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第82話 はじめましてのご挨拶

「……俺はラスティ。こいつの、幼なじみだ。あんたは……確か予選でユーリと戦ってた奴だったか?」


 そう言ってラスティが首を傾げると、オルテスが言う。


「あぁ、そうだよ……よく覚えているね」


「ユーリは俺のパーティメンバーだからな。しっかり見てたさ」


「なるほどね。あっさり負けてしまって恥ずかしい限りだけど……僕の名前はオルテスだ。ルルとの関係は……なんと言ったらいいものか。命の恩人?」


 そう言ってオルテスがルルを見るので、ルルはオルテスとの間に何があったのか詳しく説明した。

 すべてを聞いたラスティは深く頷き、言う。


「そんなことが……。あんたも大変だったんだな、オルテス。それに妹さんのことも……」


「いや、僕はしっかり五体満足で帰ってこれたし、薬についてもルルたちが手に入れてくれると言うし、大変なことなんて何もないさ。むしろ、ルルたちと知り合えてラッキーだったくらいだよ。本当なら、薬を手に入れられるあてなんてどこにもなかったんだし……」


「何が事態を好転させるかわからないもんだな……だけど、だったら今日は何でまた冒険者組合ギルドに?」


 ラスティがオルテスに尋ねる。

 ついこの間、黒服少年たちに捕まったばかりなのだ。

 中級冒険者であるならば多少蓄えもあるだろうし、そうなると、普通ならもう少し養生してから冒険者稼業を再開させるものだろう、と思っての言葉だろう。

 しかしオルテスは首を振った。


「まだ万能薬パナケイアが手には入ったわけではないからね。クレールの病気は今すぐどうこうなるものじゃないのは確かだけど、現状維持のためにはそれなりにお金がかかるんだ。中級冒険者の――僕の稼ぎなら、それこそぎりぎり生活できるか出来ないか、くらいの額でね。多少調子が悪いからと言って休んでもいられないってわけさ。もちろん、無理する気はないんだけど」


 そう言えば、クレールはあまり経済的に豊かではない、と言っていたのをルルは思い出す。

 それは彼女の病気の治療費にそれなりの出費があるから、ということだったわけだが、稼いでいるのは当然オルテスと言うことになるだろう。

 二人の父にあたる人物についてはすでに亡くなっているということで、そういう部分も貧乏に拍車をかけているのかもしれない。

 もちろん、中級冒険者は一般の家庭と比べてもその稼ぎはかなり多く、その大半が治療費に消えている、という時点で一番家計を圧迫しているのはクレールの治療費なのだろうが、それでも父親が生きていて、多少なりともお金を入れてくれていれば、そこまで苦しくはなっていないだろう。

 クレールにしろ、オルテスにしろ、その環境につらそうなところがないのが唯一の救いだろうか。

 クレールなんかは値切りに命を賭けていたくらいである。


「ま、それにその苦労も今だけだと思えば頑張ろうって言う気になるよ。大会が終わって、クレールの病気さえ治れば、ずいぶん楽になる……もちろん、万能薬パナケイアの料金はしっかり払うつもりだけど、分割でもいいって言ってくれたしね、ルルたちは」


 万能薬パナケイアについては、手に入れたらただで進呈するとオルテス一家には言ったのだが、それは非常に申し訳ないと言われて固辞されてしまったため、だったら、払える額でいいから、ということになり、そうするとオルテスの稼ぎのほとんどをルルたちに毎回支払おうかと言う話を一家三人でし始めたので、慌てて止めて、具体的な金額を言い、それを30年ほどの分割払いで、ということにしたのである。

 そうしなければ、オルテス一家は今の貧乏生活をそれこそ死ぬまで続けそうな気配すらあったのだ。

 しかしそれを苦にしている様子はやはりなく、ある意味、ものすごくしぶといというか、気丈な一家なのだと思ったものだ。

 決まった額は、全部支払えば最終的に家一軒分くらいにはなってしまうが、本来の万能薬パナケイアの値段はその十倍近いらしいので、かなり値切ったと言えるかもしれない。

 ただ、ルルたちとしては別にそれでもうけようとしているわけではないので、それで構わないのだ。

 知り合いを助けるため、と考えれば本当に無償でもいいくらいである。

 そんなわけで、ルルたちはクレールの命と、それからオルテス一家の家計をも救おうとしているわけなのだった。


 とはいえ、まだ薬を手に入れていない以上、オルテスは働かざるを得ない、と言うわけだ。

 ルルのように暇つぶしに来ているわけではないのである。


「ラスティはなんでここに?」


 オルテスは生活費を稼ぎに、ルルは暇つぶしに、と来てラスティのことが気になったので尋ねてみる。

 いつも一緒のユーリとミィがいないことも気になった。

 ラスティは答える。


「俺はルルと似たようなもんだよ。暇つぶし……今日は本当なら闘技大会を見てるはずだったからなぁ。それなのに、ルルとグランさんが結界を破壊するし……凄かったのは確かだけど、迷惑だよな」


 そう言ってじとっとした目でルルを見た。

 ルルはその圧力に押されて、


「わ、悪かったよ……わざとじゃないんだぞ。グランが張り切りすぎなんだ」


 さりげなく責任転嫁もしてみたが、実際、七割くらいはグランが悪いだろう。

 まさか魔導剣マギア・グラディウスなんてものをこの時代に引っ張り出してくるとは普通思わない。

 観客たちも、未だに何が起こったかを正確に把握できている者はいないだろう。

 せいぜい、ルルとイリス、それにシュイ、ウヴェズド、ユーミスくらいではないだろうか。

 そこで、そう言えばラスティはあれを知っていたのかどうか気になって尋ねる。

 すると、


「あの武器のことか? なんか凄かったな。俺は知らなかったぜ。二つに分かれることも、それになんかぴかぴか光って凄いことになることもな。グランさんも割と武器マニアなところがあるからな。ああいう武器、他にも持ってるんじゃないかな……」


 と新たな情報をくれた。

 思い出してみれば、火竜の解体のときにいつも持っている大剣と異なる長刀を使っていたくらいだし、そういうものの収集癖があるのかもしれなかった。


「ルルは? 武器にこだわりとかないのか?」


 ラスティにそう尋ねられて、自分の腰のものに少し触れてルルは言った。


「それほどないな。この片手剣だって大したものじゃないし……」


 適当な武器屋で購入したそこそこの品である。

 丁寧に手入れはしているから多少の愛着はあるが、グランの大剣のような業物、特別な品、というわけではなく、使えなくなったらさっさと買い換えを考える程度のものだ。

 むしろ、ラスティとオルテスの武器の方がよほど業物だろう。

 二人とも、ルルより冒険者歴が長く、仕事に必要なものにはそれなりにお金をかける必要を知っているのだ。


「二人のは見るからに高そうだな」


 そんなルルの言葉に反応したのはオルテスである。

 眉をしかめて、


「……本当ならあんまり高いものは買いたくないんだけど、中級の依頼ともなると余り質の悪い武器を買うと毎回折れてしまったりして余計に出費が嵩んじゃうからね。必要経費って奴だよ」


「やっぱりそういうもんだよなぁ。俺も中級下位になったときに剣が折れちまって……」


 ラスティがいやなことを思い出すようにそう言った。


「それは依頼遂行中にってことか?」


 ルルが尋ねるとラスティはうなずく。


「あぁ。魔物に切りかかったらぽっきり……」


「へぇ……よくそれで無事だったね?」


 オルテスが尋ねると、ラスティは続けた。


「一人じゃなかったからな。ミィとユーリ……俺のパーティメンバーの二人が魔術でフォローしてくれて、なんとかなった。とはいえ、もう一度ああいう事態に陥るのは勘弁してほしいからな。仕方なくいい武器を買ったぜ。ミィとユーリのメイン武器は壊れないんだよなぁ……ルルが作ってくれた奴だからか?」


 ミィの魔法剣もユーリの魔術媒体として使用している杖も、どちらもカディス村にいるときに練習として、というか実験的に作り出したものの一つである。

 あれら以外にも沢山作ってはいたのだが、村を出るときに餞別代わりにどれかをやろう、という段になってあの二人が選んだのがあの二つだった、というわけだ。

 彼女たちの戦い方に一番合っていたというのもあるし、ルルとしても比較的うまく作れた武具だったので、喜んで進呈したのである。

 結果として、中級下位になった今でもメイン武具としての使用に耐えているのだから、制作者としてはうれしい限りだ。


「俺にも何か作ってくれればよかったのに」


 ラスティが口をとがらせてそんなことを言った。

 彼には何も作っていない。

 というのは別に差別したわけではなく、ラスティには小細工など必要なさそうな気がしたのであえて作らなかったに近い。

 ミィはあの魔法剣のように、雷を出したりするなど、細かい武器の機構を好んでいたこと、それに手入れも定期的にやるまめさがあったから渡したのだし、ユーリの魔術媒体に関しては、ルルの専門的分野なのでそのもてる技術をすべてそそぎ込んだ傑作を作りたい、という気分になったために作ったのだ。

 けれどラスティが使用するのは剣であり、またラスティにはミィのようなマメさも、ユーリのように魔術を使うことも少なく、ルルが武器に色々仕込む、というようなことはする必要がない。

 そうなると作る方としてもそれほど楽しくない。

 何の魔術的機構も含まない真っ当な剣、となるとそれはもはや本職の鍛冶師に任せた方がいいに決まっている、というところもあった。


 しかし、強度の部分でそう言った不安があるというのなら、そのうちルルの方で魔術的な強化刻印でも刻んでやったほうがいいのかもしれない。

 そう思って、ルルはラスティに言う。


「ラスティは別に俺が作る必要もないとおもったんだ。まぁ、強度の強化くらいは出来るから、今度俺のところに持ってくるといい。強化の刻印くらいは刻んでやるよ」


「本当か!? よし、忘れるなよ……やった。実はミィたちが羨ましかったんだよなぁ……」


 意外なところで嫉妬していたらしいことがわかり、ルルは吹き出す。

 それから、オルテスにもついでに言っておくことにした。


「オルテスも遠慮しないでいいからな?」


「と言うと?」


「俺は武具に魔術的刻印を施すことが出来るんだ。効果は、耐久力とかの強化から、属性付与まで色々ある。一般的な魔法具職人が出来ることは大抵できるから、何かあればオーダーしてくれ。値段の相談にも乗るぞ」


「ほ、本当かい? それはありがたいなぁ……鍛冶屋とかで頼むと外注するからマージン取られて高くなるんだよね……かといって魔法具職人って腕もピンキリだからさ。知り合いなら、安心できそうだ」


「知り合いだから、腕が悪くても文句を言いにくいってのもありそうだけどな」


 冗談めかしてそう言うと、オルテスは首を振った。


「いや、僕も君の作ったらしい魔術媒体はこの目で見ているからね。試合の中で。あれはいいものだったよ。魔力の増幅も大きかったし、丈夫そうで。あれくらいのものを作れる職人だというなら、全く問題はないさ」


「そう言ってくれるとありがたいな……ま、文句があったら遠慮なく言ってくれよ。そういうときはしっかり注文通り直してみせるからな。さて、いつまでも話しているのも何だ。そろそろ依頼を受けないと時間がなくなりそうだし、俺は依頼を選ぶとするよ」


 ルルがそう言って話を切り上げようとすると、オルテスとラスティが同時に、ルルに言った。


「「ちょっと、待った」」


 まるきり同じ台詞で、ルルは首を傾げる。


「どうしたんだ?」


 すると、ラスティとオルテスはお互い顔を見合わせて、どちらが先に言うかしばらく譲り合っていたが、とうとう決まったのかオルテスが先にしゃべった。


「いや、そんなに難しい話じゃないんだけど、せっかくだから僕と一緒に依頼を受けないかと思って。いつも一緒のイリスとキキョウもいないんだろう? ちょうどいいじゃないか。もちろん、ラスティも一緒に」


 そう言って、オルテスはルルとラスティを見た。

 ラスティはその言葉に、


「なんだ……俺と同じこと考えてたんだな。俺もそう言おうと思って呼び止めたんだ。俺も、いつも組んでるミィとユーリがいないことだし……二人なら実力も信頼できそうだしな」


 言われて、少し考えてみる。

 確かに悪くはなさそうだ。

 だが、ラスティも、オルテスも中級冒険者であり、ルルは初級である。

 その点どうなのか、というルルの質問に二人は何を今更、という顔をした。

 ラスティは言う。


「俺たちよりルルの方が強いだろ。みんな知ってる」


 続いてオルテスも、


「まったくだね。僕たちは予選で負けてるんだよ? 本戦出場者の君より弱いのは確実だね」


 と言った。

 しかし、仮にそうだとしても、冒険者組合ギルドのランクで言うなら、ルルの方が下なのだ。

 中級と初級が組んで同じ依頼を受けられるのか、と言うと、ルルより遙かに冒険者組合ギルドの制度に詳しい二人はうなずいて説明してくれた。

 それによると、ランクをまたがって冒険者がパーティを組んだ場合、より上位の冒険者のランクが受けられる依頼の上限ランクと見なされるのだという。

 つまり、初級と中級が組めば、中級の依頼まで受けられる、ということだ。

 だから、その点で問題なく、またいつもと違うパーティを組むことについては臨時パーティの制度があり、これを利用すれば問題ないという。

 これは、一回の依頼のために組めるもので、普段別々のパーティに所属している者たちが組んでも問題がないものらしい。

 なので、三人で依頼を受けることには何も障害はない、とのことだった。


 それを聞いて少し考えたルルは、たまにはこういうのもいいかとうなずく。

 そうして、ルル、ラスティ、オルテスの臨時パーティが組まれ、冒険者組合ギルドに受理されたのだった。

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