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第36話 出場登録

「しかしすごい人だな」


 ルルは街の様子を眺めながらそう呟いた。

 王都は元々レナード王国においてはもっとも人口の多い街ではあるが、それにも増して今日は人が多いのである。

 視界にごった返す人の海は、いつもとは質が違っていて、着ているもの、種族、それに雰囲気なども含めて、どことなく浮かれているように思えた。


「やはり、王都の闘技大会というのは最大の娯楽だからでしょうか」


 イリスが横を歩きながらそう言った。

 その格好はあたりの雰囲気とは正反対の漆黒のドレスである。

 装飾も少なく、カラフルな格好に身を包んだ大道芸人や、遠くの土地から来ているのだろう変わった服装の商人たちと比べれば地味で目立たないもののように思える。

 けれど、イリスはもって生まれたその銀の髪と、人形のようなその顔貌でもって、すれ違う人々を魅了し、絶句させている。

 普段なら、少し振り返られることくらいはよくあるのだが、いつにも増して凄絶な美しさを帯びているように思えるその表情が、おそらく周囲の人々の足を止めさせているのだろう。


 ルルの目から見ても、今日のイリスはひと味違った。

 それは、おそらくイリスが今日の闘技大会について、珍しくも燃えているからだろう。

 物静かで冷静な面がいつもは前面に出ているが、彼女の本質は魔族である。

 壮絶な訓練を乗り越え、数年の間、戦場を転戦し続けた彼女に、闘志というべきものを持たないはずがなかった。

 彼女から立ち上る魔力はどことなく喜びに満ちているように思え、その足取りも軽く、今にも闘技場へと走り出しそうな高揚を感じる。


 準優勝で我慢する、などと言っていたが、この調子では仮にルルと対戦することになった場合、手を抜かずに本気で挑んでくると考えるべきだろう。

 負けることはないだろうが、イリスも七年前よりずっと腕を上げている。

 もしかしたら、今大会でもっとも強大な敵は今、隣で不敵に微笑む少女なのかも知れなかった。


「国内のみならず、国外からも多くの人が参加する大規模な大会だというからな。誰もが見たいと思うのも分かる気がするよ」


 そう返答したルルに、イリスは言った。


「そうですわね……かつての魔国において、このような大会があれば私も見たいと思ったでしょう。きっと、お兄さまの圧勝で終わったでしょうけれど」


 しかしルルはそれはどうだろうか、と思う。

 今回王都で開かれる闘技大会もそうだが、予選はともかく本戦は通常、トーナメント制で行われるのが基本だ。

 つまり、組み合わせによっては極端に体力の消耗するような試合の組み方がされる可能性がある。

 それに、そんな大会がかつての魔国において存在したら、嬉々として勇者たちが参加したのではなかろうか。

 何の危険もなく魔王の前までやってくることが出来、戦うことそれ自体もルール上何の問題もなく、そして間違って殺してしまったとしてもそれは事故ということになり……。

 やっぱりなくて良かったのかも知れないと思う。

 そんな話をイリスにすると、


「それは考えすぎだと思いますが……しかし、それを言うならあの時代にそんなことをする余裕はなかった、という話になってしまいますものね。本当に、闘技大会、みたいな平和な手段で何もかも決められれば良かったですが……」


 遠い目でイリスがそんなことを言った。

 仮に闘技大会を開いて優勝者の意見を絶対とする、みたいなルールで戦っても、結局、人族ヒューマンが魔族根絶やしか奴隷のように扱う、ということになってしまっただろうことを考えれば夢物語だ。

 ただ、そういうことを考えるのは少し楽しかった。

 あの時代に、本当に何のしがらみもなく、ただ個人の戦闘力のみを競う大会があったら。

 相当に盛り上がっただろうということは、間違いないことなのだから。


 ◆◇◆◇◆


 そんな話をしながら、闘技場まで歩いていると、いくつもの馬車が通り過ぎていくことに気づく。

 いつも王都を行き交う商人たちのものではなく、おそらく中に乗っている人物は相当高貴な者なのだろうと思しき、極めて精緻な装飾の施された馬車もいくつかあって、あぁ、そういう者にとっても闘技大会はおもしろいものなのだなとおもしろく思う。


 そして、そんな馬車の一つに、ふと、見慣れないものがあることに気づいた。

 それは貴族の馬車、という雰囲気ではなかった。

 貴族の馬車というのは、基本的に黄金や宝石が象眼された、一目で高価と分かるものであることが多いのだが、その馬車はそうではなかった。

 確かに様々な彫刻が車体に施されているのであるが、黄金や宝石による装飾は一切ない。

 全てが真っ白に塗られており、その色にいっぺんの曇りもないその様には、どことなく高貴さというよりも神秘的なものが感じられた。


「……あの馬車は、なんだろうな」


 ルルが首を傾げてイリスに聞く。

 しかし彼女も分からないようで、


「貴族のものでははないようですが……はて、なんでしょう?」


 と疑問の声を挙げた。

 しかし、そんな疑問はすぐに解消されることになる。

 その馬車に気づいた他の者の幾人かが、声を挙げたからだ。


「……聖女様の馬車か?」「アルカ聖国からわざわざ参られたのか」「今年は聖神教の番だって聞いたから、てっきり聖皇猊下が来るものかと思っていたが……」


 などと言った声がそこら中から聞こえてくる。

 レナードにおいて個人個人の持つ宗教的信条については特に制限されておらず、国教のようなものも特にないから、そう言った言葉を言っているのは聖神教徒たちなのだろう。

 現代に存在するいくつかの宗教のうち、一国を打ち立てるほどの巨大宗教の一つである、聖神教のことはルルも聞いたことはあったが、その内部組織については詳しくは知らなかったので、あたりから聞こえてくるその言葉に少し驚いた。


 イリスを見ながら、確認するように言う。


「……"聖女"とはまた懐かしい響きだと思わないか?」


 少し微笑みながら言ったのは、ルルにとってその人物がもはや過去のものだからだ。

 あれは確かに人族ヒューマンであり、だからこそ現代にまで生きているはずがない。

 であれば、いまの話に出てきた聖女というのは、あの聖女とは別人である。

 そう思ったからこその言葉だった。

 しかし、イリスはルルの楽観に懸念を表明する。


「確かに懐かしい名前です……お兄さま、いま、ふと思ったのですが……聖女も、お兄さまのように生まれ変わっているという可能性はないのでしょうか?」


 何が、彼女にそう考えさせたのかは分からない。

 だが、確かにその想像は否定する根拠のないもので、ルルは少し考える。


「俺がこうやって生まれ変わっている以上、聖女に同じ事が起こってないとは言うことは出来ないが……」


 そう言って沈黙した。

 何とも言えない話だった。

 もしあの聖女が、アルカ聖国の聖女だというのなら、それはルルにとって危険な話だ。

 いや、ルルはいま人族ヒューマンであるから、ルルよりもむしろイリスにとって危険なことだろう。

 あの女は、魔族を明確に疎んでいたのだから。

 目の前に魔族が現れたら、その力をふるうことを厭わないことは明らかだった。


 そこまで考えたルルは、イリスに言う。


「もしあの聖女が、過去の聖女と同じものなら……イリス、それが分かった時点ですぐに逃げろ。俺が奴の足を止めるか、しとめるからな」


 そう言ったルルの体からは、イリスのものとは比べものにならない魔力が吹き出している。

 イリスはそのことに気づき、冷や汗を垂らした。

 ルルが、あのころと、魔王だった頃と変わらぬ強い感情をこうやって噴出させているところを久し振りに見たような気がしたからだ。

 あの頃、ルルは魔王だった。

 魔族全てを支配する、まごうことなき、魔の王だった。

 それが今、目の前に改めて現れたような気がして、イリスはここでひざまづきたいような気分になる。

 けれど、そんな力の放出も一瞬で引いていき、ルルはイリスに微笑みかけて言ったのだった。


「ま、聖女一人くらいなら、なんとでもなる。心配するようなことじゃあないな」


 それはどこまでも頼もしい、まさに魔王の自信に満ちた笑顔だった。


 ◇◆◇◆◇


 闘技場の中には、多くの出場希望者がひしめき合っていた。

 その誰もが、闘志に満ちあふれていて、優勝をねらっていることが分かる。

 ただ、ルルの目から見て強者と呼べるような存在はそれほどおらず、何となくがっかりした気分になる。


「あまり敵になりそうな者はおりませんわね」


 イリスがよく通る声でそんなことを言ったものだから、周りからにらむような視線が集中する。

 なぜかイリスにではなく、ルルに集中したので、理不尽なものを感じた。

 しかし、視線が集中しただけで、喧嘩を売ってくるようなものは一人もいなかった。

 それもそのはずで、闘技大会の出場者は私闘を禁じられており、それを破った場合には出場資格を剥奪されることになるからだ。

 ルルとイリスもこの点については闘技大会について詳しい説明をグランから受けたときに言い含められており、気をつけるつもりでいた。

 なのにイリスが喧嘩を売るような言葉をいうものだから、驚いた。

 なぜそんなことを言ったのかと聞けば、


「ふと思ったことが口に出てしまいました……」


 と頬を赤く染めて謝るので、本当にそうなのだろう。

 やっぱり、いつもより興奮しているのだな、と納得して今後は気をつけるように、と注意してその場は収まる。

 それから出場者の登録を行っている受付まで行き、必要事項を記載した繊維の荒い紙を提出して登録を済ませた。


 その際に、ルルとイリスは出場者全員に配られるという金色のボタン状のバッジを配られ、何に使うものかの説明を受けた。

 それによると、出場者が極めて多いために、予選の一回戦でそのふるい落としが行われる。

 それは、街中におけるこのバッジの奪い合いであり、明日の夕暮れまでに五つ集めることが出来た場合に、二回戦に進める、というものだった。

 闘技大会は一週間にわたって行われるものなので、一日使ってそういうことを行うのだという。

 今日は開会式のみであるから、そのバッジはなくさないように大切に持っておくように、とのことだった。


 その内容のほとんどは、グランやガヤ少年たちに聞いていたことだったので、特に驚きはない。

 出場者の数が千人近くいるらしいこの大会において、そういうふるい落としはどうしたって必要になってくるだろう。

 それが街中での戦い、ということになると王都の民にとって危険ではないか、という気もするが、その辺についても安全対策はしっかりしているとのことだった。

 そもそも、街人を傷つけた場合は失格であり、うまく戦え、と言われているというのもあるが、ある程度戦闘行為に使える区画は決まっていて、そこには家屋を傷つけないように結界を張っているということなので、余程破壊力の高い魔術や技を使用しない限りは問題ないのだという。

 そのあたりの技術については特に今年はエルフの協力を得られたという事もあって、万全であると受付は太鼓判を押していたくらいである。


 それならば心配しなくてもいいだろう、ということで、ルルとイリスはバッジをもらって、そのまま闘技場の観客席の方へと進んでいった。


 開会式を見物しようと思ってのことだ。


 開会式には多くの要人が出席するようで、これを毎年楽しみにしている人も多いのだという。

 レナード王国の国王陛下をはじめ、聖女のような宗教団体の代表者や、高位貴族たち、それに冒険者組合ギルド大組合長グランドギルドマスターなどの職能団体の長などが一同に揃うイベントもそうはない。

 また、優勝した場合にもらえる商品などの説明もあり、商人などは大会終了後に出場者からそれを譲り受けるための交渉を行うべく、どんな品物があるのか見に来たりもするのだという。

 必ずしも優勝者だけに商品がでるのではなく、五位入賞までは何かしらの商品が出るのが例年通りであるというのだから、これは楽しみだなとイリスと微笑みあった。


 ルルが優勝商品を、イリスが準優勝商品を手にすることを想像しながら、開会式が始まるのを待つ。


 すると、ぷつっ、と何かが響くような音が聞こえてそこから声が聞こえてきた。

 おそらく最初の音は、拡声用の魔法具の起動音だろう。

 あまり性能が良くないからこそのノイズだと思われた。


『……では、これから……』


 そうして、闘技大会が始まる。

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