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第60話 兄の望んでいたもの

 その後、グランとユーミスも“時代の探究者エラム・クピードル”に戻ってきて、事情を話したところ協力を約束してくれた。

 いわく、同じ氏族クランの仲間なのだから、協力は当然、ということである。

 そしてそれなのに彼らもまた、シフォンと同じくルルに貸し一つ、を強調した。

 そんなにルルに貸しを作って何をさせたいのかと詰問したくなるところだが、聞いても答えてはくれまい。

 もしかしたらいつか何かのためにとりあえず貸しを作っておきたいのかもしれなかった。


 ◆◇◆◇◆


 そして、その後は当の張本人、というか、問題の中心にいる人物であるクレールに話を聞きに行くことにした。

 どこに住んでいるかも一応、市場で別れるときに聞いてあったので、問題なく辿り着けた。

 王都には様々な区画があるが、大体が身分と財力によって区分けされている。

 クレールの家は、そんな中でも中間層に位置する場所にあり、経済的に困窮している、というわけではなさそうだった。


 家のドアを叩きルル、イリス、キキョウの三人で待っていると、


「はーい……」


 という声と、ぱたぱたとした音と共に、クレール本人が扉を開いて現れた。

 突然何の約束もなく訪ねてきた三人を一瞬驚いたような瞳で見つめていたが、ルルの顔は覚えていたらしく、


「あっ、市場で会った……」


 とすぐに反応してくれた。

 ルルは改めてなぜ訪ねてきたのかを説明する。

 するととりあえず家にあげてくれることになったので、三人でお邪魔したのだった。


 ◆◇◆◇◆


「……兄を、オルテスを探していただけると言うことでしたが」


 本当でしょうか、とクレールが遠慮がちに呟く。

 その言葉にルルは頷いて肯定を示した。

 ルルたち三人の前のテーブルには紅茶が置かれている。

 クレールではなく、彼女の隣に座る彼女とオルテスの母であるオネットが淹れてくれたものだ。

 ルルたちは礼を述べてそれに口をつけながら、概要について説明する。


「俺たちは氏族クラン時代の探究者エラム・クピードル”に所属する冒険者なんだが……」


 その時点で、クレールとオネットは驚きを示した。


「“時代の探究者エラム・クピードル”って、あの“時代の探究者エラム・クピードル”ですか!?」


 と二人そろって言うものだから、ルルたちの方が驚く。

 キキョウはあまり驚いていない様子だったが。

 首を傾げるルルたちに、クレールは言った。


「“時代の探究者エラム・クピードル”と言えば、中規模氏族クランですけど、王都デシエルトでは指折りの存在として尊敬の目で見られていますよ……兄も、オルテスも憧れました。特に族長グランは自分の知る限り、最高の冒険者だと言っていつも……」


 ルルはいつもの適当な様子のグランを頭に思い浮かべて――そんなに尊敬に値する男か? と首を傾げる。

 しかし改めて考えれば、グランはルルとイリスの様々な事情を聞き、普通なら突拍子もないふざけた話だと切り捨てるところを素直に受け入れて飲み込んだ。

 その度量を考えれば、確かに尊敬すべき男なのかもしれないと思い直す。


 それに彼から見ればたかが子供にしか見えないルルたちとの約束を律儀に守って頻繁に村に来続けたその義理堅いところ、面倒見の良さと言うのは中々得難い性質であるとも。

 剣技や冒険者としての知識だって平均を遥かに超えたところにある。


 なるほどオルテスが尊敬すると言うのも分かるな、と思いルルは頷いた。


 そんな風に噂にしていた氏族クランそのものがオルテスの捜索に当たると言っているのだ。

 確かに驚いても仕方がないのかもしれない。


「と言っても、中心になって動くのは俺達三人だ。グランたちはどうも闘技大会の方の運営にもある程度関わっているらしくて、それが終わるまでは動きにくいようだから、そこは申し訳ないんだが……」


「いえ、いえ! そんな……探していただけるだけでもありがたいんです。だから、そんなこと言わないでください。王都の治安騎士団の方々も調査には当たっていただけているみたいなんですが、やはり闘技大会の時期に起こってしまったことが祟って、あまり人を割けないらしくて……」


 王都の警備に、そこここで起こる諍いの仲裁、それに闘技大会の時期でも関係なく存在する通常業務に加え、さらに大規模な失踪事件とくれば、いかに優秀な王都の司法騎士団と言えど、処理能力の限界に達してしまうだろう。

 せめて闘技大会が終われば何とかなるのかもしれないが、そこまで待っていると事態は取り返しのつかないところまで進んでしまうかもしれず、そうなるとルルたちが動くのが一番正しいような気がする。


「今、王都に滞在している旅行客だけでも相当な数になるからな。いつもの王都よりも何倍も問題が起きやすくなっているだろう。臨時に人数増やして対応してもいるのだろうが……それでも限界というものはあるからな。司法騎士団をそう単純には責められない。王国の御膝元で起こった事件だ。力を入れて調査もしてるんだろうが、一番得意だろう人海戦術が使えないんじゃな……」


 そうルルが言うと、クレールも頷いてため息をついた。


「分かっているんですけど……やっぱりどうにかしてほしいなって思ってしまっていました。そんなところに、皆さんが来てくださって……だから本当にありがたくて。よろしくお願いします」


 そうして、クレールは母オネットと共に、深く頭を下げたのだった。


 ◆◇◆◇◆


 それから、オルテスの特徴や行きそうな場所に着いて細々と尋ねて、話は徐々に雑談へと移っていった。

 オルテスの消息についての情報集めは基本的にはシフォンに任せていることもあり、そのような会話をする時間くらいはあったからだ。

 それに、こういうどうでもいい会話から大事なことが分かるかもしれない、というのもあった。

 そんな中で、話はオルテスがなぜ闘技大会に出ていたのか、というところに移っていった。


「あぁ、それは私のためなんですよ」


 クレールが何でもないことのようにそう言った。

 兄譲りの美しい金色の髪が彼女が首を傾げるとさらさらと流れる。

 母オネットも金髪であることから、クレールとオルテスのその髪色は母譲りなのだろう。


「クレールのため、と言うと?」


 ルルがそう尋ねると、クレールは答えた。


「私……実は病気なんです。あ、特に移るものじゃないので、そういう心配はしなくて大丈夫ですよ」


 すぐに付け加えられたその言葉には、今までそういうことを言われ続けたのだろうと推測される響きがある。

 伝染病、というのは恐ろしく、その原因に不理解な人間は、往々にして病気にかかった者全てを迫害する傾向がある。

 これは閉鎖的な村程顕著であるが、王都では住民の教養の平均的なレベルが高めだから、比較的そういうことは少ない。

 しかし完全にゼロ、というわけにはいかず、特に年齢が低いものは口さがない言葉をかけたりするものだ。

 クレールもそう言った被害を受けて来ただろうことが、その一言で理解できた。


 ルルたちはそういう点についてはある程度、知識があるため、クレールのことをそういう目で見ることは無い。

 それに、ルルはたとえ伝染病にかかろうとどうにか出来るという確信があるし、イリスはそもそも人と同じ伝染病にかかる、ということが考えにくく、キキョウは病と言うものに深い理解があるという理由もあった。


 ルルたちがそんな態度でいることを理解したクレールは、安心したように、話を続けた。


「移りはしないんですけど……徐々に体が弱っていく病気で。明確な治療法というものがないんです。だから、治すためには万能薬が必要になってくるのですが……そんなもの、買えるはずもないし、かといって、作れるわけもなく……そんな中、闘技大会が」


 そこで闘技大会の話に入ったことで、キキョウはぴんときたらしい。


「あぁ、そう言えば三位の賞品があれでしたね。万能薬パナケイア。オルテスさんはそれを手に入れるために、闘技大会に出ていた訳ですかー……いいお兄さんです」


 そして、ふんふん頷いた。


「ちなみに、なんていう病気なんだ?」


 ルルの疑問に、クレールが答える。


「はい。魔化病まかびょう……と呼ばれる病気です。体全体が徐々に魔物に近いものに変わっていって……最後には死に至る病です。本来、古族エルフ獣族アニマゼアスがかかっても大丈夫な――むしろ祝福と言われる病気らしいのですが、人族ヒューマンに限っては、むしろ呪いに近いものらしくて……」


 それはルルもイリスも聞いたことのない病気だった。

 ただキキョウは知っているらしく、


「あー……魔化病まかびょうですか。……故郷になら特効薬があったんですけどねー……」


 と残念そうに言っていた。

 最後の方は独り言のように、ぼそぼそと聞こえない音量で言っていたのでクレールとオネットには聞こえなかったようだが、ルルとイリスの耳にははっきり聞こえていた。


「そういうわけで、兄はそのために戦っていました。魔化病まかびょうはいずれ死に至りますが、それでもそこまでには平均すると十数年の時間がかかるらしいのです。ですから、私はもし兄が私のために治療法を探してくれると言うなら……今すぐどうにかしなくても、いつか兄が一流の冒険者になって……そのあとでも構わないと思ってました。いえ……兄がそうなったことを見れれば、そのあとは治らずに死んでも構わないと思っていました。兄がこんな風に突然いなくなるくらいなら、その方が、ずっと良かった! なのに……」


 だんだんと嗚咽交じりになってきたクレールの背中を、オネットが優しく撫でていた。


「オルテスは……あの子は、妹に甘かったんです。だから今すぐにでも治してやりたいと言って、闘技大会に出た。あの子の実力では、確かにいいところまでは行けたかもしれませんが……どれだけ運が良くても、本選出場が限界だったでしょう。三位入賞は不可能だったと思います。それでも、どうしても、と言って……」


 オネットもまた、クレールと同様、目に涙を滲ませてそう言った。

 だからルルは、二人に言い切る。

 果たして言い切って良いものか、と思わないではなかったが、どうしても安心させてやりたかった。


「クレール、それにオネットさん。安心して下さい。俺が……俺たちが、必ずオルテスをここに連れ戻してきます。それと……万能薬パナケイアについてですが、俺たちも闘技大会出場者です。このうちの誰かが三位に入賞して……それで、ここに持ってきますから」


 そう言うと、二人は驚いて、


「そんなことまでしてもらう訳にはいきません!」


 と口を合わせて言ったのだが、ルルは首を振って、


「俺たちは必ず、ここにオルテスと、万能薬パナケイアを持ってきます。だから……安心して待っていてください。イリスとキキョウも、それでいいな?」


 特に相談もせず、勝手に決めてしまったことだが、ルルは二人は反対しないと分かっていた。

 だから質問ではなく、ただ事実を確認するようにそう言ったのだ。

 案の定、二人は凛々しい顔で頷き、クレールとオネットに笑いかけたのだった。


 ◆◇◆◇◆


 クレールの家を辞去し、魔化病まかびょうについて、キキョウに尋ねる。

 すると答えが返ってきた。


「そんなに説明することはないのですけど……概ね、クレールさんが言っていた通りの病ですよ。ただ、なぜ、人族ヒューマンだけにとって有害で、他の種族にとっては祝福とされているのかというと、魔力に対する親和性の問題だと言われていますね。人族ヒューマンは魔力を扱いますが、その行為は人族ヒューマンの本質に逆らう行為だと言う人たちがいます。他の種族より、生まれつき人族ヒューマンがあまり魔術が得意でないのはそういう理由があるからだ、と。そしてそれがゆえ、魔化病まかびょうは、人の体を魔物のものに――つまりは、体組成の多くを、魔素に代替していく病なので、人はそれに耐えられないがゆえに死に至ると言われています。けれど不思議なことに、人族ヒューマン以外の種族は、耐えられてしまうのですよね。そして結果的に以前より魔力に親和性の高い肉体を手に入れる、というわけです。ですから、魔化病まかびょうは、人族ヒューマンにとっては呪いと、他の種族にとっては祝福と言われるのです」


 非常に詳細な説明だった。

 そんな病はかつての時代は存在しなかった。

 だから、おそらくはここ数千年のうちのどこかで発生した病気なのだろう。

 しかしそれにしてもキキョウはなぜそんなに詳しいのか気になり、尋ねる。

 すると、


「巫女の役目の中に病気の人を治すこともありますからっ」


 と答えたのだった。

 歩きながら色々聞くと、確かに他の病についても詳しく、調薬もそれなりに出来ると言う。

 ただ、魔化病まかびょうの薬については、この辺りにある植物では作ることが出来ず、また作るのにそれなりに時間がかかるということなので、闘技大会で万能薬パナケイアを手に入れるのが一番早くて確実だという話だった。


「やることがどんどん増えていくな……」


 ルルはため息を吐きながらそんなことを言った。

 けれど、何かやることがあるのは良いことである。

 それが、戦争などでないなら尚更に。


 人の命を奪う事にではなく、救うことに力を注げるらしい今の境遇に改めて思いを馳せて、自分を生まれ変わらせてくれた何かに感謝しながら、ルルは闘技大会と行方不明者探しに全力を注ぐことを誓ったのだった。

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