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第90話 報告としばしの別れ

 中に入って、ルルたち四人は応接室に通された。

 程なくして使用人たちがそれぞれに飲み物や菓子類を持ってきて、ルルたちの前に置く。

 それから、


「主はすぐに参りますので、もう少々お待ちください」


 そう言ってすぐに下がっていった。

 実際、バラクセノ侯爵はルルたちをそれほど長くは待たせなかった。

 部屋に入ってから十分も経っていないだろう。

 通常の貴族ならあり得ないほど、短い待ち時間である。

 ここにたとえ平民であっても下に見たり偉そうに振る舞ったりしないと言うバラクセノ侯爵の人柄が出ているが、しかし場合によっては嘗められかねない行動だとも言える。

 まぁ、その辺りについてはバラクセノ侯爵自身も分かっていることだろうから、ルルたちが心配せずともうまくやっていることだろうが。


 それに、少なくともバラクセノ侯爵に一度も会ったことのない、ルルたちのような者に初めて顔を合わせる場合、バラクセノ侯爵のこう言ったもてなしは悪いものではないのかもしれない。

 何せ、ルルたちはバラクセノ侯爵を嘗める、と言う前に、まず少しの驚きを感じたからだ。


「……お待たせして申し訳ない。わたしがこのツェフェハを治める領主、バラクセノだ」


 そう言って現れたその人物。

 それは、妙齢の女性であったからだ。

 少しくすんだ、しかし艶のある灰色の髪に、知性の宿った青灰色の瞳は、どこか古代魔族に似た雰囲気を感じさせる。

 全体的に見て、非常に均整のとれた体つきをしていて、おそらくは武術もたしなんでいるものと思われた。

 感じられる魔力も決して低くない。

 戦えばかなりの実力を発揮することだろう。

 しかしそんなことよりも驚いたのは、その性別だ。


「……女性、だったのですか」


 ルルがその驚きを正直に口にし、バラクセノ侯爵はそれに笑って答えた。


「ふふふ……知らなかったのか。私は君の名前を聞いたことがあるがね、ルル=カディスノーラ君。まぁ……しかし、普通は鉱夫などを相手にしているような貴族が、まさか女だとは普通は思わんだろうな。ただ、隣の神官殿は特に驚いておられない様子だ」


 言われてルルがモルガンの顔を見てみると、確かに全く驚いていないようである。


「知ってたのか?」


「ええ。この国の貴族については一通り頭に入っているから。むしろ知らないことに驚きよ。表情から見るに、オルテスも知っていたみたいね。ラスティは……知らなかったようだけど」


 確かにオルテスの顔も驚いていない。

 つまり知らなかったのはルルとラスティだけ、ということだろう。

 本来下級とはいえ貴族なのだから、その名前と性別くらいは知っておくべきなのだろうが、ルルは初めから貴族として立つつもりなど無かった。

 そのため、その辺りの情報についての勉学は一向にせずに、戦闘と魔術の研究に費やしてきたのが徒となった。

 もしかしたら一度くらいはどこかで聞いたかも知れないが、あまり重要ではないと思って忘れてしまったのかもしれない。

 今更ながら、それくらいしっかり覚えておくべきだったなと心の中で反省して言った。


「無知を晒すようでお恥ずかしい限りです。浅学な冒険者ゆえ……どうかお許しを」


 そんなルルの言葉に、バラクセノ侯爵は微笑み、そして言った。


「いやいや、全く問題ないよ。むしろ、今、王都の闘技大会で本戦を駆け上がっている注目株を驚かせることが出来たと自慢して歩くことが出来ることが嬉しいね」


「そんなことまでご存じなのですか……」


 王都で言われるならともかく、ツェフェハまで来てそんなことを言われるとは思わなかったルルは再度驚かされる。

 しかしバラクセノ侯爵からすれば、闘技大会の結果をつかんでいることは大したことではないらしい。

 彼女は言う。


「闘技大会の結果については冒険者組合ギルドがその情報網を使って掲示板に張り出してくれるからね。それに私は今回の鉱山のことがなければ闘技大会に観戦に行くつもりだった。興味は他人の何倍もあったから、情報収集は怠っていないのだよ。なにせ、闘技大会始まって以来の、特級冒険者の出場が公式に認められた大会なのだから。さぞ、見応えがあっただろうに……来年の開催時も、同じようにやってくれるだろうか……」


 見に行けなかったことがよほど悔しいらしく、本当に残念そうに言うバラクセノ侯爵は、なんというかそうしていると普通の女性にしか見えない。

 鉱夫を束ねる女傑という感じではないのだが、次の瞬間がらりと変わった表情にルルたちは彼女の本質を見た気がした。


「ま、そう言った話は置いておこうか。まずは報告を聞こう。君たちは鉱山に置いて魔物発生の原因を見つけ、それを排除したということでいいだろうか?」


 声色は変わっていないが、表情が違う。

 鋭い視線はルルたちに嘘は許さない、と雄弁に語っているようであり、こういう厳しさを感じさせる部分が鉱夫たちに慕われているところなのかもしれないと思ったくらいだ。

 とはいえ、ルルたちには特に嘘をつく必要はないので、そんな視線におびえる必要はない。

 ルルは彼女の質問に頷いて、報告を始めた。


 ◆◇◆◇◆


「まず、魔物発生の原因なのですが……」


「あぁ、それが分かっただけでも十分ありがたいな。私たちも何度か領の騎士団を派遣してはいたのだが、魔物が強力過ぎて話にならなくてね。おそらく奥にあるだろうというのは想像がついたのだが、そこまでたどり着くことすら出来なかった」


 冒険者に依頼を出す以外にも様々な方策を講じていたということだろう。

 領主の持つ騎士団というのは決して弱くはないが、王立騎士団ほど強力というわけでもない。

 強くてもせいぜい上級下位クラスが限界であり、特級クラスが所属していることは滅多にないだろう。

 アソオス鉱山の坑道にいた魔物の種類、それに数を考えると、そのレベルではかなり厳しいというのも理解できる。

 今回はルルとモルガンという一種の反則があったからこそ、何とかなっただけであり、バラクセノ侯爵が無能、というわけではないだろう。


「鉱山の奥において、このようなものを発見しました。おそらく、これらが魔物発生の原因であると私たちは考えます」


 そう言って、ルルは鞄から、アソオス鉱山のベルンフリートの部屋から持ってきた機械類を取り出し、テーブルの上に並べていった。

 それらを見て、バラクセノ侯爵は目を見開く。


「これは……魔導機械?」


「か、どうかは分かりかねますが、こう言ったものが大量に並んでいる部屋がアソオス鉱山内に作られておりました。そして、そこには幾体もの魔物の死体が並べられており、さながら研究室のような様相を呈していました」


 見たものを正確に説明しているのだが、バラクセノ侯爵には理解しかねたらしい。

 手のひらをこちらに向けて、言った。


「ま、待ってくれ。研究室? なんだ、それは。何の話をしているんだ?」


 そんな風になるのも理解できることである。

 少し前までは普通の鉱山に過ぎなかったのに、短期間の間に大量の機材が運び込まれて魔物の研究のための部屋が作られていたのだから、そんなことはあり得ないとも言いたくなるだろう。

 しかし、ルルはしっかりと説明する。


「見てきたもののことを説明しています。これは、私だけでなく、こちらの三人も見たことです。そして……これが最も重要なことなのですが、鉱山の奥にあったその研究室の中には、ベルンフリートという人物がいました。しかも、彼は自分が古代魔族である、と名乗りました」


 その説明に、あんぐりと口を開けて停止してしまったバラクセノ侯爵。

 しかし、すぐに我に返って質問をぶつけてくる。


「古代魔族、だと……? バカな。ただの“魔族”ならともかく、古代魔族は既に滅びた種族のはずだ。それに、仮にそうであるとしても、なぜアソオス鉱山でそんな研究などしているんだ。一体何をしようとしている……」


 その質問にルルは首を振る。

 そのどれもに、ルルは答えることが出来ないからだ。

 古代魔族は確かに滅びた。

 しかし、なぜベルンフリートがあそこにいて、古代魔族を名乗り、そして魔物の研究などしていたのかは、彼だけしか知らないことだ。

 全てを尋ねる前に、彼は逃亡を成功させてしまった。

 だからルルは言う。


「それについては全く分かりません……ただ、ベルンフリートなる人物は、非常に強力な力を持った魔術師でした。あのような存在が多数いて、今回のようにどこかに根城を作っていくものと考えると非常に危険です。早急に対策を練る必要があると思います」


「そうは言うが……しかし、どうやってだ。強力な魔術師、ということだが、君たちは倒せたのだろう? それならば、そこまで危険視する必要があるのか?」


 ルルたちが勝てたのは、ルルが無詠唱魔術を使え、かつモルガンが非常に高い技術を持った剣士であったが故に過ぎない。

 他の者が行けば、おそらく負けていた可能性が高い。

 上級下位程度の実力では、対抗できないだろう。

 とはいえ、自分たちが強かったから大丈夫だったのだ、と言うのも気が引ける。

 そのため、ルルは言った。


「私たちが勝てたのは、ほとんど偶然に過ぎません。十分な事前準備をして、たまたま不意をつけた、ただそれだけです。同じことをもう一度しろと言われても、おそらくは無理でしょう……それに、ベルンフリートは何らかの特殊な技術でもって分身、のようなものを作っていました。今回倒せたのはそちらだけで、本体の方は居場所すら掴めずに逃がしてしまいました……」


 実際、部屋に入る前に構えていたのは事実だ。

 間違いなく強敵が中にいて、戦うこともあり得る、と考えていたからこそ無傷で何とかなった。

 何の事前知識もなく、中に入ってしまっていたら、ルルとモルガンは平気だったかもしれないが、ラスティとオルテスは多少の傷は負っていた可能性が高い。

 ルルの言葉にバラクセノ侯爵はうなる。


「ううむ、分身か……。闘技大会本戦出場者に、特級に勝った者からそのような手段で逃げおおせ、さらにそこまで言わせる存在か……君たちがこの依頼を受けてくれたのは僥倖だったのだな。他の者が受けていたらまた犠牲になっていた可能性が高かっただろう」


「私も、そう思います。ですから、早急に対応を」


「そうだな……そこまでの大事とは思わなかったが、そうなると、王都にも報告の必要が生じるだろう。調査もまとめなければなるまい。ふむ……鉱山の様子だが、魔物は今、どうなっている?」


 その質問にはモルガンが答える。


「強力な魔物はほとんど殲滅しました。ベルンフリートがいなくなってから、新たに魔物が増えることもなくなったようなので、今はそれほど強敵は残っていないと思われます。おそらく、中級程度の実力があるものであれば危険なく探索できるかと」


「そうか……よし、分かった。今の段階で依頼の達成を認めるのは難しいが、調査が終わり次第、君たちの依頼の達成を認めることを約束しよう。出来ることなら、調査にも参加して欲しいのだが……ルル君は明日から闘技大会の本戦が始まるから難しいのは理解している。出来れば、闘技大会が終わり次第、ここに戻ってきて貰えるとありがたいのだが……?」


 闘技大会について把握しているだけあり、その辺りに対する配慮もしてくれ、非常にありがたいものを覚える。

 ただ、調査にはモルガンが参加できるだろう。

 それで十分でない場合は、ルルたちが戻ってくることも検討すればいい。

 そう思って、モルガンを見ると彼女は頷いていった。


「侯爵。ルルたちは闘技大会のためにここを一端離れる必要がありますが、私は巡回神官ですので、基本的にこの身の置き場所は自由です。ですのでよろしければ、私が調査に参加させていただければ、と思うのですが……?」


 その言葉に、バラクセノ侯爵はぱっと笑顔になって、モルガンの手を取り、


「それは本当か!? であれば非常に助かるよ。ありがたい……これでルル君たちを憂いなく見送ることが出来るな。とはいえ……もしルル君たちにも協力してもらう必要が生じたときには、ここをまた訪ねてもらえるかね?」


 それについては、ルルたちにも否やはない。

 あの古代魔族を名乗る人物については、ルルも詳細を知りたいというのもあった。

 多くの機械類の謎もある。

 それを知るためには、いずれここにまた来る必要があるだろう。

 闘技大会が終われば暇ができると思われる以上、その際にはここに来ることを約束して、ルル、ラスティ、オルテスの三人は侯爵の館を後にする。


 モルガンは調査計画の段階から参加してもらいたいと侯爵に望まれ、館へ滞在することが求められたので、そこで別れることになった。

 別れる際、ルルはモルガンに、


「色々聞きたいことがあったんだが、これでまたお預けか」


 と言ったのだが、モルガンは、


「またすぐ会うことになると思うわ。どうやら貴方と私は妙な縁があるみたいだしね。それに……貴方の名前と所属は知ったから、時間があるときに会いに行くわよ。イリスちゃんとキキョウちゃん? にも会ってみたいしね」


 と言って笑った。

 雑談がてら、二人の話はモルガンにしていたから、興味を引かれたようだ。

 それから、ルルたち三人は夜行馬車に乗り、王都を目指して旅立った。

 明日はイリスとユーミスの戦いがある。

 どんなものになるのかを楽しみにしながら、馬車の中で眠ったのだった。

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