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第80話 決着

 グランの大剣がルルに向かって迫ってくる。

 先ほどとは込められた力も速度も段違いであるのは、グランが自分の限界を超えて魔力を自らの体に流し込んでいるからだ。

 あまりにも長くそれを続ければ、身体の崩壊にも繋がるだろうその技術であるが、グランのことだ。

 自分の限界がどのあたりにあるかなど、完全に把握した上でのことだろう。


 翻ってルルの方はどうかと言えば、実のところグランと似たりよったりの状況だったりする。

 格好付けて魔王を気取ってみたが、結局のところ、体それ自体が人族ヒューマンであるという事実は何一つ変わっていないのである。

 古代魔族の体に流すことの出来る魔力量と比べ、遙かに少ない魔力しか流すことが出来ないと言う性質に変化が無い以上、大量の魔力を持って身体強化しようとすればそれはただの無茶であるということになるだろう。

 そしてその無茶を、ルルは今やってしまっている、というわけだ。


 とはいえ、ルルもグランと同じように、自分の体の限界ぐらいはしっかり理解している。

 魔王だった時代に限りなく近づけるために体に流した魔力は、今のところルルの体を蝕まずにただ力のみを与えてくれている。

 しかしあまり長くこの状態を続ければ、いずれルルの体も崩壊へと進んでいくことだろう。

 十数年かけて、徐々に流せる魔力量を増やしていったとは言え、未だその程度だというわけである。


 けれどグランはそんなルルを見て冷や汗を掻いているようだ。

 ルルから吹き出る魔力の奔流に、底知れぬ何かを感じているらしいということが理解できる。

 ただ、そんなのはルルからしてみればはったりもいいところだ。

 魔力だけは大量に持っているルルである。

 そして体内に流さずに、体外に垂れ流しにするのであれば、体を痛めることもなく、さしたる限界もなくいくらでも出せると言ってもいい。

 つまりグランが感じているのであろうルルの魔力、というのは、ルルが身体強化に回した魔力というわけではなく、身体強化に使わない分を、膨大な魔力量に飽かせて外に投げ捨てているだけであって、それすべてを身体強化に使っているというわけではない、ということだ。


 もしもグランがある程度以上の力量を持つ魔術師だったなら、これだけ近くで見ればルルがそのような方法でもってはったりをかましていることを理解できたかもしれない。

 けれどグランは魔力に関して言えば、それほど造詣が深いわけでもなく、こうした場合に相手の実力を推し量るときはほとんど勘でもって相手の魔力量などを感知するようなタイプである。

 ルルのしているような高度なはったりを一目で見抜けるような技術は持っていないのだ。


 つまり、この場において、ルルは思いの外、窮地に立っている、ということになる。

 ルルが身体強化に回した魔力量と、グランが身体強化にそそぎ込んだ魔力量は、それほど大きな差が存在しない。

 こればかりは長年の経験の差という奴かもしれない。

 ルルよりも長い間、人族ヒューマンの体に魔力を注ぎ続けたグランは、ルルの体よりもずっと魔力に親和性がある、ということなのだろう。

 こればっかりは、人族ヒューマンの体の持つ限界なのだろうから、仕方ないことだが困ったものである。


 そんなことを考えているうちに、グランの剣がルルの前に迫った。

 身体能力について同等程度、ということは結局最後にものを言うのは、その剣の技量に他ならない。

 グランの大剣の軌跡をルルは正確に予測し、剣を振るう。

 こちらには、ルルの方が遙かに研鑽の歴史が長く、グランは質量で遙かに上回っているはずの自らの剣が、小さな片手剣に弾かれて、また力負けしたように飛ばされるのを驚いた様子で見つめている。


「……俺が力負けするなんてどれだけ振りだろうな! くそ!」


 そんなことを言いながら、グランは悔しそうな形相で大剣を幾度と無く叩きつけてくる。

 その一撃一撃は、結界を揺らすほどに重く、強力で、たった一度でも受けどころを間違えばルルの剣はその刀身を根本から折られかねないほどだ。

 ルルはグランの剛力を、力ではなく技で返しているのだが、それを気取られないようにするだけの技術と経験があった。

 だからグランはルルが力においても、またスピードにおいても、純粋な身体能力の部分でルルが勝っていると勘違いした。


 だからだろう。

 グランはそのとき、勝負に出た。

 振り下ろされるグランの剣、それを受けようとしたところで、ルルの直感がそれをしてはいけないと警鐘をならした。

 それほど早い動きではない。

 グランの動きはルルには見えていた。

 けれども、それでもあの大剣の一撃を自らの片手剣で受けるのは悪手であると直感したのだ。

 そしてその直感は、次の瞬間に正しかったことが証明された。


 グランの大剣はルルが身を翻して避けることによって開けた空間を走ると、すぐに切り返してルルの方へと向かってきた。

 しかしそのとき、大剣は大剣ではなく、二本の直剣となっていて、しかも一本はルルの視覚に入らないように巧妙に計算された位置から襲いかかってきた。

 それが見えたのは、ルルが勘に従って身を引いたからにすぎない。

 未だにあの場所にいたら、重傷は負わないにしても、行動が阻害される程度の傷は負っていた可能性がある。

 しかも、グランの攻撃はそれで終わりはしなかった。

 今までの戦い方を叩きつける炎のようなものだとすれば、今見せているそれは流水の如く滑らかで美しい演舞のような動きだった。

 グランは、そのらしくない動きを完全に自分のものとしているようで、そのままの勢いでルルに襲いかかってくる。


 初めて見たグランのその戦い方に、ルルは少しばかり反応が遅れる。

 一度目は、偶然で済んだが、二度目はそんな風に言うことは出来ない。


 自らの頬に、二つ目の傷が刻まれたことを確認して、ルルは闘技大会において初めて敗北の可能性を感じた。


 ◇◆◇◆◇


「……驚いたな。二刀流か? この七年間、一度も見せてくれなかったなんて、ひどいじゃないか」


 ルルがそう言うと、グランは今までとは全く異なる構えで相対している。

 その様子には、力で相手を圧倒しよう、という雰囲気よりかは、自らの流れに相手を巻き込もうとする力の渦を感じる。

 こんなことが出来るのなら、なぜ今まで見せなかったのか。

 疑問だった。

 グランは答える。


「おまえに会うよりもっと前……ちょうど冒険者になりたての頃は、俺は二刀流でやってたんだよ。使わなくなったのは、ユーミスと会ってからだな。俺が力で圧倒して、あいつが細かい戦いの制御をする、そんな役割が出来たから、わざわざ二刀流を使う必要がなくなった。俺は昔は一人で冒険者をしてたから……出来るだけ多くの敵を相手取れるように、苦肉の策で身につけたんだが、意外な理由でやめられたってわけだ」


 ずっと昔に身につけた技術の割に、未だに現役であると言っていいくらいに磨かれているその技術にルルは首を傾げる。

 グランはルルの疑問を先読みしたようで、ルルに飛びかかりながらも話を続けた。

 グランの二刀がルルに襲いかかり、ルルはその手数に防戦一方になる。


「研鑽だけは続けていたからな。ユーミスは古族エルフだ。いつ故郷に帰るっつってもおかしくはない。それに、二刀流は独学ってわけでもない。しっかり学んで身につけたのはむしろそっちの方で、今の俺の戦い方の方がむしろ独学だったんだよ。だから、まぁ……本職はこっちってわけだ」


 意外な事実にルルは驚く。

 昔からそのことを知っている人間からしてみれば、このグランの戦い方は驚くに値しないものなのだろうが、ルルにしてみれば、その癖をすべて知り尽くしていたと思っていた相手が突然新たな技術を手にして襲いかかってきたようなものだ。

 いや、もしかしたらグランは、いつかルルと戦うことを考えて、ルルからこの技術をひた隠しにしてきたのかもしれない。

 意外とラスティなんかは知っている、とかありそうな気がした。


 とは言え、この場でグランに負けるわけにはいかないのだ。

 ルルはグランの技に食らいつき、冷静に観察して、徐々に対応を構築していく。

 初見の相手、というのは昔から何度も何度も戦ってきた存在なのだ。

 それがグランだからこそ、少し困惑しただけであって、頭を切り替えればそれに対応するくらい、ルルにとっては難しいことではなかった。


 グランからしてみれば、これほど早くルルが対応できるようになる、とは考えていなかったようで、徐々にルルから余裕が見え始めると焦りが感じられるようになってきた。


 そしてこれ以上、戦いを引き延ばすと自分に勝ち目がなくなると気づいたのだろう。

 身体強化をさらに上げて、最後の一撃を加えようと両手の剣に魔力を注ぎ始めた。

 身体強化にあそこまで魔力をつぎ込んだら、さすがのグランと言えど、一日二日は動けなくなってもおかしくはないだろうと感じるような量である。


 ルルも気合いを入れて受けなければまずい、と感じた。

 しかも、よく見てみれば、グランの両手に持たれた直剣は、ただ魔力を込められただけでは生じないだろう力を放っている。

 警戒に視線を鋭くしたルルに、グランは獰猛に笑いながら言った。


「これは俺のとっておきだ……ルル、おまえならこれが何か分かるだろう?」


 分からないはずがない。

 先ほどまで、通常の直剣にしか見えなかったその剣には、今や至る所に複雑な魔術的文様が描かれているのが見えた。

 巧妙に組まれていたらしい隠匿魔術が、ルルの目からもその剣が魔術的手法によって作られたものであるということを隠していたのだ。

 そして、そんな技術は現代には存在していないことは明らかで、そうである以上、グランの持っているその二本の剣が何なのかははっきりとしている。

 ルルは言った。


「魔導機械……魔導剣か!! まさかそんなものが残っていたとはな」


 かつて古代魔族が作り上げた武具の中には、複雑な魔導技術が組み込まれたものもあった。

 魔砲マギア・カノン魔銃マギア・ピストラと言った飛道具はもちろんだが、そう言ったものはあくまで魔力を先天的に持たないもののための補助武具として作られたものであり、本来、古代魔族の主要武器は剣や槍などの、手で持って戦える今の時代とさほど変わらないものが基本だった。

 そして、それらの武具は当然、強力な魔導技術を組み込まれており、それにふさわしい魔力を注げば、恐るべき威力を発揮する兵器となる。

 グランが持っているのは、まさにそう言った武具のうちの一つ。

 大剣が二本に分かれたのも、そういう設計の武器だったからだろう。

 とはいえ、魔導武具の威力は通常の武具と同様に、ピンキリまで差がある。

 だからこの場において、問題はグランのあの二刀がどの程度の力を持っているかということだ。


 しかし、グランがそそぎ込んだ魔力、それに呼応したあの武具の動作を見る限り、弱い武具、とはとてもではないが言えない。

 少なくとも古代魔族の中でも相当な実力者のためにオーダーメイドで作られた一点物だと思われ、そうであるとすれば、その威力は想像を絶する可能性が高い。


 ……結界は、持つのか?


 一瞬そんな気もしたが、今この場で、そんな心配をするのは野暮だろう。

 自分がここですべきは、ただグランのあの攻撃を受けること、のみ。


 自分の剣を見れば、グランのものと比べ武器としてのランクが低すぎるだろう、という気がしてくるが、まぁ、それはどうにか魔力量で補おうかと開き直る。


 そして、グランがとうとう両手の剣に魔力を込めきったようで、今まで浮かべたこともないくらい楽しそうな笑顔で、ルルを見つめて言ったのだった。


「これが、俺のとっておきだ……死ぬんじゃねぇぜ! 魔王陛下よ!」


「ぬかせ、グラン! そんなもので俺を倒せると思うなよ!!」


 そして二人は同時に地を蹴り、莫大な魔力と衝撃のぶつかり合いが、結界を大きく揺らす。


 観客たちはその様子を見ながら、信じられないことに目の前に張られた結界にぴしぴしと罅が入っていくのを見た。

 罅が入っては、修復され、また罅が入っては修復、というのを何度も繰り返す絶対結界。


 部分竜化したウヴェズドの吐いたブレスですら、出力のあがった結界に罅を入れることは出来ないのである。

 それなのに、今自分たちの前で起こっていることは何だ。


 そう思って、試合の興奮と共に、ステージでぶつかり合う二人に対する強烈な畏怖を感じた。


 グランとルルは、未だにつばぜり合いを続けている。

 どちらも一歩も引かずに、だ。

 ばりばりとした紫電が結界の中や表面に迸り、また闘技場全体がぐらぐらと揺れるほどの衝撃を感じる。


 どちらが、勝つのか。


 息を飲んで観客たちが見つめていたその争いは、とうとう強烈な光の奔流と共に、終わりを迎えた。


 その瞬間に、ぱりん、と何かが割れるような音が聞こえ、強い突風を受けた観客たちは席にしがみついてそれをやり過ごした。


 そしてしばらくして風がやんだそのとき、ステージの中心を見てみれば、おそらくは試合の勝者が一人、闘技場に立っていた。


 もう一人は、地面に倒れ伏して、気絶しているようである。


 観客たちがおそるおそる、その勝者の顔を確認する。


 未だあどけない、少年の表情が、そこにはあった。


「勝者、ルル!!」


 闘技場に、とてつもない実力を見せながらも、未だ初級冒険者に過ぎないという冗談のような少年の名が響いた。

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