第71話 最近の若者
試合が終わったあと、ウヴェズドは医務室に運ばれて治癒魔法をかけられ、その傷は回復したのだが、魔力と体力を限界まで消費したためにしばらくの間、気絶していた。
ルルとしては、彼とは色々話してみたいことがあったのだが、この調子では後回しにせざるを得ない。
仕方なく、闘技大会本選の観戦に戻った。
本選は二十四人の出場者がトーナメント制で争うもので、二日かけて行われ、三人の勝者の選出を目的になされる。
最終的に勝ちあがった三人は、最終日に総当たり戦を行い、その勝敗で優勝者が決められることになる。
そのため、今日と明日に関しては一日に大体十試合程度が行われる計算になる。
そして明日に限っては一日に一人二試合を行わなければならず、そのため魔力体力の配分が重要になってくるのだが、今日はそういう心配はないので、結果として出場者たちはほとんど全員が出し惜しみをせず一試合に気力体力を全て出しつくして戦うことになるから見ごたえがあって面白いと言われている。
実際、ウヴェズドはそういう理由があったからこそあれほどの魔術を使ってルルと相対したのだろう。
次に試合が控えている状態であそこまでの力を出し切る者はいない……はずだ。
まだまだ隠し玉はありそうな気配はしたので、振り絞ればまだまだ行けた可能性はないではないが、それこそ命を削るレベルになってくるだろうことは間違いない。
そう言う意味で、あれは本気だったのだろうと判断して間違いないはずだ。
ルルとウヴェズドの試合は本選全体の中で第二試合にあたり、比較的早い時間であったので、他の出場者の試合を見るのには丁度いい順番であった。
知り合いの試合も全部残っており、自分の試合を終えて他人事気分で見れるのはルルだけである。
まず、最初の知人の試合は、グランのものであった。
彼が他人と戦うのを見るのは、カディス村での模擬戦以外では中々無かったため、新鮮である。
客観的に彼がどれくらい強いか、というのはそれではあまり分からなかったからだ。
グランと父が剣を合わせても、それはほとんど陣取りゲームに近く、本気を出しあっている、というよりかは達人同士の訓練や遊びにしかならず、かといってラスティと戦ってもそれはグランにとっては稽古をつけているに過ぎない。
ルルであれば、真面目に戦えば彼の本気を引き出すことは出来ただろうが、カディス村にいる間は人族の体を乗りこなすことに意識のほとんどを割いて訓練していたから、剣術勝負という意味ではあまり面白い勝負にはならなかっただろう。
つまり、今回の試合が、始めて本気で戦うグランの姿を見れる機会である、ということで、ルルはだからこそ楽しみにしていた。
けれど、その期待はあっさりと裏切られる。
彼の対戦相手が、グランの相手をこなせるほどに力のある者ではなかったからだ。
本選出場者は、実力的に概ね二種類に別れていて、グランのように本当に実力があり、誰とぶつかろうとも順当に上がって来ただろう、と言える者と、トーナメント制という形式の恩恵を受けて、うまいこと格下ないしは同格の者とばかりぶつかり、運良く本選まで出場を決めてしまった者、の二種類である。
前者の実力が確かであるのに対して、後者は実力不相応なことも少なくなく、結果として前者と後者がぶつかり合うような試合の組まれ方がなされてしまって、見ごたえのない戦いになることも本選は少なくないようだ。
グランの試合がまさにそういうもので、相手は対戦相手に恵まれた中級クラスの騎士だった。
もう少し実力が近ければ、グランが相手でなく、上級クラスであれば番狂わせも期待できたかもしれないが、グランは王都で名の知れた冒険者であり、相手の騎士もこれはどうにもならないと頭ではしっかり理解できていたようだ。
しかし、だからと言って諦めて棄権したり試合を投げるようなことはせず、騎士として立派に戦い、そして最後には一撃でグランに沈められるという闘技大会におけるある意味お約束と化した流れの一つを披露して敗北していった。
ただ、グランが気絶させるつもりで放った一撃に耐えきり、意識までは失わない根性を見せたことから、これもまた賞賛されていた。
今回は彼の大会はここで終わったわけだが、次の大会までには、もしかしたらもっと強くなっているかもしれないと期待を抱かせるような、そんな騎士だった。
次の試合はユーミスのものだったが、これは派手な魔術戦の様相を呈した。
ユーミスの相手は、上級上位クラスの魔術師だったわけだが、お互いに派手好きなのか何なのか、爆発とか巨大な岩の砲弾とか水の竜などと言った、舞台映えする魔術ばかりをお互いに使用しあって、相手にダメージを与えると言うよりかは、どちらがより派手な魔術を使えるか、という異様な勝負をしていた。
とは言え、観客から見れば面白い見世物であるのは間違いなく、また魔術の知識と制御能力勝負と言うことになるわけだから、闘技大会の趣旨からそれほど外れていると言う訳ではなかっただろう。
結果として、相手の魔術師の放ったステージ中を茨で覆い、ユーミスに襲い掛かってきた魔術を爆炎で燃やし尽くして魔術師諸共飲み込み切ってユーミスが勝利を収めることになった。
どちらの魔術も面白いものが多く、見ていて楽しい試合だった、と言えるだろう。
そのあとにイリスの試合も行われたが、これは即座に終わってしまった。
相手は上級クラスだったわけで、それなりに強かったのだが相性が悪かったらしい。
イリスの速度についていくことが出来ずに、首を叩かれて一撃で終わってしまった。
そうして、次々に試合が終わっていく中、知人の中で最後に戦うことになったのは、キキョウであった。
◆◇◆◇◆
先に闘技場ステージで待っていたのは、言わずと知れた氏族“修道女”のヒメロス=ブラッキアーレであった。
長い黒髪を三つ編みにして一本、後ろに流し、腰には細剣を下げて、露出の比較的多い防具類に身を包んだその恰好は、まさに戦乙女もかくやという立ち姿で、吹き上がるような闘気には鋭いものが感じられる。
ともすれば戦士と言うよりかは娼婦に近い、と思われてしまいそうなその恰好も、彼女の鍛え上げられた肢体と堂々とした雰囲気から、そのような不健康な艶は感じられず、むしろ荒々しい戦人の迫力が漂っていた。
そんな彼女が立つステージに後からゆっくりと姿を現したのは、真っ白な上衣と、朱色の袴を纏っている神秘的な雰囲気を身に纏った少女――キキョウであった。
彼女の頭の上には子犬が乗っかっていて、ヒメロスとは異なり、なんだか気が抜けそうな雰囲気が漂っているが、ヒメロスの勘は彼女がけっして侮れない人物であるという事を感じている。
あの子犬は、一体、と考えて、使い魔というものは許されていたなと思い至る。
ああいう、油断を誘う容貌をしていて、実は凶悪な能力を持っている、とかそういうことなのだろうか。
ヒメロスは今まで戦ってきた様々な相手のことを思い出しながら、目の前の人物――キキョウが、一体どのようなタイプに当てはまるのかを考えてみた。
しかし、いくら考えても、彼女と同じようなタイプの相手は見つからない。
そこで、きっと彼女は今まで戦ったどんな相手とも異なる者なのだ、と考えることにした。
彼女に対して余計な先入観を抱くと、いつの間にか地に伏してしまっているような、そんな予感がしたのである。
のほほんとした、およそ戦闘に向かないような雰囲気をしているのだが、何が自分にそう思わせるのだろうと疑問に思って、よくよく考えてみるとこの場においてそんな雰囲気を纏っていること自体がおかしいことに気づく。
彼女には、キキョウには、闘技場本選と言うこの場において、全くの緊張が感じられないのだ
特級であるこの自分をしてすら、こんな風にぴりぴりとした闘気を出さずにはいられないほど、この場に立つという事は緊張を強いるものだ。
けれど、キキョウにはそれがない。
まるでここに立っているのはいつもの生活の延長に過ぎないとでも言わんばかりに、にこにことした微笑みと共に、のほほんとしているのである。
ステージに登っても、頭の上に載せた子犬を撫でたり、闘技場の客席を額に手を当てて見渡したりするなど、ヒメロスなど全く眼中にすらないようなその態度。
よくよく見てみれば武器も持っていないように見える。
見れば見るほど、この女は自分を嘗めているのか、という気がしてきた。
腹が立ってきて、だからヒメロスは口を開く。
「おい……」
「ほへ~……すごい熱気ですねぇ。やっぱり本選は違いますよ、フウカ!」
呼んだのに、ぼんやりと頭の上の子犬と話し続けるキキョウ。
ヒメロスは再度、音量を上げて叫ぶ。
「おいっ!」
「ほへっ!?」
今度は聞こえたのか、間抜け面をこっちに向けて、穴が開きそうな程、目を丸くしてこちらを見つめてきた。
そして、申し訳なさそうに言うのだ。
「ええと……す、すみません。何か、怒ってます?」
そんな彼女の様子に、だんだんと自分の気が抜けていくのを感じた。
分からない。
キキョウが何を考えているのか、ヒメロスには全く分からない。
最近の若い娘、というのはこういう者なのだろうか。
二十代は確かにもう十年以上前に過ぎてしまったのは確かだが、ここまで理解できないほど若者というのは自分の時代より変化してしまったのだろうか。
そう言えば、数年前から修道女の若手を叱ったあと、陰口でババアとか呼ばれることが増えたような気がする。
そう考えると、目の前のキキョウの態度が余計に自分の事を嘗めているようでイライラしてくる。
だからだろうか、つい、
「怒ってなど、いないッ!!」
などと、強い言葉が出てきてしまい、思いのほか感情が籠っていたので驚く。
キキョウは、
「や、やっぱり怒ってるじゃないですか~」
と言って身を引いて怯えていた。
そんな姿を見て、自分を嘗めているとか馬鹿にしているとか感じたのは、ただの気のせいか、と考えを改める。
非常に調子が狂うが、この少女はこういう気質なのかもしれないと、そう思う。
すると本当に肩の力が抜けてきて、なんだかなぁという気分になってくるのを感じた。
それからヒメロスは首を振り、呆れたような声で、
「……もう、いい……」
と言って、武器を構えた
キキョウもそんなヒメロスを見て、気を引き締めたのか、先ほどよりもきりりとした顔になり、ばさばさとした変わった服――巫女服の裾を掴んで、独特の構えをした。
ヒメロスをして、見たことのない構えだったが、しかし、不思議なことに隙がないように思えた。
いや、あんなに気の抜けた娘なのだ。
確かに本選まで上がってこれたようだが、それはくじ運に恵まれたに過ぎない――
そんなことを思いながら、キキョウと相対するヒメロスの耳に、
「……始めッ!」
試合開始の合図が鳴り響いた。
◆◇◆◇◆
しかしそんなヒメロスの考えは即座に否定されることになる。
驚いたことに、気づいた時にはキキョウはヒメロスの目の前に肉薄していた。
その黒い瞳と視線が合い、先ほどまでの気の抜けそうな笑みとはまるきり性質の異なる肉食獣のような微笑みに総毛だったヒメロスは慌てて細剣を振り、その危険な予感を避けるべく行動した。
すると、
――きぃん。
という音と共に何かに細剣がぶつかった感触がして驚く。
何に当たった。
キキョウは、あの少女は何も持ってはいなかったではないか――そう思って改めて確認してみれば、はためく巫女服の裾から僅かに何か堅そうなもののシルエットが見えた。
何か持っているな。
あのゆらゆらとして間合いの測りにくい衣服は、そのための仕込だったわけだ。
思いのほか狡猾な手段を仕込んでいたらしい相手に、ヒメロスは賞賛を送りたくなった。
さらに、自分がそんな策にまんまと嵌ってしまっていたことに、情けなさを感じた。
見た目や雰囲気に騙されてはいけないとそれなりに生きてしっかりと学んでいたはずだった。
それなのに、キキョウから受ける雰囲気は、どう考えても強者のそれではなく、侮れない、と一瞬感じたのにそんな自分を何度も助けてくれたはずの勘を振り切ってしまっていた。
愚かなことだった、と思った。
そして、もはやそんな愚は犯すまい、と心に決めた。
それからは、ヒメロスが立ち直るのは速かった。
先ほどまでの薄かった戦意は今や漲らんばかりに張りつめてキキョウに吹き付けるようだ。
そんなヒメロスの様子を見たキキョウはため息を吐いて、笑った。
「……意外と強い人だったみたいですねー……残念」
やはり、先ほどまでの雰囲気は擬態だったらしい。
本当の戦いはここから始まるのだ。
そう思ったヒメロスは、改めて細剣の柄を握り、気合を入れてキキョウと相対したのだった。