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第69話 魔術戦

 試合が始まると同時に、ウヴェズドは呪文詠唱に入った。

 人の滑舌と発声の限界に等しい恐るべき速度で唱えられたそれは、即座にウヴェズドの体を強化し、およそ人族ヒューマンとしては考えられない身体能力を彼に与える。

 身体はどう見ても老人のもので、素早く動けるようにも力があるようにもまるで見えないのだが、今、ルルの前にいるウヴェズドの速度は老人であるなどと侮れるようなものを超えている。

 ルルに向かって地を蹴ったウヴェズド。

 その狙いは当然、ルルに攻撃を加えることに間違いないだろう。

 高速度で動きながら、その口元は確かに呪文を詠唱している。

 持っている杖も構えながら向かってきているところからすれば、彼は魔術のみならず棒術も修めているのだろう。

 どう見ても、ただの魔術媒体として持っているようには思われず、魔術を唱える隙を埋めるべく身につけた戦闘技術なのだろうと理解できた。

 魔術師の難しいところは、本来こういうところ――剣士などの武術家と一対一で戦う場合に、呪文詠唱の隙を突かれやすい、というところにあるが、その問題は当の魔術師たちこそが深く理解していることであるようだ。

 アンクウもそうだったが、魔術師として大成しようと考えたとき、砲台に徹するならともかく、個人として高い戦闘能力を得ようとすれば、どうしても武術も修めて魔法戦士になるという方向に進まざるを得ない。

 ウヴェズドはそのために修めるべき武術として杖術を選んだという事なのだろう。

 武術家たちも、魔力、というものに全く無関心で大成することは出来ず、特に身体強化に関してはしっかりと身に付けなければならない。

 つまり、戦士と魔術師は、高いレベルに技量を高めていくにしたがって、その能力が徐々に近似していく、というわけだ。

 ただ、それでも戦士は近接戦闘が、魔術師は遠距離が得意な傾向があるのは当然である。


 にも関わらず、ウヴェズドが本選まで残り、そしてこんな風にルルの目の前に突っ込んでこられるのは、そう言った得意不得意などない万能な魔術師として極めきった極限の存在であるからだろう。

 ルルはそんなウヴェズドの動きをしっかりと捉えながら、どう対応するべきかをその一瞬の中で考え、そして剣を抜き、自らも呪文を唱えることにした。

 ウヴェズドはそれを見て、にやりと笑いルルの行動を賞賛するような目で見る。

 冷静に考えて、ウヴェズドは魔術と武術両方でもってルルに襲い掛かる気であり、どちらか片方に対応できても、もう片方をどうにかしない限りダメージを食らう事は必然である。

 そのため、ルルとして取れる手段は、魔術と武術の両方に対応する、それしかなく、だからこそルルは剣を持ち、それを杖の突きだされる方向に差し出しながら、ウヴェズドの唱える魔術を聞き、対抗呪文を唱えるべく魔術の構築を始めなければならなかった。


「……『火の精に望む、我が魔力を糧にして小さき炎を起こし、纏い、そして力と為さんことを……炎杖フラムマ・バクルマ』!」


 しかし、ルルの耳の聞き取ったその魔術は意外にもルルに直接攻撃を加えようとするものではなかった。

 魔の力を自らの武具に付与し、それを持って攻撃力を上げようとする魔術――魔術剣の詠唱であり、その直後、ウヴェズドの杖は青い炎に包まれてルルに向かってくる。

 ルルはその杖を受けるべく自分が剣を向けていたのだが、ルルの剣はそこそこいい剣ではあるが、図抜けた性能を持つものではなく、無防備な状態で魔術剣など受けたらどうなるか分かったものではない。

 対抗するにはそれ相応の性能の武具で挑むか、同様の魔術でもって対抗するしかなく、しかしウヴェズドが魔術剣を使ってくるのは少々予想外だったため、詠唱が少し遅れる。


「……『氷の精に願う、我が魔力を糧に氷雪を纏わせ、刃と為さんことを……氷剣グラキエス・グラディウス』!」


 現代魔術に基づく詠唱、というのは慣れや経験と言う要素が大きく作用する。

 ルルとて、魔術の詠唱、ということならそう簡単に負けることはないが、こと現代魔術の詠唱となると、ウヴェズドに一日の長があるらしい。

 少しばかり構成が甘くなったルルの魔術。

 しかし、かといって発動しないという事もなく、膨大な魔力にものを言わせて無理矢理、魔術の格を高めてウヴェズドの精緻な構成の魔術と対抗できるものへと効力を押し上げた。


 ウヴェズドの青い炎に包まれた杖とは対照的に、完全に透き通った美しい氷に包まれたルルの剣は、確かにウヴェズドの杖をその刀身に罅一つ入れることなく受けて見せた。

 じわじわと、ウヴェズドの杖はルルの氷の剣を溶かしていくも、その炎の勢いを徐々に減少させて、最後にはお互いの武器に纏われた自然の力を完全に対消滅させてもともとの姿へと戻った。


「……ふん。やるのう、若造。普通なら驚いてそのまま対応できずに終わるものじゃぞ。魔術剣など最近の若いのは知らないからの」


 少し離れた位置からルルの動きを注視しながら、魔力を練りつつ用心深く次の魔術の準備をしつつウヴェズドの語ったその情報はルルにとって、傾聴に値するもので、面白く感じる。

 昔はよく使われていたものだが、現代魔術ではあまり使われないのだろうかと思ったからだ。

 首を傾げるルルに、ウヴェズドは言う。


「儂は魔術の研究が趣味でな。シュイなどと違って、ただ魔術が好きなんじゃ。だからどんな魔術でも見つかったら試してみるんじゃが、その中にあった魔術のうちの一つが、魔術剣じゃった……数百年前まではかなり使われていたらしいが、今はその使い手などほとんど見ない……じゃから、こういう不意打ちなんぞに使えると思って居ったのじゃがのう」


 魔術剣はかなり面白くそれなりに強力な魔術であるが、構成が少し難しい、ということと使う魔力量が少し多い、というデメリットがある。

 しかも、扱うためには武術をある程度修めていなければ意味がなく、そう言った様々な要素が魔術剣を失伝させる方向に働いたのだろう。

 ウヴェズドは、書物か、それともどこかで伝え聞いたのか、そのほとんど使い手のいないらしい魔術剣を復活させたわけだ。

 相当な趣味人であるな、と思う反面、そういう挑戦をし続けるこの爺さんには何となく好感を覚える。


「俺も魔術が好きだからな。魔術剣くらい、使えないことはない……」


 掛け値なしの笑顔でもってそう言うと、ウヴェズドもふと楽しそうな顔をして、


「ほう……これはこれは。もしや同好の士と言う奴ではないか? む、そういえば、予選で雷を帯びた短剣を操った少女がいたと聞いたが……あれは主の知り合いか? そうであるならば、主が魔術剣を教えたのか?」


 おそらく、ミィのことを言っているのだろう。

 しかし、あれはそもそも魔術剣ではなく、剣自体が特別製なだけだ。


「あれは魔術剣とはまた別だ……鍵になってる言葉に反応して稼働する魔法具だよ。実際に見た訳じゃないのか?」


 見れば、魔術剣との違いは明白に分かる。

 そのくらいには、効果が魔術剣とは大きく異なるものだ。

 あれはせいぜい、人を黒こげにするくらいが関の山。

 それくらいのものは魔法具職人なら問題なく作れるし、割と売っている。

 ただ、ミィが使ったのは一瞬だったから、魔術剣を知っている人間はもしかしたらと勘違いしやすかったかもしれない。

 ウヴェズドは俺の言葉に納得し、頷く。


「ふむ……そうじゃったか。もしやと思って探していたのじゃが……期待はずれか。いや、主という使い手と会えたのじゃから、そうとも言えんかもしれんのう。しかも、同じ趣味を持っている……試合が終わったら色々話してみたいものじゃ」


「俺もそれには同感だ……」


 色々魔術について調べたりして見たは良いが、未だ不明瞭な部分が多い。

 ユーミスに聞いても分からないところが多い、現代の魔術。

 どうしてこんな風になっているのか、と質問したり議論できるような相手と言うのは増やしておいて損は無いだろう。

 しかし、ウヴェズドは俺の話をそれに加えてまた別の意味合いでもとらえたようだ。


「同じく魔術の研究が趣味で、魔術剣まで修めているのじゃ……他にも色々使ってみてもいいかのう?」


 などと、楽しそうに言うのだ。

 てっきり切り札として魔術剣を出してきたのかと思っていたのだが、どうもそうではなく、他にも色々ある手札のうちの一枚を切ったに過ぎないらしい。

 一体どれほどの魔術を修めているのか、と戦慄を感じると同時に、この爺さんと心行くまで戦うのは面白そうだ、と思った俺は、そんなウヴェズドの言葉に頷いて言ったのだった。


「好きなだけ使うといい……全部そっくり返してやるからな」


「言うのう、若者よ。では参らせてもらうぞ……」


 ウヴェズドの魔力が脈動した。


 ◆◇◆◇◆


「魔術剣だと……なんだ、あれは。魔法具ではないのか」


 国王はガラス窓の向こうで繰り広げられた一瞬の攻防の中で使用されたその技術に驚きを示す。

 それから、部屋に控える近衛騎士たちに尋ねた。


「ちなみに尋ねるが、お前たちはあれを使えるのか?」


 その言葉に応えたのは、ロメオである。

 顎に手を添えながら、ルルとウヴェズドの戦いを見ている彼だが、先ほどの技術には彼も驚いたらしい。

 普段、微笑みからそれほど大きく表情が変化しないと言われる彼の顔には明らかな驚愕と困惑が張り付けられていたからだ。


「……いえ。おそらくは無理だと」


「それはなぜだ?」


「まず魔術自体の構成の複雑さがあります。あの二人は――驚くべきことにかなり軽々と使いこなしているように見えますから、簡単そうな魔術に見えますが、全くそんなことはありません。あれを使うのはおそらく上級魔術を普通に使用した方が楽でしょう」


「それはまた……だが、そうなるとかなり非効率な魔術という事か?」


「いえ、そうではないと……使われた魔力量と比例する程度の威力はあるでしょう。つまり……あの杖と剣に纏われた属性魔力はまさに上級魔法に使用されるそれが凝縮されたものなのだと思います。今回はあの両者の技量があまりに高いがゆえに、対消滅して何の被害も生じずに終わっておりますが、おそらくあの杖、あの剣が壁や床にたたきつけられれば、それだけで膨大な被害が生じていたのだと考えられます」


 聞けば聞くほどに、常識はずれの技術だったようだが、ウヴェズドの話によれば、それほどの魔術であるのに失伝したに近い状態にあるという。

 かなりもったいない、と国王は思ったが、今のロメオの言ったことが正しいのであれば、術者の魔力量、技量が一流でなければ使いこなせないような代物で、しかも武術と併用しなければならない以上、武術についても何かしら修めていなければそれほど意味のない技術だ。

 そうなってしまうのも、もしかしたら歴史の必然だったのかもしれないと思い、納得する。

 それから、国王はアイアスに尋ねる。


「お前は使えるか?」


「いえ、私も無理です。そもそも現代では魔力を武具に直接浸透させる方法が主流というか、支配的ですから……。魔術について深く精通しなければ使えず、さらに上級魔術が使える程の魔力量がなければ挑戦することもできないようなものでは、戦士が見捨ててしまうのも理解できるような気がします。もしくは、過去は奥義や憧れの技術だった可能性もありますが、そう言ったものは才能ある者が後を継がない限りは徐々に失伝していくものですから……おそらくあの魔術剣もそんな風に歴史の波間に消えていったのかもしれません。魔法具が小規模ながら代用品として使えますし、そうなると有用性も徐々に減っていったとも考えられます」


「なるほどな……ちなみにだが、あれを使える者を数人でもいいから育てる、ということは可能か?」


 それに答えたのはロメオだ。

 少し考えてから、首を振って、


「いえ……不可能とは申しませんが、コストを考えますと……。あれだけを修めるために訓練させれば可能でしょうが、応用力のない騎士を増やしても仕方がないです。騎士に魔法具を持たせればそれで足りる話ですし……結局は、魔術剣を使える騎士数人、よりも万能の騎士を数十人育てる方が容易で、かつ役に立ちますから……あまりお勧めは致しません。あれは一流の魔術師の趣味の技術、と言ってもいいかもしれないです」


 ロメオの答えに、国王はそんなものかと頷いた。

 つまり、今目の前で戦っているあの魔法戦士二人は、一種の例外であり、化け物なのだ、ということが分かったわけだ。

 あれほどの技術を、ただの趣味で身に着けて、実戦に投入してくるのだ。

 よほど暇か、才能が余っていなければ出来ることではない。

 ああいう者は意図的に作ろうと思って作れるものではなく、たまたま、何かの偶然で、突然生まれてくるもので、計画的に生み出そうとしても様々な点で問題があり、無駄であるということだ。


「……本当に、あのルル、という者を近衛騎士に引き立てるか……?」


 そんな独り言を言ってみるも、おそらくは無駄だろう。

 騎士になりたいのであれば、あれほどの実力があり、そして父がカディスノーラ卿なのである。

 いくらでも仕官の道はあったに違いなく、そして必ず出世できていただろう。

 それなのに、冒険者の道を選び、その存在すらこうやって冒険者として出てくるまではどこからも出てこなかったのだ。

 カディスノーラ卿も自分の後を継がせて騎士として大成させよう、とは考えていないという証拠である。

 それを無理やり騎士にする、というのも国王の望むところではない。


 それに、ルルは冒険者なのである。

 騎士ではないにしても、何かしら彼に任せたい仕事があれば、それこそ冒険者組合ギルドを通して依頼すればいい。

 別に国を嫌っている、というわけではないことは、この間の事件において攫われた騎士たちをも救おうと努力したことからすれば推定できる事実である。

 いずれ何かしらの依頼を口実に、接点をもって、交友を持つのも悪くは無いかもしれないと思い、国王は試合を真剣に眺めることにする。


 それに――もし彼がこの大会で優勝するようなことがあれば。


 自分と逢うことになるのは必然なのだ。

 そのときに、色々尋ねてみるのも面白いだろう。


 国王はそう思ったのだった。

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