第89話 回収と侯爵宅
「ほとんど炎で焼けたり熱で溶けてしまっているみたいだね……」
オルテスが何かまだ動く機械類を探して部屋の中を漁った結果をそう口にした。
おそらくはベルンフリートの持ち込んだらしい機材類は、そのどれもが彼の放った炎熱魔術によって燃やされ、また融解している。
もし自分が倒されるだろう場合も考えてあの魔術を放ったというのであれば、ルルたちは完全に出し抜かれてしまったと言っていいだろう。
そしてその可能性はあの余裕じみた口調からしてかなり高いと言えた。
とはいえ、それでも取りこぼしというものは発生するものである。
全ての機材類がダメになったわけではなく、それぞれの機材の陰になっていたりする場所にあったものや、たまたま炎が行き届かなかった場所にいくつか動く品も発見することが出来た。
「これを持って行けば、とりあえず依頼は達成した、ってことになるか?」
ラスティが集めて部屋の中心に重ねた機械類を見ながら、そう呟く。
どれも小さな品々だ。
部屋の大半を占めていた大型の機械類はデリケートなものが多かったらしく、全て壊れてしまっている。
運び出すということを考えても、そう言ったものを選ぶわけにもいかないという事情もあった。
目の前に重ねられた品々は、ルルの知識を持ってしてすらその用途がわかりかねるものが複数あり、古代魔族の技術とは別体系の品であることが理解できる。
それが、現代独自のものであるのか、それとも古代魔族の技術と何らかの関係があるのかはわからない。
ただ、非常に高度な技術を使われていることは分かるし、こんなものが多量に鉱山内に設置されていたという事実を告げれば、非常に奇妙なことであり、魔物たちの発生原因である可能性が高い、という一応の証明にはなるだろう。
「ま、実際に魔物を生産していたベルンフリートが消えてしまったから、絶対確実な証明にはならないでしょうけど……冒険者組合に言えば追跡調査はしてくれるでしょう。しばらく時間はかかると思うけど、魔物がもう発生していない、ということがはっきりと分かれば報酬はでると思うわ」
少し考えて、モルガンがそう言った。
そうであると非常にありがたい。
何せ、今回のことで報酬が貰えないとなると、ルルたちは大赤字なのだから。
「……しかし時間がかかるのはいただけないな」
これから報告したら、すぐに王都に戻らなければならないのだ。
ツェフェハに調査の結果が出るまで滞在していると言うわけにはいかない。
そう心配してのルルの台詞だったが、オルテスが首を振って説明してくれた。
「いや、その点については心配しなくてもいいよ。調査結果が出るまでツェフェハに滞在していなければならないわけではないからね。調査の結果、ベルンフリートがその原因だったと認定されれば、王都にいても報酬は支払われるよ。どこの冒険者組合からでも報酬は受け取れることになっているからね。もちろん、色々僕たちに聞きたいことは組合側としてはあるかもしれないから、出来れば滞在していた方がいいのかもしれないけど……今回は仕方がない。もし何かあれば、王都でそう言ったことに対応して貰えるように冒険者組合に言っておけばいいさ」
そんな風に。
やはり、オルテスはベテランの冒険者らしく、こういうことにおいては大きく頼ることが出来るなと感心した一件であった。
それから、集めた機械類をルルの鞄に突っ込む。
間口を広めにとってあるから、大体の品は入れることが出来た。
それを見て、モルガンは少し驚いていたが、教会でも似たようなものはいくつかあるらしく、そのうち自分も欲しい、と言っていたくらいで済んだ。
それが古代魔族の品を発掘してのものなのか、独自の技術によって作り出したものなのかは分からないが、非常に貴重なものらしく、そう簡単に手に入ることはないので、しばらくは無理だろうとも言っていた。
それから、ルルたちは鉱山の中を少しばかり歩き回り、未だに生きている魔物たちを間引いた。
全てを倒すという訳にはいかなかったが、強力なものを重点的に潰したので、今後数回ここで魔物討伐の依頼を出せば問題なく鉱山を稼働させることが出来るだろう。
それから、ルルたちは鉱山を出て、ライモンドの居た小屋へと向かった。
モルガンは首を傾げていたが、途中、鉱夫たちの遺品を集めていたことを告げると、すぐに納得した。
別に着いてくる必要はないし、ここで別れても構わない、と行ったのだが、どうせツェフェハまでは一緒の馬車に乗るのだから意味がないだろうと言われてルルは納得してしまう。
日に数本来るか来ないかの馬車なのだ。
必然的に、同じ馬車に乗ることになるに決まっている。
ライモンドの小屋を叩くと、すぐに髭面の男が出てきて、ルルたちを見て笑った。
どうしたのか、と思って首を傾げると、彼は言った。
「もしかしたらあんたたちも帰って来ないかと思ってたからよ。こうやって元気そうな顔を見るとなんか嬉しくてな……それに、神官さんまで」
ライモンドはモルガンの顔を見て驚いた表情をしたので、モルガンは頭を下げて言った。
「私のことまでご心配していただけたようで……ありがとうございます」
「いや、いや。いいんだよ。女一人であんな魔物の巣窟に行くなんて驚いたが……帰ってきたならいいんだ。……それで、戻ってきたってことは……?」
少しの期待のこもった表情で、ライモンドはルルたちを見た。
その言葉に、四人は頷いて肯定を示した。
ライモンドはそれに喜び、さらにルルたちが集めてきた鉱夫の遺品を手渡すと、ひとつひとつ手にとって喜んでくれた。
「……こいつは、ノリスのだな……これはガダー……こっちは……」
そう言って、誰の者かしっかりと判別しているあたり、ライモンドはいい鉱夫頭だったのだろう。
聞けば、鉱山で死んだ者たちの家族には十分な弔慰金が支払われているらしく、それはライモンドがこの鉱山の持ち主であるバラクセノ侯爵に頼み込んだ結果らしい。
バラクセノ侯爵自身も、貴族の割にはライモンドのその願いに深い理解を示して、結構な額の弔慰金を出したというのだから悪くない人物なのだろう。
魔物発生の原因が見つかった場合には、冒険者組合かバラクセノ侯爵に報告するように言われていたが、これなら本人に報告に行ってもいいかもしれない。
そう思って、ライモンドにその人柄について尋ねてみると、
「あぁ……あの人は、なかなかの人物だよ。両親に早世されておられるから、結構苦労された方でな。しかも鉱山も持っているから、鉱夫たちをかなり若い……いや、幼い、と言ってもいい頃からとりまとめなければならなかったんだ。大変な苦労をされていたよ」
その言い方から、ライモンドがバラクセノ侯爵とかなり長い付き合いがあることが理解できた。
ルルがそう尋ねると、ライモンドは言う。
「そうだな。俺はだいぶ昔から……と言うか、あの人が侯爵に立たれたときから鉱夫としてやってきたからな。長いと言えば長い付き合いになるな。と言っても……十年くらいだが」
ライモンドはその容姿からすれば四十前後だ。
つまり三十歳くらいからか。
長いと言えば長いし、短いと言えば短い。
ライモンドは続ける。
「だからあの人がどんな人かは、知ってるぜ。おかしな貴族みたいに平民を下に見たりしないし、どんな人間の話であれ、それが必要と感じたらしっかりと聞いてくれる。そう言う人だ。だから、あんたら鉱山でのことを報告すると言って訪ねたら、歓迎されるし、ちゃんと扱ってくれるはずだ」
ここまで評価されているとなると、一体どういう人物なのか気になる。
冒険者組合に報告するか、バラクセノ侯爵に報告するか、どちらでもよかったのだが、ルルは侯爵の方に報告しようと思った。
だから、そのことを他の三人に言うと、
「別に構わないけど、あんまり歓待されすぎてもね。僕らは明日試合が始まるまでに王都に帰らなければならないんだし」
オルテスがそう言った。
するとモルガンが、
「あぁ、みんなは闘技大会があるんだったわね。別にいいんじゃない? もし詳しい説明が必要だから残れって言われたら、私が残るわよ?」
そう言った。
彼女は闘技大会に出ている訳でもないし、別に構わないと言うことらしい。
実際、それはありがたい申し出で、ではもしものときはよろしく頼むということになったのだった。
それから、ライモンドに別れを告げ、鉱山前にやってきた馬車に乗り込んで、ツェフェハに戻った。
それなりの時間、鉱山の中にいたので、日も暮れかけている。
報告をそうそうに終えて王都行きの夜行馬車に乗らなければならないことを考えるとあまり長い時間はとれない。
急いでバラクセノ侯爵の屋敷を探し、たどり着くと、大きな門の前に立つ二人の門番にアソオス鉱山の魔物発生依頼を解決したことを告げた。
証拠として、冒険者組合から出された依頼票を手渡すと、一人の門番が確認のために屋敷の中に走っていった。
しばらくして、門番が戻ってくる。
そして彼は言った。
「確かに確認しました。バラクセノ侯爵がお会いになるそうです。中へどうぞ。それと、武器の方は入り口の方で預けていただくことになりますので、どうかご容赦ください」
武器を持ったまま中に押し入られると侯爵の身が危険であることを考えれば、当然の配慮だろう。
とは言え、武器などなくてもどうにでも戦うことの出来る冒険者にとっては無意味な対策だが、屋敷の中にはそう言った存在にも対抗できるような人材が配置されていることだろう。
ルルやモルガンのような規格外にとってはそれすら無意味だが、そこまで求めるのは酷であろう。
入り口で、四人ともが大人しく武器を預ける。
ただ、モルガンの腰に下げられた大剣については少し問題があった。
モルガンが腰から外して、入り口の門番に手渡そうとすると、モルガンの手が剣から離され、大剣が門番に託された瞬間、門番は地面に思い切り縫いつけられた。
「お、重っ……」
そのまま放置していると非常に危険であることはモルガンには自明であったのだろう。
すぐに門番の手から大剣を回収して、
「大丈夫ですか?」
と微笑みかけた。
その微笑みは美しく、門番は一瞬見とれかけていたが、たった今自分の身に起こったことを思い出したらしく、はっとして尋ねた。
「そ、その……モルガン殿の剣についてなのですが……?」
名前は依頼票を渡したときに全員すでに名乗ってある。
モルガンはその質問に頷いて答えた。
「あぁ……申し訳なく存じます。実はその剣、私用の特別なものでございまして、普通の方にはとてもではないですが持てない重量となっております」
持った本人としては、モルガンのその言葉に嘘がないことは自明だろう。
ちなみに、と言って門番はさらに尋ねた。
「一体その大剣、何キロほどあるのでしょうか……?」
その質問に、モルガンは少し考えてから言う。
「そうですね……はっきりと計ったことはないのですが、百キロは超えていると思います。成人男性三人分まではいかない、くらいの重さですので」
どうやって成人男性三人分の重さを量ったのか、と聞きたいところだが、聞いても楽しい答えは返ってこなさそうな気がしたのか、門番は唖然とした顔をして、それからすぐにその顔を引っ込めてから、
「そ、そうですか……しかし、そうなると、私には預かれませんので、出来ればそちらに置いておいていただけると」
職業意識に従ってそう言った。
門番の示した場所には、ルルたちの渡した武器が立てかけられている。
モルガンの大剣も門番がそこに立てかけるつもりだったのだろうが、あまりに重すぎて自らそれをやるのは断念したというわけだ。
モルガンはその言葉に穏やかに微笑んで頷き、大剣を立てかけるのではなく、ルルたちの剣の近くの地面に横に置いたのだった。
立てかければ、壁に傷が付いてしまうかもしれない、ということに対する配慮なのだろう。
とはいえ、そんな配慮に感心するほどの感情は門番には残っておらず、ただただその重さの剣を軽々と操るモルガンに対する驚愕の表情を張り付けたまま、
「あ、ありがとうございます……では、中へどうぞ」
そう言ったのだった。