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第91話 思い出話

 夜行馬車に揺られて数時間。

 王都についたころにはすっかり真夜中となっていた。

 ラスティとオルテスとは王都に着いてすぐに別れ、明日のためにそれぞれさっさと自宅に戻ることにした。


 同居人たちはルルと異なり、明日には試合があるため、早く眠っているだろうと思い、家にはそろそろと足音を立てないように静かに忍び込むように入ろうとしたのだが、家に近づいてみると意外にもまだ家の灯りはついていて、まだ誰かが起きていることが感じられた。


 なんだ、と思いルルが普通に扉の鍵を開いて中に入ると、案の定、まだイリスが起きていて、何か暖かい飲み物を飲んで夜着姿で椅子に腰掛けていた。

 扉を開けた瞬間に目に入ったその横顔は、なぜか妙に寂しそうに見えて、中に入るのをルルに一瞬躊躇させる。


 けれど、ルルを認めた瞬間に、ぱっと花が開くように微笑んだイリスに安心して、ルルはその一瞬の躊躇いを忘れて家の中に足を踏み入れた。


 それから、よほどルルが妙な表情をしていたのだろう。

 イリスが、


「お帰りなさいませ、おじさま。……? どうかなさいましたか? 不思議なお顔をされておられますよ」


 と首を傾げたので、ルルは苦笑する。

 なんと答えたものか、少し悩むが、別に隠すようなことでもないし、本人に聞いた方が分かることもあるだろうと正直に言うことにした。


「いや……扉を開けた瞬間のイリスの顔が、なんだか妙に落ち込んで見えたからな。どうしたのかと思って、少し考えてしまったんだよ」


 すると、イリスはそんなことか、と笑い、それから言ったのだ。

 その答えは予想とは少し違っていて、ルルは少し驚く。


「あぁ……少し、昔のことを考えていたのですよ。それが思いの外、表情を暗く見せてしまったのかもしれません」


「昔のこと?」


「ええ。昔のこと……おじさまは、よく人族ヒューマンの実力者と戦っておられたでしょう? いつも、そう言う日の前には、我が家を尋ねてこられていた記憶があります。たとえば……初めに人族ヒューマンの剣聖が来たときも……」


 そうだっただろうか。

 思い出してみると……。


 ◆◇◆◇◆


「……剣聖ペリアプト?」


 魔都の正門を守護する兵士の一人からもたらされた情報に、魔王ルルスリア=ノルドは首を傾げた。

 息も絶え絶えの様子の彼が語るには、剣聖ペリアプトを名乗る人族ヒューマンが突然魔都の正門に現れ、魔王との一騎打ちを申し出ているのだという。

 これに対し、正門を守る魔族たちはその男を排除、もしくは逮捕すべく飛びかかったのだが、全員が無力化されてしまったらしい。

 すわそのまま魔都の中に入り込んで暴虐の限りを尽くすか、と思われたのだが、その男は正門の前にどっかりと座り、それから、


「魔王を出せ! 俺は奴と戦いたいだけだ!」


 の一点張りだという。

 一応いくつかの質問には答えているようだが、おおむね、彼の主張はこの一点にあるようだ。

 正門から魔王城内の情報室に伝えられた情報はそれだけで、この事態に一体どう対処すべきかと指示を仰がれたため、情報室から急ぎ走ってきたのだということだ。

 一応、すでに正門は閉め、またただの門兵より数段実力のある兵士をその場に派遣しているということだが、それが破られた場合はそれなりの実力者を投入するしかない。

 と言うことで、誰を正門に派遣すべきか指示を仰ぎに来たのだというのだが、魔王としては、もうこれは自分が行けばいいのではないか、と単純に思ってしまった。

 そのため、その旨、やってきた兵士に告げると、


「い、いえ、それはなりません! この間も炎槍を名乗る人族ヒューマンが来たとき同じことをされたではありませんか! あのあと、私がどれほどミュトス閣下にお叱りを受けたと思われるのですか!」


 などと泣きながら言われた。

 そんなこと言われても現場の者では勝てない奴が来たのだから強い奴が行くしかないではないか、そしてそれは自分だ、と言えば、それはそうですが、でも……と堂々巡りである。

 どうしたものか、と思ったとき、当のミュトス、それに加えてバッカスが玉座の間の開け放たれた門からやってきて、ため息をつきながら魔王に近づいてきた。

 バッカスは正門の情報を伝えにやってきた兵士の横に近づくと、その肩を叩いて、


「……後は俺たちに任せろ。とりあえず、お前は戻っていい」


 と優しく声をかけて部屋から去らせた。

 いかにも、お前の苦労は理解している、労おう、ここは俺に任せていい、とでも言いたげな顔だったので、その苦労の源とされた魔王としては少しふてくされる。

 しかし、ミュトスが威厳ある声でいろいろ言ってくるや否や、その態度は徐々にしぼんでいき、最後には、


「……申し訳なかった……」


 と言っている辺り、魔王の魔王らしさというのはどこにあるのかという気がしてくる。

 ただ、それでもミュトスは一通り叱りつけた後に、


「……まぁ、建前上はそう言うことになりますがの。実際、正門まで来ている男は本物の剣聖らしく、おそらくは現在の魔都に正面から戦って勝てる者はそれほど多くありますまい。儂やバッカスが出てもよろしいのですが……幸い、と言いますか、バカ正直に、と言いますか、その男は一人でやってきたようです。本当に言葉通り、陛下と戦いたいだけ、のようですな」


 おそらく、ここに来る前にしっかり情報室に寄ってきたのだろう。

 伝令が伝えてきたことよりもずっと数多い情報をミュトスは持っているらしかった。

 それによれば、剣聖は真実一人でやってきて、未だに正門の前にあぐらをかいて座っているらしい。

 確かにバカ正直としか言えないが、そういうバカは、魔族的には評価される存在である。

 どこぞの権謀術数を駆使して人を操ろうとする教団などは、最も忌避される存在であり、それとは正反対の性質をしているらしいその男の願いは聞いてやらんでもないという気に、魔王もミュトスもバッカスもなりかけているというわけだ。

 ミュトスは続けた。


「そう言うわけで……ここは、条件付きで彼の願いを叶えてやってもよろしいのではないか、と思います」


「条件付き?」


「ええ……まず、聖剣などのような特殊な武具の使用は認めないこと。そう言った一種のズルを避けるために、一日の期間、魔都で過ごし、検査を受けること。加護の類は……まぁ、人族ヒューマンが魔族の実力者と戦うためには必要不可欠でしょうからな。これは認めましょう。それと、殺し合い、は勘弁願う、ということで……」


 そういう戦いが出来るというのなら、それは願ってもないことだが、そんな提案を件の剣聖が受け入れるのだろうかと疑問が生じる。

 そもそも、彼は、魔王を殺すためにやってきたのではないのだろうか。

 であれば、最後の条件だけはどうしても認められないだろう。

 けれどミュトスは首を振った。


「それがどうもそういう訳ではないようなのです。剣聖は一応の質問にはいくつか答えているようなのですが、その中に、魔王を殺したいわけではなく、戦いたいだけだ、というものがあったそうです。……それを信じるのはどうだろうか、という意見もなくはないですが……先ほども言ったとおり、バカ正直な男のようですからな。おそらく、魔術審問の類も文句を言わず受けるのではないでしょうか。そしてその結果、問題ない、と判断されれば、このたびの戦いを許可してもよいのではないかと考えます」


 本当にただの戦闘バカらしく、魔王は徐々に剣聖を気に入っていく自分を感じる。

 だから、魔王は頷いた。


「よし……では、検査が終わり次第、我とその剣聖で決闘といこうか。まぁ、命がかかっていない戦いとなると、少し気が抜けるがな」


「ご随意に。では、儂はこれからその旨を当の剣聖に伝え、検査について指揮をとりますので下がらせていただきます」


 そう言ってミュトスはその場を去っていった。

 バッカスはその場に未だに残っていて、


「お前は? まだ何かあるのか?」


 と訪ねると、首を振って、


「いや……俺はまだミュトス老ほど情報をつかんでいなかったからな。止めに来たつもりだったんだが……どうやらその必要はなさそうだ」


「あぁ……お前も剣聖とやらが気に入ったのか? ならば代わってやろうか?」


 魔王のその言葉にバッカスは笑い、


「そうだな、出来るならお前と変わりたいところだが、以前伝え聞いたところに寄るとその剣聖、相当強いらしいぞ。俺がやるとなるとそれこそ命がけの勝負になりかねないからな。遠慮しておこう……」


「ふむ、それほどか……だが、我は負けん」


「分かっているよ。だが、俺の娘はどうにもお前のことを心配するのが好きみたいでな。この間の……なんつったっけか」


「炎槍か?」


「そうそう、その炎槍との戦いのときだって、事後報告するから少し機嫌が悪かったくらいだぞ。もしものことがあったらどうされるおつもりですか、魔王陛下の側近なのでしたら、そんなもの陛下に近づかれる前に斬って捨ててください! ……だとよ」


「それはそれは……」


 バッカスの娘、イリスがそんな風に感情を露わにして怒っているところなど、魔王は見たことがなく、この親子は仲がいいのだなと微笑ましく思った。

 しかし当のバッカスにしてみればそんなものではないらしい。


「笑ってるけどな、あいつ、あれで怒ると結構怖いんだぜ? 母親そっくりでな……。しかもお前に怒るならともかく、俺に対して怒るんだ……困ったもんだぜ。だからよ、まぁ……その剣聖の検査にもしばらく時間がかかるんだ。決闘の前に、あいつに会ってお前の口から説明してやってくれよ。じゃないと……大変なんだ」


 魔王の側近が最もおそれる敵は己が娘というわけだ。

 その事実に魔王は少し笑い、「分かった、今から向かおうか」と頷いた。

 途中、情報室によって、ミュトスと連絡を取り、試合がいつ頃になるか尋ねたのだが、早くて明日になるだろう、とのことだった。

 剣聖に接触した際の印象もついでに尋ねてみたのだが、ミュトスは笑って、通信機の向こう側から、


『やはりバカ正直ですな……非常に好感が持てます』


 と言っていたので問題はなさそうである。

 それを確認して、魔王とバッカスは、バッカスの屋敷に向かった。


 屋敷に着くと、魔王とバッカスが扉を開ける前に、がちゃりと開いて小さな影が走ってきた。

 魔王はそれを認識していたが、自分の害になるものでないことを分かっていたので、黙って受け止める。

 バッカスに行かない辺り、どうなのだろうか、この親子は……と思いつつ見ていたが、ぽふりと抱きついてきて、上げた顔が笑顔だったのでまぁいいかということにした。

 小さな影、その正体は、バッカスの娘、イリスである。

 彼女は言った。


「おじさま! ようこそ、こんなあばら屋へ!」


 意味が分かって言っているのか、それとも冗談で言っているのか。

 魔王の横で、バッカスが少し泣いていた。

 せっかく頑張って建てた屋敷なのに、実の娘からあばら屋扱いとはひどい。

 小さくもないし、古くもないのだが……。

 そもそも、イリス自身、あからさまな悪口を言うようなタイプではないので、おそらくは魔王を歓迎しようとして自分を極端に卑下しようとした結果、つい出てしまっただけだろうと思うことにする。

 バッカスを遠回しに傷つけようとしているわけではないはずだ。


「いやいや、立派な家ではないか。あばら屋など……我はこの家が好きだぞ」


 そう魔王が言うと、イリスは首を振った。


「おじさまにそう言っていただけると、父も泣いて喜ぶと思いますわ。さぁ、どうぞこちらへ」


 そう言われて、イリスの招きに従い、魔王は中へと入っていく。

 バッカスが中に入ろうとすると、なぜかドアが閉まった。

 仕方なく、バッカスは自分で扉を開けて、少し涙ぐみながら入ってきた。


 それから、屋敷の中のソファに腰掛けていると、イリスが甲斐甲斐しく飲み物を持ってきたり、お菓子を持ってきたりしてくれた。

 魔王はいつ、試合の話をすべきかと迷うが、バッカスが横から肘をでつついてきたりするので、しぶしぶ話を始める。


「あぁ、そういえばイリス」


「はい、なんでございましょう?」


「実は、今日、正門に剣聖なる人物がやってきていてな……」


「ええ。知っておりますわ。おじさまと決闘をされるのでしょう?」


 ぴきり、と空気が凍る音がした。

 どうやら、イリスはすでに知っていたらしい。

 ということは、先ほどからのバッカスに対する態度は、それが原因なのだろう。


「魔王陛下であらせられるおじさまが直接戦うことなど、あってはなりませんのに……側近の方々は、一体何をされているのでしょう……」


 隣でお茶を飲んでいるが、とは言いにくい。

 いや、当然理解しての嫌味なのだろうが。

 しかし、もうバッカスには耐えられる体力が残っていなさそうだった。

 魔王はそれを理解して、苦笑しながらイリスに言った。


「一応止められたからな……みんな、分かっているさ。我のわがままだ。だからイリス、父親いじめはその辺でやめてやれ」


「あら……おじさまにそうおっしゃられますと、これ以上は続けられませんわ。お父様、申し訳なく存じます。自分でもよく分からないのですが、どうしてもおじさまのことになると、引けなくなってしまって……」


 イリスも、素直な性格をしているから、指摘されてすぐに謝った。

 バッカスも気にしていないようで、


「いや、分かるよ。それだけお前にとってこいつは大事なんだろう。ただ、あんまりやられると落ち込むから、これからはもっと柔らかにやってくれ……」


 と言っていた。

 つまりこれは親子のじゃれ合いのようなものなのだろう。

 まさかミュトスを前にしたときも同じことを言ったりはイリスはしない。

 それからは、三人で和やかな雰囲気で会話を楽しみ、それから夕飯を食べて、バッカスの家に宿泊した。

 次の日の試合のことをイリスはしきりに心配していたが、勝利を疑って、というよりは万が一の事態に対する心配を拭えない、という心境のようである。

 人族ヒューマンには特殊な技術や武具があったりするからだ。

 ただ、今回は、少なくとも武具については問題ないことを告げると、多少は安心したらしい。

 しっかりと応援しますと言って、眠ったのだった。

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