第44話 予選第二回戦 その一
次の日、予選第二回戦が始まった。
予選第一回戦とは異なり、闘技場で一対一で行う形の戦いはここから行われることになる。
大体1000人を超える人数がいた出場者たちも、一回戦において約五分の四が敗北したために現在残っている出場者の数は200人前後だ。
実のところ、予選第一回戦を超えるだけでも結構な至難であり、それだけでもそれなりの尊敬を受けるらしいことがキキョウからの情報で判明している。
とは言え、ガヤたちのように半ば運で勝ち残っているような者たちも少なくないため、やはり真実、尊敬を受けることになるのは本選出場者であるのだとも言っていた。
予選は第四回戦まで続き、それをもって本選出場者24人が決定することになる。
ここで200人の中から24人を決定することになると、単純に考えて176試合が必要になってくることから会場が問題になるが、王都に存在する国営闘技場の他に、それよりもこじんまりとしている、普段は剣闘士たちが興業を行っている闘技場が用途別に三つほど存在するため、それぞれに別れて三日間に分けて行われることになる。
つまり、連戦をすることなく、十分に休養をとった上の万全の状態で戦いに挑める、というわけである。
予選第二回戦におけるルルの出番は後の方であり、それまでは何もすることがなく、暇である。
イリスとキキョウも後の方に割り振られているため、同様に暇らしい。
予選の観戦については出場者はチケットを買わずに一回戦で使われたバッジでもって入場できることになっているので、自由にすることが出来る。
だから、ルルはイリスとキキョウを誘って、予選の観戦をすることにした。
もちろん、見に行く対象は決まっていて、それはガヤ達、それとラスティたちである。
王都に着いて以来、イリスがミィとユーリの成長を楽しみにしていたが、色々あった結果、彼らの実力のほどがどれほどか実際に目で見る機会はなかった。
今回が初めての機会と言え、それが見れるのを楽しみにしているようである。
「二回戦は一回戦とは異なって、一対一、という形になりますから余計に楽しみですわ。パーティ戦だとどうしても、個々の実力勝負と言うより連携が巧みかどうかが問題になってきますから……」
ラスティたちの試合が行われるらしい闘技場に向かう途中、イリスはそう言った。
その言葉に少し考えたルル。
「まぁ一回戦は個人的な能力よりどれだけ狡猾に生き残れるかが大事だったかもしれないな。俺達にはあまり関係なかったが」
ルルがそう返すと、イリスも頷く。
そしてキキョウが補足した。
「一回戦では、基本的に初級、中級程度までの実力の方は群れる傾向にあるらしいですよー。パーティ作ってこつこつやっていくと。ただ上級以上になってくるとソロで挑む人たちが多いみたいですね。それで十分生き残れるから、というのもあるでしょうが、一人でどこまで行けるか試してみたいと言う方も多いようです」
確かに、上級程度の実力があるなら、予選第一回戦は十分に生き残れるだろう。
それほど上級以上の実力者の絶対数が多くなく、出場者の大半が中級以下であることからして、それは明らかなことだ。
だからこそアンクウのような者は一人で戦っていたのだろう。
実際、彼は一人で多くの中級冒険者を圧倒していた。
中級と上級の差は、それだけ大きいということである。
それに、自分の力を試してみたいと言う気持ちも分かる。
闘技大会であるから、本来的な目的はそこにあると言っていい。
パーティを組んでちまちま戦って優勝まで辿り着くよりも、一人でそこまで登り詰めた方が達成感もありそうである。
そういう考えの者が少なくないという事だろう。
「……お、そろそろ着いたみたいだな」
そんなことを話しながら歩いていると、三人は目的の場所に辿り着く。
出場登録や開会式が行われたあの国営闘技場よりは規模が二回りほど小さいが、それでも個人対個人の戦いが行われる場所としては破格の広さである。
石造りのその闘技場は、やはり魔術によって強度を強化されており、また古族による障壁が張られていることが近づくとよく分かった。
受付らしきところに行き、三人はその胸に輝く金色のバッジを見せると、入場を許可される。
「対戦表は中に掲示してございますので、もしお知り合いの方の観戦をされるのであればご利用ください」
入るとき、受付からそう丁寧に説明された。
実際に中に入ってみると、まずそこは大広間になっていたが、確かに大きな対戦表が見やすいように掲示されていて、そこにはラスティたちの名前があった。
ガヤ達はまたこことは別の闘技場で戦うことになっているため、その名前は無い。
ただ、時間帯は確認してあるので、ラスティたちの戦いを観戦したあとに見に行くことが出来るだろう。
そのことについてはラスティたちとも話しており、彼らの試合が終わり次第、合流して一緒に見に行く予定だった。
対戦表を確認した後、ルルたち三人は闘技場の観客席へと進んでいく。
そこには大勢の観客達が既に席を占領しており、今からチケットを購入しても座れそうもない。
ただ、闘技大会の出場者、特に予選第一回戦を突破した者についてはロープで区切られた特別席が用意されており、三人はそこに向かって腰かけた。
「こういう配慮は助かるな」
ルルがそう言うと、イリスもキキョウも頷く。
しかし、イリスは少しきょろきょろと周りを見回して、首を傾げた。
「……なんだか、少し居心地が悪いような気がいたしますが」
言われて、ルルもイリスと同じように辺りを見回してみると、イリスの言葉の意味がなんとなく理解できた。
まだ試合が始まる前の、手持無沙汰な観客達の視線が特別席に座る者たちに一斉に向けられているのだ。
それは尊敬の視線と、見定める視線とが混じったなんとも言えないものであり、確かにこれは居心地があまり良くないと納得できるようなものだった。
それに、特別席に座る他の出場者たちの視線も、不快とまでは言わないがどことなく鋭いので居心地の悪さに拍車をかけていた。
それに対してキキョウがやっぱり、と言った顔つきで言う。
「ほらー! やっぱり二人が予選で目立つから妙に注目されてるんですよっ! ……はっ。私も一緒にいたら注目される!?」
そんなことを言いながら頭を抱えている。
実際のところどうなのかと言えば、そういう効果は無いだろう。
向けられる視線にしてもせいぜい、同じ出場者として警戒しているくらいのもので、特に注目している、という感じではない。
「気にすることないな。……そもそも注目されたって何も変わらないだろう」
そう言ったルルに、イリスは頷いたが、キキョウは微妙な顔をしていた。
◆◇◆◇◆
予選第二回戦が始まると、当然のことだが余計な視線などもなくなり、居心地は格段によくなり、三人は観戦に集中することが出来た。
第二回戦はやはり第一回戦を突破したそれなりの腕の者が揃っているだけあり、一対一の戦いでも十分に見ごたえがあって面白い。
ルルとイリスの立場からすれば、一般的な魔術師や剣士の実力という者が目の前でわかりやすく提示されるのでそういう意味でも興味深いものだった。
その結果分かったことは、やはりルルやイリスの技術と言うのは相当異質で別格のものである、ということだった。
魔術については、イリスのものについては威力だけ見るならそれほど大きな差がないように見えるが、その応用範囲や基本的な技術にかなりの隔たりがあり、結界一つとってもイリスならば一瞬で破壊できてしまうものがほとんどだと言わざるを得ない。
剣技については過去と比べてそれほどの低下は見られないが、魔術と併用して戦うのが剣士の基本的な技術であるところ、その部分についてはやはりかなりの後退が見られるようだった。
パトリックは特別な存在なのだと改めて理解できる。
そんな戦いが目の前でいくつも繰り広げられる。
殆どの戦いが、初級、中級程度の実力のものである、という部分も大きいかもしれないが。
そうして、とうとう三人が目的とする試合の番となる。
最初はミィのようだ。
闘技場の西側から登場した彼女は、武器としては短剣を腰に下げており、それ以外のものを何も持たない。
身に着けているのは軽量な皮鎧。
とは言え、魔物のものであるようだから、それなりの防御力は保証されているだろう。
七歳だった頃よりかなり成長してるが、それでも平均より二回りほど背が低く、また華奢でとてもではないが、戦えそうには見えない。
くすんだ金髪も明るい表情もあの頃と変わらず、ルルはあのミィが戦えるのだろうか、大丈夫なのだろうかと言う気が一瞬してきたが、イリスがあまり心配していないことからきっと問題ないのだろうと心配するのをやめる。
ミィを村でずっと鍛え続けて来た彼女が心配していないのである。
ルルが心配するのは余計なことだろう。
ミィがそうやって闘技場の中心に築かれた正方形のステージに登って対戦相手の登場を待っていると、東側から、屈強な大男が巨大な戦斧を携えてどしり、どしりと現れる。
それを見た観客達の反応は、まさに悲鳴であり、これから行われるだろう惨劇を想像してのものであることは明らかだった。
ミィのような小さな女の子が、あれほど巨大な大男に敵うはずがない、と全員が思ったのだろう。
しかしイリスはそんな観客達とは全く正反対に、何の心配も感じられない瞳でミィを見つめていた。
それどころか、
「……あれでは力不足でしょうね」
などと言っている。
体のサイズだけ見れば、全く勝てる未来が浮かばないミィである。
ただ、ルルもまた、イリスがしっかりミィを鍛えていたことは知っているし、村で何度かイリスやユーミスと模擬戦をしているのを見たことがある。
その時のことを考えれば、確かに問題は無いのかもしれなかった。
特にミィは、イリスの戦い方をよく学んだので、イリスから見るとミィこそが愛弟子、という感じであるだろう。
ユーリの方はむしろユーミスに教えられていることが多く、それぞれの戦い方にはその特色が出ている。
だからこの戦いでもそれがきっと見られるのだろう、とルルは楽しみに観戦することにしたのだった。
◆◇◆◇◆
「……始めッ!!」
闘技場内に、審判の声が響いた。
それに合わせて二人が動き始める。
ミィの対戦相手である大男は、鈍重そうな体格の割に身軽らしく、すぐにミィとの距離を詰めるべく地面を踏み切って、戦斧を振る。
それが命中すれば、確実にミィの気絶は免れないような、強力な一撃である。
そこには小さな少女に対する配慮など無く、戦う者に対する礼儀だけがあった。
けれど、ぶぉん!と大きな音を立てて振り切られた戦斧がミィに命中することは無かった。
大男が斧を振ったそのときには、すでにミィはその場から掻き消えており、いつの間にか対象を見失っていることに気づいた男はミィの姿を探そうときょろきょろと首を振った。
「どこだッ!?」
しかし、当然の話だがそんな質問に答える者などいるはずもない。
ミィは何も言わずにただ大男の背後をとり、そして気配を隠して短剣を抜いた。
その際、僅かながらに口元が動いたのをルルは見た。
おそらく、何らかの魔術の詠唱だろう。
それと同時に、ミィの持つ剣が雷光を帯びて輝き、またミィ自身の身体能力も上がったようで、大男の首筋に飛び上がって短剣を振り抜く姿がルルの眼には見えた。
雷光が走り、大男の体に雷が通る。
何か肉が焦げるような匂いが充満していく闘技場内。
しかし、当の大男、それに観客達には何が起こったのかまるで理解できなかったようである。
黒こげになりながらも、不思議そうに、ゆっくりと振り返った男は、その場に佇むミィを見て、やっと状況を理解できたようだ。
振り抜かれたミィの短剣には未だ雷が宿っていて、ぱりぱりとした光を放っているが、これ以上、大男に攻撃を加えるつもりはないらしい。
ただ、大男のことを冷たい瞳で見つめていた。
それは、明らかに勝利を確信した者の眼だ。
大男はそして、自らの体にすでに全く力が入らないことを理解し、さらに一歩も動くことが出来ないことに気づく。
巨大な戦斧は男の意思に反するように闘技場ステージにどすり、と大きな音を立てて落ち、その直後、大男の体もゆっくりと沈んでいった。
大男が倒れたことによって、砂埃を上げるステージ。
ステージに立つ者は、ミィただ一人だ。
全てが一瞬の出来事で、一瞬、闘技場は静寂に包まれた。
けれど、審判の声がその静寂に勝敗を告げる。
「……勝者、ミィ選手!」
そして、その直後、闘技場には観客達の歓声が鳴り響いたのだった。