第33話 お仕事紹介
街に戻ってからは、すぐにキキョウも連れだって冒険者組合へと行った。
キキョウには宿を紹介してほしいと言われていたが、ルルたちも依頼達成の報告は出来るだけ早くしなければならない。
時間が経ってせっかくとってきたホシツル草の鮮度が落ちたり、それによって依頼不達成とみなされると困るし、初依頼なのであるから、早いところ達成を確定させて安心しておきたいという部分もあったからだ。
本来、依頼達成の報告とは言っても、薬草採取系は目的の薬草を提出して確認が終わればそこで完了、という類のものである。
そのため、大した時間もかからないだろうから、ということでキキョウに一緒に来るか一人で宿を探すか、どうするか考えてもらい、彼女は一緒に来ることを選んだわけだが、結果としてその決断は失敗だったようである。
「……珍しい薬草がある?」
ルルたちの提出したホシツル草の中に、なにか別の薬草が混じっていたらしく、それが結構な高値で取引されるものであるが、中々見つからない珍品であり、確認できる人材を呼びに行っているからしばらく時間がかかる、と言われてしまったのだ。
その間、冒険者組合内で待つように言われてしまい、確認が終わり、引取り金額が確定するころには日も落ちてすっかり夜となってしまっていた。
「……なんというか、悪いな」
魔法灯の照らす石畳の王都を歩きながら、ルルはキキョウに謝罪する。
ガヤたちはすでに氏族へと帰宅しており、道を歩いているのはルルとイリスとキキョウ、それに子犬のフウカだけだ。
話しかけられたキキョウは、しかし一片の暗さも感じられない微笑みを浮かべて首を振った。
「いえ、いえ。いいんですよっ。そもそも、私が初めの時点でみなさんについていくって、選んだことですから! それに宿をとれないことは今までもよくありましたし」
そうして話は彼女のここまでの旅路の話へと移っていく。
街道のど真ん中になぜ倒れていたのか、というところに至って、彼女は恥ずかしそうにぽりぽりと頭を掻きながら言った。
「いやぁ……お恥ずかしい話ですが、ちょっと路銀が尽きてしまいまして……次の街まで行けば何か仕事あるかなーと思って、ご飯少なめで前の街を出発してしまったのが問題でしたねー……」
がっくり、と肩でその感情を示して残念そうにしている。
やはりあの場所で倒れていたのは空腹による限界、ということで間違いないらしい。
無理をするにも程がある、とは思うがいざとなったらどうにかできる自信はあったらしく、
「たぶんどうにかなったとは思うんですが……でもみなさんが通りがかったのは本当にラッキーでしたよっ。ありがたいなぁと。やっぱり日頃の行いってやつなんですかね? 神様は見てくれているんだなって思いましたよ……」
などと語っている。
そのとぼけきった様子にルルとイリスは笑いながら、話を続けた。
イリスは言う。
「そう言えば気になっていたのですけど、キキョウさんはどこからいらしたのですか? その服、はじめて見ましたし……どこのものか気になって」
その質問は良かったのか悪かったのか。
キキョウの表情は何とも言えない微妙なものに変わり、良い訳のような口調で答えた。
「どこから、と言われると、ずっと東、という感じでしょうか……遠いんですよね。たぶん、普通に来ようと思っても来れないような」
何かを隠そうとしているわけではなさそうだった。
ただ、どう説明したものか、分からない。そんな雰囲気である。
ただ、東、と言えばルルにはなんとなく心当たりがあった。
火竜解体の際に、グランが使っていた長刀。
あれは、確か東方で作られているものということではなかっただろうか。
ルルが魔王だった時代には存在しなかったものであるから、おそらくルルの知らない国がそこにあるだろうということは分かっているのだが。
だからルルは言った。
「東、というと、トウショウ、とか言う職人のいる国のことか?」
すると、キキョウの様子が目に見えて明るくなり、ルルの手を取って跳ねはじめる。
「おぉっ! 我が国のことをご存知の方がいましたかっ! そうですそうです! 刀匠! しかしよく知っていますね? 我が国の特産品はこちらにはほとんど流れていないはずですが……」
その剣幕に一瞬驚くが、こういう性格をしていると事前に大体分かっていたから、すぐになれる。
それからルルはグランのことについて話す。
「あぁ、それはな。トウショウ、が作ったという剣――刀、というんだったか――を、持っている男が知り合いにいるんだ。だからだな」
「ははぁ……知識だけでなく現物まで。驚きですが、刀はいいものですからねぇ……切れ味、容姿、それに魔力導伝性も極めて高く、わが国でも誇るべき技術のひとつですっ!」
よっぽど技術力に自信があるらしく、拳を振り上げてそう語るキキョウはどこか子供のようにも見えた。
それから、イリスが質問する。
「では、その技術をもってその服もお作りに?」
キキョウの纏っている服は、なんとも言えない見た目のものだ。
極めて装飾が少なく、色もたった二色で構成されている。
彼女の身に着けている装飾品は、髪を彩る髪飾りのみで、それ以外は一切の装飾品を持たない。
そして、上衣が白、下衣が緋色、ただそれだけのものだ。
上衣の方は比較的きっちりとしたものなのだが、下衣の方は足首の方に進むにしたがって広がっていくという奇妙な形をしており、なんとも歩きにくそうに思える。
そして上衣の方もよく見れば袖が長く垂れさがっており、引っかかりそうで見ていると少し不安な気持ちになるようなものだ。
子供が着ればすぐにこけたりひっかけたりしそうなその服。
しかしキキョウはそんな服を着ていても極めて自然に振る舞っていて、むしろ優雅さすら感じさせる。
極限まで装飾を取り払っているからか、それとも彼女の漆黒の髪と相俟ってその美しさを補強しているからか。
神秘的なものまで感じさせるその格好は、イリスをしても中々良さそうなものに見えたらしい。
キキョウは自分の服を少し眺めてから、答える。
「あぁ……この服、不思議ですか。我が国以外で着ている人、いないですもんね……これはですねっ。巫女装束、と呼ばれる我が国伝来の衣装です」
「ミコ装束、ですか。……つかぬ事をお伺いしますが、ミコとは?」
聞きなれない言葉に、イリスは首を傾げた。
キキョウはその返答を予測していたようで、すぐに答える。
「巫女というのは、そうですね、簡単に言うなら、神様に仕える女の人のことを言いますねっ。主な仕事は踊ったり占ったり祈ったりすること……です」
なるほど、つまり神官のことか、と納得したルルは、けれどあまりそういう感じのしないキキョウの雰囲気に首を傾げた。
キキョウはその視線に気づき、
「あはは、私はあんまり巫女っぽくはないですかね~。本物の本物は、なんというか、言い知れぬ神秘的なものがありますよ。その前に立っているだけで、息が出来なくなるような威厳と言うか、そういうものがあって……私はその手下みたいなものです」
なるほど、彼女はつまり見習い神官に近い存在らしいということが分かり、ルルもイリスもなんとなく納得できたような気がした。
彼女の上の上に、きっともっと“ミコ”らしい存在がいるのだろう。
そしてそういう人物は、旅の途中で路銀が尽きて空腹で倒れたりはしないのだ。
そう言う事をキキョウに言うと、
「あっ、ひどいですね~! そんなことないです! むしろ私はこれでも世の中のこと分かってる方なんですからねっ!」
とぷんすかしながら先の方へと歩いていく。
向かっているのは、ルルとイリスの家である。
宿は探したのだが、結局見つけることが出来ずに、じゃあ、ということで二人の家に居候ということになったのだ。
幸い、ユーミスの貸してくれているこの家には、空き部屋はいくつもある。
一人増えるくらい何の問題もなかった。
食費については少しばかり頭が痛い気もしないが、今日は珍しい薬草のお陰で臨時収入も入った。
それを考えれば大した問題は無いのだ。
三人はそうして、和やかな様子で家に帰宅したのだった。
◆◇◆◇◆
次の日、キキョウはこれからどうするつもりなのか、という話をすることにした。
食卓に掛けているのは今日は三人だけである。
ガヤたちは今日はお休みのようで、依頼は受けないという話だったから、ルルたちもそれに倣ってそうしている。
「これからですか。うーん、特に決めてないんですけど……」
その優柔不断な答えに、イリスが尋ねた。
「そもそも、キキョウさんはどうして旅を?」
「あぁ、それはですね。大巫女様に西を回って来いと言われたからですよっ。修行が足りんとかもっと自立しろとかさんざんほざくものですから、あの妖怪。だったら出てってやりましょうかってことで色々神祇院の備品を強奪して飛び出してきてやりました! 私、しばらくは帰りません!」
両手をぱーっと上げてそんなことを断言するキキョウに、ルルとイリスは唖然として、それから目を合わせて呟いた。
「……家出か」
「家出ですわね」
あまりにも単純であほらしいその理由に呆れながらも、かつて責任と義務ある重い立場にいてそんな奔放な態度に出ることの出来なかった二人は、心の奥底で彼女に対する少しばかりの尊敬を覚えて気に入ってしまう。
生まれたときから魔王にと見込まれていたルルには、その周りの期待を裏切って何かしようと言う勇気は出なかった。
父が魔王の側近、という立場にあったイリスは出来るだけ周りに迷惑をかけずに、品行方正に生きていかねばならぬとどこかで決めていたから、好きなことを好きなようにする、というある意味当たり前の心情をついぞ持つことができなかった。
けれど、この時代に生きて、二人とも少しずつ変わってきているのだ。
自らの自由に生きること、好きなことをすること。
それは必ずしも人に迷惑をかけるだけのことではないということを理解しつつある。
そしてそんな新たに育まれた彼らの感覚は、目の前のキキョウという少女が、周りに愛されつつ、好き勝手に振る舞っていると言う稀有なパーソナリティを持っていると理解したのだ。
だからこそ、二人は彼女に好ましさを感じたのだった。
それは、もしかしたら一種の憧れだったのかもしれない。
二人はキキョウに、羨望とも呆れともつかぬ妙な視線を向けていることに気づき、ふっとお互いが似たような目をしていることを理解して密やかに笑いあった。
キキョウはそんな二人のことなどそれこそ全く気にせずに、昨日と同様、ばくばくと食事を食べている。
足元ではフウカもまた美味しそうに食事を食べていて、なんとなく和む光景であった。
◆◇◆◇◆
「……ここは?」
食事を食べた後、三人は氏族“時代の探究者”の建物の前に立っていた。
首を傾げるキキョウに、ルルは説明を始める。
「キキョウはこれからのこと、特に何も決めてないって言ってただろ? 良ければだけど、仕事でも紹介しようと思ったんだが。まぁそうじゃなくても俺の知り合いに一応紹介しておきたいと言うのもあるけどな」
「ほほう……お仕事……ですか」
ルルの言葉に少し考えるキキョウ。
しかし答えが帰ってくるのは速かった。
「やりますっ! 私、頑張ります!」
その速度にこの娘は本当に考えているのだろうかと心配になってくる。
ただ、決して要領が悪いとか、そういうこともなく、ただ行き当たりばったりな生き方をしているだけだろうと昨日今日の話でなんとなく理解していたルルとイリスは、まぁいいかと氏族建物の中へと進んでいった。
そこは酒場であり、ルルとイリスにとっては極めて見慣れたものだったが、キキョウにとっては珍しいものだったようだ。
もしかしたらあまり今までも酒場に入ることは無かったのかもしれない。
「ふわぁ……広いですね。それにお酒が一杯。いい匂いもします!」
などと呟いてきょろきょろしている。
王都ではそれほど大規模な店ではない“時代の探究者”の一階酒場だが、他の街と比べればかなり大きな酒場と言えるし、また料理人たちの質も中々高い。
そんな風に驚くのも理解できないではなかった。
そして改めてルルはキキョウに言う。
「仕事ってのは、ここで働かないかってことだよ。この間シフォン――この店の責任者が、ウェイトレスを探してるって愚痴ってたからな……」
なぜ愚痴なのかと言えば、結構きついらしく勤めてもすぐにやめてしまうからだと言う。
その辺については特に語らずに勧める辺り、性格が悪いと自分でも思わなかったわけではないルルだが、やめるときはやめるときだ。
とりあえずやらせてみたって別にいいだろう。
そのときは冒険者でもすすめればいい。
少女にどれだけ戦える技能があるか、それは分からないが、一人で街道を歩いて旅することができるくらいだ。
身を守れるくらいの最低限の戦闘力はあるはずである。
そんなことを考えながら、キキョウの返事を待つ。
すると、彼女は少し考えて、でも確かに決意するように言ったのだった。
「私、やりますっ! やってみせますっ! 大巫女さまの扱きにも耐えた私に、耐えられない仕事などないっ!」




