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蘇りの魔王  作者: 丘/丘野 優


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第29話 企みと集会

「では、これがお二人の今日からの寝床の地図になりますので~。ユーミスさんに管理を委託されている人が引き渡しの為に待ってますから、すぐ分かると思います~」


 そう言って、シフォンはルルに一枚の地図を渡してきた。

 少し粗めに作られたその紙は大量生産品なのだろう。繊維の形まではっきりと見えるが、ただ王都の主要な道からその場所までの行き方が分かりやすくかかれているので、実際に行けばすぐに分かることだろう。

 地図に描かれた情報を頭に浮かべながらそう考えたルルは、シフォンにお礼を言い、イリスも食べおわったことを確認してから、食事分の料金を出し、それから、ふと首を傾げて言った。


「……そういえば、ユーミスはいないのか?」


 今回ルルたちが宿泊することになるのはユーミスの持ち家であるのだから、彼女自身が案内してくれてもいいのではないか。

 そう思っての発言だったが、シフォンはなんでもないことのように返答した。


「今日はどうも忙しいみたいですよ~。落ち着いたら、あとで見に行くそうですから~」


 その言い方に何か感じるものがなかったわけではない。

 ただ、後で来るというのなら、特に問題はないだろうとそれ以上突っ込むのはやめる。

 それから席を立って、


「じゃ、イリス。行こうか」


「はい、お兄さま。シフォンさん、ごちそうさまでした。とてもおいしかったですわ」


 そう言って二人は酒場を後にしたのだった。



 ルルとイリスの背中が遠ざかり、入り口の扉から出て行ってから十数秒が経った。

 酒場から氏族クラン本拠地二階へ続く階段の上から、ぴょこり、と屈強な戦士の顔と美貌のエルフの顔が覗いた。

 シフォンは氏族クランの族長と副族長に似つかわしくない、妙に愛嬌のある仕草にため息をつきながら、ルルとイリスが食べ終えて空になった皿をカウンターの内側に取り込み、それから話しかけた。


「もう行きましたから、降りてきてもいいんじゃないですか~?」


 いつもはもう少しぼんやりと柔らかいのに、微妙に険のある声でそうかけられた声に、少しも悪びれもせず、その大人二人は二階から堂々と降りてくる。

 状況さえ考えなければその様子は全くもって流石族長であると称えられてもおかしくないような立派な姿なのだが、こと現在においてはそんな風には見ることは出来ない。

 そのまま酒場を歩き、カウンターまでたどり着いた二人は、ふぅ、と潜めていたらしい息を存分に吐き出してから、シフォンに飲み物を注文した。

 酒ではないのはこれから用事があるからであって、本当なら一杯やりたい、と書いてあるその顔にじと目をやりながら、シフォンは少しばかり乱暴に二人の前に果物のフレッシュジュースを出した。


「おいおい、なんだかずいぶんと雑なんじゃねぇか? 族長と副族長に対してよう」


 シフォンのその機嫌悪そうな様子に少々眉をしかめながら、グランはそんな風に文句を言った。

 しかし、なぜそんな態度をとられているかをしっかり理解しているのか、その大きな体を縮まらせてちびちびとジュースを飲み始めるその様子は、むしろ母親に怒られる直前の子供である。


「だってぇ……なんだかだますようじゃないですか~。ひどいです。二人とも!」


 ぷんぷん、と効果音を発しそうなほどに頬を膨らませた柔らかな美貌を持つその女性は、しかし少し眉を困らせて続ける。


「私も片棒担いじゃったみたいで、申し訳ないですし~……」


 そんなシフォンに、グランの隣で同じように申し訳なさそうな顔をしたユーミスが言う。


「シフォンは気にしなくていいのよ! 私とグランのせいだってことで。それにだましてなんかいないもの。ルルもイリスも、同意してくれたんじゃない」


 シフォンに対しては申し訳ない気分らしいが、ルルとイリスに対しては全くそういう気持ちはないらしく、むしろ胸を張っているその様子に、シフォンはなぜそこまで今回の企みに熱心なのか気になり、質問した。


「ユーミスさんは、何かあの二人に恨みでもあるんですか~?」


 何となくシフォンが口にしたその一言は、正解ではなかったらしいが、しかし大間違い、というわけでもなかったらしい。

 ユーミスは少しだけ悔しそうに、そしてどことなく敬うようなまなざしで言った。


「恨みってわけじゃないわ。そうじゃなくて……昔、ものすごく驚いたことがあったの。あの二人に……なんていうか、驚かされて。だから、今度はこっちが驚かせてやりたい!ってね……」


「驚かされて、ですか……でも、それにしたってやりすぎだと思うんですけど~」


 グランとユーミスの今回企画したイベントの全貌を頭に思い浮かべて、シフォンはそう呟いた。

 けれどこれについてはグランが首を振る。


「やりすぎ、ではないな。むしろこれくらいしなけりゃ、あいつらはがっかりするんじゃないかと思ったってのもある。ま、だから本当にただのサプライズなんだ……だから、そんなに心配することはねぇぜ。あいつらも笑って流すだろうしな……」


 そう言ってグランは残っていたジュースを全て飲み干した。

 それからユーミスも同様に飲み干し、二人で立ち上がってから、


「じゃ、これからその仕込みに行ってくるから、頼むな」


「今回の闘技大会はおもしろくなるわよー!!」


 そう言って酒場を出ていく。

 二人の背中を見送ったシフォンはその楽しそうな様子に自分が心配しすぎであったことを知り、苦笑して呟いた。


「まるで子供みたいですけど……ここはそういう氏族クランですもんね~」


 酒場に残った他の氏族クラン構成員メンバーは、その言葉に頷いて笑ったのだった。


 ◇◆◇◆


 王都デシエルトでも指折りのレストランの一つ、その個室の中。

 飴色の大きな円卓を囲んで数人の男女が食事を囲みながら何やら会話をしていた。

 もしこの場に、冒険者に詳しい人間がいて、彼らの顔を一つ一つ確認すれば、それが誰なのか一目で見抜き、そして握手とサインを求めることは想像に難くない。

 そう言った面々が、一所に集まって会話をしているのだ。


 こんなことは、滅多にあることではなく、そしてそういうことがあるならそれは王都の一大事に他ならない、と誰もが考えることだろう。


 彼らはそれぞれ、名の知れた氏族クランの族長、副族長たちであり、総合すれば一国の騎士団とも争える実力者の長その人であるのだから。


「……それで? わざわざ私たちを集めてどうしようと言うのだ?」


 円卓に並んだ料理をマナー通りに正しくカトラリーを扱いながら口に運び、舌鼓を打ちつつ、はじめの一言を発したのは、氏族クラン"修道女マナカ"のヒメロス=ブラッキアーレであった。

 その相手は、この奇妙な集会の主催者たる男、グランである。

 彼は彼女の質問に頷き、グラスの水で唇を湿らせてから話し出した。


「最近、新人の質が下がったとおもわねぇか?」


 質問に明確に答えず、世間話のように始まったその言葉に確かに、と頷いたのはローブを纏い、長い髭を伸ばしたいかにも魔術師然とした老人である。


「そうじゃの……あまり言いたくはないが、そういう傾向にあるのは事実じゃ。しかし、それがどうかしたのかの?」


 彼もまた、王都で有名な氏族クランの一つ、"綺汚の真理ブールス・ソルティーダ”の長ウヴェズド=アンゲルである。

 その構成員のほとんどを魔術師で占めているという本来非常にバランスの悪い構成であるにも関わらず、その功績はかなり大きく、前衛要らずとまで言われるほどの攻撃的魔術師集団として有名である。

 そんな彼の言葉に、グランは返答する。


「あぁ。俺はな、その原因が冒険者に対する……なんてぇか、夢のなさ、にあると思ってるんだ」


「夢のなさ、か。まぁ確かに我々に夢を持つのは小さい子供くらいなものだ。それでも大人になっていくと徐々に冷めていく……」


 くい、とかけている眼鏡の位置を調整しながら、冷たくそう言い放ったのは、氏族クラン"道化師の図書館フォッソル・ビブリオテーカ”の族長シュイ=レリーヴである。知識の収集とそれに基づく魔法具の開発、販売を主体とする氏族クランであり、依頼は学者からのものを受けることが多い氏族である。

 金額の多寡より、文化的価値を重視するその姿勢は、数ある氏族クランの中でも異彩を放っており、良くも悪くもその名前は有名であった。


「だが、俺は、俺たちは、そんな現状を打破したいと思ってな。今度、闘技大会が開かれるだろう?」


 グランの声に、その場にいる全員が頷く。

 王都でも指折りのイベントである。

 知らない方がおかしい。


「うちの若いのも出ると言っていたな」


「うちのもじゃ」


「ほほう、我が氏族の新人もだ」


 そんなことを言って微笑みあう。

 グランもその話に加わって、


「実のところ、うちの新人も出ることになってる。ただ……」


 そう言って話を切ったので、その場にいる氏族族長たちは首を傾げる。


「ただ、なんじゃ?」


 髭の老人ウヴェズドが続きを促した。

 するとグランは言った。


「それじゃ盛り上がりに欠ける、とおもわねぇか?」


 その言葉にその場にいる皆が少し考え、納得したように頷いた。

 しかし、ヒメロスが首を振って答える。


「とは言っても、闘技大会とはそういうものだろう。それなりに腕に覚えがある者が出場して、そこそこに戦い、そして優勝者を決めて……それで十分盛り上がる。それじゃ、だめなのか?」


「だめじゃあ、ねぇさ。ただ、ここでさっきの話に戻るが……出場するうちの新人がな、結構生きがいいのよ」


「なんじゃ、自慢か? 新人がぱっとしないとか言っておったわりに、ずいぶん言うではないか……」


「そうじゃねぇよ。こいつは、一応、新人として扱ってるが、そんなレベルじゃねぇんだ。正直言って、俺は戦ったとして勝つ自信はない」


 グランが断言してそう言ったことに、その場の面々は驚きの表情を浮かべる。

 それも当然の話で、一般的な戦闘能力を考えると、冒険者の中でもかなりの上位に位置するグランが、新人に敗北する、と言っているのである。

 そんなことはあり得ない、そう思ったヒメロスが反論するように呟く。


「……冗談だろう? いくらなんでも新人になど」


「いや、本気だ。そしてだからこそだ……俺はそいつに晴れの舞台を用意してやりたくてな。初級冒険者でしかない新人が、名の知れた強者をばったばった倒して、優勝する。夢があるだろう。そして憧れが生まれる。王都に英雄が誕生するんだ……とまぁ、そこまでは流石に冗談だとしてもだ。王都のガキなんかは本物の冒険者の戦う所を見たことがねぇんだ。闘技大会もお前ら知ってのとおり、今はそこそこの奴らしかでれねぇ。だが、そんなところで本当に強い奴らが戦ったら……面白そうだと思わねぇか? ……つまり、何が言いたいかって言うとよ、お前ら、久々に闘技大会に出ないか? 前に出たのはそれこそ遥か昔だろ? もちろん、俺も、ユーミスも出るぜ」


 その宣言は衝撃だった。

 誰が決めたわけでもないが、王都の闘技大会に出場するのは、冒険者でいうなら上級上位までと暗黙の了解が出来ており、それ以上の者は出場しないというルールがあったからだ。

 それは、若者にチャンスを与える、という意味合いもあったが、それ以上にそれより上位の存在が出場してしまうと、会場の安全にも問題がある、という現実的な理由があった。


 けれど、そこでユーミスが言った。


「今回は古族エルフが協力して、今までにない規模の結界を用意するつもりなの。私のコネをありったけ使って、今鋭意製作中。特級上位の魔法をぶつけても壊れない絶対障壁を作り上げてみせるわ。だから、安全面については気にしないで大丈夫」


 またもや、衝撃的な話である。

 古族エルフが個々の国々に協力することは、古代より禁じられていると聞く。

 個人個人が気ままに何かに関わることは許されているが、種族としてその技術を供与することは認められていないはずだからだ。

 今ユーミスの言った絶対障壁、というのは古族エルフの里にあるらしいと言われている世界でもっとも強固な魔術障壁のことであり、そしてそれは古族エルフの秘奥であり、絶対に外部に漏らせない機密であるはずだった。

 それなのに……。

 あまりの事態に絶句するその場の族長たち。

 けれど、好奇心が勝ったのか、眼鏡の優男シュイはがたり、とあわてた様子で立ち上がり、それからのどから絞り出すような声で質問した。


「そ、それは……いいのか? 古族エルフの族長にばれれば、ただでは済まないのでは……」


 それはユーミスの立場を気遣うものであると同時に、自らの住まう国の行く末を心配しての台詞でもある。

 古族エルフは数が少ないながらも、全員が強力な魔術師であり、ユーミスクラスの魔術師は珍しくないと言う事実を知っているからだ。

 そしてそんな者たちが機密漏洩を防ぐための口封じに大挙して訪れれば、この国はただでは済まない。

 そんな事態を招くわけにはいかない、という責任感からシュイは発言したのだ。


 しかしそんなシュイの心配は無用だったらしい。

 ユーミスは笑って手を横に振った。


「あー、だいじょうぶだいじょうぶ。族長にも許可取ってあるから。……思いつきだったんだけど、なんでか許されちゃって……珍しく楽しそうだったのよね。なんでなのかしら? まぁ……それはいいか」


 そう言って。

 そのあっけない台詞に、すとん、と腰が抜けたように椅子に座ったシュイ。

 それからは、ぼそりと「ありえない……」と言っていた。

 彼の常識からして、古族エルフの族長がそんなことを許可するはずがない、というのがあったのだろう。

 しかし現実は案外、予想できない方向へと進むらしい。


 それから、グランが集会出席者全員に言った。


「というわけでよ、お前ら、全員今回の闘技大会に出場しろよな。それと、腕に覚えのある知り合いにも声をかけてくれねぇか? 俺たちとタメを張れるような……いっそ、化け物と言われるような奴らにもよ」


 言われた内容に少しの間、放心していた面々。

 けれどその誰もが修羅場をいくつもくぐり抜けてきた歴戦の冒険者たちだった。

 その提案が非常におもしろそうであり、盛り上がりそうなものであることを理解するやいなや、全員が頷き、席を立って自分のすべきことをすべく行動し始めたのだった。

 こういうときの腰の軽さは冒険者ならではなのかも知れない。


 そう思いながら、自分たちの企みが成ったことに笑い合いながら、グランとユーミスは本拠地に戻ることにしたのだった。

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