過去と向き合った後に愛の告白を
昔の話をしようー…。
まず初めに…俺達が産まれる前…要するに国の話をしよう。
この国は内乱の所為でボロボロだった。
隣国の手助けを借りつつ…その内乱を収めたのが俺の父、二代前の国王だった。
〝隣国の手助けを借りた〟。
借りないで済むなら良かったが…そんなことも言ってられない程に荒れていたんだ。
その所為で…この国と隣国の間には〝不平等条約〟が出来てしまったんだ。
例えば…犯罪など罪の裁き方。本国の人間が隣国の人間を殺すと、それ相応の罰があるが…その逆は罪が軽いとか。
後は貿易に関する関税とかな。隣国からの関税は他の国よりも優遇するとかな。
父…あぁ、言い難いから以降は父さんって言うな?
俺の父さんは〝不平等条約〟をなんとかしようとしているところだった。
そんな時に…俺の母さんと出会った。
ある夜会で…貴族の令嬢だった母さんは、ほわほわとしていたとか。男に簡単に騙されそうな天然なオーラを醸し出していた母さん。
とても不安だったらしい。
悪い男に騙されそうで本当に胃が痛くなりそうなぐらいに心配になったんだって。
というか…身体が弱かった母さんはその夜会(父さんの目の前)で倒れたので、その時は大パニックだったって凄い疲れた顔で言ってた。
まぁ…それがキッカケで父さんと母さんは仲良くなったんだけど……。
父さんには病死してしまった前妻との間に子供がいたから、母さんと仲良くなれるか不安だったんだって。
でも……流石、病弱。
兄貴似合った時も母さんは倒れて…兄貴も父さんみたいに大パニック。
二人でよく倒れる母さんの面倒を見ていたんだってさ。
まぁ…そんなこんなで俺が産まれたのは、ある寒い冬の日だった。
そして…その日は俺の母が死んだ日でもあった。
前妻だけであらず…母さんも亡くしてしまったから、父さんはどうすればいいのか分からなかった。
身体が弱かった母さんは俺を産んで死んでしまった。
その忘形見である俺を大切に育てようとしたんだが…俺の体質も母さんと同じようにとても弱くて……。
ずっとアルゴとシェリーと共に郊外のあの屋敷で療養していたんだ。
父は…また失うのが怖かったんだろうな…。
俺を腫れものみたいに扱って……俺は悲しかったんだ。
俺が父さんを困らせてる。困らせたくなかったのに。
その所為か…父さんは俺に滅多に会いに来ることはなかった。
その代わりに…同じ森に住む女の子と男の子がよくお見舞いに来てくれたんだ。
それが隣国の女王と執務官な。
俺とスカーレットとエミル…三人でよく遊んでた。
そんな日々を過ごしてたある日…六歳の時だ。その日は、久しぶりに来た父親と一緒に一人の男性が現れたんだ。
………………窓から。
産まれてすぐにその屋敷で暮らし始めたから…自分に十六歳年上で異母兄弟である兄がいることは話で聞いていた。
会ったのはその時が初めてだった。
でも…まさか、初対面で窓から登場する出会いって中々ないだろう。
『お前がジークフリートか‼︎』
今思えば…当時二十二歳が何してんだ……って感じだけど、その時の兄貴は、俺の目にはヒーローに見えたんだ。
兄貴は俺が寂しくないようにと色んなものを持って来てくれた。
色んなことを教えてくれた。
珍しい色合いの花。
ドキドキするような物語。
煌めく宝石。
城下町の様子。
王宮の様子。
接し方がぎこちなかった父の代わりに沢山のことをしてくれたんだ。
普通に接してくれたんだ。
兄貴はスカーレットとエミルとも仲良くなった。
気づいた頃には、兄貴がミレーヌという七歳年上の貴族令嬢の女の子も連れて来るようになっていた。
ミレーヌは兄貴の恋人で…彼女の妹のメリッサも来るようになった。
外に出れない俺に沢山の楽しいことを五人が教えてくれたんだ。
それに…貴族令嬢だからと気取らないミレーヌと凜として王位継承者として相応しい兄貴は…見るからに両想いで。
大切にし合っていて……俺とスカーレット、エミル(メリッサは実の姉のことなのに気づいてなかったみたいだけど…)はそれを見て、喜んでたんだ。
俺は…大切な兄貴…大好きな二人がが幸せそうなのが…嬉しかったんだ。
でも……そんな穏やかな日々は続かなかった。
俺が八歳の頃…父さんが死んでしまったんだ。
隣国へと交渉に行った日のことだった…隣国領地内で、賊に襲われて…父さんは死んでしまったんだ。
兄貴はそれを許せなくて、講義をした。
でも…〝不平等条約〟の所為で……賊への罰は十年の投獄だけ。
俺も兄貴も泣き叫んだよ。
こんな不条理…あってたまるかって……。
そこから…俺達は…〝不平等条約〟を変えるために動き出したんだー。
そのためにまず、兄貴は二十四歳という若さで国王に冠位した。
それは隣国との対等な交渉をするためだった。
ついでに…兄貴は国王になると同時にミレーヌとも結婚をした。ちゃんと覚悟したってことだったんだろうな。
大切な人だからって結婚式に出席したいと無理を言って、外に出たのを…今でも覚えている。
アルゴとシェリーにはその時に沢山迷惑を掛けた。
でも…俺は無理やり結婚式に出席して……。
その時、俺は初めて王宮に行って……二人の結婚を祝福することが出来たんだ。
でも…それで無理をした所為か、俺は一気に体調を崩して、暫くの間…寝たきりになってしまって……。
それがダメだったんだ。
あの時、無理をしなければよかった。
そうすれば………。
運命は……残酷だった。
十六歳の誕生日の日…雪が降っている寒い日だった。その時も…俺は寝たきりだった。
兄貴は…誕生日は必ず俺の元にやって来てくれて…寝たきりになってからは余計に必ず来るようになっていた。
だから…その日も雪が降っているのに関わらずにやって来てくれたんだ。
『無理…しなくていいのに…』
『何言ってるんだよ。お前は唯一の肉親なんだ…無理にでも来るよ』
兄貴はそう言って頭を撫でてくれて…嬉しかった。そこで思い出したように兄貴は顔を輝かせる。
『あ、聞いてくれよ‼︎ミレーヌがさぁ〜妊娠したんだよ‼︎』
『嘘っ…‼︎おめでとうっ‼︎』
それは自分のことのように嬉しくて…このまま、幸せな日々を過ごせると思ってたんだ。
『……落ち着いてお聞き下さいませ…』
シュリーが泣きそうな声で言う。
嫌な予感がした。
『…………国王陛下が帰りの馬車で事故に遭いました……』
『………………ぇ…』
『………そして…お亡くなりに…なりました…』
『………………亡くな…った…?』
その後のことは覚えてない。
ただ、泣き叫んでいた気がする。
自分の見舞いに来てくれた帰りに兄貴が事故に遭って死んでしまった。
そんなの…自分が兄貴を殺してしまったと同然だった。
そんなこと…信じられなくて……どうすればいいのか分からなかった。
でも…その後も神様は容赦なく残酷で。
アルゴが目の病気になってしまい…失明してしまった。
ミレーヌの中にいた…兄貴の忘形見が…流産してしまった。
生きる屍みたいになった俺の所に…ミレーヌがやって来た。
ミレーヌも…憔悴し切っていて……。
彼女さえも死んでしまいそうだった。
だから…もう、誰にも死んで欲しくなくて。
俺は…俺を〝怨む〟ことで生きてもらおうと決めたんだ。
『……ごめん…ミレーヌ……俺の所為だ…』
『…………』
『………俺の…お見舞いに…来たから……』
事故は天災だ。
人為的なものではない。
でも…だからって俺が殺してしまったようなものだ。
そう言えば…ミレーヌは俺を許せなくて、憎しみを糧に生きてくれると思ったんだ。
実際に…殺されても仕方ないと思っていたんだ。
俺が奪ったようなものだから。
でも…やっぱり、その言葉は……言っちゃいけない言葉だったんだ。
自分の言葉は…ミレーヌの心に楔を打ち込んでしまった。
『……………………許さないわ…』
ミレーヌの心に……俺は〝憎しみ〟という名の呪いを掛けてしまった。
『わたくしはっ…永遠に許さないっ……‼︎』
殺されても…仕方なかった。ずっと…そう思っていたんだ。
……ミレーヌの言葉は…俺の心に消えない罪を焼き付けた。
許されない…罪だ。
そっから…俺は…二人の意思を継ごうと決めたよ。
俺が兄貴の代わりに王位についた。
弱かった身体も死ぬ気で強くしたよ。何度も死に掛けたけど、これは俺への罰だと思ったから。
国王がいなくなった穴も死ぬ気で埋めた。政治のことや軍部のこと。色々、学んでなんとかした。
そう忙しかった時に、俺はスカーレットに求婚されたんだ。
結婚してくれって。
でも…俺は許されないと思っていたから。
そんなの目も向けていなかった。つまり、雑に扱ったんだ。
『俺は…隣国と交渉しなきゃいけないから…そんなもの、する気はない』って。
まぁ…それが後に〝最悪〟になるのだけど。
それから数年経って…俺は父さんと兄貴がしようとしてた〝不平等条約〟に着手し始めた。
でも…その頃には……ミレーヌはこの国にいるだけで、命を削るように生きていて。
俺を憎むことで…生きることが辛くなってたんだ。
それはそうだ…憎しみだけで生きるのは辛い。
だから…次の〝憎しみ〟以外の生きる目的がいると思った。
それで俺が用意したのは……彼女に夫を亡くした心を癒すための旅と称して、他国の法律を学ばせることだった。
この国は兄貴の思い出が多くて…ミレーヌは国にいるだけで疲労しているとも思ったから。
だから…この場所から離れて、かつ兄貴がしようとしていたことを成すための目的だと言えば…少しはマシかと思った。
ミレーヌが旅立った後…また数年。
隣国の皇帝が崩御して妃が隣国を支配するようになった。
女王となったのは……幼馴染のスカーレットだった。
彼女は俺が隣国との交渉にしか興味がないと言ったから、興味を向けてもらえるようにと自分の絶対的な女性としての魅力を使って、国を支配したんだ。
俺は漠然とした。
スカーレットは…自分に視線を向けるため、条約の締結を渋り続けた。
でも…昔から知っている幼馴染だ。
女として絶対の自信を持っていることを知っていた。
スカーレットについて行ったエミルも、彼女が破滅するんじゃないかと不安がっていた。
それらを利用出来ると思ったんだ。
俺はその時にはもう、人間として屑だったからね。
目的のためなら…何でもいいと思ってた。
それからは…アンナの知る通り。
スカーレットの性格…俺への執着心を狙って、俺は王妃を娶った。
あくまでビジネスライク。
契約関係。
深い情は…また俺を苦しめる。
何にも思わない…関係になろうとしてたんだ。
だから…都合がいい…かつ《悪女》という身分に置いても納得出来る平民を使おうと思ってた。
そして……あの日、アンナと出会ったんだ。
*****
「………アンナが殺されかけたって知って…またいなくなるんじゃないかって凄く不安だった」
アンナは何も言わない。言えない。
ジークフリートにこんな過去があったなんて…そんなことを経験していたら、怒るのも当たり前だった。
あんなに…子供みたいに怯えるのも……当然だった。
「……ジークが…ミレーヌさんと会った時、あんなに震えてたのも…自分がお兄さんを殺したと…ミレーヌさんから大切なものを奪ったと思ってたから……?」
「……そう…でも、あいつは昔みたいに接してきて…何を企ててるのかと思ったが……あいつはちゃんと気持ちの整理をつけただけたったんだよ…」
頼りないジークフリートの笑顔にアンナは泣きそう笑顔を浮かべる。
沢山の者を失って、今…彼はここにいる。
一人で…ずっと苦しんでいたんだ。
ジークフリートが時々見せる子供みたいな仕草は…昔に苦しいことがあったから。
やっと……彼を知ることが出来た。
「……きっと…ミレーヌさんは…分かってたんだね…」
「……え?」
「ジークの所為じゃないかと…分かってても…大切な者を二人も失ったんだもん…割り切れなかったんだね……」
きっと…ジークフリートだけでなくてミレーヌも傷ついていたんだ。
だけど…殺されることを覚悟して言ったジークフリートの言葉を…殺したい程の憎しみで生きて欲しいと思ったジークフリートの思いを……簡単に消させることも出来ないと思ったのだろう。
彼も…生きる糧にしたものが間違えていたとしても…生きて欲しかったんだ。
「昔みたいな接し方も…ミレーヌさんなりのもう大丈夫だよって…気持ちの示し方だったんじゃないかな……」
「…………そっ…か…」
ジークフリートは弱々しく苦笑する。
「……アンナがそう言うなら…そうなんだろうな…」
彼はゆるりと頬を撫でる。
その手つきが…とても優しくてドキッとする。
「……アンナにも…酷いことしてたな……」
「…………え?」
「……利用するだけ…都合がいいから…俺の妃にした…」
その言葉は、アンナの心に突き刺さる。
……分かっていても、実際に大切じゃないと言われるのは悲しかった。
全ては〝条約〟のため。亡き父と兄への……。
(分かっていても……私は……ジークを好きになっちゃったんだよ…)
自覚しちゃいけないと…目を背けていた。
そうしないと…傷つくから。
でも…この胸にある気持ちはもう揺るぎない。ジークフリートの過去を知って…余計に…弱くても立ち続ける彼を愛おしくて思うようになった。
もう……目を背けられない。
だから…どんなことを言われても傷つかないように覚悟していた。
逸る気持ちを抑えて…次の言葉を待つ。ジークフリートは何度か口を開閉して…苦笑する。
「でも…そう都合よくいかないんだよな」
「…………………ぇ…?」
ジークフリートは困ったように眉を寄せる。
「………あくまでいつかは離れる妃。深入りはしないように…間違えないように言い聞かせてたはずなんだ」
「………」
「でも…アンナは予想以上に俺の心を支配してしまったんだよ」
「…………………う…そ…」
アンナは震える指先で口元を隠す。
信じられないような顔で…呆然とする。
「………嘘なんて…つかねぇよ…ばーか」
「…………だって…そんなの…まるで…」
(……〝告白〟みたいじゃ……)
その言葉を言うことは出来ない。
だって…気の所為かもしれない。自分の勘違いかもしれない。
だって…ジークフリートは……自分とは違う身分だから。
でも…目の前にいる彼は覚悟を決めたように息を吸う。
そして…真っ直ぐにアンナを見つめた。
「……………アンナ…好きだよ」
「………っ…‼︎」
「これが…俺からアンナが離れて行って欲しくない理由だ…俺が…アンナを失いたくない理由だ……」
アンナは泣きそうになっていた。
(…こんな夢みたいなこと…あっていいの…?)
信じられない。夢なんじゃないか。
そうやって疑う気持ちがグルグルと巡る。
「俺は…誰かを好きになっちゃいけないとも思ってたんだ…なのに…」
ジークフリートの瞳は…とても熱っぽくて。
ジッと静かにこちらを見据える。
「……アンナは俺の心の殆どを奪ったんだよ……お前が欲しくて欲しくて堪らなくなるんだ」
「………そんな…の…」
「言われたって分からない?でも…お前の所為だよ。責任取って」
アンナは口を何度も開閉させる。
そう言われても…アンナの心にはある不安があって……。
「………でも…ジークは…私を〝平等条約〟締結のために…雇ったんでしょ…?離婚するんじゃ……」
そう…この結婚は離婚を前提としたものだった。だから…いつか離れなきゃいけないのだ。
ジークフリートは悲しそうに顔を顰める。
「……俺と離婚したい?あの近衛兵と結ばれたい?」
「違っ…ぅ……」
「なら…離婚しなければいい。それに…離婚するなら法律を変えなきゃいけない」
「……………ぇ…?」
その言葉にアンナは目を丸くする。
彼は離婚すると初めから言っていた。だが…法律を変えなきゃ離婚出来ない?
「元々…スカーレットの女としての自信を利用した作戦だったんだ。アンナに俺とスカーレットを不貞罪で教会に訴えさせるって言って脅して〝平等条約〟を結ばせる作戦」
「不貞罪…?」
「そうだ。〝不平等条約〟があっても…こちらの中での罪はこちらの法に基づいて裁かれる。でも、不貞罪の罰は夫は軽くて妻が重い…だから、まず男女平等法に改定してから、それに基づいて不貞罪の刑罰や離婚の自由化などの法律を調整するつもりだったんだ」
「なっ…」
ジークフリートは簡単に言ってのけるが…平民でも法律を変えることが大変なことぐらい分かる。
彼は裏でそんなことを為し得ようとしていたのか…。
「あくまでも国のトップ同士だからな…スカーレットはその美貌で女王の地位にいるに過ぎない。色恋沙汰で訴えられれば隣国政府から叩かれる。脅せても脅せなくても…新しい世代に繋げることが出来るんだ」
「………道連れ覚悟って…こと…?」
「そうだよ。まぁ…あいつの性格上、脅しに屈すと思うけどな。もし、失敗しても…グランドに託していた」
グランドには次の後継者を探しておいてもらったらしい。
だから…いつ自分の世代が崩御してもいいと思っていたとか。
「でも…アンナがいるから……簡単に捨てられなくなった」
そう言って…彼はアンナの唇を指の腹で撫でる。
「話は戻すけど…現状は法王を納得させて、施行すれば終わりってところだ。そのためには法王を納得させるために男女平等法についてなども説明しなきゃいけない。それがミレーヌの仕事だな」
「………………………」
「女だが男と同じように仕事を出来るって証明にもなるって……おい、アンナ?大丈夫か?」
アンナは自分の頭から煙が出そうな感じだった。
話が色々と突飛し過ぎていて、容量過剰を起こしていた。
「………まぁ…難しい話はこれぐらいにするか…」
アンナの状態を察したらしいジークフリートはクスクスと笑う。
それを見て思わずムスッとしてしまった。
「………取り敢えず…アンナ」
「…………ぅ…?」
「好きだ。愛してる」
「はいっ…⁉︎」
真っ直ぐな言葉にアンナは狼狽する。
身体中の体温という熱が最上限まで上がる気がした。
「生意気なところも、馬鹿なところも、変なところも…」
「何それっ⁉︎」
思わず(喧嘩売ってるのかっ‼︎)と噛みつきそうだった。でも…目の前の人は困ったように笑っていて。
「全部が全部、愛おしくて可愛い。大好きなんだよ」
「………う…なっ…」
「ずっと…側にいてくれないか?」
期待するようなその瞳と唇に触れる指先。
思考が止まる。恥ずかしくて苦しくなる。
でも……。
「………ずっとは…無理っ……」
「えっ⁉︎」
真っ赤になりながら叫んだ言葉にジークフリートは顔面蒼白で硬直する。
「……俺…のこと…嫌い…?」
「いやっ…違うよっ…⁉︎…だってっ…ずっと一緒にいたら…私、緊張して……」
「…………緊張…して…?」
アンナの言葉はみるみる小さくなり、最後は唸り声を上げて黙ってしまう。
「………そのぉ…」
「…………アンナ…?」
「……………………………」
ボスンッ……。
「………言わねぇと押し倒すぞ」
「もう押し倒してるじゃないっ‼︎」
ジークフリートはウダウダと唸るアンナをベッドに押し倒す。ちゃんと手首を拘束するという特典つきで。
目の前には…ちょっと緊張しているような真面目な顔で見つめる彼。
「……………アンナ…」
耳元に…囁くように掠れた声が響く。
アンナは思いっきり目を瞑って…何とか言葉を紡ぐ。
「…………………だってっ…一緒にいたら…緊張して……死んじゃう…よ…」
「…………………」
ジークフリートの顔がじわじわと赤く染まっていく。
「…………それって…俺のこと…好きって…こと……?」
恐る恐るといった様子で聞かれる。それに…目を瞑ったまま、小さく頷くことしか出来ない。
「……アンナ…目、開いて…」
ジークフリートの言葉に、素直に従ってゆっくりと目を開く。
そして…開いた先には…爽やかな微笑むがあった。
いつも見知った……爽やか悪魔スマイル。
嫌な予感はこんな時でもするもので。
「…………じゃあ…それを言葉にしてみようか?」
「はいっ⁉︎」
「早く」
「嫌よっ‼︎」
アンナは思いっきりそっぽを向く。恥ずかし過ぎてそんなこと、出来やしない。しかし…ジークフリートは諦めなくて。
「なら……キスするぞ」
「はぁっ⁉︎」
「言わないなら、キスする」
「ちょっと…何言って……」
ジークフリートが頬を赤らめながら真剣な眼差しでアンナを見つめる。
そして…徐々に唇を近づけて来て……。
「言うからっ…‼︎待ってよっ…‼︎」
「………じゃあ、早く」
鼻と鼻が触れ合うぐらいの至近距離で、少し拗ねた声で言われる。
恥ずかしさに涙目になりながら…勇気を出して…思いを告げた。
「…………………好き…です…」
「…………もっと…」
「…好き…大好き……」
「……ねぇ…もっと…好きじゃ……足りない…」
愛を強請るように甘えた声で囁かれる。
その声は魔法の声だ。素直に従いたくなってしまう。
アンナは首を軽く傾げながら…その瞳を見つめ返した。
「……………愛してる…よ…?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ‼︎」
ジークフリートが息を飲んだのが分かった。
結ばれるなんて…思ってもいなかった。
好きになってもらえるなんて……壁があるように思っていたのに、いつの間になくなっていたのか。
もう…境界なんてどこにもない。
全部が全部、ジークフリートに奪われているんだ。
熱っぽいアンナの視線から逃げるように彼は
アンナの首筋に顔を埋めた。
「……やっぱり…俺の妃は最強だなぁ…」
「…………ん?」
怪訝な声を漏らすアンナに、彼はクスクスと笑う。
「つまり…こんなに俺を翻弄して…《悪女》だなぁ…ってこと」
「翻弄なんてしてないっ‼︎」
「そう無意識で他の男も惚れさせるのが…憎らしいね。まぁ、可愛いけど」
「はぁっ⁉︎」
ジークフリートは首元でスリスリと頬を摺り寄せる。
「流石…俺の愛しい《悪女》様」
唇を尖らせながら、アンナはボソッと呟く。
「………久しぶりに《悪女》って言われたかも……」
「……そりゃそうだろ…アンナは可愛過ぎる」
「かっ…可愛い過ぎるって……」
ビックリしたアンナから身体を離して、ジークフリートは微笑む。
「アンナが《悪女》とは思えないくらいに可愛いから、皆そんなこと言わなくなったんだよ」
「…………それって…ジークの作戦的にはアウトなんじゃ……」
アンナはとても険しい顔で彼を見つめる。ジークフリートも肩を竦めながら、答える。
「まぁ…もう《悪女》じゃなくていいんだけどな。偽物の妃が《悪女》だとやり易かっただけだし…アンナはもう、俺の本当の妃だからなぁ」
「………本当の…妃…」
そう言ってもらえると嬉しくて頬が熱くなる。
「あ……でも、やっぱり…暫くは《悪女》を演じてもらわなきゃなぁ……皆にアンナが可愛いって知って欲しくないから」
「はいっ⁉︎」
「だから……そんな可愛い顔、俺以外の前でしないでくれよ?」
「…………………ぅ…」
はにかむようにそう言われて…アンナは真っ赤になってしまう。
胸がドキドキと高鳴って…どうしようもなくなる。
ジークフリートの所為だ。
こんなに…喜ばせるような言葉を言うから……。
「愛してるよ…俺のアンナ」
ジークフリートはそう言って嬉しそうに微笑む。
そして…静かに唇が重なったー。
想いが結ばれたその時…とても幸せだった。
未来がどうなるかは分からない。
でも…想いが結ばれた今だけは……何もかも忘れて、共にいたかった。
自分達の元に…暗い影が迫っているとしてもー。
*****
「……………はぁ…信じられない……」
暗い部屋の中で、彼女は落胆の声を漏らす。
その視線の先には…黒髪黒目の女中の姿。
「わたしが警備がいない時間帯を教えたっていうのに…なんでミスしてるの?」
「…………申し訳…ありません……」
「予期せぬ事態に対応するのが暗殺者の仕事でしょう?」
「…………………」
「……………次は許さないわ…」
「………………はい…」
女中は闇に溶けるようにその気配を消す。
彼女は呆れたような声を漏らす。
「…………………わたしが一番……あの座に相応しい……」
彼女は口元に弧を浮かべた……。




