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第76話 探し人

 本選二回戦は特筆するようなところは特に無かった。

 流石に本選にまでの出場を決め、上位12人に入り込んだだけあって、誰もがそれなりの実力をもっている者ではあったが、特級冒険者はすでにこの時点でグランとユーミスしか残っておらず、他は流れの武術家や騎士などだった。

 しかも、実力者は本選一回戦より以前にすでにぶつかり、潰しあっており、そのために特級冒険者がほとんどいない、という事情もあって、さほど興奮するような組み合わせの試合は組まれずに、ルル、それにその知人たちは比較的誰もが苦戦せずに試合を終えてしまったのだ。

 なぜ、特級クラスの実力者たちが潰しあいの様相を呈したかという点については、なんとなく作為的なものを感じないでもなかった。

 ただ、たとえそうだとしても、この闘技大会が国を挙げてのイベントであるということも考えれば、そういうものも多少は必要かもしれないと思う。

 ルルやイリスがシュイやウヴェズド、それに他の上級冒険者とぶつかったように、グランやユーミス、それにウヴェズドも本選一回戦までに一人二人の特級クラスとぶつかっており、そのためにここまでの時点で万遍なく見ごたえのある戦いが披露されていると言えたが、本選が少しばかりあっけないものになってきていた。

 ある程度の調整がなければ、予選から本選に至るまで、ずっと退屈な試合が繰り返される可能性もある。

 それもまた醍醐味、と言えるのかもしれないが、やはり派手な試合が各段階に数試合あった方が盛り上がるだろう。

 実際、計算ではないだろうが、派手な戦いの予想される明日の試合の観戦には観客達の熱も入ることが予想される。

 なにせ、今日の試合と異なり、明日の試合の組み合わせ表を見れば、それが確実に面白いものになるだろうということが確実に理解できるからだ。


 闘技場ロビーに掲示されている組み合わせ表。

 黒い線で形作られたトーナメント表の中、勝ち上がった方の線が赤色に塗られている。

 その赤が交わる場所を見てみれば、誰と誰がぶつかるのかは一目瞭然である。


「……俺とグラン、それにイリスとユーミスか……」


 キキョウはそれほど有名でないおそらくは新興と思しき戦士とぶつかるようであるが、ルルとイリスの相手はまさしく実力者としか言いようのない人物である。

 片や特級上位の剣士であり、片や同じく特級上位の魔術師だ。

 ほとんど冒険者としては最高峰の評価を受けている二人。

 そんな彼らの試合を、楽しみにしない観客はいない。

 しかも、その相手はルルとイリスだ。

 これが予選だったら観客も大して楽しみにはしなかっただろう。

 ルルとイリスの名前はその時点でほとんど誰も知らない、それなりの新人でしかなかったのだから。

 しかし今はそのときとは完全に事情が変わっている。

 片や氏族クラン道化師の図書館フォッソル・ビブリオテーカ”のシュイ=レリーヴと、氏族クラン“綺汚の真理ブールス・ソルティーダ”のウヴェズド=アンゲルに魔術と肉体の両方を駆使して戦い、勝利を収めた、新人にして既に特級クラスの実力を持つだろう期待の新星であり、片や上級冒険者にもさしたる苦戦はせず、次々に沈めていった月のような美貌を持った少女である。

 注目するなと言う方が無理であり、しかも誰が広めたのか既にルルとイリスが氏族クラン時代の探究者エラム・クピードル”に所属し、グランとユーミスとは小さな頃から知己であると言うことまで知られているようだ。

 しかも、いつの間にかその事実はおかしな使われ方をされていて、その話を聞いた時、ルルとイリスは驚いた。

 つまり、ルルとイリスは、幼少のころにグランとユーミスにその才能を見いだされ、手塩にかけて育てられた愛弟子であり、次の試合はつまるところ因縁の師弟対決である、と言うのだ。

 さらに、氏族クラン時代の探究者エラム・クピードル”は、ルルとイリスの才能に次代の輝きを見た二人がわざわざルルとイリスのために作った氏族クランであり、今回の勝敗によっては族長、副族長の立場を譲ることをも視野に入れているのだと言う。

 流石にほとんどが嘘や冗談の類であるが、真実も少しだけ混じっているので質の悪い噂である。

 ただ、広まったからと言って何か不都合があるわけでもないので特に否定も肯定もしていない。

 それにこうやって煽って闘技大会自体を盛り上げようとするそのやり方は理解できないでもなかった。

 実際、ルルたちも、他の選手の試合を見るときには、そういう根も葉もない噂話を聞いたうえで観戦したりして楽しんだのだから、自分の時だけ全否定、というのも興ざめだろう。

 有名税のようなものか、と思って諦めることにした。

 それに魔王だった時のことを思い出せば、もっと悪質で酷い噂だって流れたものだ。

 もちろん、それは魔族内に、というわけではなく人族ヒューマンの間でであるが、そのことを考えればこの程度の噂話など痛くも痒くもない。

 まさか「今回の出場者のルル選手は人族ヒューマンの肉を生で食べるのが最高だと言っているようです」だとか「ルル選手の妾は約、という話になりますがおよそ3000人を超えるそうです。これは彼の血筋を絶やさないために太古から行われている慣例だという事です。いや、うらやましい限りです」などと言われたりすることはあるまい。

 魔王だった時はまさにこんな噂が人族ヒューマンの間に飛び交っていたのだと言うのだから、それは魔王とは鬼畜であり悪魔であり人族ヒューマンの天敵であると一般市民が理解するのも仕方なかろうという感じだ。

 魔族だって食事は基本的に人と大きくは変わらないし、妾なんて一人もいなかった。

 魔王と言う位は世襲制というわけではなかったので妾なんてそもそも必要が皆無だった。

 あのころ、そんな人族ヒューマンの魔王に関する噂話を初めて聞いた時は鼻で笑ったものだが、戦争が進んでいき、人族ヒューマンとも直接接することが増えていくにつれ、本気でそう言った噂を信じている者も少なくないという事を知り、これはどうにもならないかもしれない、と思ったものだ。

 幸い、勇者はそう言った話に懐疑的な部分も持っていたから、最後とは言えまともな話が出来たが、勇者までそう言った噂に完全に惑わされていたら話し合いすら出来なかったことだろう。

 噂話というものは恐ろしいものである。


 とは言え、今回のルルたちに関するそれはそこまで警戒する必要はないだろう。

 ただのエンターテイメントであるということを、それを耳にする者たちは皆理解しているからだ。

 一部の真実が混じっている、とは考えるかもしれないが、全て本当だとも考えないだろう。

 こういうことは話半分に聞いて楽しむのが一番だとみんな理解している。


 だから、ルルはその噂の発信元であろう、壁に貼られている繊維の荒い紙に書かれた大衆向けのその文章の中に、情報提供者としてガヤとかラスティとかの名前があっても許してやろうと思った。

 まぁ、別にグランたちが村に来たことについては秘密にしてほしいというわけでもないし、氏族クラン時代の探究者エラム・クピードル”に所属していることも今はもう隠す必要もない。

 文章からノリノリでインタビューを受けているように思われるその内容だが、まぁ許してやってもいいだろう。


 今日の試合はもうほとんど全てが終わったので、あとは家に戻るだけだ。

 横には、イリス、キキョウ、それにリコルとフウカがいて、ルルと同様にトーナメント表や闘技場内掲示板に貼られた文章などを読んだりしている。


「……東方からやってきた美少女! これって私の事ですかッ!?」


 などと、キキョウが叫んだりしてたり、リコルがフウカと追いかけっこをして走り回っているその様子はなんだか明日も試合だと言うのに気が抜ける光景であった。


 リコルを連れてきた理由だが、ルルの家の住人は全員が闘技大会出場者である以上、誰か残っている訳にもいかず、一人で留守番というのも心配があったからだったのだが、思いのほか闘技大会を楽しんだようで連れてきて良かったと思った。

 しかも意外なことに、リコルの目には闘技大会本選出場者の動きがかなり正確に見えているようだった。

 一つ一つの試合をしっかりと見つめているその目が、他の大勢の一般市民の観客達とは異なり、細かいところまで観察していることに気づいたとき、驚いたものだ。

 ただ、だからと言って、リコルが優れた戦士である、ということはなさそうだが。

 フウカと追いかけっこをしている姿を見る限り、その動きは素人のものであり、たまにこけたりもしている。

 目が非常に優れている、というだけなのかもしれない。

 それから全員がトーナメントを確認し、家に戻る。

 今日はキキョウも臨時で酒場バイトが、ということもなく、家で一緒に夕食をとれるようである。

 リコルがそのことに最もうれしそうで、なんでこれほどまでにこの二人は仲良くなっているのかと不思議だった。


 ◆◇◆◇◆


 ――コンコン。


 と、家の扉がノックされたそのときには夕食も終わり、四人と一匹全員がゆったりとリビングでくつろいでいた。

 闇の帳も降りてしばらくした後である。

 こんな時間帯に一体誰が来たのかと多少の警戒をしつつも、この家に住んでいるのはリコルを除き全員が闘技大会本選出場者なのだ。

 強盗も好き好んでこんな家にやってくることもあるまいと、妙な安心と共にルルは家の扉を開けた。


 するとそこに立っていたのは、立派な騎士鎧に身を包んだ長身の男性で、金色の髪が美しく、まさに貴公子、と言った雰囲気の者だった。


「こんな時分に申し訳ありません……こちらに、白髪の髪をした、自らをリコル、と名乗る少女がお世話になっていると連絡を受けまして――」


 彼はそう言って、尋ねるように首を傾げた。

 その言葉で、ルルは彼がリコルの保護者か、もしくはその保護者から言われて彼女を迎えに来た者だと気づく。

 ただ、いくら立派そうな格好をしていると言っても、それだけを理由にいたいけな少女を差し出すわけにはいかないだろう。

 まずは身分を確認しなければとルルはその男性に尋ねた。


「確かにその少女なら奥におりますが、その前に御身分を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」


 僅かな敵意を――とは言っても、普通であれば気づかないような小さな棘のようなものだが――込めて、その男性の行動を観察する。

 すると、男性は手を一瞬、腰のものに伸ばしかけたが、すぐにルルの敵意が自分を害しようとしているものではないことを理解し、頭を下げて名乗った。


「これは……失礼を。私はレナード王国近衛騎士団団長を拝命しております、ロメオ=カンパネッラと申します。今回は――さるお方の命を受けまして、リコル……の保護のため、こちらに参りました」


 その仕草は非常に洗練されていて、淀みがない。

 言葉自体にも品が感じられ、確かに名乗るような身分はありそうだと感じさせる。

 これが演技だと言うなら大したものだが、そうであるとしても先ほどの敵意には気づかないだろう。

 ルルの放ったそれに気付くには、それなりの実力がいる。

 父か、それに比肩するような実力が。

 少なくとも目の前の人物がそのような実力を持つことを認め、ルルは礼を返した。


「そうでしたか……であれば、頭を下げられることなどございません。私はルル=カディスノーラ。父は王立騎士団で剣術指南役をしていますが、私の身分はあなたに遥かに及びませんので……」


 すると、ロメオは微笑んで、


「よく存じておりますよ。貴方も、そのお父上も。ここ数日の試合、楽しませていただいています。お父上ともお互い暇な時に共に観戦をしたりしていましたから。優勝できるといいですね」


 などと言った。

 まさか近衛騎士団長にまで注目されているとは思ってもみなかったが、ベスト6まで勝ち残っているのだ。

 むしろ注目されているのが自然だろう。

 しかし父と観戦しているという事は、仲がいいのだろうか。

 そう尋ねると、歩きながらロメオは言う。


「そうですね。昔からの同僚、と言った感じでしょうか。身分は私の方が上ですが、剣の腕ではお父上の方が上です。とは言え、魔術については私の方が多少、造詣が深いので、なりふり構わず戦えば私が勝つでしょうが……」


「同僚ですか……父からはあまりお名前を聞いたことがありませんでした」


「それは、おそらく私の名前を出したくなかったのでしょうね。私の身分は侯爵にあたりますから、私と古くからの友人である、と吹聴すればそれが彼の出世の理由かとやっかまれることを好まなかったのだと思います。実際は、私の身分など関係なく、あの天才的な剣術の腕前でもって彼は王立騎士団の剣術指南にまで登り詰めたのですが……まぁ、言っても分からない輩と言うのはどこにでもいます」


 なるほど。

 確かにそういうこともあるだろう。

 そもそも、父はあまり仕事の話を村ですることは無かった。

 それに関係する話も、しないことにしていたのだろう。

 仕事が好きではない、という訳ではなかっただろうが、家には持ち込みたくないと考えるタイプなのかもしれないと今にして思う。

 父の身分を考えると、彼の出世はかなり異例だ。

 色々苦労もあっただろうことは想像に難くなく、しかし苦労話など父の好むところではない。

 それから少しばかり雑談をして、リビングに辿り着く。


 リコルはフウカと遊んでいて、その姿を見つけたロメオはほっとしたような顔をしていた。


「お探しの少女は彼女で合っていますか?」


「ええ……見つかって、よかった」


 そう言って、ロメオはルルに笑いかけたのだった。

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