第43話 第二回戦に向けての前座
りーんごーん、と、橙色の空に王都中心街に建つ大時計塔から時間を知らせる鐘の音色が鳴り響く。
いつもなら決して鳴らない時間に鳴っているこの柔らかで大きな鐘の音色は、予選第一回戦の終了を伝えるもの。
既定の時刻が過ぎ、今この時をもって、金色のバッジを五つ持つ者を第一回戦の勝者と認める音色であった。
ルルは手にもった十数個のバッジを握りながら、自分が予選第一回戦を生き残ったことを確認してほっとする。
少し集めすぎたか、とも思うがあのアンクウが多くのバッジを持っていたためにこうなっただけで、ルル自ら大量に出場者を狩ったわけではないから、まぁいいかと思う。
第一回戦は今この時をもって終わり、そして明日から予選の第二回戦が始まる。
こちらも、きっと勝ち抜けるだろうと思って、ルルはバッジを提出しに事務局に向かう。
◆◇◆◇◆
「……はい。確かに、確認いたしました」
闘技場の大会事務局受付においてバッジを手渡すと、そんな言葉が返ってきた。
これで第一回戦の突破が決まったらしく、なんだかあっけないものを感じて力が抜ける。
それからしばらく待っているとラスティたちやガヤたち、それにイリスとキキョウもバッジを提出し終え、予選突破が決まったことを報告してくれた。
イリスについては心配していなかったが、ラスティたちやガヤたちまで全員突破できるとは思っていなかったので、驚く。
キキョウはフウカにバッジを集めさせて自分は隠れ続けると言う戦法によって必要数のバッジを集めたらしく、そのことをしきりに自慢していた。
「戦わずに勝つ! これですっ!」
「確かにキキョウは戦ってないんだろうが、フウカが戦ったんだろ?」
ルルが呆れたようにそう言うと、キキョウは首を振って、
「いいえ? フウカも戦ってないですよ」
「……じゃあどうやってバッジを集めたんだよ」
「それはこう、戦っている最中の人たちの胸を掠める様に、フウカがばばっと走ってむしりとってくると言う……物凄く足が速いので、一度奪ってしまえばそう簡単に追いつけません!」
かなり狡い戦法だった。
決して禁止されてはいないし、そういう手法もありなのは分かっているが、基本的に戦って集めるものだろうに、なんとも言えない気分になる。
これが戦う力がないために仕方なく権謀術数を尽くしてその戦法に行きついた、というならともかく、キキョウはそこそこ戦えるのである。
普通にやって問題なくバッジを集められたであろうと考えられるから、余計に酷い気がするのは気のせいだろうかと思ってしまう。
そんなことを言うと、
「だって予選で目立つと目をつけられるじゃないですか! 私は地味に勝ち上がっていくつもりなんですよっ! そうそう、聞きましたよ、ルルさんとイリスさん。大活躍だったみたいですね!」
などと返ってくる。
キキョウの話によれば、予選は観客達が賭けの対象を探すために目を皿にして有望株を求めているものであるから、あまり目立つとその時点で名前と戦い方が広まってしまって対策を立てられてしまうから避けるべきだと言う。
なんで街に来てさほど時間が経っていないキキョウがそんなことに詳しいのかと言えば、酒場でひたすら情報収集に励んだ結果らしい。
「大会の細々した情報は私に聞いてくださいっ!」
と胸を張っていた。
ルルとイリスの活躍、という部分についても聞いたが、まだそこまで広まっていないということと、内容も過小評価されて伝わっているらしいことが分かり、安心する。
イリスは初級冒険者をばったばった倒した、という話が、ルルについては中級冒険者であるネロに勝った、という話が伝わっているくらいで、アンクウのことについては広まっていないらしい。
あの場所での戦いがあまりに凄惨だった、ということもあるだろうが、それ以上に賭けがあるということが大きな理由になってくる。
上級冒険者を倒すような初級冒険者が現れた、などと言う話は黙っておいた方が自分の得であると考えた観客達が、あの場での出来事について沈黙を保っているらしい。
ネロのことについても、同じような理由でそれほど大きく広まっておらず、せいぜい、辛勝だった、というようなレベルに収まっているのだと言う。
大会が終わった後になれば、大々的に広まる話なのだろうが、今の時点でその程度で済んでいるのはありがたい。
別にどれだけ噂が広まってどういう戦い方をするのかが宣伝されてもルルにとっては大した痛手ではないが、それでも過度に警戒されるのも面白くない。
そこそこの有望株、くらいで見られている今の状況は、歓迎するべきものだろうと考えるべきだった。
ガヤもまた、ルルが中級冒険者を倒した、という話を聞いたらしく、手放しで褒め称えてくれた。
その内容を聞くに、やはりキキョウと同様に縮小された話を聞いたようだ。
「連戦した後の弱ってるところを狙って挑んだんだってな!? それでも初級下位が中級冒険者に勝てたなんて快挙だぜ!」
などと言っている。
ネロが連戦どころかむしろルルの方が連戦していたくらいなのだが、それだけ情報が錯綜しているということだろう。
伝言ゲームはこんな風にして歪んでいくのだなと教えられたような気分である。
ラスティたちがどうやってバッジを集めたかについては、非常に真っ当な方法によるようだ。
パーティを組み、それなりの実力の冒険者を一人一人倒していき、十二個のバッジを手に入れ、あとは出来るだけ高位冒険者に出会わないように気を付けて逃げ回ったのだという。
中級くらいまでならなんとか出来ないこともないようだが、あえて戦って危険を冒す必要もない。
賢い選択だったと言えるだろう。
ガヤたちもラスティたちと同じような方法でもって切り抜けたようである。
ただ、他の実力者たちに会わなかったのは、気をつけて街を徘徊していたからというより、運が良かったから、ということのようだ。
彼らがどのあたりを回ってバッジを集めていたかを聞くと、アンクウが狩りをしていたあの場所を通りがかっており、時間がずれていればかなり酷いことになっていただろうことが判明する。
だから、倒しておいてよかった、とルルはほっと胸をなでおろしたのだった。
そんな話をしながら、ルルたちは食事をとろうと酒場に向かうことにした。
もちろん、“時代の探究者”の酒場である。
そこで食事をしながら、明日の事でも話そうかということになったのだ。
そして、全員がその提案に乗り、そのまま酒場へと向かったのだった。
◆◇◆◇◆
どこまで続いているのか不思議になってくるほど、長い回廊がそこにはあった。
天井もまた高く、その建物の全体像を考えてみるといかに巨大なのが分かろうと言うものである。
中庭に面した廊下は、等間隔に人間よりもずっと太い、真っ白な柱が支えており、荘厳な雰囲気を作り上げるのに一役買っていた。
この建物こそ、この王都において最大の、そして最高の権威を表すものであり、国民からはこう呼ばれて親しまれていた。
“一角獣宮殿”、それは国を守護する聖獣たる一角獣を尊んで作られた真っ白な城であり、何百年経ってもその色はくすむことなく美しさを保っている、レナード王国を象徴する至宝である。
そんな宮殿の廊下に、今二人の人物が立っていた。
「……お待ちください、ロットス殿!」
前を足早に進んでいく人物の背中にそう言って引き留めようとしたのは、黄金の髪を持つ美しい女、聖神教の聖女であった。
彼女のどこまでも広がりそうな清冽な声は、宮殿の廊下を反響しても柔らかに響き、古族族長ロットスは足を止めて振り返る。
「……なんですかな、聖女殿。こんな老いぼれに、何か御用でも……?」
振り返ってされたその質問は、丁寧であったが、敬う気持ちなどは欠片も感じられない。
そのことから、ロットスは明らかに聖女に対する崇拝の念など持たないことは明らかだった。
それも当然で、古族は聖神教など信仰していない。
彼らには彼らの宗教があり、その中においては聖女などと言った存在はいないのだ。
ただ、ロットスがそれでも聖女に対して丁寧に振る舞っているのは宗教的なものではなく、同じく闘技大会に国賓として招かれたが故の、礼儀でしかなかった。
国賓であるが故、聖女とロットスは同様に一角獣宮殿において歓待を受けている。
二人とも質素を基本とする生活を普段から送っているため、つけられた侍女や侍従に無理難題をいう事もなく、概ね好印象な賓客として過ごしていた。
そんな二人であるから、このまま静かに闘技大会を見物して帰っていくものと考えられたが、聖女はそうするつもりは無かったようである。
聖女は、第一回戦が終わった直後、一角獣宮殿に設けられた私室に戻り、休もうとするロットスの後を追って、話しかけたわけである。
そして、その目的が一体どこにあるのか、理解できないほどロットスの察しは悪くない。
と言うより、それ以外に何の目的があってこの老いぼれに話しかけると言うのか、と思っている。
だからこそ、ロットスは聖女の言葉を待ちながらも、その言葉に対する返答をすでに決めていた。
聖女は言う。
「……我が国の防備についてのお話が……」
やはりか、と思いロットスは言う。
「開会式でも申し上げましたように、我ら古族としましては、一国に協力して技術供与を行う事はございません。今回のことについては、完全に例外でございまして、レナードに絶対障壁の製造技術を供与するつもりもございません。今回、絶対障壁の製作は全て古族のスタッフのみで行い、また解体、回収についてもそのようにして行うつもりでございます。ですから、その供与を、と言うのであればお断りすることになりますが……」
まさに取りつく島もない、とはこのことで、ロットスのその台詞は完全なる拒否であった。
しかし、それくらいは聖女も予想のうちだったのか、動じずに言葉を続けた。
「しかしそうは言っても……振り返ること数百年、古族が種族外の者や国家にその技術を供与した、というお話は一度も聞いたことがございません。それなのに、なぜ、今回の闘技大会においてはその原則を破られたのでしょう? 私に限らず、この点については不安に思う方々も少なくないはず……せめて、その理由くらい、教えていただくわけには参りませんでしょうか?」
その言葉に、ロットスは少し考える。
彼女の目的は、まず間違いなく絶対障壁を自国に招くことだろうが、そうであるとしても、正論ではあった。
長い沈黙を破り、あえて技術供与、とまでいかなくとも協力をしてるのは確かであり、それは今までなかったことだ。
それをあえてした理由を明らかにすることは、他の国々に古族に対する安心をもたらすのも明らかである。
そう思ったロットスは、全てと言うわけにはいかないが、と前置きをして、聖女に言った。
なぜ、今回、古族が技術協力をしているのかということを。
「ふむ……聖女殿は聖神教を信仰されていることと思われますが、我々にも信仰すべき教え、というものがありましてな。それによって、今回の協力が決まった、と言えばお分かり頂けるでしょうか?」
そう言うと、聖女は首を傾げ、質問してきた。
「教え、ですか……。古族の方々にそのようなものがあったとは寡聞にして聞いたことがありませんでした。もし、差し支えなければその内容を教えていただくわけには参りませんでしょうか……?」
しかし、ロットスはその言葉に首を振る。
「申し訳ないですが……我らの信仰の内容については聖女殿がご存知ないのも当然でございまして、古族の秘中の秘と言っても過言ではないもの。外部の者に教えるわけには参りません。この気持ちは、聖女殿にも分かっていただけるものと思いますが……?」
宗教団体において、外部に漏らすわけにはいかない情報と言うのは数多くあるのが普通である。
それはその教えによって異なるが、たとえば聖遺物の安置場所だとか、聖地の場所だとか、そんなものだ。
それを漏らすことによって存続が危うくなる情報、というのは数多くある。
そういうものが関わっているのだと、ロットスは言っているのだ。
これについては聖女も理解を示さざるを得ず、首を振って下がらざるを得なかった。
「……そうですか。よく、分かりました。お時間をとらせて申し訳ありません……闘技大会はまだまだ続きます。また、お話しする機会を設けていただくことは? ご一緒に観戦などしていただくだけでも……」
これにはロットスも笑顔で頷いて答えた。
「おぉ、それはこちらこそお願いしたいくらいです。私は森からほとんど出ない田舎者ゆえ、共に観戦する相手もおらずに退屈するやもと心配していたくらいですからな」
これには聖女も微笑み、手を差し出してきた。
握手を、ということだろう。
二人はそれぞれの手を掴み、微笑みあった。
これを見ている者がいれば、二人の笑顔の裏にどれだけの感情が隠れているかを察して、きっとおびえたことだろう。
二人とも笑顔であるにも関わらず、そう思える程度には、恐ろしげな光景だった。