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第49話 予選第二回戦 その六

 最後はガヤの出番だった。

 とは言え、闘技場ステージに現れた相手はベテランの風格漂わせる剣士であり、実力は中級クラスはあるものと思われた。

 傷だらけの顔、それに腕はその歴戦の日々を語っているかのようで、迫力があった。

 ガヤは若手のうちでは才能がある方なのだろうが、それにしても経験も地力も違いすぎることはその時点で明らかであり、試合それ自体の結果は始めから殆ど見えていたと言える。


 そのためこの試合がどういう試合になるかは、ガヤの相手のベテラン剣士の胸先三寸であり、開始十秒で決着がつけることも可能であっただろう。

 けれど、ベテラン剣士はそうはしなかった。


 彼は試合開始の合図とともに、距離を詰めてガヤを気絶させることもできたのに、そうはしないでガヤの出方を見守ると言う戦法をとることにした。

 それはつまり、ガヤと言う若手に対して闘技大会という晴れの舞台において稽古をつけてやろうと、そういうことだと思われた。


 そんな相手の考えを、ガヤも理解できたようだ。

 ルルは知らなかったが、ガヤはその相手の存在を知っていたのか、ステージに登場した直後から青白い顔をしていたが、相手の言いたいことを理解して立ち直る。


 剣を構え、おそらくは胸を借りるつもりで飛びかかっていった。


 ◆◇◆◇◆


「こういうことは良くあることなのか?」


 闘技場で繰り広げられるガヤの戦いを見ながら、ラスティに聞く。

 こういうこと、とはつまりより上位にある出場者が若手を鍛えたりすることがあるのか、という意味である。

 ラスティはそれに頷いて答えた。


「まぁ、出場者の性格によるが、ないことじゃないらしいぜ。特に今回初めて出るような初級冒険者とか、その類の若手に対してはこうやって訓練みたいなことをやってくれる出場者は少なくないな。初めて出た闘技大会で運よく一回戦を勝ち残ったらほんの数十秒でぼこぼこ、ってのはいくらなんでも救われないだろう」


 ルルはラスティの台詞からぼろ雑巾のようになった若い出場者の姿を想像して、確かに、と納得するように頷いた。

 ラスティは続ける。


「もちろん、どう戦うかなんて本人の意思次第だからな。遥かに格下だと分かっていても、一撃で沈める奴はいるし、まぁ、ガヤみたいな本当に新人の新人じゃない限りは、さっさと片付けるのもそれはそれで盛り上がるしな。ケースバイケースってことだ」


 格下でも、上級と中級とか、特級と中級とか、そう言う場合は手加減無しでさっさと終わらせることも少なくないと言うことだ。

 そう言う場合に下手に長引いても観客に飽きが来るだろうし、そういう選択がありうると言うのもうなずける。


「ガヤはいい相手に当たったってことか」


 ルルが総じてそう呟くと、ラスティは頷く。


「ま、そういうことだな。対戦相手を嬲って楽しむような奴もいなくはないからな。ああいう公正で面倒見の良さそうな相手でよかったんじゃないか?」


 そんなラスティの言葉に、第一回戦においてぶつかった誰かの顔を思い出して、ルルは少し笑い、それからガヤの試合を眺めることにした。


 結局、ガヤはその試合では負けてしまった。

 当然だ。

 実力差は明らかだったのだから。


 とは言え、指導されるように十分に戦い、丁度ガヤの体力の限界が来た辺りでそれを見ぬいた相手のベテラン剣士が軽く攻撃を加えて気絶させたという終幕を迎えたため、試合に対しては大きな歓声が贈られた。


 それは、第一回戦を勝ち抜いた、先の楽しみな運のいい若手と、そんな若手の成長に手を貸そうとしたベテラン剣士の清々しい戦いに対する賞賛だった。


 ◆◇◆◇◆


 試合を終えたガヤ達と合流し、これで今日の残りの試合はルルとイリスだけのものである。

 二人の試合は今大会の為に使用されている四つの闘技場のうちで最も巨大な国営闘技場で行われることとなっており、当然のことながらその観客収容可能人数は最も多く、観戦者も一番多くなる。

 その状況は予選であっても変わらず、沢山の観客達がそこに足を運ぶ。

 と言うのも、毎回最も面白そうな組み合わせの試合はここで繰り広げられると言う共通認識があるからである。

 試合の組み合わせは基本的にランダムなくじ引きで決められるのだが、決まって毎回最も盛りあがる組み合わせはこの国営闘技場で行われるため、大会運営の恣意的な組み合わせが行われる可能性もささやかれているが、それほど批判されることが無いのは、なんにせよ最も盛り上がってしまっていると言う単純な事実があった。


 国営闘技場に入るときも、やはり金バッジを見せ、入場することになる。

 ロビーまでの距離は他の闘技場と比べて遠く、やはり王都において最も巨大な闘技場の名は伊達ではない。


 歩きながら、ラスティがルルに尋ねる。


「そう言えば、お前、対戦相手は? もう見たのか?」


 これは自分の対戦表をすでに見たのか、という意味だったが、ルルは別に誰と戦っても同じだろうと思って特に確認することなくラスティたちの試合を観戦しに行ったから、その答えは否だった。

 ラスティにそう言うと、


「……余裕だな。ま、でもまだ予選第二回戦だし……そこそこのとしか当たらない可能性の方が高いしな。ルルならそれくらいの態度で丁度いいのかもな」


 などと言って呆れていた。

 けれど、そんな彼の表情も、ロビーに掲示された対戦表を実際に目にするまでのことだった。

 大勢の出場者、観客達がひしめき合うロビーに無造作に掲示された対戦表。

 その右端の方に、ルルとイリスの名前がある。

 そしてそれぞれの対戦相手として表示されている相手に、ラスティは目を見開いてその驚きを示したのだった。


「……おい、嘘だろ? イリスの相手は上級冒険者だし、ルルの相手なんか……特級……氏族クラン道化師の図書館フォッソル・ビブリオテーカ”のシュイ=レリーヴ!? 王都最高峰の魔術師の一人じゃねーか!?」


 ラスティが悲鳴を上げるような声でそんなことを言う。

 ルルからすれば、王都に一体いかなる氏族クランがどの程度あるのかと言った情報はまだそれほど覚えていないので、ラスティが言うルルの対戦相手がどれほどなのか測りかねた。

 特級、という事だから仮に下位であったとしても相当な実力者なのは間違いないだろうが、それが実際にどの程度なのか分からない。

 王都最高峰、とも言うほどであるのだから、ユーミスと同程度もしくはそれ以上と考えるべきなのだろうか。

 そう尋ねると、


「知らないのかよ……。ユーミスさんも特級だけど、あの人は中位だ。シュイ=レリーヴは特級下位だから、ユーミスさんよりかは落ちるけど……それでも冒険者の中では最高峰に近いぞ。今年から特級が出れるルールになったのは分かってたけど、まさか知り合いがいきなり当たるとは……」


 興奮しながらそんな風に語る。

 どうやらラスティはかなり厳しい戦いになる、と考えているらしい。

 ルルからすれば、ユーミスに劣る魔術師というのはそれほど脅威ではない。

 そもそも、ルルはパトリックに勝っているのだ。

 国内最高峰の剣士相手に勝利を収められるのだから、たとえ王都最高峰の魔術師が相手だと言っても何も出来ないで終わるとは思わないのが普通だろう。

 そう言うと、


「いや……でもパトリックさんに勝ったって話は聞いたが、実際に見た訳じゃないし、半信半疑なんだよな。いや、ルルもパトリックさんも同じこと言ってるから本当なんだとは分かってるんだが、それでもなんとなく信じ切れなくて……。だから心配なわけだ。幼馴染としては、特級なんかと戦う羽目になった友人が」


 つまり、たぶん大丈夫だと思っても、個人的感情で不安だと言うことらしい。

 それはありがたい気持ちで、なんとなく嬉しくなってラスティの肩を叩いた。


 対して、少し離れた位置にいたガヤはルルとラスティの会話は聞き取れなかったようで、対戦表とルルを見て本気で心配し始めたらしい。


「お、おい……さすがに棄権した方がいいんじゃないか?」


 とか、


「特級だぞ!? 無理だろ……いや、でもシュイさんは穏やかな人だって聞くし、手加減してくれるかもしれないから……いやでもなぁ……」


 などとぶつぶつ言いながら事あるごとにルルの出場を止めようとしてくる。

 本気で言っているため、ルルとしてもなんとも答えにくいが、先ほどのガヤの試合を引き合いに出して、


「まぁ、初級冒険者でしかない新人をいきなり殺しに来るってタイプの人でもないんだろ? だったらそれほど心配しなくても大丈夫じゃないか?」


 と言ってお茶を濁すことにした。

 実際には、ラスティから得られた事前情報からして、ルルは一切自分の勝利を疑っていないために適当な台詞でしかないのだが、ガヤはそれでなんとか自分を無理やり納得させるような顔をして頷き、深刻な表情でルルに忠告した。


「……危なかったらすぐに棄権するんだぞ!? 命は一つしかないんだからな!?」


 その余りの剣幕に苦笑するルル。

 ラスティはそんなルルとガヤの様子を微笑ましい目で見つめている。

 そしてガヤが少し離れたときにぼそりとルルに言う。


「あいつ、案外、弟分みたいな奴には優しいんだな?」


 その言葉にルルは確かにと頷いた。

 ガヤからしてみれば、ルルはおそらく冒険者になって初めての弟分みたいなものだ。

 実際にその実力の主だった部分を見せたことも今のところないので、扱いは始めから全く変わっていない。

 そんなルルに対して、ガヤは常に守るような兄貴分としてふるまっているように思う。

 もしかしたら、そのうちラスティのように、ガヤが兄貴と呼ばれて慕われる日も来るのかもしれない。

 そう、ラスティに言うと、


「……兄貴なんてあだ名はあいつに今すぐに譲ってやるぜ……あぁ、そう考えると、ガヤをさっさと鍛えて強くするのが一番いいのかもな? そうすれば、俺はもう兄貴なんて呼ばれないで済む……そうだ、そうしてしまえばいい……」


 などとぶつぶつ言い始めたので、藪蛇だったかと黙った。

 ガヤの知らないところでガヤの特別訓練がラスティの頭の中で組み上げられ始めている気がするが、自分のせいではないと言い聞かせながら、ルルは自分の番が来るまで観戦することにした。

 試合の順番的に、ルルよりもイリスの方が先であるからその試合はきっと楽しめるだろう。


 そう思って、目の前で繰り広げられる多くの出場者たちの試合を楽しんだのだった。


 ◆◇◆◇◆


 イリスの相手の上級冒険者は猫のようにしなやかな容姿をした亜麻色の髪の女性剣士だった。

 それなりに有名な人物であるらしく、観客達からは今までとは比べ物にならない大きさの歓声が向けられている。

 そのうちの何割かが、イリスに対するものであることを、イリスは気づいていなかった。


「……へぇ、貴女が噂の新人ね?」


 イリスの相手の女性は、闘技場ステージに上がって直後、意味ありげな微笑みを浮かべながらイリスにそう言い放つ。

 開始の合図はまだない。

 しばらくは会話する余裕がありそうだった。

 イリスは彼女の台詞に首を傾げて質問する。


「噂の新人……とはいったいなんでしょうか? 心当たりがないのですが……」


 そんなイリスの台詞に、相手の女性剣士はふふと笑って頷く。


「そうでしょうね。私たちが勝手に噂しているだけだから……ごめんなさい。でも、貴方、氏族クラン時代の探究者エラム・クピードル”のイリスちゃんでしょう?」


 女性剣士の口から出てきたその台詞に、イリスは驚く。

 なぜならその情報は基本的に大会が終わるまでは隠している予定であるものだからだ。

 ガヤ達に知らせないために、未だにルルとイリスが“時代の探究者エラム・クピードル”に所属しているという事実は内緒にされていた。

 なのに、目の前の女性剣士がそれを知っている。

 一体なぜなのだろう、と思うと同時に、口止めしなければならない、と思いイリスは言う。


「……出来ることなら、それは内緒にしておいていただきたいのですが……?」


 受け入れられないかもしれない、と思っていたが、意外にも女性は快く頷いて言った。


「勿論よ。この会話だって、観客達の歓声で聞こえていないと思ってるからしているだけよ。心配させて悪いわね。より詳しく説明すると、あなたたちのことは、グランとユーミスから聞いているの。だから事情もしっかり分かっているわ……」


 その言い方に、イリスは少し不安になる。

 自分たちの正体については秘密にしておくという約束は守られているのか、と一瞬思ったからだ。

 けれど、よくよく考えればイリスたちの正体を話すについて、強固な契約魔術があの二人にはかけられている。

 正体がばらされた、という可能性は端からありえない。

 となると、どういう話を聞いているのか気になるところだが……。

 そう思っていると、女性剣士の方から進んで話してくれた。


「あなたたちについて聞いたのは、こうよ。活きのいい新人がうちにいる。そいつらのためにも今回の大会は盛り上げたいから、名のある奴には片っ端から声をかけてくれってね」


 その台詞に、イリスは驚く。

 今年から特級の参戦が可能になったとは聞いていたが、女性剣士の話からすれば、その取り組みが行われた理由はおそらくイリスたちにあるということになるからだ。

 それに、集めようと思っても中々集められない特級冒険者が、今大会にはかなり出場している、というのもそのグランたちの暗躍によるものだということが分かった。


 あの二人は何をしているだろう、と思うと同時に、そのくらいでないと自分たちには面白くないのも確かだ、と感じてイリスはふっと笑う。


 それを見た女性剣士は、呆れと感心がないまぜになったような表情で、


「今の話を聞いてそんな風に笑える時点で確かに見込みがありそうね。普通なら青くなるところよ……ま、私も強い娘が増えるのは歓迎だわ。私個人としても、私の氏族クランとしてもね」


 その言い方に、イリスは気になって尋ねる。


「どうしてですか?」


 女性剣士は、その質問に笑って答えた。


「それは、うちの氏族クラン修道女マナカ”が女性限定氏族クランだから……。ねぇ、普通に戦っても面白くないわ。賭けをしない?」


「賭け?」


「私が勝ったら、貴女にはうちの氏族クランに入ってほしいの。別に何か強制するつもりはないわ。別の氏族クランの冒険者と依頼を受けるのも自由よ。ただ、強い娘にはうちの氏族クランにいてほしい……そう思ってるの」


 まさか勧誘されるとは思わず、イリスは驚く。

 条件もそれほど問題なさそうだ。

 別に住むところを強制されるわけでもなさそうだし、実質的に名前が移る以外に変わるところはなさそうだ。

 だから、イリスは頷いた。


「構いませんわ。ただ……」


「ただ?」


「貴女が、私に勝てるとは思えません」


 そう言った瞬間の、女性剣士の表情の変化こそ見ものだった。

 穏やかだったその顔は、一瞬にして獰猛な肉食獣のように変わり、殺気がぎしぎしとあたりに広がる。

 その様子に観客達は悲鳴を上げた。

 それほどの力を、彼女は持っているようだった。

 ただ、イリスの表情は変わらない。

 そんなイリスに、女性剣士は言った。


修道女マナカの副族長たる私、アグノス=ブラッゾ相手に言うわね……意地でも貴女を地面になすりつけたくなったわ。そして貴女は言うでしょう。『私を修道女マナカに入れてください』ってね」


「出来るものなら、どうぞ」


 美しい女性が怒った時ほどおそろしいとはよく言ったものだ。

 人形のような美を湛えるイリス、そしてネコ科の肉食獣のような優美で獰猛な美しさを持つアグノス。

 不敵に笑う両者の間に、稲妻が走って見える。


『……始めッ!』


 そして、試合開始の合図が鳴り響いた。

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