第48話 予選第二回戦 その五
予選第二回戦を終えた幼馴染たちを闘技場ロビーで待つ。
もちろん、キキョウとイリスも一緒だ。
この後もこの闘技場ではいくつも試合が行われるが、幼馴染たちの試合以外にそれほどの興味もないので、ここで去ることになっても何も問題は無い。
それに、ルルたちには見るべき試合がまだあるのだ。
ガヤたちの試合は、何が何でも見なければならない。
その点についてはラスティたちも同様で、だからこそこうやって待ち合わせてガヤ達の試合会場に向かう予定だった。
しばらくして、闘技場の選手控室がある方向から三人の幼馴染がとことこと歩いてきた。
ミィとユーリについては対戦後だというのにそれほど消耗しておらず、比較的簡単に勝てたのだということが分かる。
ラスティは疲労困憊、と言った様子で中々に大変だったのだろうと思わせた。
実際、最も対戦相手が強かったのはラスティだっただろう。
あの騎士は、悪くない腕をしていた。
とは言え、パトリックに挑めるほどではなかったが。
だからこそ、パトリックは彼に弟子に勝ってからにしろと言ったのかもしれない。
ラスティたちはルルたちを視界の中に認めると手を振って近寄ってきた。
「ルル! 俺の試合はどうだった!?」
ラスティは会って直後そんなことを聞いてくる。
横ではミィとユーリがイリスに同じようなことを聞いていた。
自分では客観的に見れないからか、試合の出来が気になっているようだ。
ルルはその質問に笑って答える。
「悪くなかったと思うぞ。特に最後の、相手の油断を誘うためにあえて隙を作った辺り、まぁまぁだった」
「本当か!? よしっ」
故郷で模擬戦をしている中でもそれほどルルがラスティを褒めることは無かったため、そんな言葉を聞けたのが嬉しかったらしい。
手を握りしめてガッツポーズをした。
ただ、それでも天狗になることはないようで、ラスティは改めて対戦相手であった騎士について語った。
戦ってみて分かったことは、あの騎士は強かったのは間違いないが、パトリックとためを張れるほど強い訳ではなく、せいぜい冒険者で言うなら中級上位程度であっただろうと。
そしてそれに自分が勝てたのは、村での厳しい訓練があったからだと言い、これからもしっかり修行しなければならないと言って気を引き締めていた。
そのあと、ミィとユーリの相手についても話は移ったが、ミィの相手の巨大な男はその体格はともかくとして、実力それ自体は初級上位から中級下位程度だっただろう。
ユーリの相手であるオルテスは中級下位程度だったと思われるが、ユーリとは相性が悪すぎた。
常に結界を張り続け、傷ついても怯むことのない精霊を相手にし続けるほどの実力はオルテスにはなかったというわけである。
それから、ガヤたちの試合を見に行くために他の闘技場へと移った。
途中、露店をうろうろしながら腹ごしらえをして、ちょっとしたお祭り気分だ。
いつもより遥かに活気のある王都は、ただ歩いているだけでも楽しく、また幼馴染たちと久しぶりにこうやっているのはどこか心が弾んだ。
そうして、ガヤ達の試合の行われる予定の闘技場へとたどり着く。
先ほどまでいた闘技場と同様、胸についた金バッジを受け付けに示し、中に入っていくとすぐにロビーに辿り着く。
中心にはやはり対戦表が掲示されていて、ガヤ達の名前をそこに見つけることが出来た。
対戦表を見ながら、ラスティが言う。
「……特に名の知れた相手、ってわけでもなさそうだな」
「まぁ、まだ予選だし、二回戦だしな。玉石混交だろう。初級と中級クラスが大半で、一部上級、稀に酔狂な特級、という感じなんだから、必然的にぶつかりやすいのは初級か中級ってことになる。運さえよければ中級でも本選に出れる可能性はあるし、それどころか優勝手前くらいまでなら行けなくはないからな。トーナメント制だし」
ルルがそう返すと、ラスティは頷く。
「上級同士とか、特級同士でぶつかって潰しあってくれると俺達にはありがたいんだが……ルルが全部そうだったら面白いよな」
ラスティがそう言った瞬間、何かふっと背筋に寒気がした。
一体どうしたのだろうか、と思いつつ、ルルはすぐに気を取り直して話を続ける。
「それもこれも全部運次第だ。総当たり戦とかじゃなくてよかったな。とは言え……ガヤたちはそれでも厳しそうだが」
「あいつらは冒険者になってから日も経ってないから、まだ初級下位だし……そう考えると、今年は第一回戦を勝ち抜けただけ、十分なんじゃないか? 予選第二回戦まで勝ったらそれこそ祝杯ものだと思うぜ」
「そう言うことなら、まだ冒険者登録から数か月しか経ってないお前はすでにその祝杯ものの手柄をあげたことになるな、ラスティ」
そう言ってルルがちゃかすと、ラスティは眉をしかめて、
「……いや、まだだ。三回戦までは勝って……いや、出来ることなら本選まで行ってこそだ」
そう言って拳を握りしめた。
ラスティの目標は相当に高いところにあるらしい。
そこまで昇れば上級にぶつかる可能性もかなり高くなってくるし、運だけでどうという訳にもいかないだろう。
けれど向上心があるというのはいいことだ。
ルルはその友人の目標を応援することに決め、肩を叩いて「お前なら出来るよ」と言ったのだった。
◆◇◆◇◆
「やっぱり難しいか」
ラスティは劣勢と言わずにはいられない、その試合を見ながらふっとそう呟いた。
目の前で行われているのは、ガヤのパーティメンバーの一人、治癒術士シャリカの試合である。
対戦相手は女性の槍使いであり、つまりはシャリカからすれば、治癒術士対戦士というかなり相性の厳しい組み合わせということになる。
しかも、その槍使いの女性は初級は抜けた程度の実力があるように感じられる。
槍の扱いにも慣れているし、相手が自分より実力の低い存在であることを理解しているにもかかわらず、その態度に油断は一切感じられなかった。
シャリカからすれば、予選第一回戦とは異なり、パーティで戦うということが不可能である以上、回復だけ担っていればいいというわけにも行かず、自ら攻撃にも出ていかなければならない予選第二回戦は非常に厳しいものであることは言うまでもない。
けれど、予選第一回戦を勝ち抜けば、その後は必然的に一人で戦うことになると言うのは始めから分かっていたことである。
そうである以上、彼には一人でも戦える術があると考えるべきだった。
だから、槍使いの女性の警戒は正しく、実際シャリカはその期待にしっかりと応えて見せた。
何も武器を持たずに現れた彼はいつも持っている杖すらもその手には把持されていなかった。
それを見て、ルルとイリスは首を傾げた。
一体何をするつもりなのか、分からなかったからだ。
しかし、試合が始まった直後に、彼が何をしようとしているのか判明する。
シャリカは試合開始と同時に、自らの体に緩徐回復魔術をかけ、その上でそれほど効果は高くないが、身体強化魔術をかけて拳でもって槍使いに飛びかかっていったからだ。
彼が拳士である、という事実がそこで明らかになった、という訳である。
普段、全くそんなそぶりが無かったので、ルルもイリスも知らなかったが、ラスティたちはそうではなかったようである。
聞けば、普段から時間のあるときは訓練をしているようで、“時代の探究者”所有の訓練所で鍛えていたらしい。
師は同じ氏族に所属する、元々は修道士であった彼の親であり、その出自から治癒魔術と拳を使った戦闘術を身に着けているのだと言う。
意外な事実に驚くが、確かに思い出してみればシャリカの動きは治癒術士というよりかは武術家のものと言われる方が納得の行くものであった。
目の前で振るわれるシャリカの拳は確かに修練の後を感じさせるもので、低級の魔物相手なら十分に使い物になりそうである。
とは言え、今、彼の相手はそこそこの実力を持った槍使いであり、実力の面から見ても、リーチの面から見ても、シャリカの実力では厳しかったようである。
彼の拳はそのことごとくが軽々とあしらわれてしまい、最終的には鼻先に槍を突き付けられて試合は終幕と相成ったのである。
「でも、頑張った方だろう」
難しいか、と言ったラスティに向かってルルはそう呟き、それから初級にしては十分な奮闘を見せたシャリカに拍手をして、健闘をたたえたのだった。
シャリカも観客達にお辞儀をし、対戦相手の槍使いの女性とも握手をした。
総じて和やかないい試合だったと言えるだろう。
観客達は改めて二人の戦いを称え、また次に参加するときには二人がさらに強くなっていることを期待して拍手を強めたのだった。
◆◇◆◇◆
次に始まったのは、猫系獣族の魔術師、少女ユユの試合である。
対戦相手は彼女と同じ魔術師であり、実力も大体同じくらい、と思しき少年である。
実力的には闘技大会の中では比較的盛り上がりに欠けるカードであると思われ、観客達の反応は鈍いかと思いきや、意外にも観客達はその試合をしっかりと見守った。
ただ、中級や上級程度の実力を持った者たちの試合を見るときのような、熱のこもった視線ではなく、むしろ温かな、それこそわが子を見守るような視線が向けられている。
それと言うのも、こういう風に第二回戦における初級同士の戦いと言うのは、実力や規模、それに年齢など、様々な点で微笑ましく、またいずれこういった戦いをした者たちの中から未来の英雄が生まれることも少なくないために、一種の名物として誰もが楽しみにしているものなのだからなのだという。
実際、その戦いは、先ほどまでの魔術や戦士の多彩な技の飛び交う試合と比べれば、極めて規模の小さな、はっきり言えば退屈なもののようにも感じられた。
けれど、どちらも本気で真剣に挑んでいることが見ているこちら側にも伝わり、また純粋で素直な気もが伝わってくるような真摯な戦いには独特の魅力があった。
それなりの魔術師から見れば、非常に稚拙かつ威力の低い魔術の応酬は、見方を変えれば自分の限界まで力を出し切った全力の魔術の争いだったし、その制御に汗を流して取り組むその様は彼らがどれだけこの試合に本気で挑んでいるかを観客に教えてくれるようだった。
ユユと対戦相手の少年の魔術は常に拮抗し、それだけでは決着がつかないように思われ、お互いに徐々に集中力と魔力が尽きてきたそのときのことだった。
ユユが勝負に出て、あえて前に出て魔術師の少年に襲い掛かった。
それを見て、観客達は思った。
彼女はもしかしたら、初めからこれを狙っていたのかもしれないと。
実際、それは魔術師の少年が火炎の玉をユユに向かって放ち、それがユユの水の玉の魔術により消滅させられ、直後、もう一度魔術をお見舞いしてやろうと詠唱を始めたそのときのことであり、絶妙のタイミングであると言えた。
おそらく、ユユはどのタイミングでそれを行うかを、何度も魔術の応酬を繰り返すことで図っていたのだろう。
詠唱に入った少年は、相手が先ほどまでの行動とは異なる行動をとり始めたことに反応できず、また詠唱をやめることは自らを無防備にすることと同様であると考えたらしい。
驚きの中、集中を乱さずに、魔術の詠唱を続けた。
あとは、ユユが少年の懐に入るのが先か、少年が詠唱を終えるのが先かの勝負であった。
その一瞬は、今まで行われてきた他の出場者たちの試合に勝るとも劣らない興奮を観客達に運んだと言っていいだろう。
手に汗握る一瞬と言うのは、必ずしも高い実力のみが形作るのではなく、自らの全力を出し切った者同士のぶつかり合いで作り出されるものであると示された瞬間であった。
ユユが猫系獣族特有のその爪を少年に振り上げ、彼の体を切り裂こうとしたその瞬間、ぎりぎりのタイミングで魔術の詠唱は完了する。
集約された魔力が光を放ち、ユユに向かって放たれると思われたそのとき、ユユはそうなるのは分かっていたとでも言うようにその身を素早く反転させて魔術の着弾地点から身体をずらして対応した。
完成した少年の魔術、火の玉はそんなユユの速度を追い切れず、今まで彼女が立っていた場所に着弾し、ステージを僅かに焦がしたが、ただそれだけだ。
そして、少年が気づいたそのときには、ユユの長い爪が迫っていた。
少年の体はその鋭い爪に切り裂かれ、傷を負う。
その痛みに倒れた少年は、痛みから未だその傷が軽傷であることを理解して慌てて取り落した杖を拾ってユユに向けようとするも、振り返った少年の鼻先にはユユの爪が突きつけられていた。
少年は事態を理解して、一言つぶやく。
「……僕の、負けです」
瞬間、会場を歓声が満たした。