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第58話 妹

 どうやら予選第三回戦でぶつかる相手は上級冒険者らしい、ということは確認したのだが、その情報が役に立つことは無かった。

 シュイとの戦いを見たらしい対戦相手が、棄権を申し入れたらしく、ルルは不戦勝してしまったからだ。

 イリスについても同様で、アグノス相手に楽々と戦って見せたイリスを見て、怖気づいた中級冒険者が棄権することになった。


 結局、実際に戦うことになったのは、ラスティたちとユユ、それにキキョウということになったが、キキョウ以外は皆、格上とぶつかり、負けてしまった。

 キキョウだけちゃっかり勝ち残っているあたり、なぜなのだろうか、という気もしないでもないが、その戦いぶりを見た限りまだまだ余力がありそうな雰囲気だったので、順当な結果なのだろう。

 ユユはともかく、ラスティたちは上級クラスの実力者とぶつかってしまったのが運の尽きで、それなりに頑張ってはいたのは事実だが、精進が足りなかったというところだろうか。


 そう言う訳で、予選はあと四回戦を残してルル、イリス、キキョウの三人が勝ち残っているということになった。

 ただ、全ての戦いが午前中で終わってしまったので、ルルたちは時間を持て余すことになった。

 ラスティたちとガヤたちは自分たちの結果が余程情けないと思ったのか、連れだって訓練しに行くと言ってどこかに行ってしまった。


 残されたルルたちは、これから何をしたものか、と悩んでいた。

 試合を観戦してもいいのだが、知り合いのいない戦いを見てもあまり面白くはないし、グランとユーミスのそれも午前中に終わってしまっている。

 ラスティたちの試合と時間が被ってしまったので結局見ることが出来なかったが、どうやら勝ち残ったらしいという話は聞いた。

 あの二人が予選で負ける、ということはお互いがぶつかるとかそういう運の悪いことが起こらない限りはありえないと思っていたので特に驚きはない。

 いずれ本選まで上れば彼らと戦う可能性もあるだろうが、出来ればそれは遠慮したいと思う程度には強敵である。

 出来ることならルルにぶつかる前に、どこかでつぶし合ってくれないものかと思いながら、ルルたちは闘技場の外に出た。


「……これからどうする?」


 そうルルが尋ねると、イリスとキキョウは特に意見はないようで、首を傾げあっている。


「……私としましては、お家に戻ってゆっくりしていても構わないのではないか、と思いますが……」


「私は屋台を回りたいくらいですねー。と言っても、もうほとんど回ってしまいましたけど」


 キキョウの頭にのっかっているフウカがその言葉にため息をついていた。


「俺も特に何も提案はないからな……そろそろ昼だ。どこかで食べていくか……それとも、本当に家に戻るか」


 ルルが万策尽きたようにそう言うと、二人も頷いて、


「一向に構いませんわ」


「私もイリスがご飯作ってくれるならそれでいいですよ~」


 と言って同意を示す。

 三人そろって自分の試合がもうないからか、かなり気が抜けた雰囲気が漂っている。

 いや、そうではないか。

 よくよく考えてみれば、いつも大体こんなものであって、試合があるとかないとかいう前に常に気が抜けているのがルルたちの日常であった。

 そのことを思い出したルルはため息をついて、それから言ったのだった。


「じゃ、家に戻るか……」


 本当に気が抜けているな、と思いながら、それ以外思いつかない自分を残念に思うルルであった。


 ◆◇◆◇◆


 それから、本当に家に戻ってきた三人であるが、手持無沙汰な事実は変わらない。

 やることもなく、それぞれが思い思いに振る舞って時間を潰していた。

 イリスは料理を、キキョウはフウカと遊んでいて、ルルは剣の手入れをしながらぼんやりとしていた。


 すると、イリスが、


「あ……」


 と台所で声を上げたので、


「どうかしたのか?」


 と聞くと頷いて答えた。


「えぇ、材料が足りなくて……あったと思ったのですけど、全部使い切ってしまったみたいですわ」


 それなら、ということで暇なルルが、


「買いに行ってこようか?」


 というと、申し訳なく存じますが、よろしくお願いします、と言われたので、メモを片手にルルは街へと繰り出した。


 ◆◇◆◇◆


 街中には活気があふれている。

 ここのところ、昼間の王都の市場に足を延ばす暇が無かったからか、この光景が非常に新鮮なものに感じた。

 東西南北いずれの地域からも集められたさまざまな食材が並んでいる市場はただ見ているだけでも楽しく、ルルはつい用事を忘れそうになっている自分に気づいて気を引き締める。


「まずいまずい……早く買って帰らないと……」


 そうは思うのだが、やはり人は珍しいものに出会うと目移りしてしまうものだ。

 食材そのものについても、今世においてはもともと辺境の村で過ごしてきた田舎者であるために、見ているだけで面白いと感じてしまったのだが、市場の店員たちと客との値切りの応酬も凄かった。

 基本的には、年配になればなるほど安く値切れているようで、こういうところでも年季と経験がものをいうのだな、と思いながら見ていると、店の一つに人だかりができている一角があることに気づく。

 なんだなんだと近寄って見るルルの頭には、すでにお使いのことなどなくなってしまっていた。


 そして人だかりに体を埋め込み、人を押しぬけて最前列に顔を出したルルが見たのは、若い少女が強面の店主と対等に交渉している様子で、どうやら少女の方が優勢らしい。

 少しずつ値段が下がっていくにつれて、ギャラリーから声が上がる。


「銀貨二枚は高いわよ! もう少し! もう少しどうにかなるでしょう?」


「いやいや、お嬢ちゃん。流石にこれ以上は……」


 などと言う至って普通のやりとりなのに、どんどん値段は下がっていき、そして最後にはとてつもなく低廉な価格でもって少女が一抱えの食材を貰って微笑んでいた。

 その様子を見ていたギャラリーも流石に店主が気の毒に感じたのか、それほど強く値切りはせずに店の品を購入していった。

 帰り際に大体の客が「面白いものを見せてもらったよ」「またやってくれ!」などと言っている辺りから、見物料も含んでいるつもりなのだろう。

 確かにいい暇つぶしになる見世物であったようにルルも思った。

 この様子だと、さっきの少女が値切った以上に儲けが出ているだろうと思われ、そも計算なのかもしれないと感心する。

 こうやって市場は回っているのだろう。

 なるほど考えさせられるものだな、とルルがやっと自分の目的を思い出してお使いに戻ろうとしたところ、後ろの方から叫び声が聞こえた。


「なにするの!?」


 振り向いて見てみると、さきほどの少女が袋一杯に詰め込んだ品を、ガラの悪いそうな男二人に引っ張られているところだった。ぼとぼとと大小さまざまな食材が、市場の地面に転がっていく。

 けれど男たちは諦めない。

 ひったくりか、それとも強盗か何かか。

 ルルはそれを確認すると同時に、彼らの前に出て、袋から手を外させる。

 瞬間的に力を入れていた部分を外されたことで、男達は転んでルルの方を睨んできた。


 しかしルルは一向にひるまずに、彼らを見つめる。

 すると、男たちの片方、細身の短髪の男が何かに気づいた様子でうめくように言った。


「……お、おいこいつ……」


 その言葉に、もう一人の男、筋肉質な大柄の男が首を傾げた。


「あぁ? なんだよ。こんな奴、大したこと……」


 しかし、細身の男は、そんな大柄な男の台詞に被せるように言った。


「こいつあれだよ! シュイ=レリーヴと戦って勝った、あの……!」


「あぁ……?」


 そう言われて、首を傾げた大柄な男だったが、よくよくルルの顔を見てみてやっと気づいたらしい。


「……あ、あぁ……す、すみませんでした……」


 そう言って、細身の男の首を引っ張り、脱兎のごとく逃げ出していく。

 捕まえようと思えば捕まえることもできたが、こういうことは王都では日常茶飯事で、しかも今王都の警邏に当たっている騎士や兵士たちは忙しく、未遂である以上、捕まえて連れて行ってもそれほど時間がかからずに釈放されてしまうだろうと思い、放っておくことにした。

 それからルルは少女の方を振り返って言う。


「大丈夫か? 怪我は無いか?」


「あ、は、はい……あ、せっかく買ったのに……」


 少女はルルの言葉に頷いて、それから男達に袋を引っ張られたことで落ちてしまった食材に気づき、拾い集めはじめた。

 そして、それに気づいたルルも、それを手伝い始めたのだった。


 ◆◇◆◇◆


「……よし、これで一応全部かな」


 ルルがトマトを少女の持っている袋の上に乗っけて、そう呟いた。

 先ほど落ちた食材の数々は、それで一応全て回収できたことになる。

 残念ながらもはや食べ物としての体をなしていないものや、誰かが拾ってそのまま持って行ってしまったりしたものも少なくなく、本当の意味で全て回収できたわけではなかったが、それでも少女の値切りのお陰で払った金額よりはずっと多くを手元に残せたと言えるだろう。

 それは少女も分かっていたらしく、


「これだけ残れば十分です。今日は沢山値切ってもらえたから……」


「あぁ、随分面白い見世物だったな。いつもああやってるのか?」


 そう、ルルが聞くと、少女は特に恥ずかしそうでもなく、胸を張っていった。


「ええ。私の家はそれほど裕福ではないので、ああいうことが出来るようにならなきゃいけないんです。一家の大黒柱のお兄ちゃんは、結構高給取りなんですけど……私が迷惑かけてしまっているので、あんまりお金がなくて」


「高給取りか。いいお兄さんなんだな」


 そう、ルルが言うと、少女は満面の笑みで答えた。


「ええ。とても。でも……」


 そう言って、少し表情が陰ったので、ルルは尋ねる。


「何か問題が?」


 すると少女は頷いて答えた。


「私の兄、冒険者なんですが……昨日から行方が分からなくなってしまって」


 その言葉に、ルルは合点する。

 例の冒険者大量行方不明事件のことだろう。

 だからルルは言った。


「その話なら噂で聞いたよ。中級以上の実力者たちが十数人姿を消しているって……」


「私の兄も……中級の冒険者なので、たぶん……その事件に巻き込まれているんだと思います」


「ただどこかに行ってるだけ、ということはないのか?」


 ここまで聞くと、なんとなく気になるもんだ。

 ただの世間話のつもりだったが、随分とこの少女の話を深く聞いてしまっている自分に苦笑しながらも、ルルは尋ねる。


「それはないと思います。いつも、遅くなる時は連絡があるんです。少なくとも、夜明けまで帰ってこない、なんてことはありませんでした。でも、昨日は……連絡もなくて。兄はずっと私に心配かけまいとしてきた人でしたから……きっと、いえ、間違いなく何かがあったと確信しています」


 そう言って、少女は話を切った。

 それから、


「……すみません。初対面なのに、こんな話をしてしまって。お礼に、私の戦利品から何か一つ、進呈します!」


 無理に明るくしたような表情でそう言ったので、ルルはそのことに気づかなかったふりをして、話に乗ることにした。


「そうだな……じゃあ」


 ルルはそれから、自分の役割を思い出し、ポケットからメモを取り出して、買いに来た品物を言ってみた。

 なければそれでよかったのだが、少女は「ありますよ! はいっ」と言って目的の品を渡してくれた。


 それはレナードで主要な香辛料のうちの一つで、しかも遥か昔から存在していたためにイリスが好んで使うものだった。

 ヨールというその香辛料は、細かい粒のような植物の種で、すりつぶしたりそのまま料理に入れたりして使うものである。

 鼻に通るような独特の感覚があって、慣れると癖になるというものだ。


「うちでも、よく使うので……」


 少女がそう言ったので、ルルは気になって聞く。


「いいのか? 俺にくれたら、そっちで使うものがなくなるんじゃ」


 けれど少女は首を振って答えた。


「いいんです……兄が、いませんから。少し多く買いすぎちゃったので……」


 そう言って目を伏せる少女に、ルルは自分が受け答えを失敗したことに気づいた。

 それでも、少女は気丈な態度を崩さずに、笑顔で言った。


「じゃあ、そろそろ失礼しますね。また市場で会ったら声をかけてください!」


 そう言って歩いていく。

 ルルは何か言うべきことがあるような気がして、だけど何も思いうかばずに、ふと、声を出した。


「お兄さんの名前は!?」


 どうしてそんなことを聞こうと思ったのかは分からない。

 ただ、どこかルルの深いところの勘がそう聞けと呟いたのかもしれない。

 少女は言った。


「御存じかどうかわかりませんけど……兄の名は、オルテス。オルテスと言います」


 それは、ユーリと戦った、あの剣士の名前だった。

 ルルは何か、不思議な巡り合わせを感じた。

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