第87話 奇妙な扉
ラスティとオルテスは、モルガンと思った以上に早く打ち解けた。
特にオルテスは彼女を非常に警戒していたような雰囲気だったので、もしかしたら仲良くなど出来ない、と言うかもしれないとすら考えていたが、全くそう言うことはなかった。
どうも、モルガンの猫かぶり神官ぶりに大きな違和感を感じていたらしい。
実際の性格が明らかになって、納得してしまったようだった。
さらに、
「それに、ルルが騙されやすそうに思えたからね……前に出会って、こんなところで再会、なんて美人局かなにかみたいじゃないかと思って。全くそんなことはなかったわけだけど」
と言っていたことから、オルテスがモルガンを警戒していた理由の大半はルルとの面識があることに起因するらしかった。
確かにオルテスの値切り一つかわせないルルでは、騙されやすそうに思えるのも理解できる気はする。
しかし、ルルとしては自分だってかつては魔王をやっていたのだから、そう簡単には騙されない、という自負があった。
それが実際正しいかは、ルルがかつて魔王をやっていたとき、戦いと兵士の鼓舞以外の庶務については側近たちに丸投げに近かったことから察せることだろう。
ルルとしては、自分はしっかり魔王をやっていたと思っているのだが、そう言ったことを指摘されればぐうの音も出ない。
この場にそれを指摘できるような人物はいないが。
ルルたちは今、モルガンと出会った開けた空間を出て、しばらく歩いていた。
あの場所からは、いくつもの坑道が延びていて、どの坑道を捜索すべきか判断しにくかったが、四人いたこともあって、だったら多数決で決めようかということになり、そのうちの一つに決定したのである。
実際、どの坑道を進めばいいのかなどわからないのだから、気分で決める他なかった。
多数決の結果、ルルとモルガンの選んだ坑道が同じもので、他ラスティとオルテスはばらけたので、ルルたちの選択した坑道に決まったのだが、その選択は正しかったらしい。
「……強い魔力を感じるわ」
最前を歩くモルガンが、そう言って、一度足を止めた。
本来であれば、女性であるモルガンではなく、ルルたちが前を進むべきなのかもしれないが、彼女自身が最前を希望したこと、それに、今回の探索においては、ラスティが前衛、ルルとオルテスは中衛後衛と役割分担もしっかりされていたこともあり、モルガンが一番前、その少し後ろをラスティ、そしてオルテス、ルルと続くという並びに決定したのである。
この並びで二度ほど魔物に遭遇したのだが、二度とも問題なく無傷で葬ることも出来たので、悪くない役割分担になっているのだろう。
また、ラスティの経験をあげることも考えてか、あまり強力でない魔物ーーとは言っても、中級相当のものだがーーは、ラスティに譲り、モルガンは特に強力な魔物だけを相手にするようにして、あとは補助に専念してくれた。
冒険者ではないが、先輩剣士としても非常に頼りになる存在であると言って良さそうである。
そんな彼女が、足を止めた。
しかも、さきほど魔物に出会したときには見せなかった、多少の警戒の混じった真剣な表情で、である。
オルテスとラスティはしっかりその言葉に従い、ルルも魔力を感知できるか集中してみれば、確かに強い魔力が前方の空間に存在することが察知できた。
「……移動してるな」
ルルがそう呟くと、モルガンもそれに頷いて同意した。
「そうね。魔剣や魔法具の類ではなさそう……準備はいいかしら?」
それからモルガンは振り返ってルルたちに尋ねる。
それはつまり、ルルとモルガンが確認した魔力持つ物体が、敵である可能性が高いことを前提としての確認だ。
もしかしたら、先に入った冒険者である可能性もないではないが、しばらく戻ってきていない彼らがその間この坑道の中で無事に生き残っていると考えるのは希望的観測に過ぎる。
おそらくは、敵。
しかも魔物であると考えるべきだった。
全員がそのことを理解し、頷いたのを確認すると、モルガンは手振りで先に進むことを示す。
ルルたちはそれに続いてそっと奥の方へと進んでいったのだった。
◇◆◇◆◇
大きな魔力の発生源の元の近くにたどり着くと、そこには鉱山という場所においてはきわめて不自然な大扉が鎮座していた。
材質はよくわからないが、金属であることは理解できる。
まだ作られて間もないようで、傷も少なく錆もない。
「……なんでこんなものが」
ラスティが首を傾げて呟く。
オルテスもその言葉に頷いて、
「全くだね。理由はぜんぜんわからないけど……いかにも、ここに何かありますと言わんばかりじゃないか。魔物の発生原因も向こうにあるんじゃないかな」
この扉を見て、その答えにたどり着かないものはおそらくいないだろう。
おそらく、この扉をここに作り出した何者かが、この先にはいるのだろう。
そしてそれがルルとモルガンの感じた魔力の持ち主なのだろう。
だからこそ、四人は扉の前で再度お互いの準備を確認し、それから、
「いくぞ!」
そう言って扉に手をかけたのだった。
――ぎぎぎ。
と、音を立てて開いていく扉の向こうから、あまり好ましくない臭いが風に乗って来るのを四人は感じた。
これは一体何の臭いなのか、と確認する前に、その答えは四人の目に飛び込んでくる。
「魔物……かしら?」
扉の中に広がっている部屋には、金属質のいくつかの台が置かれていて、その上にトロルや鬼人と思しき魔物が横たえられていたのだ。
しかも、それらは解剖されていたり、不自然に傷ついていたりして、見るに耐えない様子である。
臭いの発生原因は、十中八九それらの魔物の死体なのだろう。
さらに、その一番奥には、円筒形の水槽を観察しながらを何か文字を書いている人間らしい存在が居た。
魔術師然としたローブを身に纏った、ぼさぼさの黒髪に、知的な青い瞳をした男性である。
彼は、部屋に入ってきたルルたちに気づくと、ふと四人を見つめて首を傾げた。
「……おや。お客さまかな?」
至って普通の存在に見える。
大きな魔力を持っているが、ただそれだけで、他に不自然なところは、彼自身の容姿からは見つけられない。
ただ、状況はきわめて不自然であり、なぜこんなところにいて、何をしているのかを聞かなければいけないことは明らかだ。
この鉱山の持ち主は、ツェフェハ領主のパラクセノ侯爵であるところ、その許可を得ていない人物であるのは状況からして明白だからだ。
だから、ルルは尋ねた。
「あんたは、誰だ? 一体ここで何をしている? 誰の許可を得て、ここでこんなことを……」
台に横たわる幾体もの魔物の遺骸を見つめながら、ルルはそう言った。
少し厳しい口調なのは、どう考えても真っ当なことをやってはいなさそうだというこの状況が故のことである。
そんなルルの言葉に、その男性は穏やかな表情を崩さないまま、当たり前のことを述べるように言った。
「そんなにいくつも聞かれても一度に答えられないが……一つ一つ答えていこうじゃないか。まず一つ目。私は誰かについてだ。私の名はベルンフリート=ケプラー。しがない研究者……のようなもの、かな」
「研究者……?」
オルテスが理解できない、と言った雰囲気で首を傾げた。
けれど、見た目の話だけをするならばローブを纏って何事か考察しているような知的な雰囲気を感じさせるその男は、研究者と言われれば納得がいく。
だが、たとえ百歩譲ってそれが事実なのだ解いても、どうしてこんなところで研究などしているのだ。
その答えによっては、彼の扱いを考えなければならない。
そう四人は思った。
「そう、研究者。何を研究しているかだが……ここで二つ目の質問に対する答えだ。私はここで、生物の生態とその可能性について研究している。見ればわかって貰えると思うがね」
そう言って、ベルンフリートは横たわる魔物たちを眺めた。
彼らの生態についてここで研究していた。
だから、解剖されているのだ、ということだろう。
魔物の扱いについては特に取り決めはなく、捕獲してどのように扱おうがその人間の自由である。
このように解剖したとしても、それ自体について糾弾されることはないため、この答えだけで彼をどうこうするわけにはいかない。
そして、ベルンフリートは最後の質問に答えた。
「そして誰の許可を得て、かというと、あえて言うなら、自らの探求心の求めるままに、ということだろうか。つまり、無許可だね」
「この鉱山はバラクセノ侯爵の持ち物だ。勝手に入ることも、使用することも認められていない。研究するのは勝手だが、ここでするのは認められない」
そんなルルの言葉に、ベルンフリートは首を傾げ、言った。
「……ふむ。では君たちは?」
「俺たちは冒険者として、依頼を受けてここにいる。魔物の大量発生が最近ここで起こったため、その原因の調査を依頼されてな。ベルンフリート。あんたは違うだろう? 魔物も大量にいることだ。危険だし、早く外に出た方がいい」
その台詞は、ベルンフリートの身を気遣ってのところもあった。
台に横たわらせているくらいなのだから、トロルや鬼人を捕獲できる程度の腕前はあるのだろうが、それでもさきほどモルガンが戦っていたような上位魔物をどうこうできるほどではないだろう。
そうであれば、彼は早く出て行くべきだ。
でなければ、殺されてしまうから。
そう思ってのことだった。
けれど、ベルンフリートはルルの言葉に笑って言う。
「ははは。それは出来ないよ。私はここで研究しなければならないのだからね」
「そうは言っても、ここは危険だぞ? さっき、上級クラスの冒険者でも危険な魔物の出現も確認した。トロルや鬼人を倒せるからと言って、自分の腕を過信すると痛い目に合う」
「ほう……ちなみに聞くが、それはどんな魔物かね?」
首を傾げてベルンフリートがそう尋ねるので、実際に倒したモルガンが答えた。
「……トロルメイジや、鬼人騎士よ。中々手強かっ……」
「あははははっ! なるほど!」
そう言い掛けたところで、ベルンフリートが嬉しそうに哄笑を上げた。
それから、
「……彼らを倒したのは君たちだったわけか。通りで、哨戒に出したきり、戻ってこないはずだ」
そう言ってルルたちをにらんだ。
その様子から明らかにルルたちに対する敵意、それから先ほどの、この場所に出現するはずのない高位の魔物たちの発生に携わっているだろうことを理解し、四人は構えて、ベルンフリートに相対した。
「……つまり、あの魔物はあんたが?」
ラスティがそう尋ねると、ベルンフリートは頷いて答えた。
「あぁ、そうさ……私の研究は、生き物の生態と可能性の模索。低位の魔物を、いかなる方策によればより上位の存在へと引き上げられるかをここで研究しているんだよ……君たちが倒した魔物たちは、のこのことここにやってきた冒険者たちの肉体と魔力を使って作り出した傑作だったんだ……。君たちは知らないだろうが、あの魔物たち、元は水妖だったのだよ。それを手間暇かけてあそこまでにしたのだが……」
低位の魔物をどういうやり方でもってかはわからないが、上位のそれへと進化させるやり方を彼は知っている、ということなのだろう。
自然な状態でいるときも、魔物はその存在の階位を上げることは確かにあるのだが、それは滅多にないことで、人工的に起こすことは現代において不可能なはずだ。
それを可能にしているらしい、目の前の男は一体何者なのか。
それが気になって、ルルはベルンフリートに尋ねる。
「……おまえは、一体何なんだ?」
その質問が、先ほどされたものと同じものであることに気づいたベルンフリートは笑う。
だが、さきほどの質問とはその聞いている内容が異なることも理解したのだろう。
笑みを深めて邪悪なものに変えたベルンフリートはそのままの表情でルルに答えた。
「私が何か。それはさっきも言ったとおりさ。ベルンフリート=ケプラー。職業は研究者……だけど、さっき付け加え忘れたことが一つ、あったね。それを今思い出したよ」
魔力の集約を感じる。
ルルほどではないが、十分に強力で大きな魔力だ。
おそらく、答えた瞬間に襲って来る気なのだろう。
オルテスやラスティでは、この魔力量だと相手をするのは厳しいかもしれない。
そのことを思って、ルルは二人に被害が及ばないように、強めの結界を張り巡らせていく。
ベルンフリートに気づかれないように、ゆっくりと。
そして、ベルンフリートは言った。
「私は、ベルンフリート。研究者……そして、古代魔族だッ!」
ルルは、その台詞に驚く。
しかしベルンフリートはそんなルルにさらに質問を重ねる時間など与えてはくれなかった。
ベルンフリートは叫ぶと同時に、強力な魔術を打ち込んできたのだ。
無詠唱のそれには、ラスティもオルテスも反応できていない。
火炎が部屋全体を包み、赤く燃やしていった。
炎の向こう側に、ベルンフリートの哄笑が響いていた。