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第59話 情報通

 クレール=ナジョワール。


 それは、ルルが市場で出会った少女の名前である。

 少女から彼女の兄の名前を聞いたのち、彼女自身の名前も聞いたのだ。

 ただの街中での出会いに過ぎないのだから、そのまま名前も聞かずに別れ、永遠に関わり合いにならない道を選ぶことも可能ではあった。

 けれど、そんなことをする気にはなれなかった。

 本来ルルは、闘技大会に出場している以上、クレールの兄であるオルテスの捜索をしているような時間も暇もないのであるが、どうしても放っておけなかったのだ。

 幸い、闘技大会の試合は一日に一試合あるだけである。

 本選になってもそれは変わらず、最後の日だけ、二試合する可能性があるくらいだ。


 だから、自分の試合が終わった後、およびその前の時間はオルテスの捜索に当たる時間も捻出することが可能なのである。

 そのため、ルルは少女の兄オルテスの捜索に個人的に協力しようと考えた。


 とは言え、所詮個人でしかない人間に何が出来るか、という気もしないでもないが、ルルには様々な力や人脈と言うものがある。

 全く何も出来ないという事ないだろうと、楽観的に考えてことに挑むことにした。


 ◆◇◆◇◆


「随分と遅かったようですが、何かございましたか?」


 家に戻ると、イリスとキキョウは既に食事をしていて、遅くなったルルにその理由を尋ねた。

 ここで厭味とかが出ないあたり、自分に対する信頼を感じないでもない。

 待たせているのがユーミスとかだったら間違いなく何か文句を言われているところだろう。


 クレールから貰ってきた香辛料をイリスに渡しながら、市場であったことの概要をかいつまんで話す。

 イリスは香辛料を自分とキキョウ、それに鍋にまだ残っている料理に振りかけつつ、頷きながらルルの話を聞いたのだった。


 全て聞き終わったイリスは、


「お調べになるのですか?」


 と、ルルがオルテスを探すか探さないかを口にする前にそう尋ねてきた。

 ルルの性格をよく理解している、ということなのだろう。

 ルルはイリスの言葉に頷いて答える。


「あぁ……できれば手伝いたいと思ってな。知らない人間ならともかく、知り合いになってしまったし……ここで黙っているのは何となくむずむずして嫌なんだ」


 もしかしたら反対されるかもしれない、そう思っての答えだったが、拍子抜けにもイリスはルルの言葉を肯定する。


「お兄さまなら、そう言うと思いました……反対する理由も特にありませんわ」


 そして横から聞いていたキキョウまで、


「情報収集なら私がしますのでご安心を~」


 などと言っている。

 生まれ変わってからも、その前――魔王だったときも感じていたことだが、どうも自分は仲間、というものに恵まれる性質なのかもしれない、とそのとき改めて思ったのだった。


 ◆◇◆◇◆


 と言って、まさか三人だけでどうにか出来るような事でもない。

 まずオルテスを含め、王都デシエルトで消息を絶った冒険者たちがどこにいったのか、それを調べなければ話にならない。

 ルルは戦う力は十分にあるが、そう言った人探しとなるとそれほどでもない。

 高い魔力と操作技術により得られる感知能力も有効な距離というものがあり、遠く離れてしまうとどうにもならない部分がある。

 ルルは、王都にその感知能力をもって、消息を絶った冒険者たちの気配がないか探りながら王都を歩いていたが、一向にその気配は見つけることは出来ない。

 およそ魔力持つ者はそれぞれ固有の魔力の波長と言うものがあるが、その残滓すら感じられないことから、おそらく彼らは既に王都にはいない、と見るべきだった。

 余談だが、ルルが探している魔力波長はアンクウのそれである。

 オルテスのものについては、注目していなかったためにほとんど覚えておらず、そしてアンクウは人族ヒューマンにしては随分と邪悪で歪んだ特徴的な魔力の波長をしていたことが記憶に残っているからだ。

 直接戦ったため、尚更にアンクウのそれは覚えている。


 アンクウと剣を交えたときは、こんな者とは二度と戦いたくないと思ったほどだが、どんな事実がどんな風に役に立つのか分からないものだ、と彼と戦ったことに感謝した。

 とは言っても、結局アンクウの魔力波長を辿っても見つかっていない以上、今のところ無意味ではあるのだが。


「人探し、の得意な人、という訳ではありませんが、グランとユーミスには協力を求めておいた方がいいでしょうね」


 ルルがイリスに話をして直後、オルテスの捜索が決まってすぐにイリスがそう言った。

 なので今は氏族クラン時代の探究者エラム・クピードル”の建物に向かって歩いているところだ。

 キキョウもその点については賛成のようで、ついでにシフォンにも協力を求めた方がいいと言っていた。

 なぜならシフォンは酒場の主なのであるから、その情報通ぶりはキキョウを遥かにしのぐから、というのがその理由らしい。

 キキョウは酒場で知り合った人々から噂を集めて統合しているにすぎないが、シフォンは腕利きの料理人として、王都中の店と言う店に顔が利くため、情報の規模が違う。

 彼女の協力を得られれば、少なくとも大抵の噂話は集めることが出来るだろう、とまでキキョウは言ってのけたのだから、シフォンの情報網は相当なのだろう。

 そして最後に決して敵に回してはならない、と付け加えた。


「さぼったら一時間後にはばれてるんです!」


 と言っていた辺り、そういう経験があるのだろう。

 真面目に働けと、とりあえず頭をぐーで叩いておいてから気を取り直して氏族クラン時代の探究者エラム・クピードル”に向かったのだった。


 ◇◆◇◆◇◆


 ランチの営業も終わったらしい“時代の探究者エラム・クピードル”酒場は、氏族所属の冒険者を除いては人はおらず、閑散としている。

 その中で、中心にあるカウンターの奥で食器を拭いているシフォンに、ルルは話しかけた。


「……シフォン、元気か?」


 振り向いたシフォンは、いつも通り三つ編みに眼鏡姿のスタイルであり、どことなく野暮ったく見える。

 そんな彼女であるが、振り向いてルルとイリスを見つけたときに浮かべた笑顔に、その印象の殆どが持って行かれるほどには、魅力的な微笑みをその顔に浮かべて言ったのだった。


「元気ですよぉ~。お久しぶり、という訳じゃないですけど、あんまりここに来ないから、私寂しくて。ガヤくんたちにも“時代の探究者エラム・クピードル”所属だってばれたことですし、これからは遠慮しないで来てくださいね~」


 言われてみて、ルルたちは自分たちの足がすっかりここから遠のいてしまっていることを自覚した。

 それはそもそもガヤたちに闘技大会までその所属、実力をばらさないための方策の故だったわけだが、自宅になる建物を与えられ、そこで自活しているうちに、ここに来なくても問題なくやっていける生活スタイルを築いてしまったのが問題だった。

 ルルたちの家から、ここまではそれほど遠くないのだが、かと言って来る理由も希薄になっていたので、そう言う意味では今回のことは丁度良かったのかもしれない。

 そう思って、ルルはシフォンの言葉に返答する。


「そういえばそうだな……イリスの料理もうまいがシフォンの料理もうまい。これからはたまに来ることにするよ。イリスもそれでいいか?」


「そうですね……そのときは、私にもお店のお手伝いをさせていただきたいと思いますわ」


 意外にも、イリスは酒場で働いてみたいらしい。

 なぜか、と聞けば、


「キキョウさんが随分楽しそうにしていらっしゃいますし……なんだかどんどん情報通になっていってしまって。それに私、シフォンさんの料理の味の秘密も知りたいですわ」


 と返ってきた。

 おかしな対抗意識が芽生えたのか、それともただ料理を習いたいだけなのかはその様子からうかがい知ることは出来ないが、別にルルとしては反対するようなことでもない。

 そう思ってルルは頷いた。


 それから、シフォンがふっと何かに気づいたように言った。


「……と、世間話はこれくらいにしまして~、何か、御用でしたか?」


 食器を拭く手は止まっており、その瞳にはぼんやりとした感情ではなく、真剣な光が宿っている。

 シフォンの冒険者としての顔を突然見せられたような気がして、ルルは驚く。

 しかしキキョウはそうでもないようで、特に気圧されることなく質問した。


「そうそう、そうなんですよっ。実は……最近、冒険者の方々が行方不明になっているじゃないですか。その辺りについて、何か知っていることはないかと思いまして!」


 と元気よく。

 すると、シフォンはカウンターの下の方の引き出しを開ける。

 見ると、そこにはいくつもの書類が並んでいた。

 あまり質のいいものではない、荒い紙が大半であるが、そこには細かな文字がびっしり記載してある。

 シフォンは外側からは内容の分からないそれらのうちから、一つを取り出して、話し始めた。


「その話ならいくつも集まっていますよ~。まず、行方不明になった人の数から。初級上位の冒険者が5名、中級冒険者が12名、中級クラスの騎士が3名、それに上級冒険者が1名の、合計21名ですね。それ以外には今のところ確認されていません。これから増える可能性もありますが、今日の朝の時点で把握されているのはそれだけ、です。行方不明者の詳しいプロフィールもありますよ~」


 ルルは、シフォンが話した内容がキキョウが話していた内容よりも詳細で、行方不明者の内訳まで分かっているという事に驚きを隠せない。

 しかも、どこの誰がいなくなったのか、既に分かっていると言うのである。

 こんなことは組織的な捜索に当たっているだろう王都の警邏に当たっている治安騎士団員か、その上部組織くらいしか分からないことだろうが、シフォンはどうやってか彼らが握っている情報を掌握してしまっているらしい。

 驚くルルの表情を読んだのか、シフォンは言った。


「私の冒険者としての専門は、情報関係ですからね。それなりに戦う力もありますが、それはあくまでついでですよ~」


 もともとは女であり、それほど高い魔力も無かったために、戦闘以外で役に立てないかと模索した結果であるらしい。

 はじめのうちは細々と、魔物の生息域の調査とか、動物の捕獲とか、そういうことをやっていたらしいのだが、そんなことをやっているうちに徐々に大量の情報を扱うようになり、こうやって情報専門の冒険者としてやっていけるようになったのだという。

 料理についても、食材を集める依頼が少なくなく、そのための情報を集めていくうちに身についていったものだそうだ。

 酒場も情報屋ついでにやってみるかとグランに声をかけられたのが発端らしい。

 評判が評判を呼び、今では王都指折りの酒場になっているが、やっぱりついでだと言い切るあたり、彼女の本質は冒険者なのだろう。

 シフォンが謙遜するような戦闘力についても、やはりかなり確かなものだとルルは感じている。

 そんな彼女だからこそ集められる情報と言うのもきっと多くあり、その中にオルテスの行方について分かるものがあることを祈った。


 ルルは、シフォンに尋ねる。


「実は俺たちは色々あって、その行方不明者のうちの一人、中級冒険者オルテス=ナジョワールの行方を探している。どこに行ったのか……どうにか分からないか?」


 するとシフォンは、


「オルテス=ナジョワールですか~。確かに、彼は行方不明者の一人ですね。王都デシエルト在住、職業は冒険者、ランクは中級中位クラス、家族構成は母一人、妹が一人……昨夜、王都の酒場の一つである“風の鳴き声亭”を出た後から消息が分からなくなっている、ということのようですね~。あの辺りは街灯はいくつか立っていますけど、基本的に人通りは少ないですから、目撃者を探すのは厳しいかもしれません。この消息の分からなくなった者たち全員が同一の人物・組織によって誘拐された、と仮定して、他の冒険者の足取りを追った方が早いかもしれませんね~」


 と、一息で言い切り、消息調査については自分に任せておいてくれ、とまで言ってくれた。

 さすがにそれをネタにご飯を食べている人間にただで仕事をさせるわけにはいかないと、ルルは情報量はいくらか、と聞いたのだが、


「貸し一回、ということでお願いします~」


 と笑顔で言われてしまったので料金を払う事にはならなかった。

 なんとなく、お金を払うより高くついたのではないか、という気がしたのだが、その笑顔の凄みに負けてルルは泣く泣く引いたのだった。


 それから、どうしてそこまでしてオルテスの消息を追うのか、と聞かれたので、オルテスの妹クレールとの邂逅について話すと納得された。


「なるほど~、イリスちゃん、ライバル登場ですか?」


 などとわけのわからないことを言っていた。

 言われたイリスは、


「……頑張りますわ」


 と言って拳を握りしめていたので、ルルは首を傾げてそのやり取りを見つめていたのだった。

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