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蘇りの魔王  作者: 丘/丘野 優


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第61話 急転直下

 辺り一面が霧で覆われている闘技場ステージの上で、静かに剣を構えながら辺りの気配を感じている。

 魔術によって形成された視線を遮る衝立としての役目を担うその水の壁に、視界を支配されていた。

 敵ながらあっぱれ、と言いたくなるくらいに効果的なその戦術は、しかし、今回に限っては相手が悪かったと言うほかない。


 もとより、視覚に頼った戦い方をすることはあまりしない。

 あの時代に、そういう戦い方をしていたなら、きっと自分はもっと早く命を落としていたことだろう。


 霧の向こう側、自分から見て右側の斜め上あたりから走ってくる気配をしっかりと捉えながら、ルルは構えていた剣の進むべき方向を定めた。


 向こう側からやってくる人物の起こした空気の流れに従い、霧は徐々に薄くなっていき、そしてその身体が見えるより先に、銀色の切っ先が自分に向かってくるのが見えた。

 この瞬間に初めて視覚でもってその存在に気づいたなら、おそらく受けることも避けることも難しかったことだろう。


 けれどルルは、それが見える前にからその場所よりやってくることが分かっていた。

 魔力の気配、空気の僅かな動き、そしてこの対戦の中で得た、相手の持ついくつもの癖や嗜好の洞察が、そのことをルルにはっきりと教えてくれていたからだ。


 部分的に晴れた霧の中で、ルルが既に向かってくる剣を把握していることに驚いているらしい対戦相手の表情が、妙にはっきりと見える。

 霧の中に浮かぶ、その顔は女性のもので、向かってくる剣はルルの剣よりも細身の片手剣だ。

 それだけに速度は中々のもので、やはり上級程度の実力者なのだなと納得させられるものを感じる。

 けれど、彼女の表情は、上級にあるまじき驚愕に染まっていて、このような事態に陥ったことが今までなかったのだろうと推測させた。

 試合開始から霧を発生させて、視界を遮り襲い掛かってくるその戦法は人によっては恐ろしいと感じるもので、完全に気配を絶ち、また相手の居場所を視覚でなく捉えられるように訓練してきた人間にとってはまさに自分のフィールドと呼べる最高のステージなのかもしれなかった。

 けれど、相手もそれと同じか、もしくはそれ以上の技量を霧の中で発揮できるとき、その技は無意味なものへと成り下がる。

 彼女は今日、この場でその事実を知るのだ。

 目を見開いてこちらを見つめるその顔に、まっすぐに射抜くような視線を向けながら、ルルはゆったりとした動きで剣を振った。


 がきぃん!


 と、金属同士がぶつかる音と共に、オレンジ色の火花が散って、霧の中を照らす。

 自らの襲撃が失敗したことを理解した相手は、もう一度霧の中に身を沈め、ルルの視界から消えるべくすぐに身を引く。


 しかし、ルルの脳裏には、彼女の逃げる方向が、その姿が、体勢が、そして次にどうしたいのかまで、その全てが見えていた。

 ルルはもわりとした少し不快なものを感じさせる水のゆりかごの中を、切り裂くように走り、彼女に追いついてしまう。


「……なぜ」


 うめくようにぽつりと一言そう呟いた彼女に向かって、ルルの剣が振り下ろされた。


 ◆◇◆◇◆


「これで三人そろって予選は突破ですわね」


 選手控室から出ると、そこにはイリスが立っていた。

 キキョウとイリスも予選第四回戦ではすでに勝利を収めており、先ほどのルルの試合で三人全員勝ち残ったという事になる。


 万能薬パナケイアは三位入賞の商品であるから、確実に手に入れるためには、三人全員が上位を独占するのが望ましい。

 本選は本選出場者二十四人を八人ずつにグループ分けして行われ、そこで勝ち残った三人が総当たり戦をして結果を決めるという方式をとっている。

 三位入賞を確実に決めるためには、そこまでは絶対に勝ち残る必要がある。

 そのため、少なくとも本選第三回戦までは、三人とも決して負けるわけにはいかなかった。

 グランとユーミスがいるから、彼らがそこまで残ってもいいのだが、もしそうなった場合、万能薬パナケイアを求めたらまた何か貸し一つ、と言われそうな気がして怖いと言うのもある。


 そんなことを話していると、向こう側からキキョウが走ってくるのが見えた。

 彼女はルルとイリスを見つけると、手を振って近寄ってくる。

 目の前までやってきた彼女に、ルルが尋ねた。


「どうした、何かあったか?」


 するとキキョウは答えた。


「重要な目撃証言が……あったそうですっ!」


 それはつまり、オルテスたち、行方不明者たちに関する目撃証言に他ならない。

 シフォンが得た情報と言うことなので、とにかく詳しい話を聞きに行こうと三人で氏族クラン時代の探究者エラム・クピードル”酒場に向かったのだった。


 ◆◇◆◇◆


「街道を王都デシエルトから西に進む馬車が何台か連なっているのを目撃した人が見つかりました~」


 シフォンがランチ営業が終わって閑散としている店内でワイングラスを拭きながらそう言った。

 しかしその情報に果たしてどんな意味があるのか、すぐには理解できずにルルは首を傾げる。


「それのどこが“重要な目撃証言”になるんだ?」


 王都の人の出入りは激しい。

 少なくとも馬車が王都方面に、またはその反対に街道を進んでいるのは何もおかしなことではないはずなのだ。

 その疑問を正確に理解したらしいシフォンは、詳しく説明を始める。


「確かにそれはその通り、なのですけど……その日、王都を出た馬車の中で、目撃された馬車と同じタイプの馬車が四台以上連なって出て行った記録は無いのですよぉ」


 王都には東西南北に門が存在する。

 それぞれ東門、西門、北門、南門、と呼ばれて街道に直接続いているのであるが、王都への人と馬車の出入りはそれぞれの門に併設された治安騎士団詰所において正確に記録されているのである。

 その記録上、目撃された馬車と同じタイプの馬車が四台以上連なって出て行った記録がない、ということは一つの事実を示している。


「別々の門から出て行き、のちに合流した、ということでしょうか?」


 イリスがそう言って首を傾げた。

 シフォンはその言葉に頷いて続きを話す。


「そういうことですね~。実際、北門から二台、南門から二台、そして西門から二台、目撃された馬車と同じものと思われる馬車が出て行った記録があります。となると、間違いなく、あとで合流したという事になるでしょう。ただ……それだけでははっきりと怪しいとは言いにくいのですよ~」


「という事は他にも何か怪しいところが?」


「ええ。調べてみると、その馬車の積み荷は何かちぐはぐでして~。一つ一つの馬車の報告した行き先と照らし合わせると、それほどおかしくはないのですけど、合流したということは同じ場所に向かうということになります~。そのことを考えると……やっぱりおかしいのですよ~。申告されている主な積み荷は果物や生活必需品なのですけど、たとえばリンゴを大量に積んだ馬車が南門から出ていて、行き先は港町ロンカとされているのです。それならおかしくはないです。ただ、合流した他の馬車の行き先を見ればそのリンゴの産地のリスートとされていたりするのですよ~。持ってきた場所にわざわざ持って帰る人なんていないのですよ~。距離を考えると持ち帰るころには腐っているでしょうし。つまり、これは偽装であると言えるわけですねぇ」


 聞けば、他の馬車にも似たり寄ったりの怪しい部分が色々あるらしい。

 巧妙に隠しているし、乗っている御者にしても、対応に当たった治安騎士の印象からすれば何の変哲もない行商人だったり、村人だったりでしかなく、受け答えもおかしなところはなく、全体として不自然な点は無かったと言うのだから、本来であれば王都を出るには十分な偽装だったのだろう。

 ただ、こうしてまとめて情報として整理され、しかもそれぞれ何の関係もなさそうな馬車が数台合流して同じ方向に向かっている、ということを目撃されてしまったのが問題だった。

 もう少し後で合流すれば、それからそれぞれ合流などせずに個々で目的地に向かっていればばれなかっただろう。

 しかしそれが出来ない理由があったのか、目撃されるような地点で合流せざるを得なかったのだろう。 それがゆえに、偽装が発覚してしまった、というわけだ。


「ま、そういうわけで、おかしな馬車六台が連なって西を目指しているのですよ。あっちには……キャマハード公国があったはずです。そこから先の街道はアルカ聖国まで続いています……どこまで行く気なのでしょうねぇ?」


 シフォンが独り言のようにそう言った。

 向かってる方角だけでは馬車の目的地を特定するには至らないようだ。

 属している組織や国を特定できるような情報はそれらの馬車にはなかったらしい。


「それでも向かった方角が分かっただけでも良かった……今から向かえば国を出る前には捕まえられるだろう?」


 ルルがそう言うと、シフォンは少し首を傾げて言った。


「どうしょうか~。見た人から聞いた馬車の進行速度から考えると無理じゃないとは思いますけど……」


「だったらすぐに行った方がいい。イリス、キキョウ。行くぞ」


 ルルはそう言って踵を返そうとする。

 そんなルルの背中に、シフォンから声がかかった。


「待ってください。確かにすごく怪しいのは確かですけど、絶対とは言えないですよぉ。もしかしたら別口かもしれませんし……」


 言われてみるとその通りである。

 しかし間違っていなかったらすぐに行かなければまずいだろう。

 そんなことをルルが考えていることを理解したのか、シフォンは言った。


「……まぁ、たとえそうだとしても私が調べて、人を差し向けておくからそこは安心しておいてくださいね~。ただ、いざとなったらグランさんたちに出てもらうしかないですけど、その辺は覚悟しておいてくださいね~」


 つまり、貸しが増えても恨むなよ、という事だ。

 オルテスの命がかかっているかもしれず、そのことを考えればそれくらいは仕方がないだろう。

 ルルは頷いて、酒場を後にしたのだった。


 ◇◆◇◆◇


 今日は三人とも既に試合を終えており、特に用事があるわけでもない。

 今日中に片づけることを前提とするなら、追いかけることに問題は無かった。

 しかし、馬車は昨日の早朝に出ているようであり、そのことを考えると王都からかなり離れていると考えるべきだった。


 シフォンが計算して示してくれた大体の位置は、やはり王都から相当遠距離であり、日帰りで行って戻ってこれるような距離ではない。


 しかしことは一刻を争うのである。

 さらに闘技大会にも出場するために必ず自分の試合までに戻ってこなければならないのだ。


 さて、どうしたものか、と思ったルル。

 三人で向かうのは中々に厳しそうである。

 けれど、方法がない訳ではない。

 ルル一人なら、その足でなんとかすることも出来るはずだと、そう思った。


「……俺一人で行ってくる」


 そう言ったルルに、イリスが返す。


「それは……やめてください。いえ、お兄さまならきっと大丈夫であると信じております。けれど……」


 その先に続く言葉は、かつての記憶を思い出すのでやめてほしい、だろう。

 ルルには前科がある。

 かつて、同じ台詞を吐き、そして永遠に戻ってくることが無かったと言う前科が。

 イリスはそのことを思い出して、悲痛な表情を浮かべていた。

 あのときとは状況が違う。

 ルルが、現代の魔術師や剣士におくれをとることは、そうそうに考えられることではない。

 けれどそれでも、トラウマというのは簡単に消えてくれるものではない。

 だからイリスにはどうしても認められないのだろう。

 自分の視界から、目の届く場所から、ルルがいなくなってしまうということが。


 その気持ちがなんとなく理解できてしまうため、ルルはそこで迷ってしまった。

 このまま一人で向かうのが、おそらくは一番いいのだ。

 けれど、イリスの気持ちを無視していこうとまでは思えない。

 どうしたものか……事態が膠着しかかったところでキキョウが言った。


「うーん……ここは私の出番でしょうかね……こんなときこそ! フウカ!」


 そう言って、頭に載せた子犬に話しかけた。

 彼女は面倒臭そうに目を擦って、地面にぴょんと飛び降りる。

 今まで寝ていたのか、と突っ込みたくてたまらなかったが、それはとりあえずやめておくことにして、視線でキキョウに聞いた。

 何をするつもりだ、と。


 キキョウはその答えを言葉にせず、行動で示す。


「さぁ、フウカ……今こそ私たちの力を見せてやる時です!」


 そう言って拳を振り上げ、そして言った。


 ――変身!!


 叫ばれたその言葉に、ぽかん、と口を開いたルルとイリスを後目に、フウカの体が何か靄のようなものに包まれていった。

 そんな様子を、ルルたちはぼんやりと見つめていたのだった。

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