第55話 予選第二回戦を終えて
「勝利と奮戦を称えて! 乾杯!!」
氏族“時代の探究者”の酒場のそこここで、何度目なのか分からない乾杯の声が上がる。
酒場はいつもよりずっと盛況で、この混雑は闘技大会が終わるまでずっと続くと言うのだから、大会が王都の経済に与える影響は大きい。
特に今日は、三つの氏族がここで合同の打ち上げを行っているために、余計に人の数が多い。
いつものテーブルの数では足らず、予備のテーブルとイスをすべて放出しても足りないので、地べたに座って適当な酒箱なんかと置いて即席のテーブルにしている者も少なくないほどだ。
そんな有様でも、全員が気分良さそうにしているのは、その腹に入ったアルコールの力か、それとも自分たちの氏族に属する冒険者の奮戦と勝利によるものか。
「まぁ、グランは勝ってうれしいって感じだろうな」
バーカウンター近くの席で何度も酒杯を上げているグランは、しきりにルルとイリスの勝利を称えており、また二人が自らの氏族に所属することを吹聴して回っている。
二人の実力は、今日の予選第二回戦での上級、特級冒険者達との戦いを通じて、既に明らかになっていることから、その点についてももはや隠す必要はないと言う判断なのだろう。
ガヤ達にも説明していたが、そのときにもあの三人の新人冒険者が穴の開くほどルルたちを見つめていたのを覚えている。
とは言っても、またぞろ敬語を遣ってへりくだられても面倒くさいので、それもやっぱり気にはするなと言っておいたので、今は普通にしている。
それでもガヤは、
「同じ氏族だったのか……言ってくれればよかったのに!」
と少しばかり憤慨を未だに示しているので、ルルは言う。
「グランがお前らを驚かしてやりたかったって言ってたぞ」
するとガヤはため息をついて、
「あの人は……」
とあきれたような顔をして、でも仕方がないと言って諦めた。
グランのそういうところは、ガヤも分かっているらしい。
ただ、文句は言いたくなったらしく、その後ガヤは、とことことグランのところまで歩いて行って話しかけに行った。
そして少しグランと会話をして戻ってきたころには、なぜかまたその目は見開かれていて、ルルをじっと見つめている。
ルルは、イリスと並んで、フルーツの果汁をシフォン特製の配合比で混ぜて作られた絶品の飲み物を傾けてその味を楽しんでいたが、ガヤの視線が気になって、
「……どうかしたか?」
と聞いた。
するとガヤは、
「とんでもないこと聞いたぞ……ルル、お前、“時代の探究者”に所属しているって言うか……ルルのために作られた氏族が“時代の探究者”だって、グランさんが言ってたぞ!? 本当か!?」
その言葉を聞いてルルが思ったのは、今聞いたのか、ということに他ならない。
てっきりルルが所属していることと合わせて吹聴して酒場を歩き回っているものかと思っていたから、改めてそんなことを聞かれるとは思わなかった。
特に隠すことでもないので、ルルは言う。
「そうみたいだな。昔……七年前か。グランとユーミスが俺の住んでいた村、カディス村に来たことがあったんだよ。そのときに色々あってな。俺とイリスに、冒険者になれる年になったら、自分たちの氏族に入れってグラン達が言い始めてなぁ……」
その言葉に、ガヤが首を傾げて言う。
「七年前って、そのころにはまだこの氏族はないじゃないか。それでどうやって……」
「そう、まさにそう聞いたら、お前らが冒険者になるまでに氏族を作っておくからそこに入れってさ。それで出来たのが、氏族“時代の探究者”ってわけだ」
ルルの説明に、あんぐりと口を開けて声も出ないらしい、ガヤ。
しかし徐々に現実世界に戻ってきて会話を続けた。
「なんだよそれ……グランさんとユーミスさん、この氏族を作るまで誰に誘われても氏族に所属しないで独立してやってきたんだぞ。それを、ルルとイリスのためにわざわざ氏族立ち上げるなんて……お前たち、カディス村で一体何をやったんだ?」
その質問に答えようとしたとき、後ろから声がかかる。
「それは私も知りたいな」
振り返って見ると、見覚えのある男性がそこには立っていた。
眼鏡をかけた、学者然とした細面、とてもではないが荒事を得意とする冒険者の中でも指折りの存在には見えないが、やはり持っている魔力量は周囲の他の魔術師とは一つ二つ飛び抜けていることがわかる。
灰色に輝く瞳には知性が感じられ、撫でつけられたくすんだ金髪にもどこか品があるが、ルルに向ける視線の中には学者にはないような鋭い気配が宿っていて、やはり戦いを身の置き場とする人間特有のどこか危険な雰囲気が感じられる。
氏族“道化師の図書館”の族長、シュイ=レリーヴその人が、そこにはいた。
ルルとしては、誇りを折りかねないくらいにボコボコにしてしまった自覚があるので、顔を合わせるのに何となく気まずい思いを感じないでもなかったが、シュイ本人にはそのような思いなど無く、むしろ気さくに話しかけてくるので、ルルは気にするのをやめて普通に話すことにする。
「知りたいと言われても、そんなに話せることはないな」
「おやおや、つれない返事だな……君と私の仲じゃないか。少しくらい秘密を明かしてくれてもいいと思うけどね」
一体どんな仲だったか、と思いつつ視線を彷徨わせていると、ガヤは固まってシュイを見ていた。
グランやユーミスはあくまで自らの氏族の長だからともかく、シュイ=レリーヴという特級冒険者に話しかけられると言うのはやはり緊張するらしい。
ルルの隣に座って静かに食事をしていたイリスがふっと笑い、けれどガヤに特に触れることなく、また飲み物に口をつける。
ガヤは放置、ということらしい。
ルルもその方針に乗り、次の会話の相手をシュイに定めることにした。
「どんな仲なのか聞きたいところだが……その前に、怪我とかは無いか?」
出し抜けにルルが言った台詞に、シュイは驚いて目を見開いた。
それから、微妙な笑みを浮かべて言う。
「これは驚いた……人に怪我の心配などされたのはいつぶりだろうか。いやいや、馬鹿にしているわけではないよ。全く怪我など無い……君は直前で攻撃をやめてくれたわけだしね」
「そうか……ならいいんだ。あの魔術は正直ぶっつけ本番だったからな。制御しきれなかった部分もあったかもしれないと思ってたんだ」
実際、その台詞はルルにとってはなんでもないただの事実に過ぎなかった。
しかし、さらりと言われた言葉に、シュイは大きな反応を示す。
「ぶっつけ本番!? 君はあの魔術を、その場で作り上げたと言うのか!?」
シュイの言葉に、ルルは首を傾げて言う。
「作り上げたのは俺じゃなくて、シュイ、あんたの方だろう? 俺はそれをまねしただけだ」
「……まね……まねだったのか。しかしそんなことが出来るものなのか? あの一瞬で?」
「一瞬と言うほどでもなかっただろう。しばらく構成を視てたし、呪文もしっかり耳で聞いたからできただけだ。それに同じような魔術を見たこともあったしな。経験のなせる業というべきか……」
「……経験? 同じ魔術?」
シュイはルルの言った台詞の中で、ひっかかった部分を繰り返し、ルルに説明を求めるが、ルルが首を振ると答える気がないということを理解したようである。
冒険者には色々訳があるというもの。
無理に聞くのはマナー違反であるということらしく、シュイはそれ以上突っ込まずに話を変えることにした。
といっても、元の話題に戻っただけだ。
「そうそう、聞きたかったのはそういう話じゃなくてだ。グランとユーミスが氏族を作った理由だよ」
「あぁ……そういえばそんなこと言ってたな。でもなんで知りたいんだ?」
「単純な話さ。私は二人を氏族“道化師の図書館”に誘ったことがあるからね。まぁ、あえなく断られてしまったわけだが」
「なるほど、でも特に面白い話は無いぞ。俺の故郷の村に二人が尋ねてきて、色々あって俺の実力を見込んでくれた二人が、俺を氏族に誘ってくれた。でもそのとき、二人の氏族は特に無かったから、じゃあ作っておいてやる、ってことになってな。それだけだ」
「……なんだか色々端折られた気がするが、そこは冒険者のマナーにしたがって聞かないでおこうか。ふむ。しかしそれならうちの氏族に入ってくれてもいいような気がするけどね。別にグランとユーミスが推薦する人物なら、私だって入れるのは吝かではなかったのだが……特に、君やイリスのような実力者となれば、尚更に」
確かにわざわざ作らなくても既存の氏族に入ってもよかった気がするが、そうすると色々面倒な気がしたんだろう。
俺やイリスは古代魔族の調査をすることが冒険者としての主目的なのである。
ただ、古代魔族、などというものは、ユーミスのような物好きならともかく、普通は信じないし、ただの夢幻だと思っているような話だ。
それを大真面目に調査する、なんていいながら出来る氏族なんてものは、中々無い。
シュイ=レリーヴの氏族“道化師の図書館”は学者的な取り組みが主体の氏族であり、ルルたちの目的に最も合致する氏族であるが、それでも古代魔族を専門にやっている者など一人もいないというのだから、古代魔族の眉唾性が分かろうというものだ。
だから、ルルはその辺り、正直にいう事にした。
シュイの氏族には、そのうち協力を頼む時が来るかもしれない、という部分もある。
古代魔族の遺跡は、今見つかっている遺跡の中にもおそらくいくつかある。
ただ、それが古代魔族の遺跡である、とはだれも考えていないだけの話で。
だからそういう情報を仕入れるためには、シュイと仲良くしておいて損はないだろうと思ったのだ。
「実のところ、俺とイリスは古代魔族の伝説が好きでな。冒険者になったら調べてみたいとずっと言っていたんだ。そこにグランとユーミスが現れた……」
その説明だけで、シュイは何となく理解したらしい。
頷いて言った。
「古代魔族、か。ユーミスが好きだからな……君たちも、彼女と同じように夢を追うわけだ。なるほど、そうすると……確かに既存の氏族では厳しかっただろう。新たに氏族を作る気になったのも理解できる。ユーミスも同好の士の確保のために必死になった、というわけか。となると、実力はたまたまということかな?」
実際のところ、たまたまというわけではなく、必然なのだが、それを説明するわけにはいかない。
適度に誤解してもらおうと、大まかに説明する。
「どうだろう。俺の父はカディスノーラ卿だし、小さなころから訓練を受けていた。ユーミスとグランもよく村に来て、鍛えてくれたしな。イリスもそうだし、ついでに言うならラスティたちも鍛えられたから……」
「ふーむ。一種の英才教育の結果という訳か。しかしカディスノーラ卿か……レナード王立騎士団の剣術指南役の息子となれば、剣術に秀でているのも当然か。ユーミスは……古族の魔術を君に教えた? あぁ、答えにくいなら答えずとも構わない。しかしそれは禁じられているはずだが……古代魔族の事と何か関係があるのだろうか……今回の大会で古族の協力を得られているのはもしかしてその辺りに理由があるのか……?」
どうやら、完全に思考の海に潜ってしまったらしい。
それからしばらくして、
「邪魔して悪かった……またそのうち、話すこともあるだろうそのときはよろしく頼むよ」
そう言ってシュイは別のテーブルに去っていった。
同じ氏族のところのようである。
そうしてその日の打ち上げは終わった。
払いは氏族“道化師の図書館”と“修道女”の族長が全額持つらしく、それは賭けの勝利の結果だという事が最後の最後に明かされ、その場にいた全員が感謝を述べていた。
さらに、今日出された料理の材料が高いものから順に明らかにされ、それを見ていたシュイとヒメロスの顔が青くなっていったところが今日のハイライトだっただろう。
竜の肉なんかは序の口で、ありとあらゆるところから取り寄せられた絶品の食材の名前が唸るように挙げられていったからだ。
シフォンが語るには、今日は二つの氏族の族長が払いを全て持つ、ということで様々な商会を回っていつもなら買わない高い食材を集めるだけ集めたらしい。
道理で料理も酒も死ぬほどうまいと思った、とはその場にいた者たちみんなの台詞で、その全額を払った二人以外は非常に幸せそうに笑っていたのだった。