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蘇りの魔王  作者: 丘/丘野 優


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第50話 予選第二回戦 その七

「……おっ、始まったぞ」


 ルルたちの座っている場所から離れた位置に設けられたガラス張りの特別観戦席において、そんな声が聞こえた。

 声の主は、言わずと知れた氏族クラン時代の探究者エラム・クピードル”族長グランである。

 その他にも、見る者が見れば、その場にいるのは殆どが良く名の知れた冒険者達であり、その誰もが上級以上の実力を保証された存在であることが分かる。

 そしてそんな彼らであるからこそ、特権としてこのような観戦席が用意されていた。


「まずは小手調べと言ったところか。あのイリスと言う娘がアグノス相手にどれくらい頑張ってくれるか見物だが……」


 そう言って顎を擦ったのは、“修道女マナカ”のヒメロス=ブラッキアーレである。

 女性らしい長い黒髪を今日は三つ編みにして垂らしているのは、今日、彼女がまさに闘技大会で戦うからだろう。

 そんなヒメロスの声にグランは返事をする。


「ほう、その言い方だと、つまりお前はアグノスの勝ちに賭けるってことだな?」


「……それはそうだろう。アグノスはあれで上級なんだぞ。いくら相手がお前が実力を保証するような期待の新人だと言っても、流石に負けるはずが……」


 グランはその言葉を聞いて笑った。

 以前あれほど言ったのに、ヒメロスはやはり実際に見ていないから信じることが出来ないらしいと。

 それに、自分の氏族クランの副族長だから、というのもあるからだろう。

 ヒメロスは完全にアグノス贔屓のようであった。


「そうか。なら、俺はイリスの方に賭けるぜ。負けたら……今日はお前の奢りだ。いいな?」


 不敵な笑みを浮かべてそんなことを言うグランに、流石のヒメロスも不安になってくる。

 グランとヒメロスの間で賭け、しかも奢りと言ったらそれは個人的な奢りというわけではなく、氏族クラン単位での奢りという意味になる。

 お互い特級であるために、仮に氏族クラン全員に奢るとしても、“時代の探究者エラム・クピードル”も“修道女マナカ”も中規模氏族クランであることから、それほど懐が痛むと言うわけではない。

 けれど、二人とも特級まで上がれたのはひたすらに他者よりも優れた者であろうとする、一種の負けず嫌い根性によるところが大きい。

 つまり、こういう小さな賭けでも誰かに敗北することは許せない性格をしているのだ。

 にも関わらず、グランはイリスと言う、自分の氏族クランの新人の勝利に賭け、ヒメロスは本来勝ち目の大きいはずの上級冒険者であるアグノスに賭けることになっているこの状況に、疑問を覚えた。


 そもそも、ヒメロスは、今回グランが自分の氏族クランの新人をいっそ親馬鹿のように推しているのは、今回の闘技大会から特級が出場できることになったことから、その新人をだしに使って多くの実力者を呼び込むためだと思っていた。

 そのため、本当にその新人がグランを倒せるほどの実力を持っている、とまでは信じられず、そう言う事で他の者の興味を引こうとしただけだ、とつまりはそういう話なのだと思っていたのだ。

 だから、グランの推している新人の実力はいいとこ中級か、どれだけ強くても上級手前程度であり、上級の中でも上位であるアグノスに勝てるほどの実力は無い、とそう判断するのがヒメロスの常識からすれば正しいはずだった。


 なのに、そんなヒメロスの判断をあざ笑うかのように、グランは笑ってイリスという新人に賭けたのだ。


 ――もしかして、自分はこの賭けに負けるのだろうか?


 ふっとそんな不安が心をよぎる。

 けれどヒメロスは直ぐに自分の胸に去来する疑念を振り払う。


 いや、そんなはずはない。

 アグノスはヒメロスにとって腹心の部下であり、その実力のほどもよく知っている。

 ぽっと出の新人に簡単に負けるような鍛え方はしていないし、彼女の勝利を信じるのが同じ氏族クランの仲間としての信頼の示し方だ。

 だから、様々な疑問を覚えつつも、ヒメロスは決断し、グランに言うことにした。


「……いいだろう。私はアグノスに賭ける。副族長を信じてやれなくて、何が族長だ」


 そんなヒメロスの言葉にグランは笑って、


「よし、じゃあ俺はイリスの勝利に、お前はアグノスの勝利に賭けるってことでよろしくな……おい、ユーミス! 今日の晩飯はこいつのおごりだぜ!」


 ガラスに張り付きながら試合を観戦しようとしているユーミスにそう話しかけた。

 ユーミスは晩飯、の辺りでグランを振り返り、おごりだぜ、の声が聞こえるとヒメロスの前までやってきてその肩を引っ掴みがくがくとしながら、


「本当!? 本当でしょうね!? 女に二言は無しよ!?」


 などと言い始める。

 魔術師の癖にとてつもない力でぎりぎりと肩を引っ掴んでいるので、ヒメロスも、


「か、賭けで私が負けたらの話だ! もしそうなったら奢る!」


 そんな言葉に、ユーミスはぐりん、と首を傾げてそのままグランを振り返り尋ねた。


「……賭け?」


「あぁ。イリスが勝つか、アグノスが勝つか賭けたんだよ。負けた方が今日の晩飯奢りだ」


 ユーミスはそれを聞き、慌てて聞き始める。


「ど、どっちがどっちに賭けたのよ! まさか、グラン。あんた……!!」


 その言い方からして、ユーミスはグランが勝ち目のない方に賭けたんじゃないかと心配したらしい。

 ヒメロスも、新人と上級の試合なのだから、上級に賭けるのが当然であって、そうしなかったグランは失敗したと思っていたので、ユーミスの気持ちはよく分かったつもりだった。

 それから、グランはぽんとユーミスの肩を軽く叩いて言った。


「心配するな。俺はイリスに賭けたぞ」


 その言葉に、ユーミスは頭を抱えてグランを罵るだろう、とヒメロスは確信したのだが、意外にも事態はそうはならなかった。

 むしろその言葉を聞いた瞬間、ユーミスはほっとしたような顔になり、さらにグランに言った。


「なんだ。なら心配ないわね。よかったー。ヒメロス! 奢りありがとうね!」


 そう言ってまたガラスにくっついて応援を始めたのだった。

 そんなユーミスの様子に唖然としているヒメロスに、グランは笑って言う。


「分かったろ? お前の負けだってことが」


 その言葉で、背筋に冷たいものが走るヒメロス。

 ユーミスは食べ物のおごりとかそう言うものに異常にこだわる奴だと言うのをヒメロスは良く知っていた。

 その彼女が、今回はイリスが勝つ、と確信しているのである。

 自分は決して賭けてはいけない方に賭けてしまったのだろうか。

 本当に、あのイリスと言う新人はそれほどの力があるのだろうか。


 冷や汗が止まらないヒメロスに、グランは言う。


「ま、勝負は時の運とも言うしな。もしかしたらイリスも負けることがあるかもしれねぇ。とりあえず見物しようぜ」


 言われるまでも無く、会場にいる誰よりも真剣に試合を見物しようとヒメロスは決めたのだった。


 ◆◇◆◇◆


「……? いらっしゃらないのですか?」


 イリスは目の前に立ってこちらを見つめるアグノスに向かって、そう呟いた。

 試合は既に始まっている。

 イリスは試合開始前にあれだけ煽ったのだし、いらだった様子も見せたのだからてっきりアグノスの方から飛びかかってくるものと考えていたので、未だに動こうとしない彼女の様子に不思議なものを感じた。


 アグノスは、そんなイリスに言う。


「いえ……冷静に考えてみれば、私は上級、貴女は初級。胸を貸してやるのはこちらの方だと思ってね。だから始めの一撃は貴女に譲ってあげようと考え直したのよ」


 その台詞が、果たして本当に余裕だと考えて言っているのか、それとも何かの策略があるから言っているのかは、イリスには判断がつかなかった。

 けれど、たとえどちらなのだとしてもイリスにとっては同じことである。

 含むところがあろうとなかろうと、イリスにとっては意味の無いことだからだ。


 だから、イリスは言った。


「でしたら、遠慮なく……」


 驚くべきことに、そんな声がアグノスの耳に届いたそのときには、既にイリスの短剣が首筋にまで迫っていた。

 剣を構えてどんな状況にも対応できるように気を張って待ち構えていたアグノスは、その攻撃を辛うじて受けることに成功する。


「……くッ!」


 がきり、と固い金属と金属のぶつかり合う音がした。

 アグノスはイリスの短剣を弾き返すべく、握る剣に力を入れて振り切ろうとする。

 普段なら、それで相手を弾き飛ばすには十分なはずだった。

 アグノスはイリスの攻撃を弾き飛ばして、いったん距離をとろうと考えて剣を振ったからだ。


 けれども現実はそうはならなかった。

 アグノスの剣には、未だにぎりぎりとイリスの短剣が突きつけられて離れておらず、しかもどこにそんな力があるのかと聞きたくなるような、恐ろしい力がそこに込められていることが分かった。

 アグノスの気づかないうちに身体強化魔術をかけたにしても、また魔力循環により肉体強化を図ったにしても、恐ろしい出力と言わざるを得ないその力。

 アグノスとて、剣士として魔力循環による肉体強化は試合が始まったそのときからしっかりと行っている。

 その出力は、男の上級剣士とも張り合える程度にはあると自負している。

 にもかかわらず、目の前でこちらをその赤く輝く冷たい瞳で見つめる少女は、両手を使っているアグノスの剣を片手で圧倒するほどの力を出しているのだ。

 これを驚かずに何を驚けばいいのか。

 アグノスはそう思った。


 このままでは押し負ける、そう思ったそのとき、少女はすっと引いてアグノスから距離をとった。

 そして短剣を見て一言。


「……色々おっしゃるだけあって、やはりお強いですね……一撃で沈めるつもりでしたのに、防御されてしまいましたから……短剣が欠けてしまいましたわ」


 言われて少女の持っている短剣を見れば、確かに大きく欠けて、今にも折れそうな様子をしている。

 対してアグノスの持つ剣、細身の両手剣には少しの欠けもない。


「これだから安物は信用できませんわね……砥ぎに出したばっかりだったと言うのに。まだまだ初級ですから、お金がないので試合用にはこれくらいのものしか揃えようがなかったのですが。アグノスさんのその剣は、やはり名のある剣なのですか?」


 試合中に雑談など、と一瞬思うが、今の応酬でアグノスは相当な疲労が体に溜まっていることを理解していた。

 そして目の前の人物が、見た目や評判通りの存在でないことも痛いほど理解した。

 その上で、この雑談の時間は体力を回復するためには必要なものであると判断して、あえて乗ることにした。


「えぇ……そこそこいい鍛冶屋に頼んで特注したものよ。材料もわざわざ集めて……だからそんじょそこらの剣とは一味も二味も違うわ」


「なるほど……では」


 そう言った瞬間、再度少女の姿が消えた。

 そして今度はその欠けた短剣はアグノスの首筋にまで迫っていた。

 反応できたのは、奇跡だったと言ってもいいかもしれない。

 アグノスはその瞬間、身の毛のよだつような命の危機を感じ、ほとんど勘だけで剣を自分の首筋にまで持ってきた。

 すると、先ほどと同じように巨大な力と共に剣に金属のぶつかる音が聞こえたので、ただ自らの勘の命じるままに剣を振って、イリスの短剣らしきものを弾いた。

 一連の動作の何もかもが、アグノスにはまったく視認できなかった。

 それほどに、イリスの一撃は速かった。


 そして、イリスはいつの間にかアグノスから距離をとっており、手元で短剣をもてあそびながらがっかりしたような声を上げた。


「……今度は折れてしまいました」


 言われて、イリスの持つ短剣を見てみれば、それは確かにほとんど根元から折れてしまっており、もはや短剣としての用途をなさないと思われる様子である。

 イリスは文句を言うように、


「これでは修理も出来ませんわ……捨てるしかないようです」


 そう言って、短剣を投げ捨てる。

 からん、からん、とステージに捨てられたそれ。

 これがイリスとの試合でなければ、それは降参を表す仕草に他ならない。

 出場者は勝てないと思ったその時、武器を投げ捨てて降参を告げることがよくあるからだ。

 けれど、アグノスはたった二回の剣の応酬で、イリスが武器が折れた程度・・・・・・・・で降参するようなタイプではないという事が心の底から理解できてしまっていた。

 きっと他にも隠し玉があると、そう確信できていた。


 なぜと言って、今のイリスの表情に、全く焦る所は無く、ただ攻撃手段の一つを失ったに過ぎない、という顔をしているように見えたからだ。


 そして、残念なことに、そのアグノスの勘は事実だった。


 イリスは短剣を投げ捨てた後、その人形じみた顔に、すっと笑みを浮かべたのだ。


「予選で苦戦するようでは、お兄さまにも笑われてしまいます。少し早いですが……そろそろ、決着と参りましょう」


 そしてイリスがそう言ったその瞬間、アグノスは強大な衝撃を顔面に感じ、気づいた時にはなぜか身体が宙を舞っていた。

 手には自分の剣の感覚もない。

 自分の身、一つでアグノスは宙に放り出されていた。


「……え?」


 ステージが遠くに見える。

 下には、イリスが立って上を見上げている。

 観客達がこちらを見つめているのが見えた。


 そして、体が上に登っていき、頂点に達すると、気持ちの悪い感覚と共に、自らの体が地面に向かって落ちていくのが感じられた。


 魔力循環による身体強化をしている以上、落ちても死ぬことは無いということは分かっていた。

 けれど、それでも自らの体が落下する感覚と言うのは非常に恐ろしいものだった。

 それが、地上でアグノスの落下地点に剣を掲げながらイリスが待っているとなれば、なおさら。


 あれに刺さったら、致命傷はまぬかれない。

 けれど、どうやっても逃れるすべはないのだ。

 そう確認してから、アグノスはパニックになった頭の中で、降参すればいいのだという答えにやっとたどり着く。


 そして、落下しながらアグノスは言った。


「こ、降参するわ! 私の負け! だから、お願い、私を受け止めてぇ!!」


 その言葉ににっこりと笑ったイリスはアグノスの剣を投げ捨てると、手を開いてアグノスの体を迎えたのだった。

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