………はい?」
「いつも畏まってて大変そうだし……仕事も忙しそうだし…」
「職務ですから」
アンナは「あぁ…そうじゃなくて…」と首を傾げている。そして、閃いたように笑い掛けた。
「私はさっきの…自然で気を張っていないグランドさんの方が好きです」
「…………………んなっ⁉︎」
「親しみやすくなりましたもの」
そう言ってアンナは微笑む。
グランドは狼狽していた。
国王は彼女が《悪女》に向いていないと言っていたが…男を動揺させるのは一人前らしい。
猫を愛でていたことを見られてではない。
自然な言葉で〝好き〟と言われて、動揺したのだ。
(………ジークフリート様が…この人に執着する理由が…分かった気がします…)
王妃の言葉は素直な言葉だとよく分かる。
だから、裏表がないから信じられる。
思惑だらけの王宮では…彼女のような存在は安らぎみたいなものだ。
身分だけの自分ではなくて…本当の自分を見てくれるのは嬉しいことだから。
この場所でもらえて素直な言葉は…とても嬉しいものだと実感する。
「………グランドさん?」
「……………」
アンナが近くに来てもグランドは反応しない。それを見て彼女は不安そうに眉を寄せる。
「やっぱり…疲れてますか?」
「えっ⁉︎あっ…」
そこでやっと我に返ったグランドは勢いよく頷く。アンナは彼の手から猫を受け取ると持ち上げて微笑んだ。
「疲れているなら…私の部屋にいつでもスノウがいますから。疲れを癒しに来て下さいね?」
「…………スノウ…?」
「この子猫です。ちゃんとジークの許可はもらってます」
この愛くるしい子猫はスノウと言うのか…とぼんやりと考えながら先程の言葉を反芻する。
「っ⁉︎」
さり気なく王妃の部屋に来てくれとこの人言った。
(無意識だろうが…なんて爆弾発言をしてっ……‼︎)
誰だ、この人が《悪女》じゃないと言ったのは…。
この人は……完全に……。
「グ〜ラ〜ン〜ド〜?」
ガシッ‼︎
「っっ⁉︎」
後頭部を掴まれる。その声の主は…間違えようのない…ジークフリートだった。
「なぁに…俺の王妃としてるのかな?」
「これはっ……」
「ちょっとジーク‼︎なんか変なこと考えてないでしょうねっ⁉︎スノウを捕まえてくれただけよ‼︎」
アンナは先程とは打って変わって強気でジークフリートに言う。ジークフリートはそれを見てグランドに目で真実を問う。
グランドはその視線に頷いた。
それを見てやっと彼は手を離してくれた。
「あんまり俺を妬かせてくれるなよ?」
「知らないわよっ‼︎」
ジークフリートはそう言ってアンナの肩を抱くようにして歩き出す。
「おやすみ、グ•ラ•ン•ド」
ドスの効いたジークフリートの声にグランドは口を呆然と開いて固まる。
「あっ…おやすみなさい‼︎グランドさん‼︎」
アンナも急いで挨拶をすると、そのままジークフリートに連れられて歩き去って行った。
国王夫婦の後ろ姿を見ながらグランドはそこに立ち尽くす。
(まさか…冷静沈着だと思っていた自分が…あんな小娘に翻弄させるなんて……。)
彼女が無意識な《悪女》だというのが分かった。
ジークフリートもそれに翻弄されているのだろう。
だが…今の国王陛下の態度は……まるで…〝嫉妬〟のようで……。
(………気の所為だ…きっと…動揺してるから変な考えに至ってるだけだ…)
グランドは息を吐いたから、その場を離れる。
その後…グランドがアンナに多少優しくなったのは、気の所為ではないだろう。




