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第72話 巫女の戦い方

 後手に回ればあの少女は自分の隙を容易く見つけ、突いてくることだろう。

 そう感じたヒメロスは、戦いの主導権を握るべく自ら攻めることを選択する。

 魔力を体に循環させ、身体能力を上げる術は試合開始直後から使っていたが、いつも通りでは埒が明かないような気がする。

 さきほどの少女の――キキョウの速度は目を瞠るものがあり、当然何かしらの身体強化法をでもって人間の限界を超えた機動を実現しているのは間違いないだろう。

 そしてそれはヒメロスのそれと匹敵するほどの錬度であることも間違いなさそうだった。

 自分の年齢と相手の年齢を比べてみて、冗談ではないかと言う気がしてくるが、往々にして天才、というものは何の脈絡もなく現れるものだということを知っている。

 今目の前にいる少女がそうであったとしても何もおかしなことではない。


 そう考え、今までの試合では出してこなかった、魔力循環による身体強化法の神髄と言うものを見せてやろうと言う気分になってくる。

 とは言っても、そんなに難しい話ではない。

 魔力循環、と言う身体強化法の基本は、自分の体に魔力を流してやることによって、自分の細胞を強くし、筋力を上げ、耐久力を上昇させる、という点にあるわけだが、そこには許容限界と言うものが存在する。

 自分の限界を超えて魔力を体に流した場合、細胞の壊疽が始まるし、また思った以上の力に振り回され、簡単に骨折したりしてしまうようなこともありうる。

 そう言った様々な弊害を経験と慣れ、そして才能でもって乗り越えていき、限界を少しずつ押し上げていくのが戦士という生き方を選んだ者の修行になるわけだが、これにはちょっとした裏技も存在している。

 と言うのは、限界を超えた力を行使し続ければ、体が耐えられない、と言うのであれば、行使し続けなければいいのではないか、という単純な発想に基づくものである。


 つまり、それは――


 刹那、とでも呼ぶべき短時間に自分の許容量を遥かに超えた魔力を流し、一瞬の超強化を施す技法、限界突破エクシミオス・コンフォルターナスと名付けられた、一流の戦士のみに許された技術であった。

 一瞬一瞬の強化を繰り返すその技法は、結果的に戦士の実力を数段上昇させるのみならず、あくまで一瞬の強化を繰り返す、という技術であるために使用魔力量の減少をももたらす恐るべきものでもある。

 ただ、それを使うためには一瞬たりとも気を抜かずに魔力を制御し続ける精神力と、自らの身体の状態を正確に管理し続けられる高い戦闘経験が必要である。

 ヒメロスには、そのどちらについても十分というべき自信があった。


 実際、瞬間的に速度の上昇したヒメロスに、キキョウは目を見開く。

 ヒメロスの動きは先ほどまでとは明らかに違っていて、一瞬、ヒメロスがキキョウの視界から消えたからだ。

 ただ、肌のひりつく様な感覚に従って、自分の武器を振ると、そこに細剣を突きだすヒメロスの姿があった。

 にやり、とキキョウを見つめながら笑うヒメロスに、キキョウは言う。


「……切り札か何かですか? 残念でしたね……ッ!」


 それは、切り札らしき技術を出してすら、キキョウに一撃を食らわせることが出来なかったヒメロスに対する皮肉であった。

 けれど、ヒメロスも負けずと言い返す。


「別に切り札というほどのものでもない……それに、どうやらお前にそれを出させることには成功したみたいだしな。痛み分けだよ」


 何の話か、と言いかけて、キキョウは自分が先ほどまでその存在すらをも隠し通していた武器を、ヒメロスの前に突き出すことになっていることに気づき、なるほど、と頷く。


「始めからそれが狙いだったというわけですかー……」


「あわよくば一撃、と思わないでもなかったがな。ま、いいさ……勝負はまだまだこれからだし……なッ!!」


 きぃん、とヒメロスの細剣とキキョウの武器とが鍔迫り合いをやめ、お互いに高い音を立てて弾き合う。

 それから二人は距離をとって、改めて武器を構えて向かい合った。


 ◆◇◆◇◆


「……キキョウさんの持っておられるあれは、なんだと思いますか?」


 ルルの隣に座るイリスが不思議そうにそう尋ねた。

 大会に出るまで、キキョウが武器を使っているところはあまり見なかった。

 けれど、今回は何か武器らしきものを持っている。

 そのことを不思議に思ったのだろう。

 キキョウは無手でも十分に強く、あの黒服少年たちにもそれで問題なく勝利を修めてしまうほどの腕前を持っている。

 それが彼女の基本的なスタイルなのだ、と考えても無理からぬことだろう。

 けれど今、彼女は何かを持っていて、それを使ってヒメロスの細剣の猛攻を弾いている。

 ヒメロスの細剣捌きも極めて見事であるが、キキョウもけっして負けてはいない。

 手に持つ何かを巧みに扱い、弾き、また突いたりしながら、拮抗しているほどだ。

 キキョウの手に持たれているそれは、大体肘から手の先くらいまでの長さの棒状の金属である。

 黒く、重そうであり、一見すると小型のメイスのようにも見えなくはないのだが、通常、球状の鉄の塊に突起などをあしらった柄頭があるはずの部分には何もなく、ただ柄に細い四角柱を取り付けただけの、ただの棒のようであった。

 打撃力、という意味ではメイスにかなり劣りそうな代物であり、なぜそんなものを、という気もしないでもないが、キキョウはあれを巫女服の裾に巧みに隠しながら活用していたのであり、そのことを考えればどちらかと言えば暗器に近いような使い方をする武器なのかもしれない。


 そんなような説明をすると、イリスは一応頷いたが、まだ疑問点があるようだった。


「確かにそのような感じは致しますが……何か、あの鉄の棒、切れ目のようなものがいくつも走っています」


 言われてよく観察してみれば、確かにキキョウの持っている棒の四角柱の部分には、細長い切れ目がいくつも走っていた。

 何か意味があるのは間違いないだろう。

 そうでなければそんなものはいたずらに武器の強度を下げるだけだ。

 しかし、一体どんな意味が……。


 そう思って見ていると、試合は動いた。


 ヒメロスが距離をとり、再度、細剣で襲い掛かろうとしているように思えたその瞬間のことである。

 キキョウがそれに備えて鉄の棒を構えたのを確認したヒメロスは一瞬不敵に笑って、何かをキキョウに向かった投げつけた。


 どこからそんなものを取り出したのか、観客からすれば、予備動作の一切見えなかった動きであった。

 しかしルルは思い出してみれば距離をとった瞬間、その露出の多い防具にヒメロス自らが触れた瞬間があった。

 おそらく、防具の隙間に隠し持っていたのだろう投擲用の武器だろう。

 てっきり純粋な剣士タイプかと思っていたので、そういった小細工を弄するのは意外に思える。


 キキョウもそうだったようで、突然飛んできた何かに驚いたようだった。

 けれど、流石と言うべきか、投げられた武器については全て防ぎきっており、彼女自身は未だ全くの無傷である。


 ただ、それでも、またしてもキキョウはしてやられてしまった、と言えるだろう。


 彼女の持っていた棒状の武器。

 それは今、先ほどとはまるで形を変えて彼女の手元に存在していたのだ。

 イリスはそれを見て、ふっと呟く。


「……扇子、ですか?」


 以前、キキョウが酒場で余興がてらに披露してくれた舞の中、使っていた東方の特産品であるという道具、扇子。

 今、キキョウが手に持っているそれは、明らかにそれと同じ形をしている。

 ただ酒場で見せてくれたものと異なるのは、あのときの扇子はもっと煌びやかで美しく、優雅で品のある工芸品、という感じであった。

 特殊な折りたたみ方によって、平べったくも、また真っ直ぐの棒にもなるその仕組みは、イリスを様々な意味で楽しませてくれたのを覚えている。

 けれど今キキョウが持っているものは、鉄の無骨な黒一色を纏う、まさに武器、と言った様相の物体である。

 武器として使えるとは聞いていなかったが、骨組みや扇面、全てを金属に変えてしまえば、それはまさに鉄の棒なのであるから、武器として使えないことは無いだろう。


「みたいだな。ヒメロスが投げたのは……キキョウの周りに突き立ってる細い鉄杭らしい。弾かれてステージにきっちり突き刺さっているのを見ると、魔力も籠ってたようだからあれを受けたら怪我しただろう」


 ルルがそう答える。

 イリスはそれを受けて言う。


「魔力によって強化された鉄杭を弾いたということは、キキョウさんの扇子もやはり強化されているのでしょうね」


「だろうな。中々いい勝負みたいで面白いよ」


 ルルとイリスが見る限り、二人の実力はほぼ拮抗していると言っていいだろう。

 若干キキョウが押されているような気もするくらいだ。

 キキョウはここで敗北してしまうのだろうか。

 できれば勝って、万能薬パナケイア取得のために上に登って行ってもらいたいところだが……。


「ま、なるようにしかならないか」


 ルルはそう言って余計な心配をやめ、観戦に集中することにした。


 ◆◇◆◇◆


「また色々とやりますねー……」


 ジトッとした目でヒメロスを見ながら、キキョウはそう言った。

 ヒメロスはその言葉に笑って返す。


「お言葉はそのまま返すよ。ただの棒かと思っていたのだが……なんだかおもしろい武器だな?」


 指摘されてキキョウは自分の手に把持されたそれを掲げ、ひらひらとポーズを決めて言う。


「これですか? これは扇子と言って、私の故郷に伝わる伝統工芸品ですよ。扇とも言います。本来は舞に使うもので、紙と木、もしくは布なんかで作られるんですけど……これはそれを武器として扱うために改良されたものです。鉄扇、と言います」


「テッセン……。なんだか壊れやすそうだが……私の投げた鉄杭まで弾いた辺り、意外と丈夫なのか?」


 ヒメロスがそう言って首を傾げた。

 実際、細いと言ってもヒメロスの投げたそれはそれなりの大きさのものだ。

 少なくとも親指くらいには太く、重い。

 投げられれば肌を貫通するくらい訳なく、軟な武器ならヒメロスの魔力と力なら破壊も可能なものだ。

 だが、キキョウの鉄扇は全てを問題なく弾いた。

 だから、ヒメロスが発したのはそのことに驚きを感じたための言葉であった。

 それに対して、キキョウは言う。


「あまり丈夫というわけでも……ま、私がとっても上手に扱ってあげてるからでしょうねー。こう見えて結構強いんですよ? 私。故郷ではー……うーん、上から20番以内には確実に入ってました!」


 その台詞に、ヒメロスは少し悩んだ。

 確かに、ここに至ってこの少女の強さを否定するつもりはないが、上から20番以内、というのは果たしてどうなのか、と思ったからだ。

 一応、特級の冒険者である自分とためを張れる実力を持っているのだ。

 かなり強いのだが、それをもってしても一桁の実力には入るとは断言できない、というのはこの少女の故郷はかなりの強国だと言うことだろうか?

 いや、分からない。

 ヒメロスだとて、この国で何番目に強いか、と聞かれたら十番以内、とは自信をもっては言えないだろう。

 二十番には、入る、とは言えるだろうが。

 そう考えれば、キキョウの台詞は自分の実力を客観的に見れているからこその台詞かもしれない。

 そして、そう考えて、キキョウはやはり強敵だと思った。

 自分のことを客観的に見れる戦士は強いものだ。

 奢りも謙遜も無さそうに見えるキキョウの気負いのない口調は、自分の強さに自信があるという事に他ならない。

 はじめの余裕も、ヒメロスの実力を正確に見抜いてのものだったのだろう。


 だとすれば、彼女はヒメロスに問題なく勝利できる、と考えてるから緊張感がないのだろうか。

 それとも、負けることを理解しているから、気負いがないだけか?


 分からない。

 ヒメロスにはキキョウの正確な実力、というものが未だに分からなかった。

 今まで見たことのない戦い方をする少女である。

 さらに、彼女には得体の知れない何かがあった。


 頭の上にぐでっとしている子犬は未だに対した動きは見せない。

 しかしあれほど高速度で動き、武器を合わせあっている二人の戦いの中、キキョウの頭の上に同じ体勢でくっついていられる生命体なのだ。

 ただの犬、ということもあり得ないように思える。

 では何か、と聞かれるとおそらくは使い魔なのだろうとは分かるが、何のためにそこにいるのかはいまいち理解できない。

 しかし、警戒しておくに越したことはないだろう。


 そう思って、ヒメロスはキキョウにも、そしてフウカに対しても最大限の注意を払いながら戦っていた。


 そんなヒメロスの視線を理解したのか、キキョウが飛びかかってきて鉄扇でもってヒメロスの首や腹を狙って打撃を加えようとする中、それを弾いていくヒメロスにふと尋ねる。


「……この子が気になりますかー?」


「あぁ。今のところ何でいるのか全く分からないからな。気になって仕方がない……ただ油断を誘うためか?」


 聞いても答えるはずがないと思いつつも、一応尋ねてみたヒメロス。

 そんなヒメロスに、キキョウは微笑みながら言った。


「うーん……別に油断を誘うとかじゃないんですよ。この子は私の使い魔ですから」


 やはり、と思いながらその言葉を聞いたヒメロス。

 しかしそうならなぜ今まで動かなかったのか。

 その必要が無かったとでも言うのか。

 だとすれば、自分をどれだけ嘗めているのだろうか。

 そんな気がして、少し怒りを感じた。

 けれどキキョウはそんなヒメロスの表情を読んだのか、首を振ってこたえる。


「いえ、いえ。別に必要ないから、とかそんなこと思ってませんよ! じゃなくて……正直温存しておきたくて」


「温存? 今日の試合はこれだけだろう?」


「毎日使える手段じゃないんですよー、これ以上は勘弁してください」


 そう言って、キキョウは少し距離をとった。

 毎日使えるものじゃないから温存したい、つまり明日使いたいということだろう。

 今日勝って、さらに明日もう一試合勝てば準決勝だ。

 当然、そこまで行けば、運だけでトーナメントを上ってきたものは消え、本当の強者が相手になるのは間違いない。

 そしてそれがヒメロスより強い、というのはありうることだ。

 だから今日は温存しておきたいと、そういうことなのだ。

 

 確かに理屈は理解できた。

 しかし、そんなことはヒメロスのプライドが許さなかった。

 全て出しつくさせて、自分が勝つのだとその言葉を聞いて強く思ったヒメロスは、瞬間発動を繰り返していた魔力循環の出力を更に上昇させる。

 これが、ヒメロスの切り札だった。

 限界を超えた限界、それを更に超える、超限界突破シュロム・フィニィトゥス・ブレイヤクトロ

 出力の上昇と、循環させる時間を通常よりも長くすることにより、自らの力を何倍にも高めるその技は、いわば諸刃の剣である。

 失敗すれば、またあまりにも長く維持すればその時点で筋肉も内臓も全て痛めてしまう死への直行便である。

 これは、勇気と言うより常軌を逸した暴勇が到達できる一つの限界であった。

 しかし、ヒメロスは怯まない。おそれない。

 ここで勝利を手にするためにはそれが必要であると確信しているからだ。

 そうしなければきっと自分は負けるだろうと長い年月で培った勝負勘が告げているからだ。

 だから、ヒメロスはそれをもって、遠ざかったキキョウまでの距離を一瞬で詰めた。

 通常では考えられないほどの身体強化は、ヒメロスの知覚をも通常のものとは異ならせ、周りの景色を遅滞させる。

 振り上げた細剣の進む方向を見定めながら、ヒメロスは自分の勝利を一瞬確信した。


 しかし、ふとキキョウを見てみれば、突然超加速したはずのヒメロスの瞳を完全にとらえて見つめている。

 しかもその口元が素早く動いていた。


 ――あれは魔術の詠唱だ。


 まさかこの場に至って魔術で挑んでくるなどとは思ってもみなかったが、今気づけたのは僥倖だっただろう。

 気づかなければ、恐らく先に魔術を完成させられていた。

 けれど、気づいても自分の細剣とキキョウの魔術の完成のどちらが先かは、その口元の動きと自分の筋肉の動きを比較してもはっきりとはしない。


 ――結局のところ、あとは根性勝負だろう。


 そう認識したヒメロスは、先に攻撃を加えた方がおそらく勝つ、と確信し、キキョウに魔力が集約していく中、自分の持つ細剣に渾身の力を籠めたのだった。

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