第85話 贈り物と発見
ラスティの前衛としての戦い振りには危なげなところはなく、堅実に敵の注意を引きつけ、徐々に体力を奪っていって、止めは自分で刺すか、それが出来ない場合はオルテスに任せる、と言った戦法でもって敵の数を減らしていった。
村での印象を考えると、もっと猪突猛進に突っ込んでいって後になってから自分の失敗に気づき慌てる、みたいなのを想像していたのだが、全くそんなことはなくてルルは何となく残念な気持ちになる。
ラスティも村を出て、中級冒険者になるまでにそれなりに成長したのだと言うことだろう。
今更ルルがどうこう言うべきところなど無いのかもしれない。
そう思ったのだが、事態は意外な方向に進む。
特にすることもなさそうだとルルが灯りを維持しながら何となくいくつかの魔術を飛ばして敵であるトロルと鬼人を牽制していると、背後からラスティが迫って鬼人の首筋に剣の一撃をたたき込んだ。
その一撃自体に問題はなく、しっかりと決まったように思えたのだが、
「……うえっ!? やば!」
ラスティがそう叫んで魔物たちから距離を取った。
見ると、その持っている片手剣が根本から折れて、先端部分は吹っ飛んでいってしまったようだ。
少し先に、折れた刀身が転がっている。
そのまま魔物に襲いかかったりすればラスティの命はなかっただろうが、しかし、ルルたちはこういう事態も想定してしっかりと陣形をとっている。
スイッチしてオルテスが代わりに前衛を勤め始めたので、誰にも傷は負わずに済んだのである。
それから、ラスティがルルの方にまで下がってきたので、ルルは自分の腰に下げられた片手剣を手渡そうか、と一瞬考えたのだが、自分の剣があまり品質のよいものではないことを思い出してそれはやめる。
それに、ラスティに渡すのにちょうどいいものを持っているということも思い出した。
肩にかけた鞄を開けて、魔族の魔導技術により拡張された内部から、一本の片手剣を取り出すと、ルルはそれをラスティに手渡す。
「……おぉ、悪い!」
ラスティはそう言って、そのまま剣を鞘から抜き、再度、オルテスとスイッチして魔物に突っ込んでいく。
本来であれば新品の剣を使って魔物と戦わなければならないときは、持った感じとか振り心地などをもっと試してからにすべきであろうが、ラスティはルルから手渡された剣に対して強い信頼をしていたし、またそれ以上に持った感じが今まで使っていた片手剣と非常によく似ていた、ということもあって違和感なく戦いに挑めたようである。
先ほどまでの戦い振りと遜色のない奮戦振りを見せ、それを見てどうやら問題なさそうだと判断したオルテスがラスティの補助から少しずつ手を引いて、完全に最初の陣形に戻ったのだった。
武器さえあれば、もともと問題など無かったのだ。
ラスティは次々と魔物に止めを刺していき、そして十分も立たないうちに、五体ほどいた魔物全てが息絶えていたのだった。
◇◆◇◆◇
「まさか剣が折れるとは思わなかったよ。ついこの間、買ったばっかりだったんじゃないのか?」
そうルルが尋ねるとラスティは眉をしかめて言った。
「俺も予想外だった……うーん、思った以上に闘技大会で酷使したからな。まぁ、元々不良品だったのかもしれないけど」
ため息をついて、折れた剣の柄を眺めるラスティ。
それから、ラスティはルルに言う。
「なぁ、ルル」
「なんだ?」
「この剣なんだが……」
そう言って、ラスティが示したのはルルが先ほどラスティに急場凌ぎにと渡した片手剣である。
ラスティは続けた。
「とりあえず、今回の依頼が終わるまで貸しておいてくれないか?」
「いや、やるよ。元々ラスティのために作ったようなものだからな」
昨日、街の露店で購入し、ルルが改造に改造を重ねた魔法具ならぬ魔導剣となりかけている剣である。
ラスティが欲しい、と言っていたこともあり、彼にそれを譲り渡すことに否やはなかった。
ラスティはそんなルルの言葉に驚き、確認するように言う。
「本当か? これ相当いい剣だろ? いくらだ?」
ただでもらえる、とは思っていないらしいところに律儀さを感じるも、別にさして高い値段だったわけではない。
所詮、もとは露店で手に入れたがらくたに近い品だ。
たまたまルルの好みに合ったために、露店のぼったくりじゃないかと思えるような値段にも特に文句は付けずに購入したが、それでも通常の鍛冶屋で売っているようなまともな剣に比べればかなり安値だ。
あげて惜しいものでもない。
だからルルは言う。
「いいよ。ただで。ラスティだけ、村を出るとき武器もやらなかったしな。そういうわけで、今更だが餞別代わりに受け取っておくといい」
「おいおい、ほんとかよ……」
そうルルに言われたラスティは、うれしそうに剣を持って眺め始めた。
どうやら相当に気に入ってくれたらしく、作った方としても職人冥利に尽きると言うものだ。
そんな二人のやりとりを見ていたオルテスは、二人よりもやや年上として、微笑ましそうにしていた。
それから、ラスティに、
「その剣、僕にも少し見せてくれるかい?」
と言ったので、ラスティはオルテスに剣を渡した。
渡されたオルテスはそれを何度か振ったり、眺めたりして、最後に頷き、
「……いい剣だ。これなら中級の依頼にも十分耐えるだろうね。上級までいっても問題なく使えそうだ」
と言ってお墨付きをくれた。
ベテランがそう言うのだから、それは正しい見立てなのだろう。
しかし元を考えると、それほどすばらしいものになったとはルルには思えなかった。
「それ、昨日の露店の剣だぞ? 元が元だから……そこまでの価値があるかどうか」
その台詞を聞いて、ラスティとオルテスの二人は驚いて目を見開く。
それからまず、オルテスが言った。
「昨日の露店って……あのがらくた?」
「あぁ。あのがらくただ」
「そんな……重さも振り心地も変わってるじゃないか」
「そりゃあ、刻印を刻んだり、形状を変えたりとか色々やったからな。バランスも調整したし……。材質だけはどうにもならなかったけどな」
それは、ルルからすればそれほど難しい技術ではないのだが、オルテスから見ると常軌を逸した何かに思えたらしい。
驚きの表情のまま、
「打った後の剣の形状なんてどうやって変えるんだ……」
などと言いながら、剣をじっと眺めていた。
ラスティは、
「昨日の露店の、ってことはこれ、昨日一日でルルが作ってくれたのか?」
「そうだな。そういうことになる。中に刻んであった刻印がおもしろくてな」
そう、なんと言えばいいのか、ルルにとってそれはインスピレーションを刺激されるものだったのだ。
つい最近、それに近い魔術を見たというのもある。
ルルの語るおもしろい刻印、というのが何かラスティは気になったらしく、尋ねた。
「その刻んであった刻印ってのは?」
「魔力を込めると光る、って刻印だな」
それは至って普通、というか、魔法灯はそのような原理で動いているはずで、あまり驚きはない。
しかし、確かに剣に組み込む、となればそれは聞いたことがないように思えるが、どの辺がおもしろいのだろうか、とラスティは思った。
首を傾げるラスティに、ルルは言う。
「光らせる、じゃなくて、魔力を炎に変えて纏わせる、っていう凄く面倒で無意味に思えることをしているんだよ。それがおもしろかったんだ」
「直接光に変えているわけじゃないのか……なるほど、がらくただったわけだ」
ルルが語ったことに納得するラスティ。
魔法灯であれば、出来るだけ消費魔力を低下させるために、魔力を直接、光に変える、と言う方法が採用されている。
それは、魔力を炎に変えて、その炎の光で辺りを照らす、などという迂遠の方法を取れば魔力のロスが大きくなるからだ。
けれど、この剣はそれを採用していたというのだ。
無意味にもほどがある。
しかし、ルルにとっては違ったようだ。
「まぁ、それだけならそうなんだが、ついこないだ、ウヴェズドと俺が戦ったときに魔術剣の技術を使ったからな。その発動方法と組み合わせて考えると中々におもしろいものが出来るんじゃないかと思って、少し挑戦してみた」
「……それはどういう?」
魔術剣は、ラスティも見た。
あの燃える杖と氷の剣の戦いは美しく、また迫力のあるもので、魅了されたからだ。
魔法剣とは格の違う威力を持つ技術だ、と言う話は後にルルから聞いたことだが、そんなものを扱える幼なじみと、それと遜色なく争っていた特級魔術師には戦慄すら覚えたものだ。
それが、いったい自分に譲られた剣と何の関係があるというのか、とラスティは思った。
ルルはそんな幼なじみの疑問に答える。
「つまり、疑似的な魔術剣を再現できるようにしようと思ってな。ミィが持っている短剣みたいな魔法具は……」
それからルルの長い説明が続いたが、ラスティにはややこしくて余り理解できなかった。
しかし、大まかにまとめれば、こういうことのようだった。
魔法剣は一つの属性しか付与できないが、ラスティの剣は魔力の込め方によって複数の属性を付与できる。
威力が十倍くらい違う。
そういう感じである。
それを聞いてラスティは、
「……なんかとんでもないもの渡されたんじゃ……」
と一瞬青くなっていたが、ルルが、
「いやいや、威力は調整できるから慣れれば問題はないぞ。あとすごい壊れにくいから、長く使えるぞ」
と、慰めになっているのかどうか微妙なことを言っていた。
オルテスはルルの呪文じみた説明をしっかり理解したらしく、けれど理解したからと言って自分に技術的に可能なものとも思えないと言い、お金は材料費、技術料ともに払うから自分にも同じものを作ってくれないかと交渉していた。
最後には不自然なほど値切られていて、それに気づいたルルが少し笑っていたが、どうしてと聞くと「妹とそっくりだ」と言っていたので怒っているわけではないのだろう。
それから、しばらく坑道の中を三人でうろついた。
何人かの鉱夫の遺骸も見つけたので、以前と同じように遺品を収集していく。
また、冒険者パーティのものと思しき遺体もいくつか見つけた。
やはり、坑道の外でライモンドが言っていたように、未だに帰ってきていない冒険者はみな、死んでいるのだろう。
そう考えると、傷だらけだったとは言え、ここから生きて帰ることが出来たらしい二組の冒険者パーティは幸運だったのだろう。
ルルたちが、一体そのどちらになるかは未だわからないことだが、少なくとも今はまだ傷を負っていない。
死んでいる者の大半が、さきほど出くわしたようなトロルや鬼人により殺されたと思われる巨大な傷を刻まれていることからすれば、そう言った魔物を問題なく倒せている以上は大丈夫だろうが……。
三人ともそう考えつつも、油断は禁物と慎重に坑道を進んでいった。
そして、複雑に入り組んだ坑道を二時間ほど進んだそのとき、急に開けた場所に出る。
ドーム上の大きな空間だ。
そこにはいくつもの穴が掘られていて、ここを基点に坑道を広げていったのだと言うことがよくわかる。
しかし、それ以上に気になることが、そこにはあった。
「おい、ルル! 誰か戦ってるぞ!」
ラスティがそう叫んだ通り、そのドーム上の空間の中心で、一人の人間が、先ほどまで何度か見たトロルや鬼人より一回り以上大きな個体数匹と剣を合わせているのが見えた。
しかも、トロルも鬼人も分不相応なほど強力な武具を身につけていて、器用に操って戦っている。
明らかに特殊な個体、上位個体と思しき魔物たちだった。
トロルの上位個体は代表的なものとしては、トロルロードや、トロルメイジなどがおり、また鬼人の上位個体としては鬼人王や鬼人騎士などがいる。
どれも通常の個体よりも遙かにうまく武具を操ることが出来る危険な個体で、中級冒険者であれば十数人単位で挑まなければ倒すことは出来ないと言われる。
そんな化け物を相手に、一人の人間が戦っているのだ。
しかも、その人間というのが……
「……あれは、女? しかも神官服……そうか、あれが」
ルルがそうつぶやきながら、その女性のもとに走り寄る。
もし彼女がルルの探している人物なのであれば、この場で命を散らせるわけにはいかないからだ。
そして、そんなルルに、ラスティとオルテスも続いたのだった。