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蘇りの魔王  作者: 丘/丘野 優


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第95話 明日に向けて

「おじさまと剣聖との戦いはそのようにして決着したのですね。見に行きたかったのに、お父様にじゃまされてしまったのが悔やまれます……」


 魔王と剣聖の戦いにおいて、魔王が勝利を収めたことは当時、それなりに話題になったから父に聞いたかそれとも噂を聞いてかして、はっきりと知っていたにしても、その細かい事情ややりとりなどを知らなかったイリスは改めて語られたその話に感慨深く頷いていた。

 実際に観戦していればそんなことはなかったのだろうが、彼女はあのとき結局、父バッカスに敗北して観戦を許可されなかったので見ることが出来なかった。

 娘だからと多少手を抜くことくらいは出来ただろうが、彼はそれをしなかった。

 しかし結界を破壊して尚、減衰せずに遠くの山にすら風穴を開けた収束魔力を放ったことを考えると、バッカスの選択は正しかっただろう。

 あの場にイリスがいれば、結界崩壊の余波だったり、または収束魔力それ自体を避けることが出来ずに傷を負っていた可能性はある。

 あくまで、側近八人だったからこそ、魔王の攻撃による影響を、あの場においても予測し、なんとか無傷で収めることが出来たに過ぎないのだから。


 そう、イリスに言うと、彼女は頷いて言った。


「ええ、分かっておりますわ。あれから私も成長して、それなりに研鑽を積みましたが、未だに父や、ミュトスさま、それに他の皆様にもまるで追いつくことが出来ていないと感じております。やはり、あの八人は、そうあるべくして魔王陛下の側近を勤めていたのだなと、今にして深く思うのです」


 確かに、なんだかんだいって側近たちは皆、実力があった。

 魔王を除く、古代魔族最強の八人、というわけでは決してなかったのだが、指折りの存在であることは間違いなかった。

 そしてそうあることができたのは、彼れが才能を持ち、それに見合う研鑽を積み重ねていたからであることもまた、間違いのない事実だ。


「いつかバッカスを引きずりおろして自分が側近になる、とかイリスは昔言っていたな」


 ルルは、イリスが小さかった頃の台詞を思い出してそう言った。

 イリスも自分がそんなことを言ったことは覚えていたようで、苦笑する。


「そうでしたわね……図らずも、今、私は魔王陛下唯一の側近、になることができておりますので、夢は叶ったというところでしょうか」


 言われてみれば、確かにその通りだ。

 他の者たちは、当然のことながら時間という壁を超えてここにはやってこられなかった。

 もし来れるなら、何が何でも来たのかもしれないが、そう簡単なことではないだろう。

 イリスがあの遺跡で眠っていたのだから、間違いなくそのための手段があることは分かっているのだが、しかしだからといって簡単に使える方法ではなかったのかもしれない。

 ルルはそんなことをぼんやりと考えながら、イリスに言った。


「もはや、側近なんて持つ立場でも何でもないけどな。あえて言うなら友人、といところだろう」


 ルルのその言葉にイリスは首を傾げ、なんとも言えない表情で微笑む。


「友人、ですか……」


 微妙な声色に不思議に思ったルルは、首を傾げて質問した。


「なんだ、不満か?」


 するとイリスはすぐに首を振って、答えた。


「いいえ、そんなことはありませんわ。魔王陛下の友人……なんだか不思議な響きですわ。あのころに戻って誰かに言っても信じて貰えなさそうです」


 立場上、あまり友人が作れなかったというのもあるが、それ以上にもともと友人など少ないタイプだったので、確かに当時に戻ってそれを言っても信憑性はかなり薄いととられることだろう。

 自分で思い出してもなんだか少し寂しくなる事実だが、別に部下は一杯いたのだし、たぶん慕われていたはずだからいいのだとルルは首を振った。

 それから、


「それを言ったら、俺が魔王だって主張しても信じて貰えないだろうな……ま、昔は昔ってことだ。俺も、イリスも、今を生きているんだから、過去を思い出しても、それに囚われる必要はない……」


 その台詞は、どこか昔のことを思って切なげな顔をしていたイリスに対する、励ましのようなものだった。

 それを理解したのか、イリスは自分の心の内を吐露する。


「そうですわね……でも、おじさま」


「なんだ?」


「私は……昔、魔王陛下の側近になりたかったのです。それは、陛下の側近であった八人……彼らが何よりも、魔王陛下にその実力を認められてそこにいたからですわ……ですから、私は……」


 そこで一端言葉を止めて、イリスは目を伏せた。

 どうしたのかとルルは首を傾げて尋ねる。


「なにか言いたいことがあるなら……言うといい。何を考えているんだ?」


「……私は、おじさまに、認められたいのです」


 そして出てきた言葉は奇妙な台詞だった。

 言われるまでもなく、ルルはイリスを認めている。

 かつての友人バッカスの娘として、現代において、古代魔族というルルの立場を分かってくれる、唯一の理解者として、そしてかつての思い出をこんな風に語れる相手としても。

 しかしイリスは首を振った。


「私は、おじさまに、かつての側近たちのように認められたいのです……その実力を、並び立つとまでは言わずとも、支えられる者として、認められたいのです……」


「……すでに認めているぞ?」


 ルルは何の気なしに、そう言った。

 事実、ルルはイリスを認めている。

 今ここで生活することが出来ているのも、イリスのお陰だし、生活力の乏しいルルを、イリスは間違いなく支えていてくれているのだから。

 けれどイリスが言いたいのはそういうことではないようだ。

 イリスは続ける。


「本当にそうでしょうか? たとえば先ほど語られた剣聖との戦いにおいて、魔王陛下は側近の方々を信じて強力な魔術を放った……彼らなら避けられると、どうにかできると信頼して。けれど、その場に、今の私がいたらどうされましたか?」


 そう尋ねられて、ルルはなるほどと思った。

 おそらく、自分は手加減をするだろうと瞬間的に思ってしまったのを理解したからだ。

 それどころか、イリスがその場にいることを認めなかったかもしれない。

 つまりそれが、イリスの言う、認めていない、ということなのだろうとルルはやっと理解した。

 しかしそれは仕方のないことなのではないだろうか。

 イリスは、バッカスの娘だ。

 そして、現代においてはただ一人の、魔族としての仲間でもある。

 失いたくない、そう言う気持ちも強く働いて、だからこそそう言った場面においては出来るだけ危険に晒したくないと思ってしまう部分も大きい。

 そう言うと、イリスは頷きつつも、


「確かにおじさまのそう言った気持ちも分かります。ですが……それでも私は認められたい」


 このイリスの言い分を、ただの我が儘である、と言うのは簡単だろう。

 でもルルにはそんな風に言うイリスの気持ちが理解できた。

 魔族は無闇に戦争を起こしたりはしないが、それでもその身には強い闘争心も宿っているものだ。

 戦うことを、本質的に好んでいるためだ。

 イリスにもそう言った血のたぎりが感じられるのかもしれない。

 戦いの中で、自分の価値を見つけたいのかもしれない。

 それが魔族の本能であるから。

 そして、だからこそこんなことを言っているのかもしれない。

 とはいえ、どうやってルルに認められるつもりなのだろうか。

 現代において、人族ヒューマン相手にどれだけの戦果を挙げられたか、もあるまい。

 そう思ったのだが、ふと明日、何が始まるのかを思い出してルルは理解してつぶやく。


「闘技大会か?」


 イリスはその言葉に頷いて、言った。


「そうです……私は、闘技大会において、おじさまに本気で挑もうと思います。勝てるとは正直、今でも思えないのですが……けれど、おじさまの今の体は人族ヒューマンのもの。あるいはいい勝負が出来るかもしれない……と、不遜ながらに思っております」


 イリスはそれを言いたくて、ルルが帰ってくるのをここで待っていたのだろう。

 そして待っているうちに、昔のことを思い出していろいろ考えたのだろう。


 思い返してみれば、イリスとまともに戦ったことは一度もない。

 軽い手合わせ程度ならしたが、本気でぶつかり合ったことはないのだ。

 それは、イリスからしてみれば主君であるルル相手にそんなことをするわけにはいかないという一種の遠慮であり、反対にルルからしてみれば、かつての友人の愛娘にそんなことがどうしてできるのだというやはりこれも遠慮だった。

 だから、グランやユーミスという、ある程度の実力を出して遠慮なくぶつかれる相手というのはこの七年で貴重な存在だったと言える。

 けれど、イリスはそんな遠慮を捨てて、本気で戦ってみたいらしい。

 古代魔族としての身体能力、魔力を余すところ無く使って、ルルとぶつかりたいと。

 それは、ルルからしても面白そうな提案であり、今まで無意識にも意識的にもイリスと本気で戦うことを避けていた自分を不思議に思ったくらいだ。


 だから、ルルは言った。


「分かった……いいだろう。イリス。闘技大会では、お互い全力で戦おう」


 それによってどれほどの被害が生じるかは正直考えるのも難しいことだが、結界をわざと破壊したりしない限りは通常の特級程度の被害で済むのではないだろうか。

 派手な攻撃のぶつけ合い、というよりかは一撃必殺を狙って戦えばいいのだ。

 お互いに、そういうものの方が得意としているということもある。

 ルルに限っては、派手なものも決して苦手ではないし、現代の戦士たちと比べればイリスも苦手とは言えないのだが。

 それからイリスは頷いて、それから頭を下げた。


「おじさま、ありがとうございます。そして申し訳なく存じます……私の、我が儘で」


 そんなイリスの言葉にルルは首を振って微笑む。

 別にそれは我が儘ではない。

 魔族として、当然の感情だろうとルルも認めていた。


「いや、気にすることじゃない……イリスが俺に認められたいというのなら、俺だってイリスにそれなりに強いところを見せないと格好悪いしな。それに……なんだか昔を思い出すよ」


「昔ですか?」


「それこそ、俺の小さな頃の話になるが、バッカスとはよく戦ったからな……まさかその娘とも戦うことになるとは想像もしていなかったが……それもまた面白いんじゃないかと思う」


 親子そろってルルと戦うことを望む辺り、なにか恨まれているのではないかと思ってしまいかねないが、イリスもバッカスも忠誠心の現れであることはよく理解している。

 だからこそ、ルルは笑っていられる。

 イリスはそんなルルに言った。


「そう言っていただけると気が楽になりますわ。では、よろしくお願いします……おじさま」


「あぁ、だけどな……イリス。その前にユーミスを倒さなければ話にならないからな?」


 そうだ。

 次にイリスが戦う相手は、ユーミスなのだ。

 彼女に勝たない限り、決勝戦には出ることが出来ない以上、イリスがルルと戦うためにはユーミスに対する勝利が前提となる。

 しかも、かつて、出会った頃のユーミスが相手であるならばそれほど苦戦することもなく勝つことも可能だっただろうが、この七年で、ユーミスは研鑽を積み、魔族の魔術理論もある程度取り込んで身につけている。

 あの頃のように、張った結界に直接干渉して支配権を奪い取るような真似は、少なくとも十分二十分の戦闘中に行うことはもはや不可能だろう。

 だから、ルルはイリスにそう言ったわけだが、イリスは首を振って答えた。


「いいえ。必ず勝ちます……たとえユーミスであろうと、私とおじさまの間に立ちはだかる者はすべて薙ぎ倒して見せます」


 それは決然とした言葉だった。

 ルルとしてはそこまで言わなくてもいいだろうという気がしたのだが、とはいえ、試合を明日に控えて少し気が高ぶっているのかもしれないと思い、特にそこを突っ込んだりはしなかった。


「俺はもうグランに勝ったから気が楽だな……決勝で待っているよ」


「ええ、待っていてください。必ず勝って、おじさまに認めてもらいたいと思います」


 そうして、その日の会話は終わり、ルルもイリスも眠ることにした。

 真夜中だったため、それほど長い睡眠時間はとることができなさそうだが、イリスは魔族であるから問題ないし、ルルも精神は魔族であるからか、睡眠時間は通常の人族ヒューマンに比べて短い。

 明日は万全の状態で迎えることが出来るだろう。

 そもそも、ルルに試合はないのだから、余計に問題がない。

 明日の試合を観戦することを楽しみにして、ルルはゆっくりと眠ったのだった。

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