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第84話 アソオス鉱山にて

「さて、朝食も食べたことだし、そろそろ出かけるか?」


 全員が目の前のテーブルに並んだ皿を空にしたことを確認して、ルルはそう呟いた。

 昨日、しっかり睡眠もとって体調も万全である。

 ルルは少しばかり夜更かししたが、もともと通常の人族ヒューマンよりかは睡眠欲が薄く、また実際それほど眠らなくても満足できる体質である。

 したがって、夜更かししたあとも、眠くて動く気にならない、ということはないようだ。


「そうだね。そうしようか。アソオス鉱山までもやっぱり馬車が出てるからそれに乗ろう。三十分くらいで着くってさ」


 オルテスがルルの言葉を受けてそう言った。

 話の内容にルルは少し驚く。

 そして、


「調べてたのか? 用意周到だな。さすが中級冒険者……」


 冗談めかしてそんなことを言ったのだが、結果としてオルテスとラスティにジト目で見られることになった。

 なぜなのか、と思って困惑していると、ラスティがため息を吐いて言った。


「用意周到って言うか、ただ昨日ツェフェハ冒険者組合ギルドに行って必要なことを聞いてきただけだからな。誘ったのに、ルルは剣をいじって反応しないから……」


「えっ。そうだったのか? それは……何というか、申し訳ない。ぜんぜん気づかなかった……」


 なるほど二人の視線がちくちく痛いと思ったらそういうことだったのかと納得し、そして二人に仕事を任せきりになったことに申し訳なさを覚える。

 三人で受けた依頼なのだ。

 当然ルルもしっかりついて行くべきだったはずなのだが……。

 しかし、落ち込みかけたルルに、二人はふっと視線を柔らかくして笑う。


「まぁ、別にいいさ。僕ら、これでも冒険者としては君の先輩だからね。そういう細かい準備は僕らの方が得意だってことで」


 オルテスがそう言い、そしてラスティも続ける。


「そういうことだな。ただ、俺たち以外の奴らと依頼を受けることがあったらそういうこともしっかりやれよ。じゃないと嘗められるからな……。まぁ、ルルは嘗められようがぜんぜん問題なさそうっていうのはあるが。戦って勝てる奴とかそうそういないだろうし……。今日の坑道探索も戦闘はルルに頼ることにさせてもらおうか」


 本当にルルに戦闘を全部任せよう、というわけではないだろうが、昨日なにもしなかった分、上乗せして働けと言うことだろう。

 昨日の自分の行動を鑑みれば全く反論できる点はなく、ルルはがっくりとしながら頷いたのだった。


 ◇◆◇◆◇


 アソオス鉱山までの馬車は普段であれば鉱夫たちの為に沢山出ているらしいのだが、ここ最近はそうでもなく、調査に向かう冒険者のために稼働しているようなものらしい。

 当然、乗車賃は少し高めで、ツェフェハに来たときに支払った馬車代の値切り分と併せてとんとんというところだろう。

 オルテスの値切りスキルには感謝しきりである。

 ちなみに冒険者について御者に聞いたところによれば、ルルたちより以前にすでに十組ほどの冒険者パーティが鉱山に行ったらしいのだが、今のところ帰ってきたパーティは二組ほどだという。

 残りは死んだか、未だに坑道の中で頑張っているかだろう、とのことだ。

 帰ってきたパーティにしても、調査がかなり難航することが予想されるので諦めることにした、と話していたらしく、実際未だに依頼達成の報告がどこにもなされていない以上、本当に諦めて帰ったのだろう。

 あんたらも坑道を調査するなら気を付けなよ、と適当に気遣われて、帰りもうちの馬車をよろしくと言われて鉱山の前に置いて行かれる。

 夕方頃までに片づけて夜行で稼働している馬車にのって王都まで帰還する必要がある。

 護衛もついた馬車なので、当然、料金も高めになるのだが、依頼さえ片づいたならそれでも儲けは十分出る額である。

 失敗すると単に大赤字の観光に来ただけになってしまうので、失敗してもいい、という前提はあるにしても三人はそれなりに気合いが入っているのだった。


 ◇◆◇◆◇


「お、また来たか。あんたらも冒険者か?」


 鉱山の坑道に近づくと、その周辺にいくつかのほったて小屋のようなものがあり、その中の一つからちょうど出てきた一人の鉱夫と思しき髭面の男性がルルたちにそう尋ねてきた。

 オルテスが頷いて、


「ええ。そうですけど……やっぱり冒険者は沢山来てるんですか?」


 その質問に鉱夫は頷いて笑った。


「あぁ、来てる来てる。……とは言っても、たぶんだいたい死んだんじゃないか? 二組だけは帰ってきたが、傷だらけでもう探索どころじゃない様子だったしな」


 やはり、御者の話通りの様子のようで、ルルたちは顔を見合わせてため息を吐きそうになった。

 かなり大変な依頼だ、というのはだいたいわかっていたことだが、考えていた以上に難しいのかもしれないと言うことがその話だけでも理解できたからだ。

 それから、オルテスはさらに尋ねる。


「中には冒険者しかいないのですか? 他にあなたのご同僚などは……?」


 他に鉱夫などがいれば、ついでに助けようと言う意図なのだろう。

 しかし鉱夫は首を振り、


「俺も魔物が湧いてきたときは中にいたがな。逃げ出せなかった奴は残らず魔物の餌になってるよ。だから、あんたらはその辺り、気にする必要はないぜ……ま、できれば何か遺品なんかあれば持ってきてもらえると助かるんだが、無理はしないでいい。報酬は……」


 鉱夫はそう言って、それなりの額を提示してきた。

 しかしオルテスはルルとラスティの目を見て頷くと、鉱夫に首を振って答えた。


「いえ。これはあくまでついでなので、報酬は必要ありません。持ってきたら……あなたに渡せば?」


 その答えに鉱夫は驚いて目を見開き、言った。


「また随分とお人好しの冒険者がいたもんだな。こういうときは黙ってもらっておいた方がいいだろうが……まぁいい。そうだな。俺に渡してくれればいい。そこの小屋にいるからよ。ちなみに一応自己紹介しておくと、俺はここの鉱夫の頭をやってる者で、ライモンドと言う。よろしくな、あんちゃんたち」


 意外なことにそこそこ立場のある人間だったらしく、そんな風に挨拶してくれた。

 ルルたちも同様に名乗り、それから細かい坑道の様子などを聞いて、中に向かうことにする。

 そして、ルルたちが歩き始めかけたそのとき、鉱夫はそういえば、と言って情報をひとつ、付け加えた。


「生きてる鉱夫はまぁ、中にはもういねぇと思うが、冒険者以外に中に入っていった奴は一人いたな」


 魔物が発生している危険な坑道に、一人で入っていく人間が冒険者以外にいるものなのか、と三人は思ったが、その続きを黙って聞く。

 すると鉱夫は言った。


「ありゃあ、神官だったぜ。しかも女のだ。腰にデカい剣をぶら下げて、変わったのがいるもんだと思ったが……」


 腰に剣をぶら下げた女神官。

 その言葉に、ルルは少し前に城塞都市フィナルの教会で出会った一人の女性神官を思い出した。

 しかし、彼女はあのとき、これから王都から離れていく道順を辿ると話していた。

 こんなところで出くわすはずもあるまい、とルルはその話を忘れることにした。

 それに、もし本当に坑道の中にいるとすれば、会ってたしかめればいいだけの話だ。

 あのとき、彼女からは歴史の話を色々聞いた。

 それは非常に興味深いもので、今のところあの話が一番、古代魔族と勇者の戦いについて正確なところが語られていたという印象がある。

 あのときは王都の図書館に行けば似たような話はいくつも書物に残っているだろうと考えていたが、実際はそんなものはなかった。

 あの女性神官と話しているときには思いつかなかった質問などもあり、もう一度会えるなら会いたいものだ、と思っていたのだ。

 そう、彼女から聞いてみたい話はいくつもあり、その中に昔のことについて、何かしらのヒントがあるかもしれない。


 とはいえ、本来の目的を忘れてはならない。

 ルルたちは、アソオス鉱山の魔物大量発生の原因を探しにきたのだから。

 そう思って頭を切り替える。

 色々話してくれた鉱夫ライモンドに礼を言い、きっと遺品を集めてくることを告げて、坑道に向かったのだった。


 ◇◆◇◆◇


 坑道の中は暗く、足下もおぼつかなく歩きにくい。

 一応、掘られた壁に申し訳程度に魔石に込められた魔力を燃料として発動する灯りが等間隔で並んでいるのだが、経費削減の為なのか、数は少なく、また光量も絞られていてやはり足下を見にくいことには代わりはない。

 仕方なくルルが魔術により灯りを確保しているのだが、せいぜいが前方5メートルほど先までしか照らしてはくれず、敵が現れた場合に反応できるかどうか微妙な距離である。

 これはルルの魔力量とか魔術の技術とかの問題と言うより、灯りの魔術というものの性質上どうしようもないことで、だからルルをもってしてもこれは改善出来ない。

 もしやっても構わない、というのであれば、永遠に坑道内部を照らし続ける光苔を大量の魔力でもって召還してやることも出来るのだが、そんなことをしたら後で何を言われるかわからないし、またそれを避けるために取り外すのも面倒だ。

 しかたなく微妙な距離をカバーする光の球体による視界確保で満足するしかなく、ルルは無念を覚えた。

 しかし、オルテスとラスティからしてみれば、それでも十分なようだった。

 ミィとユーリが使える魔術ではこれくらいに辺りを照らすこともできない、とラスティがいい、オルテスも、今まで組んできたどの魔術師よりも腕がいい、と褒めてくれたくらいである。


 警戒しながら坑道の中を歩いていると、いくつかの躯や骨が見つかったことも何度かあった。

 そのときは三人のうち二人が周囲を警戒にあたり、残りの一人が遺品の捜索にあたった。

 集めた遺品はルルの鞄に入れておくことになった。

 その際、ルルの鞄が彼自身の手による特別製で、見た目よりずっと沢山のものを詰め込めることにオルテスが驚いていた。

 ラスティは村で見たことがあるため、大して驚いてはいなかった。

 まぁ、仮に初見であったとしても、ラスティはルルだしな、の一言で終わらせたかもしれないが。


 そんな風に、しばらくの間、坑道の探索は順調に進んでいたのだが、いつまでもそういう訳にはいかないらしい。

 遠くの方から何かの足音が聞こえてきた。


「……魔物か?」


 ラスティがそう尋ねる。

 人間のものにしては少しばかり重量感がありすぎだし、足音に混じって鳴き声のような、言語ではない声のようなものも聞こえてくるくらいだ。


「十中八九そうだろうな。準備はいいか?」


 そうルルが言った。

 ラスティとオルテスはその声に頷いて、武器を構えた。

 坑道内という狭い空間の中で、三人がどんな風に陣形を作るかは、鉱山に来るまでの馬車の中ですでに決めてある。

 ラスティが積極的に切り込む前衛として戦い、オルテスがそれを補助する形で中衛に入る。

 そしてルルは魔術に堪能であることから、後衛として二人の補助及び、大量の敵が出現した場合の強力な魔術発動を担当することになった。

 通常、坑道のような場所で破壊力のある魔術を使うなどと言うのは自殺行為じみたところがあるのだが、ルルの魔術操作技術はほとんど神業に近いところまで来ていることは、二人ともが闘技大会の中で知っている。

 そのため、制御を失敗して生き埋めになる、とかそういう心配はしないでいいだろうと安心して任せたのだ。

 いざというときは、それこそどうにでもしてやる、とでも言わんばかりの自信をルルに感じたというのもある。

 前衛がラスティなのは、彼が実戦の中で使えるような魔術をほとんど修めていないためだ。

 ラスティに比べ、オルテスは器用貧乏というか、それなりに魔術も使用でき、剣士としてもそこそこの腕であるので、彼がラスティの補助に当たるのが一番いいだろうと言うことになったのだ。

 それに、中級冒険者になって日が経っていないラスティが、一番実戦における経験を積んだ方がいいだろう、というところもある。

 こと戦闘と言う部分については、ルルに問題があるとは考えられないし、オルテスも十分ベテランと言っていいだけのものはある。

 ラスティが前衛を勤めるのが、最も多く経験を積める道になるう。


 実際、現れた数体の魔物は、トロルや鬼人オーガという、中級冒険者にとっては登竜門とでも言うべき魔物であり、そんな魔物を前にしたラスティは気合いが入っているようだった。

 そして、ラスティはそんな魔物に向かって、地面を蹴って突っ込んでいく。

 それを見ながらルルは、迷いがない、と言うのがラスティのいいところかもな、と思った。

 とはいえ、あまり無謀では困るのだが。


 ルルとオルテスはそんなラスティを補助すべく、その後ろにぴったりとついて、魔物との戦いに突入したのだった。

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