第38話 予選第一回戦
次の日、つまり闘技大会一回戦の日、ルルたちの家には知り合い数名がたむろして朝ごはんを食べていた。
その知り合いとは、ガヤ少年たち三人、それにラスティたち三人である。
その他にも居候たるキキョウとフウカもいて、総勢十人の大所帯である。
当然、普段使っているテーブルに全員がつくことは出来ないため、家の物置からもう一つテーブルを引っ張り出して、無理やり十人掛け長テーブルを作り出している有様だ。
ちなみにガヤ少年たち、そしてラスティたちはそれぞれ別々にやってきたのだが、試合開始までの時間を考えると同じくらいの時間に来ることになったのはむしろ必然であっただろう。
ラスティたちの方が先に来ていたので、それを確認すると同時に驚いて固まっていたが、いかに尊敬しているとはいえ、同じ氏族に所属する先輩である。
驚きもすぐに解けて、それからは主にガヤとラスティがイリスに朝ごはんを要求し始めた。
他の面々の表情を見るに、ここで食べるつもりで来たらしく、まだ食べてないらしいことは明らかだった。
ルルは生まれてこの方食事については使用人に任せっぱなしであり、イリスが遺跡から目覚めてからはイリスに頼り切りであったから、まともな料理など作れない。
そのため、必然的にイリスが作ることになるわけだが、この人数である。
ルルはイリスが心配になり、
「おい、大丈夫か? 無理なら断っても……」
と言った。
しかしイリスは問題ないと言って首を振り、そのままキッチンの方へと消えていく。
それからすぐに人数分の食事が出てきて、その手際の良さにルルは驚いたのが、詳しく話を聞けば、前々から第一回戦の朝は食事を一緒に取ることを約束していたらしい。
ルルに言わなかったのは、少しだけ驚かそうと思ったから、という事だった。
実際、ルルはガヤやラスティたちがきて驚いたが、それ以上に嬉しく思ったので特に問題はない。
それに改めてガヤ達がラスティをどう思っているのか、ラスティたちの近況などを聞けて面白かった。
合わせてキキョウが今まで旅してきたらしい遠くの土地の様々な話をしてくれるので、全員が興味を引かれて聞いた。
この中で一番旅慣れているのは実のところ、最も抜けている性格をしているキキョウであり、そんな彼女が旅の心得などを語っているのがなんとなく滑稽に思える。
ただ、それでも言っていることは大体が正しく、参考になるもので、冒険者としてこれからやっていかなければならない様々な物事について考えさせられる良い時間になった。
そんな風にして、しばらく談笑をしていると、話題は当然、闘技大会の第一回戦のことに移ってくる。
「このバッジが一種のセンサーになってるってことでいいんだよな?」
ルルが闘技場で受付から渡されたバッジを掲げて眺めながらラスティに尋ねると、彼は頷いて答える。
「あぁ。そいつは一種の魔法具になっててな。つけている者の体がほんのり輝いて見えるんだ。だから、出場者とそうでない者を見間違えることは無いって寸法だな」
確かに、ここにいる全員の体が僅かに輝いているのが分かる。
体を縁取るようなほんのりとした赤色。
これを見間違えることはありえないだろう。
「バッジを五つ集めればいいって話だったが……それは?」
この質問にはミィが答えてくれる。
彼らは去年の闘技大会に出れたわけではないが、そういう者たちに詳しく説明を受けていたらしく詳しい。
ルルも闘技場の受付から説明を受けてはいたのだが、確認のために聞いている意味合いも強い。
ガヤたちも中途半端に覚えているかもしれないから、という配慮もないではなかった。
「正確には、日暮れまでに五つ、ね。つまり日暮れの時点で自分の分も含めて全部で五つのバッジを持っていればそれで勝ちということ。もしそれまでに五つ以上集めていたとしても、奪われてしまったらそれは意味がないわ。反対にバッジがゼロになってしまっても、日暮れまでに奪い返して五つになればそれで問題ない……マーキングの魔法は一度発動すれば一日ぐらいは持つしね」
バッジは朝の時点でつけておくように受付から指示されていたから、特定の時間に起動した、というところだろうか。
そこから先は外しても効果は持続したままという事なのだろう。
だから自分は出場者ではないと言って逃げ隠れることは出来ないという訳だ。
五つバッジを集めなければならない状況でわざわざそんなことをする者がいるとも考えにくいが、集めた後なら隠れることには意義があるだろう。
その辺について考えられたシステムなのかもしれない。
そして最後にユーリが言った。
「ま、大まかなルールはそんなところね。あとは、街を壊さないこと、かしら。結界が張られているから普通は問題にならないのだけど、強力な魔術を放てる実力者とかは気にしなければならないことね」
そう言って意味ありげな瞳でルルとイリスを見つめた。
二人とも素知らぬ顔で頷いている。
ガヤ達はそんなユーリとルルたちとの無言のやりとりに気づかなかったらしく、笑っている。
「あはは、そんなの俺達には関係ないですよ、ユーリ先輩」
「そうですよ~……何の問題もありません」
ユユがガヤ少年に続いてそう言った。
そんな二人を微妙な顔で見つめるラスティたち三人であったが、何でもないような顔で食事をもくもくと食べ続けるルルとイリスの面の皮の厚さにあきれたような顔をして、それからは諦めたらしく別の話に移すことにしたようだ。
「そう言えばキキョウも出るんだよな?」
もぐもぐとご飯を食べているキキョウに、ラスティが尋ねる。
そんなのほほんとした様子を見ていると、どこからどう見ても闘技大会出場者には見えないのだが、実際はいつの間にやら出場登録をしていたらしく、服にもしっかりバッジが取り付けられているので、それは間違いのない事実だ。
キキョウは口に含んでいたものを飲み込み、それから飲み物を飲んでから答える。
「はい! 出ますよ~! こう見えて、私、結構強いんですから!」
むんっ、と拳を振り上げてそう答える様子は可愛らしいとは言えても頼もしいとはとてもではないが評することが出来ない。
ただ、それでも彼女がある程度の実力者であることは、ここにいる者は皆知っていた。
王都に居ついてそれほど日が経っていないにも関わらず、酒場での彼女の武勇伝はいくつか聞こえてくるからだ。
それと比べれば、ルルとイリスはその実力と評価が正反対と言ってもいい二人で、しっかりこつこつ依頼をこなしてはいるのだが、特に派手なことは控えているから低い評価にとどまっている。
それも闘技大会をもって大幅に変わることは明らかなのだが、それを今ばらすことは面白く無いし、内緒にする約束である。
だから、知る者は誰も語らずに、今日まで目立たずにやってこれた二人であった。
それに評価など高かろうが低かろうがどうでもいい、と考えている節もある二人である。
何の問題もない話だった。
そうして、平和な食事も終わり、皆武装し始める。
身に着けているものは貧相、とまでは言わないが、駆け出しが身に着けるようなそれなりのものだ。
懐具合もあるから、仕方がないと言える。
当然一番豪華になるのは最も長く実績を積んでいるラスティたち、ということになるが、それでもやはり大した装備ではない。
キキョウに至ってはいつもの巫女服に、胸当てと弓というそれで大丈夫なのかと聞きたくなるようなものだが、全く問題ないと言う。
相手の攻撃全てを避けるつもりなのか、それともほかに方法があるのかは分からないが、その顔にはしっかりとした自信が感じられ、宣言通り問題なさそうだったのでルルは特に注意はしなかった。
武装が終わった後、全員、引き締まった表情で玄関へと向かった。
扉の前で、少しだけ足を止める。
家の外に出たら、皆、敵である。
すぐに戦いになっても仕方がない。
そういう思いがあるからだ。
けれど、実際にはその危険性は無い。
なにせ、その選択が自殺行為に等しいことを知っているラスティたちから、この場にいる住人は街中で出会っても戦うのは無しにしよう、というルールが提案され、特に断る理由もなかったので誰もが受け入れたからだ。
全員が受け入れたのは、出来ることなら、全員、本選で出会えればいい、というのもあった。
毎年、本選に出るのはほとんどが上級以上の実力者だけだった、ということであるからかなり厳しいだろうが、戦い方や組み合わせによっては不可能とまでは言えない。
出るからには優勝を目指す。
それがこの場にいる全員の思いだった。
「じゃあ、頑張ろうな」
ルルが街に向かう途中、振り返ってそう言うと、全員が頷いて、それぞれの戦場へと向かって飛び出していく。
先に行ったのは、ラスティたちとガヤ達だった。
ラスティたち、それにガヤたちは予選はパーティで乗り越える方針らしい。
それは禁止されていないから問題はない。
ただ、ルル、イリス、キキョウはそれぞれ完全に個人で挑むつもりであり、王都の別々の区画へと走って向かっていく。
その速度は三人とも同程度であり、見る者が見ればその実力の高さに驚いたことだろう。
しかし、それを見ているものは一人もいなかった。
◇◆◇◆◇
「うりゃあぁぁぁぁ!!!」
軽めの片手剣が振り下ろされる。
その武器の持ち主は、ルルと年齢の変わらぬ少年であった。
剣の軌道を読みながら僅かに身体をずらしつつ、目に入ったその顔には見覚えがあり、冒険者の少年であることが分かる。
その実力は、ラスティと比べれば遥かに下であり、ガヤと比べてもまだ低い、そんなものである。
つまり駆け出し同然であり、まだまだこれからの少年であった。
だから、ルルには彼を叩きのめすことは極めて簡単であり、それは実力差を考えれば弱い者いじめ以外の何者でもないのだが……。
「ま、そういう大会だしな。あきらめてくれ」
ぼそり、とそう呟いてルルは腰に下げた剣を引き抜き、柄頭を少年の腹に押し込んで一撃で意識を刈り取る。
少年は何が起こったのかも確認できずにその場に沈み、そして倒れたのだった。
ルルは倒れた少年の胸元からバッジを外し、ポケットに突っ込む。
自分自身のバッジは胸につけておかなければならないが、そうではないバッジはどこにしまってもいい、というルールがあるからだ。
これで、ルルの所持するバッジは二つ。
全部で五つ集めればいい、ということは、あと三つ奪えばいいという事である。
だからルルは次の獲物を求めて走り出そうとした。
しかし、バッジをとる瞬間の油断を狙っていたのだろう。
遠くの方に魔術の発動する気配を感じたルルは、その場から飛んで離れる。
すると、今までルルが立っていた場所に、火の弾が飛び込んできて、王都の石畳の上に焦げ目を作った。
街は傷つけない、というルールだが、それくらいは許容されているらしく、特にどこかからストップの声がかかったりはしない。
随分とアバウトなルールだと思いつつ、ルルは火の弾の飛んできた方向を見つめ、魔術師がいないか確認した。
けれど、よほどうまく隠れたのか、もはやその場には誰もいない。
使われた魔術からして、それほどの実力者が放ったものではないのだろうが、作戦を駆使して挑むタイプだったのだろう。
ルルが避けたのを確認してすぐに逃げたという訳だ。
中々に将来を感じさせるその判断力に、ルルはその行動に賞賛を贈り、あえて追いかけないことにする。
今すぐに魔力による身体強化を施し、視覚を強化してバッジによる魔力光を探索すれば、間違いなく数十秒で追いつけることは理解していたが、弱い者いじめに躍起になるというのも格好悪い。
たとえ今のルルが初級冒険者を狙って追い縋ってもそれを弱い者いじめである、と捉えるものがいないことはわかっていたが、かつて魔王だった者の矜持とでも言おうか。
自分自身の中の掟のようなものが、そう言う行動に出ることを拒否していた。
とはいえ、先ほどの少年剣士に大した手加減もしないで落とした点でその掟もそれほど厳密ではないなと自分では理解していたのだが、これは気分の問題であるから別にいいのだと自己弁護して歩き出す。
次は中級冒険者でも探して狙ってみようか。
そんなことを考えつつ街を歩くのは楽しかった。
本来、強者入り混じる予選第一回戦の繰り広げられている街中を、そんな風に微笑みながら歩くことの出来る初級冒険者など、稀である。
普通なら、突然、自分より上位の存在が現れて叩き潰されることを心配しながら怯えつつ歩くものであって、ガヤ達もラスティ達も、あれだけ勇ましく出ていったにしても、多かれ少なかれそういう気持ちを持ってこの街を徘徊しているはずだ。
けれど、ルルにはそういう心境は一切なかった。
なぜなら、この街を今歩き回っている者は全員、彼の獲物に過ぎないのだから。
羊の群れを前にして笑顔を浮かべない狼などいない。
つまり、そういうことに他ならなかった。