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第41話 予選第一回戦 その四

 ――阿鼻叫喚、とはこのことだ。


 そう評したくなる光景が、その場所で繰り広げられていた。

 俯瞰して見てみれば、幾人もの闘技大会出場者が今後、戦うことが出来なくなるのではないかと思わせるほどの重傷を負って倒れ込んでいる。

 身に着けている装備や肉体の鍛え方、それに傷の数などから推測して、初級冒険者のような駆け出しは一人もいないようで、全員が中級以上であると思われる実力者たちであることもその異様に拍車をかけている。

 しかも、その全員が、腕が切り落とされ、または足が断裂し、もしくは目を潰されているのである。

 そしてそうであるに、降参の一言を言うことが許されていない。


 なぜなら、その場にいるもの全てが、まず一番初めに喉を潰されているからだ。


「あぁぅあ……あぁう!」


 殆どの出場者はもはや抵抗する力を失ったかのように、うめき声すらも発することをしない。

 しかし、残念なことに・・・・・・、未だ正気を保っている出場者もいた。

 屈強な、それこそ一般的な魔物であれば十分に一人で討伐することの出来そうな実力を感じさせる肉体を持つその男は、しかし目の間で狂ったように嗤う痩せぎすの男に縋るように、“降参”の一言を伝えようとうめき続ける。

 けれど彼の潰された喉は明確な発音を許してくれずに、何を言っているのかよく分からない、まさに声にならない声でしかないものしか出すことが出来ていない。

 原則として、闘技大会において、降参することは何ら問題なく認められているし、その場合、バッジを相手に渡して棄権するということが必要とされているが、それだけである。

 ただ、そのために必要な工程がたった一つだけあり、それは、明確に声でもって、降参の一言を言わなければならないというものであった。

 なぜなら、そんな風に明らかな基準を作っておかなければ、後々降参したかしていないかで水掛け論になる可能性があり、そういった危険を排除するためには、そうするのが最も簡便だったからだ。


 けれど、大会事務局がその判断の容易さを確保しようとして打ち立てたその規則は、結果として現在、この場にいる出場者にとって最悪の状況を生み出す土台となってしまっていた。

 降参、と口で言わなければ棄権にはならないのなら、先に喉を潰された出場者はどうなってしまうのか。

 当然、棄権扱いにはならず、そのまま戦闘の続行が許される。

 そして戦闘それ自体については特に詳細なルールはなく、ただ相手を殺さない限りはありとあらゆる方法が許されているのだ。

 これは、こういった闘技大会が開かれる場合に高名な治癒術師が幾人も招聘されるため、死亡しない限りはほとんどの怪我を治すことが可能であると言う事情が大きく影響していた。

 けがの程度によっては、完治させることは出来なくても、ある程度の期間があれば少なくとも日常生活が可能な程度までの回復は出来るのである。

 もちろん、腕が弾け飛んだりしてしまえば、無料で腕を生やしたりすることまでは出来ないが、腕の傷を完治させる程度のことは事務局がしてくれるし、魔法具などにより義手を装着して従前と変わらない生活を送ることは可能だ。

 それに腕や足そのものがある程度残っていれば、接合することも可能である。

 また高額な治療費さえ支払えば新たに腕や足を生やすことすらも不可能ではない。

 そうである以上、怪我というものは闘技大会に出る者にとってそれほど恐れるものではなく、むしろある程度の怪我の可能性までなら無視して戦いに挑む、という者も少なくないのである。


 それに、闘技大会に出場する者は大体がまともな精神をしており、回復不可能なレベルで――たとえば腕を吹き飛ばすとか――対戦相手の体を傷つけることは避けようとする傾向にある。

 自分がそうされたくないからこその紳士協定と言うべきそれは、荒くれ者が多い闘技大会出場者にもよく守られている暗黙のルールのひとつであった。

 そのことを考えれば、闘技大会に出場することに危険はほとんどない、というのが一般的な認識であり、出場者たちの共通認識でもあった。


 けれど、どんなところにも例外はあるもので、今この場において行われているのはまさにその例外に他ならなかった。


 戦いに取り憑かれた者、というのはいつの時代のどんな地域にも確かに存在するもので、それはありとあらゆるものから忌避される恐るべき性癖の一つである。

 ただ、それだけならまだいい。

 そうではなく、そこに悪趣味な嗜虐性が加わった時、それは人としての道を踏み外した外道と呼ばれ、蔑まれる。


 今この場において、阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出している者。


 それこそが、外道であり、死を運ぶもの、死神とまで呼ばれて蔑まれる上級冒険者、“大鎌のアンクウ”であった。


 痩せぎすの、それこそ全く筋力などなさそうなその肉体。

 魔女のように尖った鼻に、青白い素肌、その細い体を覆う真っ黒なローブ。

 目は狂気的な黄金に輝いており、見つめる視線は人を見るものではなく、また動物を見るそれでもなさそうだった。


 狂人、と呼ぶべきその人物は、自分の足元でうめき声を上げる中級冒険者であろう男を嗤いながら見つめて、聞く。


「……ふむ。何を言っているのか分からないな……」


「あぁあ! あうああああ!」


 善解すれば、その冒険者の意味なきうめき声の羅列は、「降参だ、降参だ」と言ってると言えなくもない。

 しかし、悪意をもって理解するなら、それはただのうめき声に過ぎず、足を切り取られたことによる痛みによって叫び声をあげているに過ぎないという事になる。


 大鎌を肩にかけて持つその男、アンクウは、足元の片足を失った男の言葉を、後者の解釈でもって理解し、それから言う。


「痛いのか……そうか、かわいそうに……」


 一瞬、その眉を下げて同情するような視線を向けるアンクウに、自分の降参の意思が伝わったのかと安心したような表情を向けた片足の男。

 しかし、次の瞬間、アンクウの大鎌が目にもとまらぬ速さで振られ、気づいたそのときには、男の足のもう片方が切り取られていた。


「がぁあぁぁっぁぁ!!」


 吹き出す血と、その痛みに意識が飛びそうなほどの衝撃を受けているのだろう。

 叫び声はその場に大きく響いて、観客達にその地獄の悪辣さを示す。


 辺りの観客から、多くの罵声が飛ぶ。


「もうやめてやれよ……!」「どう見たって降参しているじゃないか!」「なんでこんなこと……」


 しかしそんな罵声はむしろアンクウにとってただの餌でしかなかったようである。

 彼は自分の耳に手を当てて、観客達の罵声を楽しそうに聞いてから、泣きわめいている両足を失った男に呟いた。


「どうやら、観客の皆さまはまだまだこれでは足りないとのことだ。大の男が、屈強な冒険者が、恥も外聞もなく、もっと泣きわめく声を聴きたいと……そうおっしゃる。こう見えて、わたしはエンターティナーでね。観客のご要望は出来る限り聞くことにしているんだ……もしかしたら君はもう二度と、戦いに赴けないことになるかもしれないが、それもまた仕方のないことだ……さぁ、もっと泣いてくれ、喚いてくれ! 観客達を楽しませてくれ!」


 そうして、アンクウはその大鎌を振り上げる。

 彼の細い腕ではどう考えても、持つことの出来なさそうなその大鎌。

 けれど、彼は片手で軽々とその鎌を持ち、男に向けて振り下ろさんと高く掲げている。


 この後に何が起こるのか。

 それは観客にとっても、標的になった男にとっても、そして当然アンクウにとっても自明の理だった。


 命までは取らないだろう。

 それが、大会のルールなのだから。

 けれど、ここまでされて、さらにもう一撃加えられれば、男の精神はそのときに崩壊するだろう。

 いや、そこで終わるならまだいい。

 このアンクウと言う男は、間違いなく狂っている。

 その後もこういう事を続け、そして完膚なきまでの男の心を破壊し続けるのだろう。


 周囲で何も出来ずに倒されて意識を失った男たちは、むしろまだ幸福だったのだ。

 未だに意識を保ち続ける、おそらくはここにいる男たちの中でもっとも屈強で強くあったはずのその男は、そうであるが故に破壊されるのだ。


 ここに、一人の冒険者の男の命が、散らされる。

 観客には何も出来ない。

 祈っても何もこない。


 ――終わりだ。


 そう思ったそのとき、振り下ろされたアンクウの大鎌を、一人の少年が片手剣で防いだ。


「……いくらなんでも悪趣味にもほどがあるんじゃないか?」


 そう言ったその少年、彼の名は、ルルと言った。



 ◆◇◆◇◆


「……突然現れて、一体きみは何なのかね? どんなやり方で戦おうと自由……それがこの闘技大会のルールでは?」


 ルルの目の前に立ち、ルルの片手剣と大鎌でつばぜり合いをしているその男は、その手から全く力を抜かずにそう言い放った。

 ルルの背には、限界に達して震えている冒険者らしき男が自分の足を抑えて怯えている。


「自由自由って言っても、限界ってものはあるもんだろ……ここまでする必要があるとは、俺には思えない」


 そう言ったルルに、痩せぎすのローブの男は言う。


「限界? 自由に限界などないだろう……どんなことをしてもいいからこその、自由だ。そうでないならルールでも作ればよかったのでは? あまりに下劣な戦い方は認めない、とかね! アッハッハ!」


 狂ったように嗤いながら、大鎌の男は自分の顔を右手で抑える。

 左手は大鎌を支えたまま、巌のように動かないあたり、その実力の高さがうかがえる。

 しかし品性は愚劣にもほどがあった。

 改めて周りを見回してみれば、明らかに不必要と思しき大けがを負わされた冒険者や騎士たちが転がっていて、意識を失いながらも苦痛にうめいている。

 いずれ大会事務局から治癒術師がここに派遣されてくるものと思われるが、それまでにはまだ時間があり、いつ死んでしまうか不安になりかねないほどの重症であった。

 けれど、目の前の男は、そんなルルの心配に気づいたらしく、その点について補足するように説明する。


「あぁ……彼らが心配かな? いやいや、大丈夫だよ。仮にも彼らは中級以上の実力を持った方々だからね……魔力によって肉体強化が施され、失血も最低限に抑えられている。それに、重要な器官は出来るだけ壊さないように細心の注意を払って傷つけたんだからね……そう簡単に死にはしないだろう」


 それだけのことが出来たなら、もっとスマートに勝つこともできただろうと、ルルは言いたくなった。

 このつばぜり合いだけで、男の実力は分かる。

 周囲にいる中級冒険者など歯牙にもかけない実力だ。

 となると、この男は上級以上の実力があるということになる。

 そして、そんなところまで力を身に着けながら、こんなことをする男に不快なものを覚えた。


「こんな……こんなことをして、何が楽しい?」


 ルルは糾弾するようにそう言った。

 しかし大鎌の男にはそんな言葉は一切堪えなかったようで、変わらぬ笑みのまま言う。


「何が? 全てに決まってるじゃないか。人の肉を絶つときの感触、うめくその声、それに周囲の人々の蔑むような瞳もいい! 全てが私を満足させてくれる……別にいいじゃないか? これでも節度は保っているつもりなんだからな」


「どこがだと聞きたくなるが」


「誰も殺していないところが、だ。そして大会事務局の治癒術師たちの力でみんな元通りになる……その心を除いては」


 その点が最大の問題である、と言っても通じそうもなかった。

 怪我が治っても心が死ぬようでは戦う者としてはおしまいと言ってもいい。

 ここがせめて戦場なら、そうする理由も理解できなくもないが、自分の悦楽のためにそこまでする男を、ルルはこの時点で許すつもりがなくなっていた。


「……何を言っても、ダメそうだな」


 そうぽつりとつぶやいたルルに、目の前の男は言う。


「今までの人生で、直せと何度も言われてきたが……ダメだったなぁ。それは君の言うとおりだ……それで、どうするっていうんだ? 殺すのか? この私を」


 そんなことが出来るわけがない、とでも言いたげなその男。

 実力的に不可能だと言いたいのだろう。

 それだけ自分の実力に自信があるということでもある。


 事実、この男は強いだろう。

 だが、ルルにとっては……。


「……殺しはしない。ただ、俺にはお前が許せない。ただそれだけだ」


 そう言ってルルは、男の大鎌を弾き、距離をとった。

 その際、後ろで倒れていた男性冒険者を遠くに引っ張るのも忘れない。

 喉に治癒魔術をかけて、男から降参の一言を言わせて、バッジを大鎌の男に投げた。


「これで、この男に何かしたらお前は失格になる。ルールは守るんだろう?」


 そう言ったルルに、大鎌の男は応じる。


「……全く勝手なことを。まぁ、別に構わんよ。私は別に君でもいいんだからね……。一応、名乗っておくかな。私の名は、アンクウ。“大鎌のアンクウ”と呼ばれている。これでも上級中位の冒険者なんだ。実力は特級にも負けないと自負しているくらいだよ……君は?」


「外道に名乗る名前なんてないんだがな……一応名乗っておこうか。お前にトラウマを刻んでやる男の名前だからな。俺の名前はルル。ランクは初級下位だ」


「ふ……あっはっははは! その程度の実力で、私に挑む気なのかね? 確かに力は多少あるみたいだが……それがいかに無謀なのか、教えてあげようか、それが先達の義務と言うものだろうしね!」


 そう言って、アンクウは大鎌を構える。

 先ほどまでとは違う、強烈な圧力の籠ったその構えには、真剣に戦おうとする気概が感じられた。

 見かけ倒しというわけではなさそうなことに、ルルは気を引き締めながら、剣を構えて相対する。


 ここに、予選第一回戦の中でも、最も見ごたえのありそうな戦いが幕を開けそうなことを、その場にいる観客達はひしひしと感じていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁクズだし外道でサイコパスだけど言ってることは間違ってないな笑
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