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第74話 白髪の少女

「久しぶりだね、ルル」


 そう言って街中で突然出会ったのは、カディス村で別れた今世における実の父、パトリックである。

 今日の知り合いの試合全てが終わり、あとは個々で好きに過ごそうか、と闘技場前で知り合いたちと別れたのだが、ルルはイリスと共に街中を歩いていた。

 そのとき、中央通りの向こう側から何かを見つけたように手を振って、こちらに歩いてくる男性がいるかと思って見ていたら、はっきりとその姿が分かったその時、それが父だと判明したのだ。

 父が王都に来ていたことは知っていたが、王立騎士団の剣術指南役であるということから、気軽に尋ねても行きにくいし、時期が時期であるから剣術指南役だと言ってそれ以外の仕事が何もないということもなく、忙しくしているだろうと遠慮していたためしばらく会っていなかった。

 聞けば、今日は非番であるという事で、闘技大会を見たり、生活必需品など買ったりしながら街をぶらぶらしていたようである。

 また、片手には本も何冊か重ねて持っていることから、趣味に金銭を費やしたらしいことも見てとれた。

 身に着けているものも、その辺の街人とほとんど変わらず、武器や防具の類は見えない。

 父パトリックは基本的に優男であるから、ぱっと見、非番の騎士のようにはまったく見えず、少し目を離せば王都の景色に馴染んで探せなくなりそうですらある。

 ただ、だからと言って戦えない、ということはなさそうだ。

 父の技は通常のレベルを遥かに超えている。

 たとえ素手であってもその辺のちんぴらはもちろん、それなりの経験を積んだ戦士であっても倒せるだろうし、いざという時はその辺に転がっている木の棒でも拾えば魔力を通して、上級クラスとはやり合えることだろう。

 騎士としての迫力も、そういうときにはしっかりと発揮されるはずである。

 そして、実際、その事実はそれからしばらくして起こった出来事の中でしっかりと証明された。


 偶然出会った父パトリック、それにルルとイリスは、せっかく会ったのだから、少し話でもしようということになった。

 落ち着いたところで、ということになり、店をいくつか覗いてみるも、やはり闘技大会の試合があらかた終わったあとだけあってどこも混んでいて座れなさそうだった。

 そのため、ルルは、だったらルルの借りている家に来たらいいのでは、ということになり、三人はそちらの方角に向かって歩き出した。

 村での知り合いではない、この王都に来てなぜか居候することになった変わった少女のことも紹介したい、というのもあったし、おそらくは一度くらいはルルが闘技大会で戦う様子を見ただろうから、その感想をじっくりと聞いてみたい、というのもあった。


 そんな風に、歩きながら雑談していると、突然、通りの後方でざわめきが起こった。

 何事か、と振り返ったその時のパトリックの様子は、先ほどまでとは異なり、鋭くきりりとした騎士の顔であり、こんな風に仕事をしているのかと場違いにもルルは深い感慨が湧く。

 とは言っても、そんなことを言ってはいられない。


 三人が振り返った方向、ざわめきの中心には人だかりが出来ていたが、ふとその人だかりがざっと道を作るかのように道の両脇に避けて開いた場所から、物凄い速度で小さな人影が飛び出してくる。

 もちろん、物凄い速度、と言ってもルルたち三人にとって、それは大したことのない駆け足に過ぎなかったわけだが、全力を振り絞って走っていることはその様子から理解できた。

 走っていたその人物は、見れば小さな女の子であった。

 七歳前後、と言ったところだろうか。

 雪のような白髪に、湖を湛えるような青い瞳を持つその少女は、何かから逃げるように走ってくると、ルルたち三人を見て、その後ろに隠れた。

 それからその少女は何かを伺うように、ルルたちの後ろから、自分の来た方向――人だかりの中をみつめている。


「……なんだ? 何か来るのか?」


 ルルが少女を見てそう尋ねると、人だかりの方を見ていたパトリックの声が響いた。


「ルル!」


 やはり何か来たようである。

 一体何が……と思って見てみれば、そこにいたのは屈強そうな、そしてガラの悪そうな男が二人。

 なるほど、チンピラから逃げて来たか?

 そう思って、三人が彼らの前に立ちはだかってみれば、男二人のうち、大柄な方が言った。


「おい、あんちゃん……?」


 腹から響く、銅鑼のような声である。

 表情も鬼のような形相、と言ってもいいそれで、ルルたちは彼らから少女を守らねばならないと一層足を前に強く踏み出した。

 それから、大柄な男は言った。


「……その娘の保護者か?」


 パトリックを見ながら言ったようである。

 確かにこの中なら、彼が一番それらしい。

 場を収めるのにも一番向いていそうだし、父に任せてみるか、とルルは黙っていることにする。

 するとパトリックは言った。


「……だったら、なんなんだ?」


 一切の震えのない、堂々とした態度であった。

 騎士として立派であり、父としても立派なそれであった。

 そして、だからこそ、次の瞬間放たれた男の言葉と場の空気との間に、大きな違和感が感じられた。


「……だったら、料金、払ってくんねぇか?」


「……え?」


 パトリックは首を傾げる。

 自分は今何を聞いたのか、と思ったようだ。

 大柄な男はもう一度言った。


「料金を払ってくれって言ってんだよ。……ほれ、その嬢ちゃんの食ってるリンゴのよ……」


 あっけにとられたような表情で、パトリック、ルル、イリスの三人が白髪の少女の手元と、口元を改めて確認してみれば、手には芯だけになったリンゴが、そして頬は少し膨らんで、よく耳を澄ませてみればしゃりしゃりとした音が聞こえる。

 パトリックが微妙な表情で少女に尋ねた。


「……それ、リンゴ?」


 すると少女は口が塞がっていて言葉が発せないらしく、こくりと頷いてその質問に答えた。


「あー……お金、払った?」


 ぶんぶん、と首が振られる。


「お金、払わないといけないの、知ってる?」


 すると、少女は少し首を傾げたあと、自信なさげに首を縦に振った。

 それからパトリックは目の前の男の顔を見て、


「すみません、おいくらですか……?」


 と尋ねて、料金を支払う。

 男二人は、果物屋の店主とその息子だったようだ。

 もう少しにこやかな表情を作ってみてはどうか、と言いたくなるが、食い逃げされた後にそれは酷というものだろう。

 料金を支払ったのち、成り行きとは言え保護者を名乗った以上、謝らなければならないと、パトリックは白髪の少女と共に頭を下げた。

 果物屋の店主たちも、パトリックが勘違いでもって保護者を名乗ったということは概ね理解していたので、それは別にいいと言って店に戻っていく。

 それが分かっていても、料金をしっかり持って行ったのは商売根性と言うべきか。

 ただ、そのあとしばらくして果物屋の息子の方がリンゴを四つ追加でもってきて、無料でパトリックに渡したので、実際のところはただ一度怒鳴って追いかけたために引っ込みがつかなくなっただけなのかもしれなかった。


 ◆◇◆◇◆


「……それで、この少女はどうされるのでしょうか?」


 イリスが三つ目のリンゴを消費している少女を見つめて自宅に向かって歩きながら、そう呟いた。

 本来、パトリックに渡された四つのリンゴは、一人一つ、という前提で渡されたのだろうが、そんなことお構いなしと少女はパトリックの手に持たれた袋の中から次々と取り出しては食べていく。

 パトリックはそんな少女を見ながら、イリスの質問に少し考えて答えた。


「まぁ、迷子だから、治安騎士団の詰所にでも連れて行くのが一番かな。場所もこの辺だし……ちょっと行ってくるから待ってて」


 そう言って、パトリックは少女と手を繋いで治安騎士団詰所の建物に連れて行く。

 治安騎士団詰所は中央通り沿いに作られた五階建ての建物で、王都の治安を守っている治安騎士団が詰めている建物である。

 基本的に24時間ずっと開かれており、迷子や道案内などから、凶悪犯罪の解決まで、幅広い仕事を担っている。

 闘技大会の行われるこの時期に、もっとも忙しいのはおそらくは彼等であることは間違いなく、迷子一つとっても数十件数百件と持ち込まれているものと思われる。

 もちろん、王都にはいくつかの支部が置いてあるので、全てをここでこなしているわけではないのだが、それでも常にオーバーワークに等しい仕事を抱えていることだろう。

 そんなところにパトリックは更に仕事を増やしに行ったわけだが、彼はあれで王立騎士団の剣術指南であるところ、治安騎士団にも顔が利くのではなかろうか。

 とすれば、早く対応してもらえる可能性も高く、彼が少女を迷子として届けに行くのは正しいのだろう。

 少女がもし流民や捨て子だった場合にはそんなことをしてもあまり意味は無いかもしれないが、着ているものを見る限り、そのような存在である可能性は低そうだった。

 身に着けているものは外出用のものであったが、それなりに高価で、普通の街人には購入しにくいような値段帯のものだった。

 つまり、少女はどこかの豪商とか、資産家の娘、という可能性が一番高いことだろう。

 とすれば、親も必死で探しているはずであり、そうである以上は治安騎士団にいれば間違いなく見つかるはずである。

 向こうも快く引き受けてくれるはずだ……。


 そう思ってパトリックを待っていると、なぜかパトリックが、少女と手を繋いだままこちらに戻ってきた。

 頭を掻きながら歩くパトリックにカルガモのようにとてとてと着いていく様子は本物の親子のようにすら見えるが、その髪色がその推測は間違いであると明確に告げている。

 戻ってきたパトリックに、


「預けてくるんじゃなかったのか?」


 とルルが尋ねると、パトリックは困ったように、


「そのつもりだったんだけど……担当者にしばらくそちらで預かってくれないかと言われてしまってね。どうにも信じられないくらいに忙しいらしくて、出来るだけ仕事は減らしたいと。服装を見るなりすぐに親は見つかるだろうから、ほんの少しでいいんですとまで言われてしまうと……断りにくくて」


 どうやらパトリックは頼まれると断れないタイプらしい。

 というのは冗談にしても、たぶん、仕事上の付き合いのある相手に言われたのだろう。

 父の顔は騎士の間にはかなり知れているようだし、国仕えの誼で頼まれると断れなかったのだろう。

 そんな父に対し、イリスが、


「とは言いましても……お義父さまは王都にいる間、騎士団の宿舎にいらっしゃるわけでしょう? そんな小さな女の子がいられる場所ではないように思えますけれど……」


 と冷静に指摘する。

 無理ではないだろうが、そんなに居心地のいい場所でもないだろう。

 そのことを考えると、少し可哀想な気もする。

 パトリックはその言葉にうなずいて、提案してきた。


「そうなんだよね……だから、どっかに部屋の余っている一軒家に住んでいる息子とかいないかなぁと思って……いないかなぁ?」


 などと、わざとらしく、である。

 つまり初めからそうするつもりだったのだろう。

 ルルはため息をついて、しかし特に断りはしなかった。

 別に、すでにルルの家にはただ飯ぐらいの巫女が一人いるのである。

 もう一人くらい、子供が増えたところで何の問題もないし、イリスの表情を見てみれば、まぁいいかという顔をしている。

 食事を作るのは彼女であるし、彼女がいいというならそれでいい。

 それが、ルルの結論だった。


「はいはい。ここにいるよ……。けど、この子の親探しはどうなるんだ?」


「あぁ、それは大丈夫だよ。見つかったら治安騎士団から連絡してくれるってさ。僕に連絡くれるって言うから、あとでルルの家に直接連絡が行くように伝えておくよ」


「そうか。分かった……あぁ、そう言えば、名前を聞いていなかったな」


 重要なことである。

 ずっとリンゴを食べているものだから、ほとんど言葉を発していなかった少女に、ルルは尋ねることにした。


「なぁ、君の名前は?」


「……リコル」


 おずおずとした口調でそう言って、少女はさらに四つ目のリンゴに手をつけた。

 あんまりよく喋るというタイプではないようだが、ルルの家に来るのならキキョウが正反対にしゃべるので丁度いいかもしれない。


「分かった。リコル。これから俺の家に行く。君の保護者が来るまでの間、そこで待っていてもらうけど、いいかな?」


「……うん。だいじょぶ。すぐ、くる」


 そう言ってしゃりしゃりとリンゴを食べ続ける。

 全く不安そうではなく、迷子にしては変わった雰囲気だが、おそらく賢い子供なのだろう。

 そう思ってルルはパトリックとイリスに向かって言った。


「じゃあ、行こうか」


 そうして、三人、改め四人は、ルルの家に向かって歩き出したのだった。

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