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第64話 火と目覚め

 村に戻ると燃え盛る火炎が辺りを覆っていた。

 イリスとキキョウがいない辺り、あの黒服たちとまだ戦っているか逃げられて追いかけるかしているのだろう。

 逃げまどう村人たちを前に、ルルはとにかく消火しなければならないと思い、水の魔術を使用することにする。


「『黒雲よ、集え。そして辺りにその滴をもたらせ……プルウィア』」


 そうルルが唱えるとほんの数秒で村の上空を覆うように不自然に暗雲が立ち込め始め、そしてぽつりぽつりと降り始めた雨はすぐに大雨へと変わって村に燃え盛る炎を掻き消していく。

 水に触れる度、じゅわ、と音を立てて消えていく火を確認し、ルルは次に村人たちの救出に移ることにした。

 特に燃えている家屋の炎は大雨が降っているからといってすぐに消えるわけではなく、徐々に消えていっているだけである。

 まず生きている村人たちを安全に家屋の外に運び出さなければならない。


 一つ一つの家々を回りながら、炎が渦巻いて人が入るのが難しそうなところに、水の魔術で局所的な消火を施しながら探索する。

 幸い、と言うべきか当然と言うべきか、村人たちの魔力は小さくてもはっきりと分かるので、どこに人がいるのかはルルには手に取るようにわかった。

 そのため、救出は順調に進み、最終的には一人の死者もなく村人全員が助かったため、安心する。


 その中には、あの六台の馬車を引いてきた御者や商人たちがいるが、なぜか放心状態になってその場に立っていた。

 話しかけてもいまいち反応が鈍く、あぁ、とか、うぅ、とかそんなことくらいしか話さない。

 奇妙に思ったが、黒服を捉えそこなった今、彼等こそが重大な証人であることは間違いなく、とりあえず逃がさないように気を付けなければならないと思った。


 仮に逃げられても、オルテスを助けられた以上、ルルにとってそれほど問題は無いのだが、わざわざ逃がす理由もなく、ことの顛末くらいは知っておきたい。

 街を出る前に、シフォンが治安騎士に連絡しておくとも言っていたから、そのうち彼らの一部がここにやってくるだろう。

 そのときに引き渡せばいいかと思い、とりあえず縄で縛って転がしておく。


 宿も半分近くが燃えてしまっているため、助けた冒険者たちをどうするかは問題だが、それでも宿の半分は無事なので、とりあえずそこに所狭しと寝かせてある。

 後で魔術による睡眠状態を解けば、個々人で王都や自分の故郷に帰るくらいの能力は当然ある者たちだから、それほど心配はいらないだろう。


 そんなことを考えていると、イリスとキキョウが村に戻ってきた。

 振り返ってルルは彼女たちに話しかける。


「遅かったな。どうした?」


 すると二人とも眉をしかめて答えた。

 それによると、戦い自体はそんなに長引かずに終わったらしい。

 捕縛も出来たということだ。

 けれど縄で縛ってる最中、何かをがり、と噛む音がして何をしたのかと確認してみれば、捕まえていた黒服たちが苦しみだしたのだという。


「……おそらく、毒物か何かを口内に仕込んでいたものと思われます」


 イリスがため息を吐いて答えた。


「それは……」


 確かにそれくらいしそうな覚悟がありそうな者たちではあった。

 それを想定して、まず何も噛めないようにしてから捕まえなければならなかったのかもしれない。

 とは言え、それを今言っても仕方ない。


「即座に回復をしようと色々努力はしてみたのですが、かなり強力な毒物だったようで、どうにもなりませんでした。キキョウさんにも色々試していただいたのですが、やはり無理で……」


「あれは完全に初めから死ぬつもりでしたね。色々甘く見すぎました……ルルさんの方は?」


 キキョウがそう尋ねたので答えた。


「俺の方も駄目だ。逃げられた。魔力を補足してたからどこまで逃げられても捕まえられるはずだったんだが……どうやってなのか分からないが完全に反応が消えてな」


 イリスはその言葉に驚く。


「完全に、ですか。それは可能なのですか?」


「普通の奴からそう見える程度に隠すことは出来るだろう。ただ、俺から感知できないレベルでとなると……」


 無理、と言って相違ないだろう。

 しかしその無理なことを可能にしている人間が確かにいたのだ。

 これからはそれが出来る人間がいると考えてこういう場合は動かなければならないと考えを改める。


「そうですか……ちなみにこの火事は?」


「あぁ……火の元を確認したんだが、主にあの馬車だったみたいだ。他にも村のあちこちに火の元はあったみたいだが……」


 視線を馬車にやると、そこには黒こげになった六台の馬車があった。

 おそらくは証拠隠滅のつもりで時限式の魔術か魔法具を仕掛けておいたのだろう。

 そして村のいたるところに似たような燃え方をしているところも見つかった。

 結果として火事になるまで気づかずに村が火炎に包まれてしまったわけだ。

 中にまだ入っていた冒険者の棺桶箱を燃える前に運び出せたのはほぼ奇跡の類だろう。


「救出した皆さんは?」


「問題ない……全員無事だよ。村人もな。とりあえず……魔術を解いて、起こすか」


 そう言って、俺たちは宿に向かうことにした。


 ◆◇◆◇◆


 とりあえず、魔術にかかって眠っている者全員を、宿の最も広い部屋――食堂の床に並べることにする。

 一度に解いた方が魔力的にも手間からしても楽だし、起きたら説明もしなければならないからその方がいいだろうと考えての事だ。

 宿の主人は食堂を一定時間占拠してしまうため拒否するかと思っていたが、意外にも快諾してくれた。

 ルルが火事を消火し、炎に包まれた危険な家々を駆けずり回って最終的に村人全員の命を救ったことがかなり好意的に映ったようだ。

 ルルはその主人の好意に感謝し、並べた冒険者たちを見て魔術を解くべく解呪の魔術を唱える。


「……『悪しき戒めよ、我が声、我が力に応じ、その者を解放せよ――解呪ソルヴォ・デ・マディリクト』」


 この時代であれば、高位神官でなければ使用できないらしいこの解呪の魔術であるが、ルルにはそれほど難しいものではない。

 呪文を唱えると同時に、柔らかな白色の光が冒険者たちを覆い、染み込み、そして彼らの体から浮き上がった黒い何かを浄化していった。


「まるで眠り姫を思い出させるような光景ですわ」


 イリスがふと、そんなことを呟いた。

 悪しき魔女の手によって眠らされたお姫様にかけられた呪いを、流しの魔術師が解いて結ばれる物語だ。

 ルルが魔王だった時代には存在しなかったそれだが、イリスはなぜかことさらにその話を気に入っていて、村にいた頃は父パトリックの書斎に置いてあったその本をよく読んでいたのを覚えている。


「……起こすのがこんな奴らじゃな……」


 しかしルルはそんなイリスの言葉に辟易したような顔で、冒険者たちの姿を眺めた。

 ほぼ全員が、筋骨隆々の屈強な戦士、もしくは一癖も二癖もありそうな面差しの魔術師たちである。

 なぜか女性は一人もおらず、彼らが眠り姫だと言われてもお願いだから結ばれたくないと思ってしまうような光景であった。

 そんなルルの気持ちを理解したイリスは笑った。


「申し訳ありません……そんなつもりではなかったのですが。……あ、しっかり魔術は解けたようですわね。起きられたようです」


 言われて、イリスの示した冒険者の一人を見てみれば、確かに起き上がって目を開き、辺りを見渡している。

 頭を押さえていることから、多少痛むのかもしれない。

 ルルは彼に近づき、質問をした。


「起きたか。どこかおかしなところはないか? 眠る直前、なにがあったのか覚えているか?」


 あまり沢山質問するのもよくないだろうが、どれか一つ答えてくれればいいかととりあえず気になることを二点聞いてみることにする。

 すると男は少し考えて、傷む頭を押さえながらもゆっくりと答えた。


「……あぁ。覚えてるぜ。なんか変な黒い服の奴に襲われたところまではな……。そうか、俺は眠らされていたのか? あんたたちが助けてくれたのか?」


 男の受け答えはしっかりしていて、その精神に魔術による大きな影響はなさそうで少し安心する。


「一応、そうなるな。ただ、黒服自体は逃がしてしまったが……」


「いや、助けてもらっただけで十分だ。……他の奴らも俺と同じか?」


 男は横を見て、眠っているがまだ目覚めていない他の冒険者たちを見てそう尋ねた。

 ルルは頷いて答える。


「あぁ。総勢で21人があんたと同じように眠らされて、ここまで運ばれて来たんだ」


「運ばれて……? ここはどこだ」


 言われて、ルルは現在地を説明する。

 王都から随分離れた位置にいることを男は驚き、そして間一髪だったことも知って、余計にルルたちに頭を下げた。


「本当にやばかったらしい……助かったぜ。いつかこの礼はする。俺の名前はディアスだ。あんた達は?」


「俺は“時代の探究者エラム・クピードル”のルル。こっちはイリス。こっちはキキョウだ」


「そうか……」


 頷いたディアスといくつか話をし、それからしばらくして他の冒険者も目が覚めだしたので一人一人に話を聞いたり質問を受けたりしながら過ごした。

 ディアスも一番初めに目が覚めて事態をもっともよく把握できているからか、ルルたちの作業を手伝ってくれた。


 そして、そんなことをしばらくしているうちに、オルテスが目覚めたので、他の冒険者たちへの説明はディアスに任せ、オルテスと話をするために近づいたのだった。


 ◆◇◆◇◆


「……ここは……?」


 青白い顔が顰められ、辺りの状況を把握しようと左右に視線が動いた。

 オルテスの視界に一番初めに入ってきた人物は、ルルであった。

 オルテスはルルを見つめて、首を傾げる。


「……君は誰だ? それと……ここはどこなんだ……教えてくれるか?」


 敵ではない、ということは何となくわかっているようで、その声に険は無く、穏やかなものだ。

 ただ、早く状況を押さえたいと言うせっかちさも感じられ、ルルは大まかなところから説明を始めた。

 そして大体の事を説明し終わると、オルテスは納得できたようで、ルルたちにお礼を言ってきた。


「そうか……君たちが助けてくれたのか。本当にありがとう。襲われて眠らされた時は、死を覚悟したくらいだったからね……。しかし、なんでまた助けてくれたんだい? 話を聞くと、君たちはわざわざ僕たちを探していたように聞こえる」


 オルテスには、ルルたちが王都で姿を消した冒険者たちを探した結果、ここが怪しいという事で辿り着き、そして結果として助けることが出来た、ということだけ話していた。

 クレールの事はまだだった。

 だから、今度はそのことについて話していく。


「あぁ。実はあんたの妹に頼まれてな……」


「妹? クレールに会ったのか?」


「あぁ……」


 それから、ルルはオルテスにクレールとの出会い、市場での値切り、ちんぴらに絡まれていたこと、それから助けた礼として香辛料を報酬にもらったことなどを話し、そしてせっかくの縁だからとオルテスを探していた事を語った。

 オルテスはその話を聞いてあきれた顔で、


「また随分とお人よしな……すごくありがたいのだけど、普通はそんなことまでしないだろう?」


「まぁ……確かにそうなんだろうが、俺は暇だからな。やりたいと思ったことは迷わずやっておきたい」


 それは、過去魔王だったがゆえに許されなかった自由の謳歌のためだ。

 好きに動けなかった。

 立場に縛られていた。

 別にそれが嫌だった、とは言わないが、けれど前に出来なかったことを今回はやりたいというのが一番にあった。

 だからこそ、助けたいと思ったら助ける、というのはルルにとって自然なことだ。

 昔のことを調べる、というのもその中の一部である。

 これからも色々そういう風に興味が向かうものが増えていくのかもしれないが、それこそが前の生では出来なかったことだ。

 だから、これでいい。

 ルルはそう思っている。


「なんとまぁ……筋金入りらしいな」


 オルテスは、ルルの言葉にそう言って、けれど笑顔で握手を求めた。


「でも、君がいなければ、僕はどうなっていたかは分からない。何度言っても言い足りないが、君には感謝しているよ……本当にありがとう。これで、クレールのためにも頑張っていけるってものだ」


 その台詞に、ルルはそのことについても話していなかったな、と思い出す。


「あぁ、そういえば聞いたよ。クレールの病気には万能薬パナケイアが必要なんだってな?」


 オルテスは落ち込んだような顔で、ルルの言葉に返答した。


「あぁ……そうだよ。だから今回は勝たなければならなかったんだけどね、負けてしまった。まぁ、冷静に見れば三位なんて僕には無理だったんだろうけど、それでも可能性に賭けたくてね」


 オルテスもそこまで無謀だったわけではないらしい。

 ダメもとでの挑戦だった、というわけだ。

 けれど彼の挑戦は結果としてルルたちとの出会いをもたらしたわけである。

 世の中、何がどう結び付くかわからないということの証明なのかもしれなかった。

 ルルは、肩を落して自分の結果を語るオルテスに言った。


「それなんだが、俺たちはまだ勝ち残っている。それで、三人のうち、誰か一人が必ず三位に入ろうと思ってるんだ」


 その言葉に、オルテスは不思議そうに顔を上げる。

 そして、何を意味するのかなんとなく理解して質問した。


「……それって、まさか……そこまでお人好しなのかい?」


 呆れたような、それでいて嬉しそうなオルテスに、俺たちは三人そろって頷き、そして言った。


「そうさ、俺たちはお人好しだからな。病気の少女のために、頑張ったりするんだよ」


 オルテスはその返答に笑い、そして最後にありがとうと言って涙したのだった。

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