第一章 天より舞い降りし美しき天使⑤
よっぽど過去のことを思い出すのが辛かったのか、サラさんは話の途中から涙を流していた。
無理はさせまいと姉ちゃんが止めたが、サラさんは最後まで話した。
オレの中で天界は、空想上の世界で明るく楽しいところばかりだと思っていた。
人間界でも稀にあるような、超複雑な家庭の話も天界には存在するのかと思うと、だいぶ天界のイメージが変わった。
オレの隣にいた姉ちゃんはサラさんにつられて大量の涙を流していた。
オレは結局泣けなかった。
誤解しないで欲しいが、オレなりにはちゃんと同情してるつもりだ。
ただ、まだ会って数時間の人すなわち赤の他人の話なので、自分には関係ない事だとつい思ってしまうので、泣こうにも泣けないのだ。
しばらく泣いていた2人はようやく落ち着いてきた。
「と言うことでハミルを一年間ここで住ませてよろしいでしょうか…?。」
「もちろんです!響也はどうなの?。」
「いいよ。」
こうして話が成立した。
本当のところ、ハミルさんなら大歓迎です!と言いたかったが、やめておいた。
ハミルさんのことになるとどうもクールキャラが崩れそうになってしまう。
"それにしても何でも願いが1つ叶うのか…金?才能とか?うーん…。"
ついつい願いが叶うことを考えてしまうが、まず使命を果たさないといけない。
15年経っても無理だったことを1年でできるだろうかと不安になった。
「ではハミルをお願いします!…言い忘れていましたが人間界に降りて行った天使が悪魔達に殺されるということがあるそうです。
ハミルだけでなくあなた方も巻き込まれてしまうかもしれませんが、ハミルなら力が強いのでよっぽどの高レベル悪魔ではない限りあなた方をしっかり守ってくれると思います。
もしものことがあったら私の名前を心の中で呼んでください。そうすれば私がすぐ駆けつけます。
では私は天界へ戻ります!。」
そう言ってサラさんは消えてしまった。
しばらくの沈黙を破って姉ちゃんが、
「あーっ!!もうこんな時間なの!?早く晩ご飯作らないと!。」
と姉ちゃんが叫んだ。
時計を見ると夜の7時ちょっと前になっていた。
「響也、悪いけどご飯作ってくれない?メニューは任せる!。」
「いいけど何で?。」
「家の案内してあげないと!部屋決めてもらいたいし!。」
「わかった。」
オレは急いでご飯の準備を始めた。
父さんと母さんが亡くなってからオレは姉ちゃんから家事を習うようになったので、料理はもちろん掃除や洗濯は一通りできるようになった。
ご飯物はさすがに時間がかかるので、スパゲティを茹で、冷蔵庫にあった物を使ってソースとサラダを作った。
姉ちゃん達が2階から下りて来て、ハミルさんを見てオレは驚いた。
ハミルさんはワンピースからピンクの春ニットと白いスカートに着替えていた。
おそらく姉ちゃんのであろう、ものすごく似合っていた。
翼がなくなっているので、どうやら自由に引っ込められるらしい。
「本当にハミルちゃんは何着ても可愛い!髪が綺麗なウェーブだから巻く必要ないし!どう響也?似合ってるでしょ?。」
にやけ顔で姉ちゃんに聞かれた。
頑張ってオレは平静を装って、
「うん、似合うと思う。早くご飯食べないと冷めるぞ。」
と言った。
冷たいなーと姉ちゃんは言い、ハミルさんと同時にスパゲティを食べだした。
姉ちゃんは褒めてくれるが、ハミルさんは黙って食べていた。
「ハミルさん…もしかしてお口に合わない…?。」
「いえ、美味しいです。作って頂きありがとうございます。」
「いえいえ、口に合ったのなら良かったよ。」
美味しいと言ってもらえてオレはホッとした。
この短い会話を聞いた姉ちゃんが、
「2人共!!家族のようなもんなんだから変にかしこまりながら話すの禁止!!てか同級生なのにさん付けは変!!。」
と急にイスから立ち上がって言い出した。
「敬語を崩すのはすぐには無理かもしれませんが…頑張ります。あと、お二方を何とお呼びしたらよろしいでしょうか?。」
「私は美音ちゃんって呼んで欲しいな~。」
目を輝かせながら姉ちゃんはお願いした。
「オレは…その…えっと…何でもいいよ…。」
呼び捨てで呼び合いたいと言おうとしたがやめた。
「…呼び捨てで呼び合いたいのですか?。」
「!?。」
とハミルがオレに言ったので驚いた。
「な、なんでわかったの!?。」
「私は自分の望むタイミングで相手の心を読むことができる能力も備わっています。何か違うことを言いたそうにしていらしたので、心を読ませてもらいました。」
そんな能力もあったとは…と響也は驚き、呼び捨てで呼び合うことを希望した。
「では、美音ちゃん、響也と呼ばせて頂きま…頂くね。」
頑張って敬語を崩そうとしてるのがなんとも可愛かった。
「妹が増えたみたいで嬉しいな~。」
姉ちゃんはまだ嬉しそうにしている。
それにしてもハミルに呼び捨てで呼ばれた時、純麗に呼び捨てで呼ばれるのとは違う特別な感じに聞こえた。心拍数が一気に上がって全身が熱くなった。こんな感じは初めてだった。
ハミルに会ってから完全にオレは浮かれてしまっていて、夢のことなど忘れてしまっていたのである…。
こうしてハミルとの非現実的な生活が始まったのである。