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第46話 予選第二回戦 その三

 がきぃん、と高く澄んだ音が闘技場の中に響く。


 渾身の力を込めた最上の一撃は、しかしユーリの呼び出した銀鎧ぎんがいの精霊に正確に受け止められ、彼女のもとに届くことは無かった。


 そこからは、目にもとまらぬ速さの剣戟の応酬となる。

 オルテスがユーリを直接狙う事を諦め、まずは銀鎧の精霊を倒すべきと決め、その隙を探しひたすらに打ち込み始める。

 まずは、鋭い突きがその喉元へと襲い掛かった。

 一端の剣士であってもその姿を捉えることは出来ずに陥落してしまいそうなほどの力が、その突きには込められていたのは間違いない。

 けれど、銀鎧の精霊にとってその突きはそれほど恐ろしいものではなかったらしい。

 ふっと揺らぐようにその姿を霞ませた精霊は、オルテスの突きを僅かにその身体の位置を動かしたのみで避けて見せたのである。


 必殺の一撃を避けられたのは、これで三度目。

 しかしそれで落ち込むようなオルテスではなかった。

 覚悟を決め、勝つことにのみその全霊を注ぎ始めた期待の若手剣士は、避けられた突きを即座に斬撃へと移し、そのまま銀鎧の精霊の首を狙ったのである。

 その動きには流石の精霊も予測を外したのか、僅かに掠める様にその鎧に一筋の傷を刻むことが出来た。


 ただ、出来たのはそこまでである。

 その直後、目の前にいたはずの銀鎧の精霊はいつの間にかオルテスの背後にいた。

 そしてその手に持った剣を構えてオルテスのことをじっとりとした心の読めない視線で見つめていた。


 振り返ってそれを確認したときにはすでに時は遅く、剣を防御に振り分けようにも身体がついていかない。

 オルテスの剣よりも、精霊の一撃の方が早かったのだ。


 次の瞬間、大きな衝撃を頭に感じたオルテスの意識は、闇の中に沈み、自らの敗北が訪れたことを薄れゆく視界の中で理解したのだった。


 ◆◇◆◇◆


 多大なる歓声が、ステージ中央に立つユーリに向かって贈られる。

 オルテスを打ち倒した精霊の姿は既になく、そこに立っているのはユーリ一人だ。

 また、オルテスの奮戦を褒め称える声も聞こえた。


 先ほどまで行われていた試合とは一味違う、手に汗握らせる緊張感のある試合を見せてくれた二人の競技者に対する、賞賛の声だった。


 ユーリは手を振りつつ、倒れたオルテスに近づいた。

 何をやっているのかはここからはよく見えないが、治癒術師が中々出てこないので代わりに治癒魔術をかけているのだろう。

 その甲斐あってか、オルテスは意識を取り戻して、ゆっくりと立ち上がった。

 周囲から鳴り響く歓声と、ユーリの勝利を祝っているその言葉に自分が敗北したのだと改めて理解した彼は、けれど醜く振る舞ったりはせずに、手を振りながらその歓声に対して感謝の意を伝えた。

 立派な態度であると言えるだろう。


「少し危なかったような気がしますが、及第点でしょうか……」


 イリスがルルの隣でそんなことをぽつりと呟いていた。

 ユーリの知らぬところで彼女の採点作業が行われていたらしい。

 もし及第点でなかったらどうだったのかについては恐ろしくて聞けない。


 オルテスとユーリがステージから去った後、イリスは気を取り直して言った。


「残るはラスティだけ、ですわね。……大丈夫だと思われますか?」


 ルルがミィとユーリの戦闘力について心配していたのは彼女たちの修練にあまりタッチしないで来たことによる、その実力の把握の不十分さから来ていたが、ラスティについては反対にイリスが心配しているらしい。

 それ以外にも、彼女の感覚からすれば、ラスティという少年はどうにも昔の好奇心旺盛ないたずら少年の印象を抜け出ていないらしく、その思いが心配に拍車をかけているらしい。


 ルルにもその気持ちは理解できた。

 ラスティの性格は今に至っても本質的には変わっていない。

 数年の月日を経て、冒険者として経験を積み、多少の落ち着きは見せているものの、未だに十四なのである。

 そうであるのも仕方ないだろうと言うものだ。


 ただ、ルルもイリスがミィ達を信頼しているのと同様に、ラスティの実力についてはそれほどの心配はしていなかった。

 勿論、あまりに強い相手が対戦相手であると言う場合には正直勝ち目は薄いだろう、という話になるだろうが、事前に見た対戦表を見る限り、上級や特級などの名の知れた存在に当たることは本選までありそうもない様子であった。


 ラスティはルルにとって、人族ヒューマンになって初めての友人であり、かつ手塩にかけて育てた弟子でもある。

 しかも、ルルのみならず、グラン、それにパトリックと言う望んでも得ることの出来ない最上の師匠に彼はひたすら扱かれて学んだのだ。

 グランは基本的には冒険者であるし、パトリックも王国の剣術指南であるという関係で、長い期間たった一人の人間にその技術を教え続ける、ということは少なく、ラスティはそんな二人にとって面白い実験材料だったと言っていいだろう。

 ルルにとっても同じで、魔王として実戦の中でひたすら磨き抜いたその技術は結局誰にも継がせないまま死んでしまったのであるから、誰かに教えたいと言う欲求もないではなかった。


 そんな三人に、ラスティは学んだのである。

 その辺の者にそう簡単に負けるほど、弱いはずがなかった。

 しかもラスティは自分の実力について、村にずっといたこと、それに常に師匠たちに敗北し続けたことからかなり低く評価している部分がある。

 その自己評価は彼の中から一切の傲りを無くし、毎日謙虚に訓練に打ち込み続ける精神をも作り上げたのだ。


 グランに聞くところによれば、ラスティは街に来て、冒険者になってから一度も訓練を欠かしたことがなく、自分の実力については極めて謙虚であるという事だ。

 未だにたまにグランと模擬戦をしては叩きのめされているというのだから、そうなるのも理解できる。

 いつか追いつこうと必死なのだろう。

 そして、だからこそ、自分と同い年くらいの新人冒険者にちやほやされても恥ずかしい、という気分になって悶絶してしまうのだろう。

 自分など、グランやパトリックに比べれば何という事もないのに、と。


 しかしルルは確信していた。

 ラスティは今日もまた、その名前を広く多くの人々の胸に刻み込むのだろう、と。

 ミィとユーリも中々だったが、やはりルルとしてはラスティこそがあのパーティで最も実力があると考えているからだ。


 だから、イリスに言った。


「俺の人生で初めての弟子なんだ……そう簡単には、負けないさ」


 その言葉に、イリスは目をぱちくりとして、


「……魔王の愛弟子ですか。そう考えると……敗北する未来が見えませんわね」


 そう言って笑ったのだった。


 ◆◇◆◇◆


 しばらくして、闘技場に入ってきたラスティは、意外にも緊張していた。

 ミィとユーリはそういう雰囲気を一切見せなかったことから、彼もてっきりそんな風に出てくるものかとルルは思っていたので面白く思う。

 しかしよくよく考えれば、不思議なことでもなんでもない。

 あの二人の女の子は昔からよく言えば度胸があり、悪く言えば図々しい部分があった。

 反面、ラスティはどこかで遠慮すると言うか、人に気を遣って振る舞うようなところがあり、だからこそ悪戯坊主だったにも関わらず村の人々には温かい目で見られていた。


 そんな性格から考えると、今のラスティの態度はあの村にいた頃の彼と何ら変わりなく、むしろ友人として懐かしい、と言えるものである。

 身に纏っている武具は以前のものより少しグレードが上がっており、闘技大会に向けて買い替えたのだろうと言うことが分かった。

 良く似合っている。

 赤髪とそばかすの散ったその顔は昔と何も変わらず、初々しさがあって以外にも女性の黄色い声が彼に向けていくつも放たれていた。


「がんばってね~!」「応援してる!」


 オルテスに向けられていたそれより、若干年齢層が高く、また何となくだが色気と品がある声が多いのは、なぜだろう。

 声の主をそっと見てみれば、大体がとびきりの美人であるが、商売女の雰囲気を感じるものが大半である。

 もしかしたら、ラスティの未だ染まっていない素直な少年の気質が、彼女たちのような酸いも甘いも噛み分けた女性の心を擽るのかもしれない。

 ルルはそんなことを思った。


 肝心のラスティの対戦相手であるが、これは驚いたことに騎士であった。

 レナード王国の正騎士が身に纏う揃いの拵えの武具を身に着けており、闘技場に入ってきて、礼を行い、ラスティに向かう一連の仕草は洗練されていて、立派な騎士であることがよく分かる。


 別に王国の騎士だからと言って闘技大会に出場することは禁じられていないし、むしろ推奨されているとはパトリックからの手紙で聞いたことだが、実際にこうして見ると意外な感を強く感じるのは、全体的に人数が少ないから、というのがあるだろう。


 それに、実際にこうして正騎士の戦いを見る機会も今までなかったから、それに強い興味を引かれている、というのもあった。


 ラスティは自分の相手が騎士であることを知り、おそらくはパトリックを思い出したのだろう。

 表情が引き締まり、視線は鋭くなって、戦いに頭が切り替わったようである。

 これは、良いことだっただろう。

 大勢の観客に見られている、ということにラスティは少なからず緊張を覚えていた。

 それによって動きが硬くなる可能性もあった。

 けれど、パトリックを思い出させるその騎士に相対したことで、いつも通りの実力を出せる準備が整ったのだ。


 ラスティと騎士、向かい合った二人は剣を構えて決まった立ち位置に立ち、お互いを見る。


「……始めッ!」


 そうして、試合開始の合図が鳴り響いた。


 ◆◇◆◇◆


 二人は非常に似た構えでもって剣を構えており、同門なのか、とすら思わせる。

 それも当然のことで、ラスティはパトリックに学んだために、その基礎は王国において採用されている正統剣術に基づいているからだ。

 相手の騎士も、騎士なのであるからその剣術は王国正統剣術によるものであり、二人が鏡写しのような体勢になるのはむしろ必然であると言えた。


 そのことを面白く思ったのは、観客だけでなく、騎士の方もそうだったらしい。

 ふっと笑みを浮かべて、騎士はラスティに言う。


「……王立騎士団の剣術指南役であらせられるカディスノーラ卿の愛弟子が出るとお聞きしたが、もしや貴殿がそうか?」


 その言葉に目を見開いたラスティは、少し考えて返答する。


「愛弟子かどうかは分かりません。彼の弟子はもう一人いますから……ただ、俺もパトリックさんから学んだのは事実です」


 騎士は、その言葉に首を傾げ、質問を続けた。


「もう一人、とな? ふむ……そう言われると、確かに一人しかいない、とは言っておられなかったな。つかぬ事をお聞きするが、貴殿とそのもう一人と、どちらがお強いのか?」


 今度は、ラスティはその質問に間髪入れずに答える。

 何の迷いもないようだった。


「それは確実にもう一人の方です。俺は一度も勝ったことがありませんし……パトリックさんも彼には負けたことがある、と言っておられました。だから、もしパトリックさんの愛弟子をお求めなら、それは彼の方ではないかと」


 騎士は、そんなラスティの答えに驚いたようだ。

 目を見開き、


「なっ!? カディスノーラ卿が敗北されたと!? それは……すさまじい戦いだったのであろうな?」


 その質問に、ラスティは首を振る。


「俺はその場にいませんでしたからどうだったかは……見たかった、とは思いますけど」


「ふむ……それほどのお弟子がいらっしゃるなら、戦ってみたかったところだが」


 騎士は残念そうにそう言った。

 とは言え、彼がそう言うなら別に機会はあると思ったラスティは言う。


「それなら、心配なさらずとも、大会で勝ち上がれば戦えますよ。彼も出場しているので」


 そんなラスティの言葉に騎士は喜色を浮かべ微笑み、そして言った。


「やや、そうか……では、私は貴殿に必ず勝たねばならぬ。実を言うとな、カディスノーラ卿に言われておるのだ。我が愛弟子に勝利すれば、決闘を受けてくださるとな」


 初めて聞かされたその情報に、ラスティは驚く。

 と言うか、そんな賭けみたいなことをするなら本人に言ってくれ、とラスティのみならず、ルルも思った。

 知らぬ間にそんな対象にされたかもしれないラスティは、それが自分でなくルルであることを願って、おそるおそる質問する。


「愛弟子……それはどちらとは言わなかったのですか?」


 けれど返ってきた答えは非情だった。

 騎士は嬉々として語る。


「あぁ。であるから、聞いたわけだな。しかし、貴殿からの話を聞いてすべきことがはっきりした。あのお言葉は、つまり二人とも下せと言う意味だったのだとな。申し訳ないが、我が夢のために、ここで下ってもらうぞ!」


 昔から冒険者を夢見て生きてきたラスティに、その言葉は否定しがたい。

 だからやめてくれとも言い難い。

 そもそも闘技大会なのだから、戦う事自体は別に初めから受け入れている。

 これは受けるしかないのだなと思い、そしてその夢の内容くらいは聞いておこうかと質問した。 


「つかぬ事をお聞きしますが、夢、とは?」


「それは勿論、カディスノーラ卿と剣を交えて頂くことだ。かの武名は天上に轟くほどでな、一度でいいから戦ってみたかったのだが、先ほどのように言われてしまったゆえ……」


 その言葉に、ラスティは納得する。

 パトリックの強さは本当に異常、と言っていいレベルにある。

 そんな彼に憧れてこんなことを言い出す者がいても全くおかしくない。

 しかしそれにしても他の条件は出せなかったのか頭を抱える。


 ただ、この場においてラスティが言える言葉は一つしかなかった。


「……では、その夢、俺が遮っても文句は言わないでください!」


 騎士はその言葉に呵呵と笑い、そして獰猛な視線を向けて言ったのだった。


「望むところよ!」

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